闇との会合
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王城の大広間に、重厚な沈黙が落ちていた。
玉座の前に集まったのは、王国の重臣たち。王妃ディアナを中心に、王子レオニール、王女セレナ、そして呼び出されたディランとアルノルト。
ディランは仮面の欠片を卓上に置いた。
「――これが、地下で見つけたものです。魔物を操り、王都を混乱させている者の残滓。仮面の魔族と呼ぶべき存在でしょう」
重臣たちはざわめいた。
「魔族など、もう千年前に滅びたはずでは……」
「本当に魔族なのか?」
「いや、魔族を名乗るだけの人間かもしれん」
様々な意見が飛び交う。
だがディアナ王妃が静かに手を挙げると、場は鎮まった。
「……真偽はどうあれ、魔物が操られているのは確かです。さらに――その背後に人間の影があるのでは、というのがディラン殿の見立てでしたね」
ディランは頷いた。
「はい。魔族の痕跡は強力ですが、それだけで王都の防衛を抜けるのは難しい。内部の協力者がいると考えるべきです」
その言葉に、場の空気が一層重く沈む
会議に出席していた有力貴族の中には、露骨に顔色を変える者もいた。
ある者は不安を装い、またある者は怒りを示す。
「内部に裏切り者などと……根拠のない憶測に過ぎぬ!」
「王都の治安を守ってきた我らの名誉を疑うのか!」
声を荒げる貴族たちを前に、ディランは一歩も退かなかった。
「事実、魔物が街中に現れている。誰かが門を開いたのか、結界を歪めたのか……いずれにせよ、人の手が介在している」
その冷ややかな視線に、数名の貴族が視線を逸らす。
沈黙を破ったのは、王子レオニールだった。
「……もし裏切り者がいるのなら、必ず突き止めるべきだ」
その声音には王族としての責任と怒りが宿っていた。
セレナも続ける。
「兄上……でも、それはつまり、王国の誰かが……」
言葉は震えていたが、彼女の瞳はまっすぐだった。
ディアナ王妃は両手を組み、静かに頷いた。
「……真実は必ず暴かれねばなりません。ですが、王国を混乱させるような騒ぎは避けなければ」
その場にいた全員が、王国が大きな岐路に立たされていることを理解していた。
その夜、王都の一角の屋敷。
薄暗い広間で、一人の貴族が仮面の魔族と対面していた。
豪奢な衣装を纏った男は、杯を揺らしながら笑みを浮かべる。
「王都はざわついている。王妃も不安げだ……今こそ、我らの力を示すときだ」
だが、仮面の魔族はただ黙って佇んでいた。
「――お前の役割は、混乱を広げることだけだ」
「ふふ……承知しているとも。王国の支配は、やがて汝らのものに……」
その無表情な仮面の奥から、冷ややかな声が響く。
男は自らを主導者だと信じて疑っていなかった。
だが、仮面の奥の目は、まるで獲物を眺めるように冷ややかに光っていた。
王都の広場。
つい昨日、市場を襲った魔物の残骸はすでに処理され、石畳は血の跡が洗い流されていた。だが空気は重い。市民たちの顔には怯えと不安が張りつき、警備の兵士の数も目に見えて増えていた。
「市場だけじゃない。二日前は南門の倉庫街、さらにその前は西の宿場町……連続して魔物が現れている」
アルノルトが報告を読み上げる。鎧を着込んだ彼女の声音は冷静だが、その目は鋭く光っていた。
ディランは報告書を受け取り、黙って目を走らせる。
「……妙だな」
「妙?」
「魔物が現れた場所を時系列で並べてみろ。……南門、市場、宿場町。ほら、ちょうど……円を描くように広がっている」
アルノルトは思わず息を呑んだ。
「……本当だ。しかも、その中心にあるのは……」
「この屋敷だ」
ディランが指差したのは、王都の外れにある古い屋敷。長く放置されているとされ、人の出入りもないはずの場所だった。
「聞いたことがある。あそこは数年前、王国への背信を疑われた貴族の屋敷だ。だが証拠不十分で処分もされず、今は空き家のはずだった……」
