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新しい出会い

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一話から見ることをお勧めします!

 その日、村に珍しい一団が訪れた。

 旗竿には、辺境伯家の紋章――山と剣をあしらった意匠がはためいている。

 馬上には武装した騎士と、文官風の男。


 村人たちは一斉に畑仕事の手を止め、緊張した面持ちで広場へ集まった。

 この辺境で領主の使者を見ることなど、めったにない。


「我らは辺境伯ライナルト閣下の使いである!」

 文官の男が声を張り上げた。

「この村を守った黒衣の魔法使い、ディラン殿をお迎えに参った!」


 ざわめきが広がる。

「領主様直々に……?」

「なぜ、あの方を……?」


 村長が慌ててディランの家に駆け込み、寝転がって本を読んでいた彼を引きずり出す。


「ディラン殿! 領主様がお呼びじゃ!」

「え、え? 領主って、あの……この辺境を治めてる?」

「そうじゃ! 早う参られよ!」


 ディランは髪をかき上げ、ぽりぽりと頬をかいた。

「うーん……呼ばれてるなら行くしかないですね。服……あ、これでいいか」


 黒衣の裾に土がついたままの姿で出てくるディランに、使者はあきれ顔を見せた。

「……本当に、この方が?」

「ええ、まあ、そういう感じです」

村人の誰かが苦笑混じりに答えると、使者は肩を落とした。


 馬車に乗せられ、ディランは領主の館へ向かった。

 窓の外には広大な荒野、深い森、そして遠くに見える山々。

 辺境の地らしく、獣道と呼ぶ方が正しいような道が続く。


 同乗する騎士が、無遠慮に彼を見下ろした。

「王都を追放された魔法使い、と聞いている。お前に何ができる?」

「えーと、まあ、ちょっとだけ人助けを」

「ちょっと、だと?」

 鼻で笑う騎士に、ディランは肩をすくめた。


「僕は戦うよりも、困ってる人を助ける方が得意なんですよ。……まあ、戦うこともできますけど」


 淡々とした答えに、騎士は返す言葉を失った。

 王都で鍛えられた武人の目に映るディランは、拍子抜けするほど自然体で、虚勢も誇張もない。ただ「できる」とだけ告げるその姿が、逆に底知れぬものを感じさせた。


 館は石造りの堅牢な建物だった。

 広場には兵士たちが整列し、ディランの一行を迎え入れる。

 重厚な扉が開き、赤い絨毯が敷かれた広間へと通された。


 その奥に座していたのが、辺境伯ライナルト。

 壮年の男であり、灰色の髪を後ろに撫でつけ、威厳と苦労の色を兼ね備えていた。


「よくぞ参られた、ディラン殿」


 低く響く声に、館の空気が震える。

 ディランは一歩前に進み、深々と頭を下げた。


「お招きにあずかり、光栄です」


 領主の瞳が鋭く彼を射抜く。

 その眼差しは、見極めるためのもの。

 噂に聞く「追放された闇魔法使い」が、本当に信じうる存在かどうか。


 「聞いておるぞ。村を魔物から救ったと」

「はい。偶然、通りがかっただけですが」

「偶然、か。……しかし村人の証言では、お前がいなければ皆死んでいたと」


 ライナルトの声は硬い。だが、その奥底には希望の色がある。


「正直に申そう。我が領は今、危機に瀕しておる。魔物の侵攻、盗賊の跳梁、疫病の流行……兵も資金も足りぬ」


 その言葉に、館の空気が重くなる。

 家臣たちは顔を曇らせ、文官は震える手で書状を握っている。


「だが、このまま見過ごすわけにはいかぬ。――そこでだ、ディラン殿。お前の力を貸してはくれぬか」


 領主が頭を下げた。

 辺境を背負う男が、一介の放浪者に。


 館にざわめきが走る。

「領主様が、頭を……!」

「そんな……前代未聞だ……!」


 しかしライナルトは顔を上げ、真っ直ぐにディランを見つめた。

「我が領の未来は、もはやお前のような異端の力に賭けるしかない。頼む」


 ディランはしばし考えた。

 王都では、闇魔法を忌み嫌われ、追放された。

 居場所はなく、名誉もなく、ただ放浪を続けてきた。


 だが今、目の前の男は違う。

 偏見ではなく、必要だからと手を差し伸べている。


「……わかりました」


 静かに、しかしはっきりと答える。

「僕でよければ、この領に仕えます。人々が安心して暮らせるように、力を尽くしましょう」


 その瞬間、広間の空気が変わった。

 押し殺した息が漏れ、家臣の中には涙ぐむ者すらいた。


「よくぞ言った! これよりお前は、我が直臣である! 辺境伯ライナルトの名において命ずる! ディラン・アークレイン、我が領の守護者たれ!」


 高らかな宣言に、兵士たちの剣が掲げられ、館は歓声に包まれた。


 その夜。

 館の一室が与えられた。

 窓からは荒野を渡る風が吹き込み、遠くの山影が月明かりに浮かんでいる。


 ディランは椅子に腰掛け、ため息をついた。

「……結局、こうなるんですね」


 机の上には、領主から手渡された命令書が置かれている。

 「村の復興」「魔物の討伐」「防衛線の再建」――やるべきことは山のようだ。


 しかし、胸の奥は不思議と軽い。

 王都ではなかったものが、ここにはある。

 自分を必要とし、信じる声。


 ディランはゆっくりと目を閉じ、明日への決意を胸に刻んだ。


 翌朝、館の執務室へと呼ばれたディランは、領主ライナルトの家族と対面した。


