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急襲

見ていただきありがとうございます。

ぜひ一話から見てこの子達の変化していく過程を楽しんでいただけたら

うれしいです。

――その夜、辺境の村は妙な静けさに包まれていた。

 普段ならば虫の声や犬の遠吠えが聞こえるはずなのに、まるで森全体が息を潜めているかのようだった。


 村人の一人、猟師のブラムが森から戻ってきたとき、彼の顔は蒼白に染まっていた。

「領主様! いや、ディラン様! 森がおかしい……獣たちの足跡が、みんな南の方へ逃げているんだ!」


 集会所に集まった村人たちの間にざわめきが広がる。

「魔物が……近づいてるってことか?」

「この前も小鬼の群れを見かけたって噂があったな……」

「まさか、また襲撃されるんじゃ……」


 人々の不安が渦巻く中、ディランは冷静に腕を組んでいた。

「……確かに動きが妙だ。自然の群れが一斉に移動するなんて、何か大きな脅威が迫っている証拠だな」


 その横で、王国騎士団副団長のアルノルトが一歩前へ出た。

 彼女の鋭い黒曜石の瞳が、じっとディランを射抜く。


「――あなた、魔物の動きについて随分詳しいのですね」


 声は冷ややかだった。

 村人たちの中には「助けてほしい」と期待する目を向ける者もいたが、アルノルトだけは一歩も譲らない。


 ディランは視線を返し、苦笑を浮かべる。

「魔物相手にばかり戦ってきたからな。嫌でも詳しくなるさ」


「……」

 アルノルトは腕を組み、答えを測るように沈黙した。

 彼女にとってディランは“国を追放された危険人物”。

 王妃に命じられたから呼びに来ただけで、心の底から信じているわけではなかった。


 そんな彼女の態度を、村人の老婆マルダが咎めるように言った。

「お嬢さんよ、ディラン様はあんたら騎士様よりよっぽど村を救ってくださったんだよ」


「……私は騎士です。誰であれ、危うさを見逃すわけにはいきません」

 アルノルトは短く答えた。

 その誠実さがかえって、場に緊張を走らせる。


 沈黙を破ったのは、ディラン自身だった。

「別に信用しなくていいさ。だが――村の人間を守ることだけは約束する」


 彼の声は低く、しかし迷いがなかった。

 その一言に、村人たちは少しだけ息をついた。


 だが、アルノルトの瞳には依然として警戒の色が消えない。

 彼女は内心でつぶやいていた。

(……噂通りの怪物か、それとも――? 見極めなければならない)



 翌晩。

 村の東門で見張りをしていた若者トマスが、突如として鐘を打ち鳴らした。


「魔物だ! 森の中から……無数に来るぞ!」


 鐘の音に村人たちが飛び起き、兵や猟師が慌ただしく集まる。

 暗い森の奥から、複数の赤い光がこちらを睨んでいた。


 ライナルト領主が駆けつけ、声を張る。

「全員、落ち着け! 防壁を固めろ!」


 だが、迫り来る気配はただの群れではなかった。

 牙を剥いた小鬼〈ゴブリン〉、巨躯の獣魔、さらには腐肉をまとったアンデッドの影までも――。


「な、なんでこんなに……!」

「自然発生じゃねぇ、誰かがけしかけてやがる!」


 恐怖と絶望が走る。

 その最前に、ディランがゆっくりと歩み出た。


「全員、防壁の内側に下がれ。……ここは俺が抑える」


 黒衣の背中が、村人たちの心に奇妙な安心をもたらした。


 隣で剣を抜いたアルノルトが低く言う。

「……たった一人で相手をするつもりですか」


「その方が早い」

 ディランは短く答え、指を鳴らす。


 瞬間、闇が波紋のように広がり、村の外壁の前に黒き結界が展開された。

 触れた魔物たちは悲鳴を上げ、焼かれるように弾き飛ばされる。


「な……!」

 アルノルトの目が見開かれる。


 確かに噂通りの力だ。

 いや、想像以上――。

 だが彼女の胸に去来したのは驚嘆だけではなかった。


(制御できている……? ただの怪物の暴力じゃない。精密に、無駄なく……)


