ヴァルトレイン防衛戦
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――大地が鳴動した。
最初は地震かと錯覚した。だが次第にそれは、無数の鉄蹄が大地を叩く音、重装の魔物たちの足音へと変わる。
空を覆うのは炎に包まれた飛竜。赤熱した鱗の隙間から火花を散らし、叫び声と共に熱風を吹き下ろす。
地を揺らすのは、炎を宿す巨人たち。大地を歩くだけで草木を焼き、石を砕く。
その先頭を進むのは――紅蓮の鎧を纏い、巨大な火炎の剣を携えた魔族。
《紅蓮王》イグナド。
その巨躯は人の倍を超え、まるで歩く灼熱の城塞のようだった。
「見ろ……! 炎の王だ……!」
「化け物だ……どうすれば……」
城壁の上から見下ろす兵士たちの声は、もはや恐怖に震えていた。
矢筒を握る手が汗で滑り、槍を支える腕が痙攣する。
それでも――退くわけにはいかない。ここを抜かれれば、王都ヴァルトレインは炎に呑まれる。
⸻
城門前。
アルノルトは自ら前線に立ち、騎士団に声を張り上げた。
「聞け! 恐れはあるだろう。しかし殿下は我らと共におられる! 背を向けるな! この剣をもって、炎の軍勢を退けるのだ!」
その言葉に、兵士たちは声を揃えた。
「おおおおお!」
恐怖を押し殺す咆哮。震えを力に変えようとする声が、城壁に響き渡った。
その背後から、群衆に向けて姿を現したのはイリス王女だった。
彼女は白銀のマントを翻し、群衆の前に立つと手を高く掲げた。
「我らは炎に屈しません! 私は、最後までここにいます!」
その凛とした声に、民の中からすすり泣きと共に拍手が湧き起こる。
小さな祈りが、やがて大きな叫びに変わっていった。
⸻
ディランは城壁上で杖を構え、迫る炎を見つめていた。
彼の目は冷静だったが、その奥には激しい決意が燃えていた。
「闇よ――来る炎を、呑み砕け」
低く詠唱を囁くと、城壁前に黒き障壁が展開される。
漆黒の膜が空気を震わせ、炎の奔流に抗うように広がった。
次の瞬間――
イグナドが振り下ろした火炎の剣から、灼熱の斬撃が放たれた。
炎の奔流が地を裂き、城門を丸ごと溶かすほどの力をもって襲いかかる。
だが、漆黒の障壁がそれを受け止めた。
轟音と共に炎と闇がぶつかり合い、空気が弾ける。
爆風に兵士たちが吹き飛ばされ、石畳が砕けた。
――だが、城はまだ無事だった。
「し、城が……燃えてない……!」
「闇の魔導士様が……止めたんだ!」
兵士と民の間から歓声が上がる。
それは小さな光だったが、闇夜を裂く炎の中で確かに希望を灯した。
⸻
セリナは城壁の隙間から身を乗り出し、双剣を構えた。
「よっし! あんたが盾なら、あたしは刃だ! ――さぁ、暴れてやる!」
彼女は城壁から飛び降り、漆黒の影が伸びて受け止めた。
ディランが彼女を補助していた。
「無茶をするな、セリナ!」
「無茶じゃないよ、勝負は派手な方がいいんだから!」
その軽口を最後に、彼女は炎に包まれた魔物の群れへ突撃していった。
⸻
戦いの幕は、いま開かれた。
紅蓮と闇とがぶつかり合い、ヴァルトレインを舞台に史上最大の攻防戦が始まろうとしていた――。
城門前の広場が、まるで地獄と化していた。
燃え盛る炎に包まれた魔物の群れが、波のように押し寄せてくる。
獣人のような魔族、炎を纏った鎧兵、そして火竜たちが空から火の雨を降らせていた。
脇を駆け抜ける影――セリナだった。
双剣を閃かせ、彼女は炎の魔物の群れに飛び込む。
「どきな、雑魚ども!」
軽やかな身のこなしで敵の爪を躱し、反転して首筋を切り裂く。
熱風に焼かれ、髪が焦げる匂いが漂うが、彼女の瞳は恐れを知らなかった。
炎の巨人が腕を振り下ろす。
だがセリナは舞うように回避し、その影を縫うように突き進む。
瞬間、巨人の足首を双剣が裂き、膝を崩させた。
その隙に兵士たちが一斉に槍を突き立てる。
「ほらね! あたしが開けた道だよ!」
彼女は血煙の中で笑い、再び戦場に飛び込んでいった。
城壁上から全軍に声を飛ばすのは、剣を手にしたアルノルト。
「怯むな! 槍兵は前へ! 弓兵は火竜を狙え! 魔術師は防御を最優先だ!」
その声は炎にかき消されそうになりながらも、兵士たちの心に届いた。
アルノルト自身もまた、最前線に立つ。
燃え盛る魔物が城門を叩き破ろうとした瞬間、彼の剣が閃いた。
蒼白の光を帯びた斬撃が炎を裂き、魔物を吹き飛ばす。
「ここは通さん!」
若き騎士の叫びが、戦場に鋼の意志を刻みつける。
一方で後方。
バルゼナ王国の姫――イリスは、裾をまくり上げながら負傷兵の救護に奔走していた。
「止血を! この薬草を使って! 魔術師は癒しの術を惜しまないで!」
彼女の手は震えていたが、その声は凛としていた。
兵士たちは「姫がここまでしてくださるのか」と驚きつつも、その姿に勇気づけられていた。
焼け焦げた匂い、呻き声、血の色――それらの中にあっても、イリスは聡明な瞳を失わない。
「この国を守るのは、兵士だけではありません。わたくしも同じ――!」
少女のような声が、戦場に静かな力を与えていた。
そして――戦場の中心。
