第9話
蓮の家を初めて訪れたのは、十月最初の土曜日。秋晴れというには少し暑すぎる陽気のなか、柊は駅前のコンビニで買った手土産の焼き菓子を紙袋に入れ直して大きく息をついた。
「うち来る?親、うるさいけど気にすんなよ。」
という軽い一言に、うなずいたのはいいものの、その実、胸の内は緊張でいっぱいだった。蓮の家は駅から十五分ほど歩いた場所にある。道路から見ても明るくて開放的な造り。柊は門の前でインターホンを押す。ガラス越しに誰かが駆け寄ってくる気配。ほどなく玄関の扉が開いた。
「おーっ、おじゃるくーん?いらっしゃーい!」
出てきたのは、派手な金髪にピンクメッシュの入った女性。柊の目が思わず大きく開く。
短めのTシャツ、ハイウエストのデニム、爪はビジュー付きのネイル、まつ毛がまるで羽のように扇状に広がっている。
「……え?」
「やだ、そんなに驚かないでよ〜。レンの彼氏くんでしょ?アタシ、レンママ!気軽にママって呼んで!」
「あ、あの、はじめまして。柊といいます。」
「きゃー!可愛い〜〜ッ!レンにこんな大人しそうな子が彼氏とかギャップ萌えぇ〜〜〜!」
柊は固まったまま、焼き菓子の袋をそっと差し出した。レンママはそれを両手で受け取り満面の笑みで言う。
「ありがとー!焼き菓子とかお洒落すぎて震えた〜!さ、入って入って!」
柊はなかば引きずられるように玄関を通される。室内には、また別の音がしていた。
「レンー!彼氏きたよー!」
「彼氏って言うのやめろってば……!」
二階から蓮の声が降ってきたかと思えば、別の部屋からさらに人影が現れる。
「ちょいちょいちょーい!弟くんのカレピってこの子!?やっば〜!ガチで顔整ってない?超優男系じゃん!」
現れたのは、ハイトーンのグレージュヘアにトレーナー、ミニスカートのギャル風の女性。柊と同じか少し年上に見える彼女がニコニコと柊に手を振った。
「アタシ、姉のミサキ!ミサ姉って呼んでいいよ!ちなみに、こっちはカナ姉!」
「ちーっす。カナでーす。うちの弟、あんたに惚れてからめっちゃ勉強するようになったから感謝。」
もうひとりの女性がソファから身を起こし、にやりと笑った。暗めのアッシュブラウンのロングヘアに大ぶりのピアス。ファッション雑誌から飛び出してきたようなスタイルの姉が、スナック菓子の袋を振って差し出してくる。
「弟とやんちゃしないように見張ってるからヨロ。」
「……ど、どうも……。」
柊はもう言葉を失っていた。何だこの空間は。そこへ満を持して登場したのが、蓮の父親だった。
「よお、はじめまして〜。レンの親父っす。」
柊は目を疑う。黒に近いブラウンの襟足長めの髪。キャップを後ろ被りし、白Tに金のネックレス、膝が破れたダメージジーンズ。日焼けした肌にサングラスを持ったままの手が軽く肩を叩く。
「ってか、君……レンより全然頭良さそうじゃん!あいつマジでバカだからさ、頼むわ!」
「お、お世話になってます……。」
蓮は二階から階段を駆け下りてきて、玄関で立ち尽くす柊を見て苦笑した。
「ごめん、騒がしくて。家族全員こんな感じだから。」
「……なんか、すごいね。」
「まあ、慣れるとアレだよ。動物園みたいで面白いよ。」
「それ、フォローになってない……。」
それでも、どこかに安心感があった。こんなにも自由で、うるさくて、正直で、まっすぐな家族。気づけば、ミサ姉がコップを手にして言っていた。
「てかさ、レンがあんたといるとき、マジで顔ゆるっゆるだからさ〜。こっちが恥ずかしくなるわけ。」
「やめろやめろ!姉貴マジやめろって!」
「うるさい〜。あんたが一番顔に出てんのよ〜!」
