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バルゼナ王国との同盟を果たしてから、二月ほどが過ぎていた。
レグナント王国はようやく戦の傷を癒やしつつあったが、ディランの胸には、常に黒い雲のような違和感が漂っていた。
――ザハリエルが最後に残した言葉。
《我ら八柱は、主の復活のため、それぞれの地を満たす。血と呪いと憎悪でな》
その“八魔将”の一柱が炎を統べるイグナドだったのなら、まだ七つの災厄が残っているということだ。
そして、次の異変は砂の彼方からやってきた。
「砂の国が……荒れている?」
王都ラグランジェの作戦会議室で、セレナ姫が報告書を手にして目を見開いた。
報告をもたらしたのは、バルゼナから帰還したばかりのディランである。
彼の前にはレオニール王子とディアナ王妃が並び、重い沈黙が落ちていた。
「はい。バルゼナからの交易路で、獣人の商隊が襲撃を受けた。
加害者は同族――ザルハンの獣人たち自身だったとのことです」
「同族が同族を……?」
レオニール王子が顔をしかめる。
「報告によれば、彼らはまるで理性を失ったように暴れ、仲間を噛み裂き、血を啜った。まるで“獣”そのものだったと」
沈黙が再び落ちる。
誰もが同じ推測にたどり着いていた。
「――ザハリエルの仕業か」
ディランの低い声が、部屋の空気を震わせた。
「可能性は高いわ」
ディアナ王妃が瞳を閉じ、重く息を吐く。
「砂の国ザルハンには、古くから“獣の血脈”という伝承がある。
もしそれが呪いに変わったなら……国そのものが獣の巣窟になるわ」
「では、調査を――」
「僕が行きます」
ディランが一歩前に出た…
「僕と、それにセリナ。彼女は商人としての顔もある。砂の交易路には強い」
セリナが頷く。
「了解したわ。ザルハン……また厄介な土地ね。日中の熱、夜の寒気、魔物の棲む砂の迷路。
でも、行くなら準備は早い方がいい」
レオニール王子がゆっくりと立ち上がる。
「頼む、ディラン。ザハリエルを追う手がかりを掴んでくれ」
「はい。……必ず」
こうして、彼らの次なる旅路が決まった。
目的地――砂塵に覆われた獣の王国、ザルハン。
レグナント王国と同盟関係にあるバルゼナ王国からはアルノルトが使節として派遣された。
陽は焼け爛れた天を貫き、風は砂を巻き上げ、地平線の果てまで褐色に霞ませていた。
砂海の国――ザルハン。
人々は砂と共に生き、砂と共に死ぬ。古くからこの地を支配する獣人の血族と、人の王家が共に築いた国である。
だが、今、その均衡は揺らいでいた。
飢えと狂気が、砂を赤く染め始めていた。
レグナント王国の使節として訪れたディランは、額を覆う布の下から灼ける風を見据えた。
その隣を進むのは、双剣を背にしたセリナ。
そして――白銀の鎧を纏う、バルゼナ王国の女騎士アルノルト・フォルネア。
砂漠を越える三騎の影が、ようやく砂都の外壁を視界に捉えた。
巨大な黒石の城壁が、砂に沈みながらも誇り高くそびえている。
「……これが、砂の都。」
「そうだ。砂の底に沈まぬよう、祈りを捧げ続けて建てられた城だと聞く。」
ディランの言葉に、アルノルトが頷く。
「バルゼナの城も堅牢だが……この乾いた空気には、別の強さがあるわね。」
その声には、かすかに疲れが滲んでいた。
バルゼナでの戦い――紅蓮王イグナドとの死闘から、まだ日が浅い。
だがアルノルトは、使節としての職務を自ら望んで引き受けていた。
女騎士として、そして、同盟を結んだ隣国の代表として。
城門をくぐると、迎えに現れたのは褐色の肌に金の瞳を持つ少女――ザルハン王女リィナ。
彼女は十七の年頃で、まだ華奢な肩に金の飾り布をかけていたが、その瞳には砂漠のような深い知性があった。