漆黒の外套を翻したディランは、杖を構えたまま進み出た。
炎の群れを割って現れるのは、紅蓮の鎧を纏った巨躯。
《紅蓮王》イグナドが、ついに姿を現した。
「闇の小僧か。貴様がこの国の希望だと?」
声は雷鳴のように響き、熱波を伴って押し寄せる。
「そうだ。俺が止める」
ディランの瞳は揺るがない。
イグナドは嘲笑と共に剣を振り下ろした。
紅蓮の剣閃が地を裂き、石畳を溶かしながら迫る。
ディランは即座に詠唱を走らせる。
「――《影障壁》!」
闇の障壁が展開され、炎の奔流を受け止めた。
轟音と爆炎、闇と炎が激突し、周囲の兵士たちを吹き飛ばす。
「小癪な……!」
イグナドはさらに炎を纏い、剣を振るう。
その一撃一撃は山をも砕くほどの威力。
しかしディランは魔術で受け流し、影の槍で反撃する。
「炎王イグナド――お前はただの暴君ではない。背後にいるのはザハリエルだな」
その名を呼ばれ、イグナドの瞳が一瞬だけ揺らいだ。
「……ふん。貴様に知る必要はない。だがその名を口にした時点で、命は残らぬと思え!」
二人の衝突は、戦場の流れを決する死闘となりつつあった。
⸻
ヴァルトレインの城壁の上では、アルノルトが必死に指揮を続け、セリナが戦場を駆け回る。
そして中央では、ディランとイグナド。
闇と炎、二つの力が激しくぶつかり合い、空すら焦げ付かせていた。
――ヴァルトレイン防衛戦。
それは、バルゼナ王国の存亡をかけた最大の戦いであり、魔王復活を阻むための最初の大きな峠であった。
ヴァルトレインの空は赤黒く染まっていた。
街の上空を覆う炎の渦と、地を這う闇の霧がぶつかり合い、爆ぜるたびに空気そのものが悲鳴を上げる。
城壁の上に立つ兵士たちは戦慄しながらも、その中心で戦う二人から目を逸らせなかった。
一人は紅蓮を纏いし災厄の王――《紅蓮王》イグナド。
その存在だけで周囲の石畳は溶け、城壁は赤く爛れ、熱波により兵士たちの肌は焼ける。
もう一人は、闇をその身に宿す放浪の魔法使い――ディラン。
黒衣を翻し、影の障壁を次々と展開しては、灼熱の奔流を受け止め、闇の矢を放って応戦する。
⸻
「ディラン……お前の力、王国を裏切り追放された者にしては見事だ」
イグナドは紅蓮の剣を掲げ、にやりと笑う。
「だが、俺の炎は世界を焼き尽くす。その力に抗うことなど、誰にもできぬ」
「抗うためじゃない」
ディランは低く、静かに応じた。
「守るために……ここでお前を止める」
その言葉と同時に、闇が蠢き、影から数十本の黒槍が形成される。
地を裂き、空を貫き、紅蓮の巨体へと殺到する。
⸻
イグナドは炎の剣を振るい、一薙ぎで黒槍を焼き払った。
その炎はただの熱ではない。燃えるものすべてを「存在ごと燃やし尽くす」呪いじみた力だった。
ディランの黒槍は次々に掻き消され、空気に焦げた匂いが広がる。
「闇など、炎の前ではただの影に過ぎん!」
イグナドが豪炎を吐き出す。火焔の竜が数体生み出され、咆哮とともにディランへ襲いかかった。
⸻
「……甘いな」
ディランは手をかざす。
瞬間、足元の影から漆黒の顎が伸び、炎の竜の首を食い破った。
闇の獣が次々と生まれ、炎の竜と噛み合い、夜と昼が戦うかのような光景を作り出す。
「俺の闇は……存在を喰らう闇だ。炎も、光も、例外じゃない」
押し寄せる炎と闇が拮抗し、轟音と共に爆発が広がる。
兵士たちは耳を塞ぎ、城壁は震え、瓦礫が降り注いだ。
⸻
「フハハハ! 面白い!」
イグナドの眼に狂気の炎が宿る。
「久しく、俺の力を受け止める者はいなかった! ならば貴様を焼き尽くし――魔王復活の礎としてくれる!」
「……魔王復活、か」
ディランの目が鋭く光る。
「やはり背後にいるのは、あの仮面の魔族――ザハリエルだな」
イグナドは一瞬、口元を歪めた。
「名を知っていたか……だが、その知識に価値はない。貴様もこの国も、すべて炎に沈むのだから!」
⸻
紅蓮王が両腕を広げた。
その周囲に火山の噴火のごときマグマの柱が立ち昇り、空からは火の雨が降り注ぐ。
街の建物は次々と崩壊し、兵士たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
だがディランは揺るがない。
全身を黒き光が覆い、地に広がる影が一気に膨張する。
「《奈落の帳》」
影が街全体を覆い、炎の雨を飲み込んで消していく。
その様は、紅蓮の空を食い破り、闇の夜を呼び戻すかのようだった。
⸻
イグナドの表情が初めて揺らぐ。
「何……? 俺の炎が……飲まれている……だと?」
「お前の炎は破壊の力だ。だが破壊は、制御されなければただの暴走に過ぎない」
ディランの声が響く。
「俺の闇は、全てを制御する闇。炎も光も――全て呑み、秩序に組み込む」
紅蓮と闇が再び激突する。
その衝撃波は城壁を砕き、地を割り、人々の息を奪った。
だが、その中でも――ディランは決して後退しなかった。
少し長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございます。
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