どっと笑い声が溢れ、部屋の空気が熱を帯びる。ギャルの母、ギャル男の父、ギャルの姉が二人。その中心にいる蓮は、間違いなくこの家族の子。自由で、感情に素直で、だからこそ時に優しさを照れ隠ししてしまう。柊はふと思う。この環境で育ったからこそ、彼はあんなにも人の温度に敏感なのだと。言葉の裏にある本音に気づいて、傷に気づいて、放っておけなくなる。蓮優しさの根っこが、ここにあるのだと、ようやくわかった気がした。
その夜、柊は帰り道で言った。
「なんか……すごかったけど嫌じゃなかった。」
「あいつら、いちいち過剰だからさ……。」
「でも、なんか……羨ましい。あんなふうに、全部ぶつけて笑えるの。」
蓮は不意に歩を止め、少しだけ照れたように目を伏せる。
「今度から、お前もうちのリビングで普通に寝転がっていいから。菓子とか勝手に食って、姉貴に毒吐いて、うちの家族に文句言っていいから!」
「それ、俺が馴染みすぎる未来だよね。」
「……けっこう俺、望んでるんだけど。」
柊は小さく笑って横を向く。その肩がふっと触れた瞬間、蓮の手が何気なく自分の指先に触れてくる。この家族に、蓮という人間を育てた時間があって、その時間に少しずつ自分が関わっていけるのだと思うと不思議と安心した。
「また行っていい?」
「何回でも来い。お前が玄関に立ったら、母さんが全力で出迎えるから。」
「それ、ちょっと怖いんだけど。」
そう言いながら笑った柊の横顔に、蓮も笑ってうなずいた。陽が沈むころ、二人の影は長く並んで道に落ちる。
教室の窓から見える校庭の銀杏は、葉先を黄色に染め始め、風に吹かれるたび、ひらひらと何かを諦めるように落ちていく。その葉のひとつひとつが、どこか俺の気持ちに似ている気がしてぼんやりと窓の外を見つめていた。
その日、授業の内容はまるで頭に入らなかった。蓮の家に行った数日前の記憶が、何度も何度も胸のなかで巻き戻されて。あの騒がしくて賑やかでどこまでも自由な家族。無遠慮なほどの愛情と笑いに包まれた場所。
そして、ふと考えてしまった。
なぜ、俺の家はああならなかったんだろう、と。両親が離婚したのは俺が五歳のとき。俺にはその前の記憶がほとんどない。けれど、母の顔、沈んだ食卓、重たく閉ざされた玄関の扉——そういった「空気」の記憶だけは、はっきりと残っている。
「なんで離婚したの?」
昔一度だけ聞いたことがある。小学校の中学年だった頃。クラスで父の日の手紙を書こうという課題が出てどうしても書けなかった。そのとき母は、少しだけ目を伏せ「大人の事情よ」とだけ言った。それは、まだ言葉を持たない子どもにとっての正しい答えだったのだろう。でも、あれから何年も経った今、俺はもう「子ども」のままでいられる年齢ではなかった。
蓮の家を出た帰り道。あの眩しいほど明るい家族を見てから心のどこかがそっと疼いていた。自分の父も、本当は“明るい人”だった気がする。記憶の端っこに、くしゃっと笑った顔がある。肩車してくれた背中の感触もほんのりと温かく残っていた。
けれど、それはある日、急に壊れた。
いきなり、目の前から姿を消した。
いや——違う。
本当は、壊れていたのに俺が気づいていなかっただけなんだ。
『男が好きなんだ』
父が母にそう言ったとき、母はきっとすべてを悟ったのだろう。それは“裏切り”とか“不誠実”とか、そんな簡単な言葉じゃなかったはずだ。母の心のなかには、“あなたが嘘をついていたこと”ではなく、“あなたの心のなかに私はいなかったのだ”という深い絶望が残った。
——そして、俺のなかに残されたのは、“俺のせいで壊れたのかもしれない”という、説明のつかない罪悪感。
父は俺の顔を見て吐いた。
あのときから、ずっと。
