会談
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広間の扉が重々しく開かれると、そこには豪奢な玉座と長い会議卓が据えられていた。
燭台の光に照らされ、国王バルゼン四世が威厳を漂わせて座している。豊かな髭を蓄えたその眼光は、相手を一瞥するだけで気圧されるほどだった。
ディランたちは王宮の儀礼官の案内で進み、定められた位置で一礼する。
「レグナント王国の使者、ディラン・アークレイン。並びに護衛のアルノルト、随行商人セリナでございます」
低く響く声で名乗ると、王はゆっくりと頷いた。
「遠路よく参られた。聞き及んでおる。レグナント王国は近頃、魔物の動きが激化しておると」
ディランは深く一礼し、言葉を選ぶ。
「はい。魔族の暗躍が確かに存在いたします。我らが王国はすでに数件の襲撃を受け、その背後には人為的な影が絡んでいることを掴んでおります」
重い空気が広間に流れる。
国王の隣に控えるイリス姫は真剣な眼差しでディランを見据えていた。
「貴殿らは、その影を『魔族』と断じるのか?」
国王の問いは厳しい。
「ただの魔物の跋扈ではなく?」
「断じて魔族です」
ディランの声は揺るがなかった。
「我が国で対峙したのは、魔王直属八将の一人を名乗る者。力も、知略も、凡百の魔物とは比較になりません」
王の眉が僅かに動く。
会議卓の両脇に並ぶ大臣や将軍らもざわめき、視線を交わした。
その時、イリス姫がすっと口を開く。
「父上。レグナント王国の報告は決して軽んじるべきではございません。近年、我が国の北辺でも未確認の魔物の目撃が相次いでおります。しかも従来の生態からは考えられぬ行動を示していると」
国王は娘に目をやり、しばし沈黙した。
やがて低く唸るように言う。
「……我が国が同盟に踏み切れば、交易の安定は揺らぐ。魔族との戦に巻き込まれることも覚悟せねばならぬ」
その言葉に、セリナが前に一歩進み出た。
「恐れながら――商人として申し上げます。魔族の侵攻は交易を断ち切ります。戦わずに被害を受けるより、共に立つほうが商いにとっても遥かに利となりましょう」
その一言に、広間の視線が集まった。
若き商人の気迫に、場が一瞬引き締まる。
ディランも続ける。
「我が国は盟約を求めますが、押しつけはいたしません。むしろ共に立つことで、互いの未来を繋げたいのです」
国王は長く顎髭を撫で、沈思する。
やがてゆっくりと告げた。
「――よかろう。まずは暫定的な協力を結ぶ。正式な同盟は更なる議論を重ねてからとしよう。レグナントの使者よ、この誠実さは評価する」
その言葉に、ディランは深く頭を下げた。
イリス姫の瞳が一瞬きらりと光る。彼女は父の決断に安堵しつつも、どこか別の興味をディランに向けていた。
⸻
会談後。
長い緊張を終え、王宮の回廊を歩くディランたち。ステンドグラスから差し込む光が床に色鮮やかな模様を描いている。
「見事でしたね」
背後から声がした。振り返ると、イリス姫が一人で歩み寄ってくる。
アルノルトとセリナは自然と一歩下がり、二人の距離を見守った。
「……恐れ入ります」
ディランが会釈すると、イリスは小さく微笑む。
「外交の場に立つのは初めてでしたが、貴方の言葉には不思議と力がありました。剣ではなく、言葉で人を動かす力……私にはまだ足りないものです」
「それは……私も学びの途上です」
ディランは真摯に答える。
「ただ一つ確かなのは、誠実であること。それだけが言葉を支える基だと信じています」
イリスの瞳が僅かに柔らぐ。
「……やはり、貴方は評判通りの方なのですね。最強の闇魔法使いと聞いていましたが……その強さは魔法だけではないようです」
不意に向けられた直球の言葉に、ディランは少し戸惑い、苦笑を浮かべる。
「買いかぶりすぎです。私は、ただ――守りたいものがあるだけですから」
イリスは短く息を飲み、視線をそらす。
「……その言葉、忘れません。きっと、これから先の道で、また語ることになるでしょう」
そう残して、彼女は静かに歩き去った。
残されたディランはわずかに立ち尽くし、セリナがにやにやと笑いながら近寄ってくる。
「おやおやぁ? 姫様、随分ディランのこと気に入ったみたいね?」
アルノルトは呆れたようにため息をついた。
「……浮かれて足をすくわれるなよ、ディラン」
ディランは小さく首を振り、歩き出した。
だがその胸の奥に、姫の真摯な瞳が確かに刻まれていた。
夜。
会談の疲れを癒すため、ディランたちは王宮内の客室に案内されていた。
だが、ディランはどうにも眠気が訪れず、ひとり回廊を歩いていた。月光に照らされた石造りの廊下は静まり返り、窓からは都ヴァルトレインの灯火が見下ろせた。
その時、衣擦れの音がして振り向くと、薄衣に身を包んだ少女が歩いてくる。
「……ディラン様?」
「イリス姫」
彼女は昼間のきらびやかな正装ではなく、夜会用の淡い青のドレスを纏っていた。髪は簡素に結い直され、昼間よりもずっと年相応の少女らしい姿に見える。
「お休みにならないのですか?」
彼女は小首をかしげる。
「ええ、どうにも目が冴えてしまって。……姫様こそ?」
「私も同じです。会談の緊張が抜けきらず……こうして宮中を歩いて、心を落ち着けておりました」
窓辺に並んで立つ。月明かりが二人を照らし、淡い静寂が流れる。
「――今日の場で、父上の言葉を覆したように見えてしまったのではないかと、不安でした」
イリスはぽつりと零した。
「けれど、あのまま黙っていれば……貴方の言葉が無駄になるようで、どうしても我慢できなかったのです」
ディランは穏やかに首を振った。
「むしろ、姫のお言葉があったからこそ、王は決断なされたのです。あの場で私一人が訴えても、届かない耳もあったでしょう」
イリスははっとしてディランを見つめる。
「……そう、でしょうか。私はまだ経験も浅く、父や大臣方に比べれば、幼いばかりで……」
「幼いなどと」
ディランは静かに言葉を返す。
「自らの目で見、自らの心で判断し、声を上げられる。それは決して誰にでもできることではありません。姫は、誇るべき強さをお持ちです」
その言葉に、イリスはしばし言葉を失い、頬をわずかに染めた。
「……ディラン様は……どうしてそこまで、人を見てくださるのですか。強さを……欠けた私にあると、言ってくださるのですか」
ディランは少し目を伏せ、ゆっくりと答える。
「私は、闇を扱う魔法使いです。人から恐れられ、疎まれることもありました。けれど……だからこそ、私は人の中にある光を信じたい。そうでなければ、きっと自分自身を保てないから」
イリスは息を呑むように瞳を瞬かせた。
その言葉は彼女の胸の奥深くに響き、静かに熱を灯す。
「……ならば、私は……貴方の信じる光で在りたい」
彼女は小さな声で、それでも確かな意志を持って告げた。
ディランはその真摯な眼差しを受け止め、柔らかく微笑んだ。
「……その願いを、胸に留めておきましょう」
二人の間に、言葉以上の静かな共鳴が流れた。
やがてイリスは軽く会釈し、振り返る。
「――今夜は、これで。お休みなさいませ、ディラン様」
彼女の後ろ姿が月明かりの中に消えていくのを見送りながら、ディランは胸の奥に温かな余韻を感じていた。
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