魔将会議
楽しんでいただけると嬉しいです。
漆黒の塔は、月も届かぬ廃都のど真ん中にあった。
石造りの廊柱は折れ、壁面には古の魔紋がひび割れながらも淡く輝いている。
その輝きの中心、巨大な魔法陣が描かれた広間で、八つあった椅子のうち二つが空席になっていた。
その虚無を見つめるように、仮面の男――ザハリエルが立っていた。
金と黒の仮面は人の表情を拒むように静かで、どこまでも底知れない。
彼の周囲に六つの影が集う。
まず一人目、鋭い刃のような気配を纏い、気配すら風のように消す存在。
黒衣の中から鈍く光る双刃が覗く。
――《影刃》ヴァルゼル。
二人目、白銀の髪を持ち、氷雪の結晶を散らしながら歩む女。
冷気が広間を覆い、息をすれば凍るほどの寒気を放っていた。
――《氷葬》セリュネ。
そして残りの四人――
亡骸の衣をまとった《屍姫》ルティア。
仮面と楽器を持つ《幻奏》リュシフェル。
巨体の《戦鬼》グロウザル。
どこか血の匂いを漂わせる残りの二体が、イグナドとオルグラの座を見つめていた。
ザハリエルは仮面の下で小さく息を吐く。
その音が、静寂の中でひどく響いた。
「……二つの炎は消えた。だが、我らが王の復活の歯車は止まらぬ」
低く、深く、底冷えする声。
ルティアが唇を歪めた。
「イグナドはあまりにも派手に暴れすぎたのよ。人間ごときに屠られるなんて、笑えないわ」
グロウザルが拳を鳴らす。
「ならば俺が次に出る。血を浴び、骨を砕く感触を……ずいぶん待った」
セリュネが冷たく睨む。
「戦う前に頭を使いなさい。あなたの愚行が、また我らの計画を遅らせる」
ヴァルゼルが影の中から微笑する。
「頭を使うのは俺の仕事だ。……だが動くべきは時、だろう? 仮面の賢者」
ザハリエルはゆっくりと手を広げた。
床の魔法陣が脈動し、各魔将の影が壁に伸びる。
「――魔王の魂の器は、見つかりつつある」
全員の視線が、仮面の奥に集まる。
「名はディラン。人の身でありながら、闇を支配した唯一の存在。
我が王を“封じた”あの血筋とは無縁に見えるが……その魂は、黒き魔王の欠片と共鳴している」
沈黙が走る。
ルティアの赤い唇が微かに歪む。
「面白いじゃない。闇を使う人間が王の器だなんて。あの頃の人間どもは、光しか知らぬ弱者だったのに」
リュシフェルが指先で弦を弾く。幻想の旋律が静かに塔を震わせた。
「器……か。音も魂も、似た波を持つ者同士が引かれ合う。
ならば、王の魂は今、この世に近づきつつあるということだね?」
ザハリエルは頷いた。
「そうだ。ゆえに次の段階に移る。
ヴァルゼル、貴様は“王の血”を狙え。レグナントの王族の命を削げ。
奴が動かざるを得ぬ状況を作るのだ」
ヴァルゼルの輪郭が一瞬で薄れ、まるで空気に溶けるように姿を消す。
「了解した。影は常に王の傍に――」
残る魔将たちがそれぞれの方角へ散り、
広間には仮面の男ひとりが残った。
ザハリエルは仮面の奥で微かに笑む。
「……ディラン。お前が選んだ“人としての道”が、
果たしてどれほどの闇に耐えられるか。
――王の魂が、お前を喰らう前に、な」
その声が、塔の闇に吸い込まれていった。
ヴァルゼルは夜を歩く。
彼の足跡は音もなく、通り過ぎた空気すら切り裂かれるような気配を残さない。
影そのものが彼の衣であり、刃であり、存在だった。
レグナント王国――王都ラグランジェの灯火が遠くに見える。
王宮の上空、満月を背に彼は立つ。
「王の血……レオニール王子、セレナ姫、ディアナ王妃。
どれでもいい。闇を動かすためには、光の核を砕く必要がある」
影が揺らめき、彼の背後から冷気が吹いた。
振り向けば、氷の女セリュネがそこに立っていた。
「あなたも動くのね」
ヴァルゼルは微笑した。
「氷葬の乙女が自ら外に出るとは珍しい。……何を企んでいる?」
「封印が溶けている。北の氷原で、王の眠る棺が脈動を始めた。
この世界が、また血と闇を求めているのよ」
セリュネの瞳には、氷のような諦めと興奮が混じっていた。
ヴァルゼルは静かに頭を下げる。
「ならば、我らの舞台は整いつつあるということか。
――王が目覚めるまで、影は舞い、血は凍る」
二人の姿が夜空に溶ける。
月の光が塔の残骸を照らし、風が血と氷の香を運んだ。
そして、仮面の塔の最上階。
ザハリエルが再び虚空を見上げ、低く呟く。
「再誕まで、あと――六つの魂」
風が鳴り、塔が軋む音が遠ざかる。
闇は世界の奥で蠢き始めていた。
オルグラ封印から三日が経った。
砂漠の風はまだ荒れている。封印の余波で地脈が軋み、熱と冷気が入り混じる奇妙な空が広がっていた。
王都ナハルディアの一角。
王女リィナは静かに寝台に横たわっていた。
その胸元から淡い赤光が、脈打つように明滅する。
封印に血を捧げた代償――“王血の呪印”が再び目を覚ましたのだ。
額に汗を浮かべ、苦しげに身をよじるリィナの手を、ディランが押さえていた。
彼の掌から流れ出る黒い魔力が、彼女の呪を覆うように包み込む。
「……少しは、楽か?」
「ええ……ごめんなさい。あなたに、こんなことまで……」
リィナは息を整えながら微笑む。
その声はか細いが、芯のある強さを保っていた。
「俺の闇は呪いを食う。だが、お前の血そのものが“鍵”だ……完全には封じきれない」
「封じるために、この身を捧げる覚悟はあります。オルグラが目覚めぬ限り、この国は生きられる」
ディランは首を振る。
「その覚悟はもう十分に見た。お前はもう、犠牲になる側じゃない。
――共に生きる側だ、リィナ」
その瞬間、リィナの瞳が震えた。
彼女は初めて、“王女”ではなく“ひとりの人間”として名を呼ばれた気がした。
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