他国へ遠征
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その夜、村はいつになく賑わっていた。
領主館の前に広げられた広場には大きな焚き火が燃え上がり、村人たちは収穫祭さながらに料理を持ち寄っている。焼かれた肉の香ばしい匂い、畑で穫れたばかりの果実酒の芳香が、秋の夜風と共に漂っていた。
「ディラン殿を送り出す宴だ!」
「帰ってきたら、また一緒に飲もう!」
村人たちは笑顔でディランを囲み、次々と声をかけてくる。普段は静かな広場が、歌声と笛の音、笑い声であふれ、子どもたちは火の周りを駆け回っていた。
その輪の中で、リリアーネが恥ずかしげに盃を差し出した。
「……どうぞ。お父様と一緒に造った果実酒です。少し甘めですけれど」
赤らんだ頬を見て、ディランは微笑む。
「ありがとう。きっと君の気持ちも込められているな」
クラリスは少し離れた場所から見守り、そっと呟く。
「……無茶はしないでほしいのだけれど」
それを聞き取ったディランは小さく頷き、静かに返した。
「約束します」
その隣で、ミュナは子どもたちと一緒に歌いながら笑っていた。けれどディランの姿を見つけると、小走りに寄ってきて声を落とす。
「……絶対に戻ってきてくださいね。私、信じてますから」
エルシアは焚き火の明かりを映す銀髪を揺らしながら、静かに祈るように言った。
「ディラン……闇の中で迷うことがあれば、必ず光を探してください。必ず、です」
そしてアルノルトは、宴の輪から少し離れた場所で立っていた。彼女は酔うこともなく、片膝に剣を立て、無言で火を見つめている。ディランが近づくと、鋭い視線を向けた。
「護衛は私が務める。……それ以上のことは、今は言うまい」
不器用な言葉だが、その声音には確かな決意が宿っていた。
⸻
宴もたけなわになり、人々が次第に焚き火の熱で頬を赤らめ始めた頃だった。
セリナが、双剣を背にしたまま真っ直ぐにディランの前へと歩み寄ってきた。普段の軽い調子はなく、瞳は真剣に光っていた。
「ディラン。私も連れて行って」
その唐突な言葉に、周囲の空気が凍りついた。
「セリナ、お前……!」とライナルトが驚きに目を見開く。
ディランは苦笑を浮かべ、首を横に振った。
「いや、セリナ。これは危険な役目だ。村を守るお前の力も必要だし、無理をさせるわけには――」
「違う!」
セリナは一歩踏み出し、真剣な声を上げた。
「私は商人の娘よ。他国に借りを作るなんて、滅多にない大チャンスじゃない! 商売の繋がりができれば、この村にだって利益はあるし……それに、私は戦える。戦える仲間は多い方がいいでしょ!」
彼女の瞳には、恐れも迷いもなかった。あるのは、信念と決意だけ。
沈黙が広間を包んだ。やがてディランは深く息を吐き、苦笑を浮かべる。
「……君は本当に抜け目がないな」
セリナは胸を張り、勝ち誇ったように笑った。
「でしょ?」
ライナルトは頭を抱え、クラリスは困ったようにため息をつき、リリアーネは「無茶だけは……」と心配そうに呟いた。だがその場の誰も、彼女の強い意志を否定はできなかった。
⸻
翌朝。
薄い朝靄の中、村の広場には大勢の人が集まっていた。荷馬車に積まれた補給物資、護衛用の装備。ディラン、アルノルト、そしてセリナの三人が出発の準備を整えていた。
ライナルトは堂々と前に立ち、声を張り上げた。
「ディラン殿! アルノルト殿! セリナ! 我らの誇りを胸に、堂々と行ってこい! 必ず無事に帰還せよ!」
リリアーネが小さな手を振り、声を詰まらせる。
「お待ちしています……必ず」
クラリスは落ち着いた声で言った。
「気をつけてね。戻ったら、また皆で食卓を囲みましょう」
ミュナは涙をこらえ、笑顔を作って叫んだ。
「絶対に帰ってきてください!」
エルシアは両手を組み、精霊に祈りを捧げる。
「旅路に祝福を……」
そして村人たちの声援を背に受けながら、ディランたちは馬に跨った。
「行こう」
ディランの短い言葉に頷き、三人は朝靄の中へと進み出す。
その姿が見えなくなるまで、村人たちの声は途絶えることはなかった。
村を後にしたディラン、アルノルト、セリナの三人は、秋の風に揺れる草原を抜け、やがて大きな街道へと入った。
朝靄の中を進む馬蹄の音は規則正しく響き、遠くには幾重にも重なる山脈の影が見えている。
「ねえ、ねえ!」
退屈を持て余したセリナが、馬上で身を乗り出してディランに話しかけた。
「外交の場って、どんな風に話すの? 商談みたいに値切ったりするの?」
「……国同士の交渉で値切りは聞いたことがないな」
ディランは苦笑を浮かべる。
「けれど利を説くのは同じだ。理と誠意で相手を動かす。――君の得意分野じゃないか」
「ふふん、やっぱり私が来て正解でしょ?」
セリナは得意げに胸を張った。
その様子を横で見ていたアルノルトは、ため息をひとつつき、ぼそりと呟いた。
「……少なくとも、退屈はしなくて済むな」
そんな軽口を交わしながらも、旅路は決して平穏ではなかった。途中、山間の道で魔物の群れに襲われた。
ディランは詠唱を短く切り上げ、雷の閃光で一気に魔物を焼き払う。その横でアルノルトが抜群の剣速で残党を斬り伏せ、セリナが双剣で機敏に立ち回り、背後を守った。
戦いを終えた後、セリナは肩で息をしながらも笑顔を見せた。
「ね? 私がいれば心強いでしょ!」
「……否定はできんな」
アルノルトが淡々と答え、ディランも小さく頷く。
「確かに、君がいて助かった」
その言葉に、セリナは子どものように嬉しそうに笑った。
⸻
数日後。
彼らの目の前に、石造りの城壁に囲まれた巨大な都市が現れた。バルゼナ王国の都――ヴァルトレイン。商業国家らしく大きな街門の前には荷車の列が連なり、異国の商人たちの声が飛び交っていた。
城下町を抜け、三人は王宮へと案内される。金と白を基調にした壮麗な建築は、交易で栄えるこの国の繁栄を物語っていた。
広間で出迎えたのは、王女イリスだった。
まだ年若く、ディランより二つほど下に見える。淡い栗色の髪をゆるく結い、知性を湛えた瞳が印象的だった。
「遠きレグナント王国からのお客様――ようこそ、我が国へ」
彼女は堂々とした声で挨拶し、優雅に一礼した。
「私はバルゼナ王国の王女、イリスと申します。外交の場に立つのはまだ学び始めたばかりですが……皆様を心より歓迎いたします」
その聡明な物腰に、セリナが小声でディランの耳元に囁く。
「……あの子、頭の回転早そうね。気をつけないと全部見透かされるわよ」
ディランは微笑を浮かべながら応じた。
「だからこそ、こちらも誠実に臨まねばな」
アルノルトは腕を組み、じっとイリスを観察していた。その瞳の奥に一瞬だけ、わずかな警戒の色が宿る。
こうして、バルゼナ王国との会談の幕が静かに上がろうとしていた――。
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