“父親に拒絶された子”というレッテルを、自分自身に貼りつけて生きてきた。そしていつしか、「好き」という感情を持つことがどこかで「裏切り」と似たものに思えてきた。「男を好きになること」は、家庭を壊すことだ。そう、無意識のうちに自分のなかで刷り込まれていたのだと思う。
でも、蓮と出会って少しずつ変わった。
好きになることは、壊すことじゃない。誰かと一緒にいることは、過去への復讐じゃなくて未来への希望かもしれない。それを、俺は蓮の言葉や笑顔に教えてもらった。蓮の家では、誰も“こうあらねば”なんてことを言わなかった。誰もが自由に笑っていた。
そこには、拒絶も否定もなかった。
もしかすると、俺の父も本当はそういう場所を欲しかったのかもしれない。偽らなくていい誰かに嫌われなくて済む場所を。けれど、時代も家族も世間もそれを許さない。だから父は逃げた。母は残された。そして俺も——
「逃げてきたのかな。」
思わず口に出したその言葉に、教室の空気が少しだけ震えたような気がした。俺はずっと父を許せなかった。母を傷つけ俺を置いていった人間。でもその反面、少しだけ似ている自分がいる。男を好きになった自分。家庭を持たず恋を隠してきた自分。
「許すとかじゃないんだよな、きっと。」
心のなかでそっと呟く。それでも、俺は父とは違う選択をしたかった。誰かを傷つけない恋を、逃げずに見つめる関係を、自分の手で選びたかった。蓮に出会えたことが、俺のなかの“呪い”を少しずつ溶かしてくれた。それは、思春期にありがちな気まぐれではない。もっと根っこの部分で俺自身の輪郭を少しずつ変えていくような力。
放課後、帰り支度をしている蓮の後ろ姿を見つける。無防備に笑って、友達に声をかけるその明るさに胸が温かくなる。俺が“怖い”と思ってきた感情を、あの人は“嬉しい”に変えてくれた。それが、どれほどすごいことか、言葉にはまだできないけれど——。
「柊ー?帰るぞー!」
教室のドアから蓮の声。俺は笑って、うなずいた。俺は、逃げずに歩いていきたい。父が残した痛みを、母が受け止めた絶望を。すべて背負ったままで、それでも「好きだ」と言える自分でいたい。そのために、今日もまた、小さな勇気を携えてあの人の隣を歩こう。
決して壊さないように。
二度と失わないように。
十一月に入って、空気がはっきりと冷たくなった。吐く息が白くなる朝、柊はマフラーを巻きながら少し背中を丸めて校門をくぐる。グラウンドの木々はすっかり色づいていて、落ち葉を踏むたびにカサリと乾いた音が足元を滑った。
通学路の途中にある蓮の姿を見つけるのが、いつからか毎朝の習慣になっていた。特別な約束を交わしたわけじゃない。けれど不思議と、いつもほぼ同じ時間ち同じ場所で蓮は現れた。ふざけたような笑顔で、コンビニの肉まんを半分にちぎって差し出してくる。
「お前、朝メシちゃんと食った?」
まるで当然のように。その無造作な優しさに柊の心は何度も救われていた。
けれど——
それでも、「好きだ」と言われたことは、なかった。
あの日、柊が「恋をしてみたい」と言った時、蓮はちゃんとそれに向き合ってくれた。それが恋の始まりか、友情の延長か、柊にはずっとわからない。関係は少しずつ深まっていくのに、どこか言葉の不在がずっと尾を引いていた。それはある意味、仕方ないことなのだと思っていた。
蓮は“ノンケ”だ。
彼の世界には、それまで“男を好きになる”という回路がなかったのだから。だから、無理に言葉を望むことはやめよう。そばにいてくれるだけでいい。一緒に笑ってくれるだけでそれで充分。柊は、そうやって少しずつ自分を納得させていた。