「遠き地よりの客人、ようこそザルハンへ。……あなたがレグナントのディラン殿、そしてバルゼナのアルノルト殿ですね」
「ああ、王女殿下。砂の国の噂は聞いていましたが……これほどまでとは」
ディランが軽く頭を下げ、アルノルトも騎士の礼を取る。
「光栄にございます。殿下の導きのもと、この地の真を見定めに参りました。」
言葉の奥に、互いの立場を量るような静かな火花が散る。
外交の場とは、常に戦場の一端でもある。
到着から三日。
彼らはザルハン西方の交易路――《風裂の谷》で奇妙な噂を聞きつけた。
獣人の商隊が全滅し、荷車ごと砂に呑まれたという。
現地を訪れたディランたちが目にしたのは、地に刻まれた血の円紋だった。
乾いた砂の上で、血が赤黒く焼け焦げている。
「……これは……」
セリナが言葉を失い、アルノルトが膝をつく。
「見間違えるものですか。――この紋、バルゼナ南方の廃村で見たわ。『飢えの印』……」
ディランの表情が、僅かに険しくなる。
「飢獣の印、か。……八魔将の一柱――“飢獣オルグラ”。」
風が砂を巻き上げ、焦げた骨をさらう。
それはもはや自然の災厄ではない。
明確な意志をもって、この地を蝕んでいた。
「ザハリエルが動いている……」
ディランは呟く。
「イグナドを討たれた後、奴は沈黙していた。だが、これは――」
「あいつの次の布石、というわけね。」
アルノルトが言葉を継ぎ、握る手に力をこめる。
ザルハンの夜は、静寂のようでいて息をしていた。
砂は冷え、風は柔らかく、星々は地上の塵に溶けるように瞬いている。
その光の下を、四人の影が進んでいた。
ディラン、アルノルト、セリナ――そして王女リィナ。
王家の護衛を振り切り、彼女は自ら先頭に立っていた。
「……本当に、殿下自ら行かれるおつもりで?」
アルノルトが歩調を合わせながら問う。
リィナは軽く笑った。
「ええ。砂の国の王族は、何かを“見ない”ことで守られてはならないのです。見るべきものを見てこそ、王に仕える資格がある――そう教わって育ちました。」
その声音には、若さの中に確かな芯があった。
王族というより、民の中に立つひとりの指導者としての覚悟が、そこに見える。
「……良い国だ。」
ディランが呟く。
「血や地ではなく、意志を重んじる国。それは古い時代には失われた価値だ。」
リィナが振り向き、薄く微笑む。
「そう言っていただけると嬉しいわ。けれど、その“意志”さえも砂に呑まれようとしています。」
「……封印が、揺らいでいるのだな。」
「はい。砂の底から、夜ごと声が聞こえるのです。“飢えた獣の呻き”と人々は恐れています。」
言葉の後、四人は沈黙のまま神殿への階段を下った。
足元の砂は次第に石へと変わり、冷たい空気が頬を撫でる。
松明の火が、古代文字を浮かび上がらせる。
そこには「血をもって封ぜよ」と刻まれていた。
広間の中央、黒曜石の台座の上に、巨大な獣の骨が縫いとめられている。
まるで大地そのものがその身を拒絶したように、鎖で何重にも縛られていた。
「これが……オルグラの骸か。」
ディランが歩み寄り、杖の先で空気の流れを探る。
「……いや、骸ではない。まだ“息”をしている。」
「息を?」
「封印というより、眠りだ。誰かが外から揺り起こそうとしている。」
リィナの顔から、血の気が引いた。
「……そんな。神殿の封印は、王家と大巫女が継承してきたはず。外部から干渉できるはずが――」
「“干渉”じゃない、“共鳴”だ。」
ディランの声が低くなる。
「封印の核と同じ性質を持つ魔力……つまり、呼び覚ますための“鍵”が、どこかに存在している。」
その時、アルノルトが何かに気づいたように顔を上げる。
「……殿下。封印の儀の際、王族は何を捧げる?」
「血です。」
リィナは小さく頷いた。
