王都の闇影
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ぜひ一話から見てこの子達の変化していく過程を楽しんでいただけたら
うれしいです。
王都の一角、豪奢な館の地下にある密室。
分厚い絨毯の上に円卓が据えられ、十人ほどの影が集まっていた。
彼らは貴族でありながら、表向きは新王レオニールを支持している。だが、その実態は――「反王国派」と呼ばれる反逆者たちであった。
「前王の死は好機だ」
髭を蓄えた大貴族マルケス卿が、杯を掲げて笑う。
「若き王子など恐れるに足らん。我らが動けば、王都など容易く揺らぐ」
「ふん。問題は王妃と王女だ。特にセレナ姫は“あの男”を理想と仰いでいるとか。あのままでは、いつ王国の民心が一つにまとまるか分からん」
別の貴族が吐き捨てるように言った。
「だからこそ……魔の力を借りるのだ」
その言葉とともに、部屋の隅に立つローブ姿の人物がゆらりと頭を下げた。
顔は深い影に隠されているが、その瞳には人ならぬ赤い光が宿っていた。
「契約は果たされた。魔物どもは既に辺境へと送り込んである。あの地を混乱させれば、王国の防壁は脆くも崩れるだろう」
「ふははは……よいぞ。その混乱の隙に、我らが王都を握るのだ!」
杯が打ち鳴らされる音と、笑い声が重なり、密室の空気を黒く染め上げていった。
同じ頃、王城では王妃ディアナが王座の間で議会を見下ろしていた。
彼女の背後に控えるのは、十六歳となった王女セレナ。
その瞳は憂いに曇りながらも、どこか遠くを見つめていた。
「……母上。魔物の動きが活発になっていると報告がありました。これは、偶然なのでしょうか」
「偶然などではないわ、セレナ」
王妃の声は静かだが、その奥に決意があった。
「人の世の混乱は、必ず魔を呼ぶ。けれど――この国には、かつて闇を制した者がいる」
その名を、彼女は口にはしなかった。
だが、セレナは分かっていた。
幼き日に見た、黒衣の魔法使い。人々から異端と呼ばれながらも、誰より強く、誰よりも優しかった男。
「……ディラン様」
少女の唇が、懐かしむようにその名を紡いだ。
その響きは、まだ届くことのない辺境の空へと消えていった。
一方、辺境の村では。
夜の見回りを終えたディランが、静かな森を見つめていた。
「……気配が濃くなっている」
闇に溶けるような声が漏れる。
彼の直感は、遠く王都で進められる密約の影を知らずとも、確かに感じ取っていた。
この辺境に押し寄せる魔の群れは、ただの自然の異変ではない。
そこに――明確な“意志”が介在している。
王都の大通りを、夕刻の鐘が鳴り響く。
商人や子供たちが行き交い、灯りがともり始める――その平和は、唐突に破られた。
「きゃあああっ!」
「魔物だ! なぜ王都の中に――!?」
石畳を蹴り飛ばし、巨躯の魔獣が跳び出した。牙をむき出しにし、群衆を蹂躙する。
血の匂いが広がり、人々は四散した。
王都守備兵が駆けつけるが、刃は通らず、盾は紙のように砕ける。
その時――
「姉上、下がってください!」
声を張り上げたのは、若き王子レオニール。まだ即位して間もない少年王は、自ら剣を抜いて魔獣に立ち向かった。
「だめよ、あなたまで!」
セレナ姫が駆け寄り、必死に弟を庇おうとする。
だが、魔獣の咆哮が空気を震わせ、彼らの身体を吹き飛ばした。
「ぐっ……!」
石畳に叩きつけられ、レオニールの剣が転がる。
魔獣の影が、絶望的に二人へ迫る。
その時、王都騎士団の長が率いる一隊が飛び込んできた。
「姫、王子! こちらへ!」
数十の槍が突き立てられ、炎の魔法が放たれる。
辛くも魔獣は退けられたが、王都の民は恐怖に震えていた。
「……魔物が、王都にまで現れるなんて」
「これは偶然ではない……きっと何者かの意思が働いている」
人々の不安は募り、王族への視線には焦りと頼りなさが滲んでいた。
セレナ姫は血に濡れたドレスの裾を握りしめる。
「もし……ディラン様がいてくだされば」
その声は震えていたが、確かな祈りがこもっていた。
数日後、王妃ディアナの御前会議にて。
王都周辺だけでなく、地方領でも同様の魔物の異常行動が報告されていた。
「これは……魔族の策に違いありません」
「まさか、国内の誰かが通じているとでも……?」
ざわめく貴族たちの中、王妃は静かに立ち上がった。
「――一人だけ、この危機を退けうる者がいる」
その場の空気が凍りつく。
王妃ははっきりと告げた。
「ディラン。かつて我らが王国を守った闇魔法使いです」
反発の声も上がった。
「彼は追放された身! 信用など……!」
「しかし、その力は誰もが知っている!」
ディアナの瞳は揺らがない。
「彼を必要とする時が来たのです」
アルノルトが一歩進み出る。
「陛下、もし許されるなら、私が辺境へ向かいましょう」
王妃は頷いた。
「任せます。――必ず彼を説得して」
ライナルト領主の館に、王国騎士団の旗が翻った。
村人たちはざわつき、兵たちの重装が軋む音が館を圧した。
先頭に立つのはアルノルト。
甲冑を脱ぎ、礼をもって名乗りを上げた。
「辺境領主ライナルト卿、そして……闇魔法のディラン殿」
彼女は真っ直ぐにディランへ視線を向けた。
その瞳は、噂に聞く“魔を制する者”を前にした高揚と畏怖を映していた。
「王国は今、存亡の危機にあります。
魔物は人為的に動かされ、すでに王族の御身すら危険にさらされました。
どうか――この国に、再びその力を貸していただきたい」
アルノルトは膝をつき、頭を垂れた。
その仕草には、騎士としての誇りと同時に、一人の人間としての切実な願いが滲んでいた。
館の空気は張りつめ、村人たちも固唾を呑む。
ディランは黙して見下ろし、やがて低く言葉を吐いた。
「……俺を追放した国が、今さら助けを求めるか」
アルノルトの肩が震える。
だが彼女は顔を上げた。
「追放は、王都の過ちです。私はそれを恥じています。
ですが今はただ、民を、王を、姫を――守るために。あなたの力が必要なのです」
その真剣さに、ライナルトもセレナも、思わず目を細める。
ディランはしばし黙し、村の人々の顔を見渡した。
そして、短く答えた。
「……考えておこう」
その言葉だけで、館に重苦しい空気が走った。
しかし同時に、アルノルトの胸に、確かな希望の灯がともった。
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