アルノルトの説明に、ディランは小さくうなずいた。
「空き家にしては、ずいぶんと都合がいい。……魔物の動きは自然じゃない。誰かが意図的に操っている可能性が高い」
アルノルトは腕を組む。
「つまり、その“誰か”があの屋敷に潜んでいると?」
「そう考えるのが妥当だな」
ふたりは視線を交わした。
だが、そこに割って入る声があった。
「……では、やはり敵は王国内部にいるのですね」
振り返れば、王子レオニールと姫セレナが立っていた。王妃ディアナの命で、王族自ら情勢を確認しに来ていたのだ。
「ディラン殿。どうか、この件を解決していただけないでしょうか。王国は今、誰よりもあなたの力を必要としています」
レオニールの真摯な眼差しが、ディランを射抜く。
セレナも口を開いた。
「わたくしも……魔物に襲われた時、あなたに救われました。王国に仇なす者を、どうか……」
ディランは短く息を吐き、肩を竦める。
「……仕方ない。放っておけば村や辺境にも被害が及ぶだろうからな」
その夜。
ディランとアルノルトは密かに屋敷へ向かった。
街外れに佇む屋敷は、不気味なほど静まり返っていた。だが、窓から洩れる灯りが、人の出入りがあることを物語っている。
「……間違いないな」
「ええ。あの中で何かが開かれている」
アルノルトが剣の柄に手をかける。
ディランは闇の中で目を細めた。
「魔族の匂いがする。……しかも、一度や二度じゃない。かなり前からここを拠点にしていたな」
ふたりは屋敷の壁に身を寄せ、中を伺う。
聞こえてきたのは、貴族たちの不穏な声だった。
「……魔族と手を組めば、王国など容易い」
「仮面の殿がいれば、我らの地位は確実に……」
そして、その中央に――漆黒の仮面を纏った魔族が座していた。
闇に包まれた広間。
蝋燭の炎が青く揺らめき、集まった貴族たちは不安げに顔を見合わせていた。だが、その中心に立つ仮面の魔族の存在が、彼らの不安を恐怖に変えていた。
「……約定は果たされる。王国の力は、必ず削がれる」
仮面の奥から響く声は低く、耳の奥を震わせるようだった。
そこへ、場違いなほど静かな声が割り込む。
「そうか。やはり人間の裏切り者が、魔族と手を組んでいたわけだな」
空気が凍りつく。
次の瞬間、広間の扉が音もなく開き、黒衣の男――ディランが歩み入った。彼の瞳は深い闇を宿し、周囲の空間そのものが震えているように見える。
「き、貴様……何者だ!」
貴族の一人が狼狽しながら叫ぶ。
ディランはわずかに首を傾げ、片手を掲げた。
すると、広間の床から黒い鎖が無数に伸び出し、瞬く間に貴族たちの足元を絡め取った。
「名乗る必要があるのか? 俺の名を知っても、もう逃げられはしない」
その声音は冷たいが、どこか皮肉めいていた。
拘束された貴族たちは必死に暴れるが、鎖は生き物のように締め上げ、逃れることはできない。
だが、仮面の魔族だけは一歩も動じなかった。
「……ほう。人間にしては見事な魔力の制御だ。お前が噂に聞く――追放された闇の魔法使いか」
「噂、ね。どうやら俺の静かな暮らしは、長くは続かなさそうだ」
ディランの口元がわずかに歪む。
仮面の魔族は一拍置き、誇示するように胸に手を当てた。
「我はザハリエル。魔王直属の八魔将――《オクタヴォス》の一人」
その言葉が放たれた瞬間、空気がさらに重くなる。
貴族たちは恐怖に顔を歪め、ディランの瞳には冷たい光が宿った。
「八魔将……なるほど、ただの雑兵ではないわけだ」
次の瞬間、ザハリエルの背後に黒い霧が渦巻き、刃のような闇の触手が広間を切り裂いた。
ディランは即座に魔力を集中させ、周囲の空間に黒い結界を展開する。
「《影界牢獄》」
響いた声と共に、闇の壁が波のように押し寄せ、触手を飲み込み、ねじ伏せた。
「……っ、結界魔法をこれほど自在に……!」
ザハリエルの声には、わずかな驚愕が混じる。