十一月最初の金曜日。期末テストを終え、放課後の空は早々に茜色に染まり始めている。蓮に「ちょっと寄り道しよう」と言われ、柊は特に断る理由もなくうなずいた。
駅から少し離れた歩道橋の上。通学路の延長にあるその場所は、地元の学生たちがよくたむろすることで有名だった。今はちょうど人も少なく、夕焼けに染まった町を見下ろすにはうってつけの場所。柊は欄干に寄りかかって空を見上げる。街灯が点灯する直前、空と町の色が溶け合う、この一瞬が好きだった。
「なあ、柊」
不意に、横に立つ蓮が真面目な声を出す。
「んー?」
「ちゃんと、言いたいことがある。」
柊は横目で蓮を見た。彼の横顔はどこか緊張していて珍しく視線が泳いでいる。
「俺さ、ずっと“好き”って言葉をどう伝えればいいかわかんなかったんだよ。だって、お前が本気で向き合ってくれたのに、俺はずっと曖昧だったし。“付き合う”とか“男同士”とかそんな言葉にビビってた。」
柊は何も言わず、その言葉を受け止める。
「この前、お前が寝落ちしてるときに思ったんだ。“俺、この顔ずっと見てたいな”って。別に、毎日何か特別なことがあるわけじゃねぇ。お前、めっちゃ塩対応だし、毒舌だし、冷たいし……。」
「うるさい。」
「でも、なんでか柊のそばが一番居心地いいんだよ。好きなんだよ、柊。」
その言葉は、余計な飾りが何ひとつない、まっすぐな“好き”だった。手渡すような優しさじゃなく放り投げるような強さでもなく。自分の中に芽生えた感情を、ありのままの言葉で渡すような“告白”。
柊は目をそらした。風が冷たくて頬が熱く。胸の奥がひどく騒がしくて、うまく呼吸ができなかった。
「今さら、なに言ってんの。」
「遅かったか?」
「……知らない。」
本当は今すぐ、「俺も」と言いたかった。でも、言ったら泣いてしまいそうだった。唇をきつく噛んで誤魔化すしかない。蓮がそっと手を伸ばして俺の指先に触れる。その手は、いつかよりもずっと確かで、強くて、でも優しい。
「これから、ちゃんと“彼氏”って呼ばれるくらい頑張るよ。ちゃんと、胸張って“こいつが好きなんだ”って言えるようになるから。」
「……バカみたい。」
「バカでいいよ。お前が好きなんだから。」
その言葉に、柊の胸が締めつけられた。何度も何度も夢に見たような言葉。今この瞬間、それを蓮の口から聞いたことが、信じられないくらい嬉しくて同時に涙が出そうになるほど怖かった。
こんなにも人を好きになっていいのか。
こんなにも幸せになっていいのか。
自分がそう思っていいのか、許されていいのか——でも。
「俺も好き。」
か細く、でも確かな声で、そう答えた。
沈黙。二人の間に吹く風が、すこしだけ冷たい。でも、どこまでも澄んでいて、遠くの電車の通過音が聞こえる。
「よし、じゃあさっそく今週末デートな。」
「……は?」
「俺が彼氏として、柊を全力で甘やかす。」
「やめて。ほんとそういうの寒気する。」
「うわー、塩……でも、可愛い。マジで。」
「黙れ」
そう言いながらも、柊の声はどこか照れくさくて、いつもより少しだけ優しかった。日が暮れていく空の下、二人の影が並んで伸びていく。言葉にした“好き”は、もう引き返せないものになった。けれど、それでよかった。それが、ようやくたどり着いた“はじまり”だったから。
十一月。風の冷たさと、誰かの体温が、静かに交錯する季節。柊は初めて心から思った。
——こんな冬なら、きっと乗り越えられる。君となら。
十二月、冬の匂いが町を染め始めた。
朝、駅へ向かう道に吐く息が白く伸びてマフラーの中にこもる熱に顔を埋める日々が続く。教室の窓際の席で柊は指先をこすり合わせながら空気の冷たさを感じていた。季節が確かに移ろっていることを体が先に知っている。蓮のことを“好きだ”と伝え合ってから一か月。