 それでも騎士としての警戒は捨てきれない。

 アルノルトは己の剣を握り直し、闇に立つ彼の背を睨み続けた。


 ゴブリンの群れが一斉に突進する。

 ディランは詠唱すらせず、右腕を振り抜いた。


「〈闇の鎖〉」


 地面から無数の黒鎖が伸び、魔物たちを絡め取る。悲鳴とともに身動きを封じられ、次の瞬間には闇に溶けて消えた。


 巨獣が咆哮し、結界を突破しようと突進する。

 だが、ディランの瞳が冷たく光る。


「〈深淵の槍〉」


 漆黒の槍が無数に顕現し、雨のように降り注いだ。

 巨獣は血の叫びを上げて崩れ落ち、その屍すら闇に吸われて消滅する。


 村人たちは呆然としながら、その光景を見守るしかなかった。

 あまりに圧倒的な力。

 しかし、不思議と誰一人として恐怖を覚えてはいなかった。


 彼が振るうのは、破壊ではなく「守るための闇」だったからだ。


 アルノルトは戦場を駆け、剣で漏れ出た魔物を斬り払っていた。

 だが何度も目に映るのは、ディランが淡々と、的確に村を守る姿だった。


(……力に溺れていない。冷静に、村人を優先している……)


 胸の奥に、わずかな迷いが生まれる。

 噂で聞いた「制御不能の怪物」とは明らかに違う。

 だが――騎士としての自分は、まだそれを認めるわけにはいかなかった。


「……見極める。あなたが本当に、人を守る者なのかどうか」


 アルノルトは小さく呟き、再び剣を振るった。


 魔物の群れは次々と闇に呑まれていった。

 だがその奥――森の闇のさらに深い場所から、異様な気配が滲み出す。


「……来る」

 ディランの瞳が細く光った。


 黒い霧を纏って、一体の魔物が姿を現す。

 その体格は人間と変わらない。だが、赤い仮面をつけ、背から蝙蝠のような翼を広げていた。

 手には禍々しい杖――そして、口元からは人の言葉が零れた。


「……くく、闇の魔導士ディラン。やはりこの村に潜んでいたか」


 村人たちがざわめく。

「しゃ、しゃべった……!」

「人か……いや、魔族か……?」


 ライナルト領主も険しい顔で言った。

「この地に、人為的に魔物を差し向けている者がいる……そういうことか」


 仮面の魔族が嗤う。

「我らは王都に揺さぶりをかけている最中。だが、辺境でお前を討ち取れば、より混乱は深まる」


 杖を振り下ろすと同時に、巨大な炎の魔法陣が浮かび上がる。

 灼熱の火柱が防壁を越え、村に襲いかかろうとした――。


「させるか」

 ディランが一歩踏み出し、闇を解き放つ。


「〈黒天・虚無の幕〉」


 漆黒の帳が広がり、炎をすべて呑み込んだ。

 火は消え、ただ風の音だけが残る。


 魔族の仮面が揺れた。

「……その力。やはり、我らの主が欲しただけはある」


 次の瞬間、ディランの姿が掻き消えた。

 気づけば仮面の背後に立ち、闇槍を突きつけている。


「……お前が誰に仕えていようと、ここで終わりだ」


 魔族は一瞬だけ動きを止めたが、直後に不気味な笑みを浮かべた。

「――否。まだ、時ではない」


 闇の霧が爆ぜ、仮面の影は森の奥へと消え失せる。


 残された魔物はすでに殲滅され、村には静けさが戻っていた。

 村人たちが膝をつき、安堵の声を漏らす。

「助かった……!」

「ディラン様がいなければ……」


 ライナルトが歩み寄り、重々しく言葉を掛ける。

「改めて、感謝する。だが……今のは明らかにただの魔物ではなかった」


 ディランは黙して頷いた。

 王都での事件、魔物の活性化――すべてが繋がり始めている。


 アルノルトは剣を収め、なおもディランを見つめ続けていた。

 圧倒的な力を見た。だがそれ以上に、彼の戦い方に――「人を守る」という明確な意思を感じ取ってしまった。


(……どうしてだ。なぜ、闇の魔法を振るう者が……あれほどまでに清廉に見える?)


 騎士としての警戒心と、ひとりの人間としての直感が拮抗し、彼女の心を揺らし続けていた。


 その夜、ディランはひとり丘の上に立ち、遠く王都の方角を見やった。

 かすかに耳に残る、あの仮面の魔族の声。


「――主が欲した」


 誰が、何を狙っているのか。

 答えはまだ闇の中にあった。


読んでいただきありがとうございます。

毎日更新しています。

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