「俺は剣を振るう戦士じゃない。だが、魔法でなら――」
ディランの手のひらに闇の光が収束する。
「――この世界を覆い尽くす力を持っている」
放たれた魔力の奔流が空間を切り裂き、広間全体を震わせた。
その威圧に、貴族たちはただ呻き声を漏らすしかなかった。
ザハリエルは一歩退き、笑った。
「面白い。お前の力、確かに魔王様に報告する価値がある」
その声は愉悦に満ちていた。
次の瞬間、彼の体は黒い靄に溶けるように消え去る。
残されたのは、恐怖に凍りついた貴族たちと、彼らを捕らえる黒い鎖だけだった。
ディランは静かに息を吐き、鎖を締め上げる。
「お前たちの罪は、王都で裁かれるべきだ」
こうして、反王国派の貴族たちは一網打尽にされた。
だが同時に――ディランは「魔王直属の八魔将」の存在を知り、避けがたい戦いの渦中に踏み込むこととなったのだった。
王都ラグランジェ。
かつて壮麗を誇ったこの城塞都市も、近頃は魔物の被害に怯える影が覆っていた。
だが今宵、さらに衝撃的な報せがもたらされた。
――反王国派の貴族たちが、魔族と結託していた。
ディランに連行された数名の貴族が王宮の地下牢に収監されるや否や、王城全体は騒然となった。
会議室には、レオニール王子、セレナ姫、ディアナ王妃、そして王国騎士団の代表としてアルノルトが集められていた。
「……まさか、我が国の貴族が魔族と通じていたとは」
レオニール王子が低い声で呟く。その拳は固く握られていた。
「兄上……これは単なる裏切りではありません」
セレナ姫は真剣な眼差しで続けた。
「彼らを操っていたのは、仮面をつけた魔族……自らを『魔王直属の八魔将』と名乗った者だそうです」
その名が告げられると、室内の空気が一層重くなる。
ディアナ王妃が眉を寄せ、深い溜息をついた。
「八魔将……かつて魔王軍が猛威を振るった時代に、その名を聞いたことがあります。魔王に最も近い力を持ち、国をいくつも滅ぼしたとされる存在たち……」
「そんな伝説の怪物が、現実に動き出していると?」
アルノルトの表情には焦りが浮かんでいた。
彼女は騎士として勇敢であろうと努めていたが、内心は大きな動揺を隠せないでいた。
沈黙を破ったのは、ディランだった。
彼は静かに、しかし確固たる声音で言葉を発する。
「奴はザハリエルと名乗った。仮面で顔を隠し、姿を自在に霧へと変え、空間を蝕む魔力を操る……。あれは本物だ」
「ディラン殿……!」
レオニール王子は彼をまっすぐ見据える。
「そなたが居なければ、我らは今も闇の中に気づかぬままだった。感謝する」
その言葉に、ディランは少し居心地悪そうに視線を逸らす。
「俺は……ただ、見て見ぬふりができなかっただけだ」
セレナ姫がふっと微笑む。
「けれど、見て見ぬふりをしない人こそ、国に必要な方なのだと思います」
会議室の空気は少し和らいだ。
だが、現実は厳しい。
「……問題は、残された貴族どもの供述だな」
アルノルトが言う。
「奴らは魔族に“王都そのものを混乱に陥れる計画”を吹き込まれていたと証言している。魔物の侵入もその一端だろう」
「つまり、まだ終わってはいないということだな」
ディランの声は冷ややかだった。
レオニール王子は深く頷き、王妃に向き直る。
「母上……王国は、これからどう動くべきでしょうか」
ディアナ王妃は目を閉じ、しばし沈黙した後、静かに言った。
「……敵は人間と魔族。両方の影を断たねばならぬでしょう。
だが、そのためには――」
彼女の視線が、自然とディランへと向いた。
「――あなたの力が必要になるのです」
場にいた全員が、その言葉の重みを感じ取っていた。
ディランは答えを返さなかった。ただ、深く息を吐き、静かに窓の外の夜空を見上げた。
そこには、闇を裂くように瞬く星があった。
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