何も劇的には変わらない。ふたりの距離が爆発的に縮まったわけでもないし、誰かに付き合っていることを明かしたわけでもない。確実に、ふたりだけの“世界”は静かに輪郭を帯び始めていた。放課後、蓮が柊の教室の前で待っていることが当たり前になった。柊が読んでいる本を蓮がのぞき込み、意味も分からず「読んだフリ」をすることも当たり前に。
二人で寄った文房具屋で、同じ柄のシャープペンを偶然選んだ日には、蓮がにやにやして「運命」とか言って、柊は「うるさい」と言いながらも筆箱に入れる。そんな毎日が、当たり前になっていった。けれど柊はふと思った。
——この先、どうなるんだろう、と。
高校生活の残りもあと少し。卒業すれば、それぞれの進路が待っている。今のように、放課後に何気なく会って寒さに肩を寄せて歩くような日々は、きっといつか終わる。恋なんて永遠じゃない。それは両親の姿を見て知っている。心は変わるし日々はこぼれていく。それでも柊は、ふとした瞬間に蓮の横顔を見るだけで思ってしまう。
——この人と、もっと先へ行きたい。
本当に欲しかったのは、「今」じゃない。「この先も一緒にいたい」と思える人とそう思える自分だった。
十二月中旬、雪の予報が出た金曜日。放課後に蓮が唐突に言った。
「なあ、今日ちょっと寄り道しね?」
いつものようなノリ。けれどその目は、どこか真剣で柊は何も聞かずにうなずいた。向かった先は、あの日と同じ歩道橋。十一月に告白を受けたあの場所。街はすでにクリスマスイルミネーションで彩られ下を走る車のテールランプが赤く揺れていた。ふたり並んで欄干にもたれ冷たい空気の中に立っている。肩が触れていて、でもそれ以上はなかった。
「もうすぐ一年終わるな。」
「うん」
「俺さ、高校入る前、こんなふうになるなんて思ってなかったんだよ。」
「こんなふうって?」
「友達だと思ってやつに告白されて、好きなやつができて、めちゃくちゃ大事にしたくて。そいつと毎日話せるのが当たり前になるなんて思ってなかった。」
柊は、そっと視線を横に向けた。蓮の頬が冬の冷気で赤く染まっている。でもその目はまっすぐで何より誠実だった。
「俺、すっげぇ怖がってたんだ。お前の気持ちに向き合うのも自分が変わっていくことも。でも、変わることって案外悪くなかった。お前がいてくれたから、俺ちゃんと自分を好きになれた。だから、これからのことちゃんと考えたいと思ってる。卒業しても、ちゃんと会って、ちゃんと繋がって……できれば、一緒に未来に進んでいけたらって。」
目の奥がじんと滲んでいた。
「バカみたいに真っ直ぐすぎるんだよ蓮……。」
「そういう柊が好きなんだけどな。」
そう言って、蓮がそっと手を伸ばしてきた。柊のマフラーの隙間に触れる、あたたかい指。
「お前のこと大事にする。怖いことあっても、過去に引きずられても、それごと全部、俺が守りたい。」
柊はその手を、自分の指で握り返した。
「ありがとう」
それは「好き」よりもずっと重たくて、「未来」の約束のような確かな言葉。上空から、ふわりと白いものが落ちてきた。
初雪だ。
ふたりの髪に、肩に、音もなく降りてくる。この日、この場所で交わされた約束がずっと続くとは限らない。でも——それでも、柊は願った。
何年経っても、今日の景色と手のぬくもりを思い出せるように。二人の“好き”が、これからも形を変えて続いていくように。
冬のはじまり、冷たい風のなかで、彼らの恋はようやく本当の意味で“始まった”。
それは、終わりではなく——
「ずっと、一緒にいような。」
「……うん。」
——未来への、静かな宣誓。