「紹介しよう。これが我が娘、リリアーネだ」


 領主の隣に立つ少女は、年の頃十六、七。

 栗色の髪を肩で揺らし、大きな翠の瞳が真っ直ぐにディランを見つめていた。

 領主の血を引くだけあって凛とした立ち姿だが、その眼差しにはまだ少女らしい不安の色も残っている。


「……父上、この方が例の魔法使いなのですか?」

「うむ。村を救った英雄だ」

「英雄、というより……ただの怪しい人にしか見えませんけど」


 リリアーネは口を尖らせ、失礼なほど露骨に疑いの目を向けてきた。

 ディランは苦笑しながらも、軽く頭を下げる。

「お初にお目にかかります。怪しくても役には立ちますので」


 その返しに、彼女は一瞬呆気にとられ、思わず吹き出してしまった。

「……変な人」


 場の空気がわずかに和んだ。


 さらに奥から、もう一人現れる。

「兄上、紹介してくださるのか?」


 現れたのは、領主の妹であるクラリス。

 二十代前半、柔らかい金髪を三つ編みにし、落ち着いた物腰で歩み出る。

 だがその瞳には領主家の人間らしい聡明さと警戒が宿っていた。


「クラリスだ。兄の領を支えている。……あなたが、あの闇魔法使いね?」

「はい、ディラン・アークレインです」

「ふむ。王都で忌避され、追放された者が、今は辺境の守護者に……。世の巡り合わせとは面白いものね」


 その声音はどこか探るようで、彼女が観察眼に優れた人物であることを示していた。

 リリアーネが子どもらしい疑念を抱くのに対し、クラリスは理知的に距離を測る。

 ――この二人との関係が、今後の館での日々に影響していくのだろう。


 館の中庭では、兵士たちが鍛錬に励んでいた。

 剣を振るい、盾を構え、掛け声が響く。


「おい、あれが噂の闇魔法使いか」

「こんな普通の兄ちゃんが……?」

「村を魔物から救ったってのも誇張じゃねぇのか」


 兵士たちは口々に囁き合い、好奇の視線を向ける。

 中にはあからさまに侮蔑の目を投げかける者もいた。


「魔法使いが剣も持たずに戦えるかよ」

「闇魔法なんて、聞くだけで気味が悪い」


 そんな声に、ディランは首を傾げた。

「んー……じゃあ、ちょっと試してみます?」


 そう言って掌をかざす。

 黒い魔力が渦を巻き、瞬く間に兵士の剣を影の手が絡め取った。

 引き抜こうとしてもびくともしない。


「な、なんだこれ!?」

「動かねぇ!」


 兵士たちが慌てふためく中、ディランは肩を竦めた。

「まあ、こんな程度ですよ。……でも使い方を間違えなければ、十分役に立ちます」


 そう告げて影を解放すると、剣は地面に転がった。

 兵士たちは顔を見合わせ、先ほどまでの侮蔑は消え失せていた。


「……ただ者じゃねぇな」

「本当に村を救ったのかもしれん」


 その場にいた若い兵士が一歩前へ出て、深々と頭を下げた。

「どうか、俺たちに魔法の扱いを教えてください! 剣しか知らない俺たちに、少しでも……!」


 ディランは目を丸くし、それからにっこり笑った。

「いいですよ。僕も教えるの、嫌いじゃないんで」


 その瞬間、兵士たちの視線が変わった。

 怪しい放浪者から、頼れる師へと。


 館での生活は、王都の華やかさとは違い、質素そのものだった。

 だがディランはそれを苦にせず、むしろ楽しんでいるように見えた。


「ディラン様、こちらが朝食でございます」

「ありがとうございます。……あれ、これって領主様の分じゃないですか?」

「いいえ! それはディラン様専用で……!」

「いやいや、僕は昨日のパンで十分ですよ」


 そんなやりとりに、侍女たちは困り顔をしながらも笑みをこぼす。


 またある時は、リリアーネに魔法を披露してみせた。

 影で鳥の形を作り、空を舞わせる。

「わぁ……!」と目を輝かせる彼女に、クラリスが冷ややかに言う。

「子どもを楽しませるのが仕事ではないのよ」

「でも、笑顔を見るのも悪くないですよね」

「……変な人」


 そのやりとりにリリアーネは吹き出し、クラリスは眉をひそめた。


 数日後。

 領主の執務室に、息を切らした斥候が飛び込んできた。


「ご報告いたします! 北の街道に、盗賊団らしき動きあり!」

「何……!」


 地図が広げられ、斥候の指が街道を示す。

 そこは交易の要所であり、もし奪われれば物資の流通は途絶える。


「数は?」

「少なくとも三十。だが増えている可能性も……」


 家臣たちがざわめき、リリアーネは顔を青ざめさせた。

「父上……どうするのですか」


 ライナルトは沈痛な面持ちで腕を組む。

「兵を動かすにも数が足りぬ……」


 その時、静かな声が響いた。


「なら、僕が行きましょう」


 皆の視線がディランに注がれる。

 彼はただ、淡々と立ち上がった。


「放っておけば村々が危険にさらされます。領主様に頭を下げられた以上、僕は守ると決めましたから」


 言葉に虚勢はなく、ただ自然体。

 だがその静けさこそが、館の誰もを震えさせた。


 ライナルトは深く頷き、命じた。

「よかろう。ディラン、兵を率いて盗賊団を討て。――この領の未来を、お前に託す!」


 こうして、ディランの本格的な初陣が幕を開けるのだった。

少し長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございます。

毎日更新しています。

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