「王家は代々、砂の神に血を捧げてきました。わたしたちの血脈こそ、封印の楔――」
「ならば、封印を解くにもその血が必要だ。」
ディランが眼を細める。
「ザハリエル……やはり貴様が動いているな。」
その名を口にした瞬間、地下が鳴動した。
石壁の間から黒い霧が滲み出し、松明の炎が一斉に揺らめく。
セリナが叫んだ。
「来るよッ!」
轟音とともに、鎖が一本、軋みながら外れた。
封印の台座が震え、骸の中から低い鼓動が響く。
オルグラの骨が、まるで内側から膨れ上がるように動き始めた。
⸻
しかしその混乱の中で、ディランの視線はただ一点に釘付けになった。
――リィナの左手首に、淡く赤い紋が浮かび上がっていたのだ。
血のようでいて、どこか光を孕んでいる。
まるで、誰かに刻まれた“呼び声”のように。
「殿下、その印は……!」
「え……?」
見下ろした瞬間、リィナの体が震えた。
「わ、私……なにか……燃えるように……!」
ディランが駆け寄り、印に掌をかざす。
闇の魔力を流し込み、暴走を抑え込むが、黒い靄が空気を食うように広がっていく。
「アルノルト、セリナ! 陣を展開しろ!」
「了解!」
「《聖光陣・交差》!」
光の輪が床に広がり、黒霧とぶつかる。
だがその瞬間――台座の中心で、獣の眼が開いた。
⸻
「……飢エタ……」
「あれが――“飢獣オルグラ”!」
凄まじい魔力が神殿全体を薙ぎ払った。
砂が宙を舞い、石壁が裂け、空間そのものが歪む。
その巨躯は肉の塊のように脈打ち、腐臭と共に咆哮を上げた。
「リィナ殿下を離せ! 奴は血の楔を媒介にして蘇ろうとしてる!」
「――でも、この印、痛くないの……。まるで、呼ばれているような……」
「駄目だッ!」
ディランが叫び、魔力を叩き込む。
「それこそ奴の罠だ!」
地を割って、飢獣の腕が伸びる。
しかし、アルノルトが咄嗟に盾を構えた。
炎の刃が衝突し、光が弾ける。
「殿下を触らせるな! 我々は――王を護るためにある!」
「さすがは女騎士……!」セリナが息をつきながら呟く。
神殿の奥で、砂の壁が崩れ、古代の祈祷文字が一斉に輝き始めた。
封印が破られる。
このままでは、神そのものが地上に解き放たれてしまう。
⸻
その時、ディランが小声で呟いた。
「……まだ間に合う。封印陣を逆転させる――アルノルト、時間を稼げ!」
「了解! ……行くわよ、セリナ!」
「分かってる!」
セリナの双剣が光を帯び、アルノルトの剣と交錯する。
刃の軌跡が光の網を作り、オルグラの足を絡め取る。
その隙に、ディランは黒の魔法陣を展開した。
「闇は秩序、闇は理。――封ぜよ、虚無の環!」
闇が光を喰らい、爆ぜた。
神殿全体が震え、獣の咆哮が途絶える。
骨の鎖が再び締まり、封印が修復されていく。
⸻
静寂のあと。
リィナは膝をつき、胸に手を当てていた。
彼女の腕の印はまだ微かに輝いている。
「……すみません。私が封印を……弱めてしまったのですね。」
「違う。」ディランが首を振る。
「貴女は選ばれた。“器”として。ザハリエルの呪いが、貴女を通して復活を進めている。」
「器……?」
「八魔将を討つたびに、奴はその“欠片”をどこかへ移している。……その一つが、貴女の中に。」
リィナは静かに目を伏せた。
恐怖ではなく、決意が宿っていた。
「では――この血をどう使うか、私が決める番ですね。」
その言葉に、ディランはほんの一瞬、笑みをこぼした。
「……強いな、王女殿下。」
「ええ。砂の国の娘ですもの。」
風が吹き抜け、松明が消えた。
残った光は、彼女の印の赤だけだった。
少し長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございます。
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