闇に蠢くもの。
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王城を出たディランとアルノルトは、王都の街路を並んで歩いていた。
華やかな石畳の通りは、先日の魔物襲撃の爪痕をまだ色濃く残している。崩れた壁、血の匂いの残る広場、焦げ付いた石畳。市民たちは怯えながらも日常を取り戻そうとしていた。
「……やはり妙ですね」
アルノルトが鎧の籠手を鳴らしながら呟く。
「普通の魔物がここまで街に入り込むなど、本来ならばあり得ない。守備隊の目をどうやってすり抜けたのか……」
ディランはうっすらと微笑し、視線を地面に落とした。
闇魔法を練り、魔力痕跡を視認する術式を展開する。
途端に、路地裏の石畳が淡く黒紫に光り、残滓が浮かび上がった。
「……やはりだ。仮面の魔族の魔力痕だな」
「……っ」アルノルトの眉が険しくなる。「本当に、あの噂は……」
彼女の言葉は震えを帯びていたが、剣を握る手は決して緩まなかった。
その様子を遠くから見つめていたのは、王女セレナだった。
王城の護衛に付き従われながらも、自ら街の視察に訪れていたのだ。
「……あの方が、闇魔法使いディラン」
彼女は微かに唇を結ぶ。
母ディアナ王妃や兄レオニール王子から話は聞いていた。辺境に追われながらも、今や村を守り、王都をも救おうとする異端の魔法使い。
セレナの胸に浮かぶのは、不思議な畏怖と尊敬、そして淡い興味だった。
ディランが痕跡を追い、路地の奥に入った瞬間だった。
闇から小型の魔物が数体、飛び出す。
「下がれ!」
アルノルトが咄嗟にセレナの前に立ち剣を抜いた。鋭い閃光が走り、魔物の爪を受け止める。
「……無駄な足掻きだ」
ディランは闇の刃を形作り、片手で魔物を切り裂いた。影が燃え散るように消え去る。
戦闘は一瞬で終わった。
だが残された痕跡は明らかだった――魔物は偶然現れたのではない。意図的に仕向けられた「試み」のように。
その夜、王城で開かれた小会議。
王子レオニールと王女セレナ、王妃ディアナが揃い、ディランとアルノルトが事件の報告を行った。
「……間違いなく、仮面を被った魔族の痕跡です」
ディランの低い声が広間に響く。
「奴は単なる魔物ではない。知性を持ち、意図的に魔物を操っている」
レオニール王子の瞳が鋭く光る。
「……つまり、背後に人間の協力者がいる可能性もあるのだな」
「はい」アルノルトが言葉を継ぐ。「魔族だけで王都の防衛を抜けることは考えにくい。内部に案内役が……」
会議の空気が一層重くなる。
ディアナ王妃は長い沈黙ののちに呟いた。
「……まるで、誰かが王国そのものを滅ぼそうとしているかのようですわね」
その言葉に、ディランは小さく頷いた。
まだ名も顔も掴めぬ、だが確かに存在する「影」。
仮面の魔族の背後で、人為的に糸を引く者がいる――そう確信せざるを得なかった。
その頃。
王都の高級街区の一角、豪奢な屋敷の奥。
仮面の魔族と接触した痕跡を持つ「誰か」が、静かに杯を傾けていた。
月明かりの差す窓辺から王城を見やり、唇の端に薄い笑みを浮かべる。
「……駒は動いた。王国は、じきに自ら崩れる」
名も姿もまだ明らかではない。だがその存在は、確実に王国の闇を広げようとしていた。
王都の夜は、華やかな灯火の裏に不気味な静けさを孕んでいた。
ディランはアルノルトと共に、城下町の外れにある古い礼拝堂の地下へと足を踏み入れた。
ここ数日の調査で、魔物の出現地点に共通する「魔力の流れ」が、この場所に集まっていることを突き止めたのだ。
「……湿気が強いですね」
アルノルトは剣を握り、足音を忍ばせながら進む。
「油断するな。この匂い……魔力が淀んでいる」
ディランは目を細め、闇魔法で視界を強化した。
石造りの回廊の壁には、古びた紋章や途切れた碑文が刻まれていた。
それらは遥か昔の王国成立以前のもの。人々の記憶から失われた時代の遺物である。
広間に出ると、床一面に黒ずんだ跡が広がっていた。
焦げたような円形模様――それは、魔物召喚のための魔法陣の残骸だった。
「……やはり、召喚術か」
ディランはしゃがみ込み、指で円の痕跡をなぞった。
そこから微かに漂う瘴気が、彼の肌を刺す。
「この規模……並の術者ではない」
アルノルトは険しい表情で周囲を見渡す。
「誰が、こんな場所で……」
その時、背後から小さな足音が響いた。
振り返ると、王子レオニールと姫セレナが護衛数名を連れて現れた。
「……やはり、ここに来ていたか」
レオニールは険しい眼差しをディランに向ける。
「王妃の許しを得て、私も調査に加わる。王族として、この目で確かめたいのだ」
セレナも頷き、怯えながらも視線を逸らさずにいた。
その瞬間、黒い煙が魔法陣の中心から吹き上がった。
濁った咆哮と共に、異形の魔物が姿を現す。
硬質の甲殻に覆われ、獣のような四肢を持つ巨体。
「下がれ!」
ディランが手をかざし、闇の障壁を展開する。
飛びかかった魔物が障壁に弾かれ、火花が散った。
アルノルトが剣を構え、王族を背に庇う。
「ここは私が! ――王子殿下、姫君、後ろへ!」
レオニールは悔しげに歯を食いしばったが、護衛と共にセレナを守り退いた。
「無駄だ」
ディランの低い声が広間に響いた。
彼の掌から黒い魔力が溢れ、魔法陣の残滓を覆い尽くす。
「闇よ、還れ――」
瞬間、広間の光が吸い込まれ、全ての音が消えた。
次の瞬間、闇の鎖が走り、魔物を縛り上げる。
凶暴な咆哮はやがて掻き消え、影の中に飲み込まれた。
静寂が戻る。
レオニールもセレナも、ただその力に息を呑んでいた。
広間の奥には、なおも微かな魔力が残されていた。
そこには割れた仮面の欠片が落ちている。
歪んだ笑みを形作るかのような白い破片。
ディランはそれを拾い上げ、低く呟いた。
「……奴だ。間違いない」
セレナが小さく問いかける。
「……この仮面の魔族、いったい何者なのですか」
ディランは首を振る。
「まだ分からん。ただ――背後で、人間が手を貸している」
その言葉に、会議室でのディアナ王妃の呟きがよみがえる。
王国を滅ぼそうとする者が、確かに存在する。
その頃、王都のどこか。
薄暗い広間で数名の人影が集まっていた。
「……失敗か」
「いや、よい。奴が動いたのなら計画は進んでいる」
仮面の魔族の欠片は意図的に残されたのかもしれない。
人為の影はますます濃く、王国の根を蝕もうとしていた。
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