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第12話

 ある日。冬の光がやわらかく射し込む午後、柊の部屋は暖房のぬくもりに満ちていた。カーテン越しの陽射しが毛布の上に四角い模様を描きその中に二人は並んで座って。勉強をするわけでも、ゲームをするわけでもなく肩を並べて同じ毛布にくるまっている。そんな「何もしない時間」こそが、柊にとっては一番くすぐったく、そして一番安心する時間。


「なあ」


 隣でごろりと寝転がった蓮が、柊の髪を指先でくるくると弄ぶ。


「何」

「前から思ってたけどさ、お前ってこうしてるとネコっぽい。」

「ネコ?」

「うん。人前じゃツンケンしてるくせに、毛布の中だと気ぃ抜いて甘えてんのめっちゃ可愛い。」


 柊はむっとして顔を背ける。


「甘えてない。」

「えー、じゃあなんで袖つかんでんの?」


 蓮の言葉に、はっとして手を見ればいつの間にか彼のパーカーの袖を握っていた。柊は慌てて手を離そうとしたが、その指を蓮が優しく絡め取る。


「ほら、やっぱり。手、放したくないんだろ。」


 柊の耳まで真っ赤になった。言葉で否定しても心が勝手に動いてしまう。そんな自分に照れと悔しさが入り混じって、胸がじんわりと熱くなる。


「……バカ」


 小さく呟く声は、怒りよりも拗ねた甘えに近い響き。蓮は笑みを抑えきれず、柊の手を握ったまま顔を寄せる。


「なーんだ、可愛いな。」

「……もうやめろ。」

「やめない。だって可愛いから。」


 鼻先が触れそうな距離で視線が絡み合う。柊は何度目か分からないため息をついた。けれどその瞳は逃げずに、蓮を見つめ返していた。やがて蓮が小さく囁く。


「……キスしていい?」


 柊は目を逸らさずに、ほんの少しだけ顎を引いて答えた。


「もう、勝手にしろ。」


 次の瞬間、唇がそっと重なった。離れたあと、蓮が意地悪そうに笑わらう。


「もっと欲しそうな顔してた。」

「してない!」

「してたって。めちゃくちゃ可愛かった。」


 柊は枕を掴んで蓮の頭に軽くぶつけた。


「ほんっとお前、黙ってろ……!」


 でも、すぐに自分から毛布に潜り込み蓮の胸に顔を押し付ける。蓮はその仕草に一瞬だけ驚き、次にふわりと笑って柊の背中を撫でた。


「ありがとな。こうしてくれるの、めっちゃ嬉しい。」


 柊は何も言わなかった。ただ胸に顔を埋めたまま、ぎゅっと蓮のシャツを握りしめた。


 ——甘いとか、可愛いとか。


 言葉にされるのはまだ照れくさいけれど。このぬくもりに包まれている時間だけは、本当に大切で失いたくない。外の冬空は冷たいのに、この部屋だけは誰よりもあたたかかった。


 冬の空気を吸い込んだ教室はまだ冷え切っていて、みんなはストーブの前や窓際の光に群がるように集まっている。柊は自分の席で弁当箱を開いていたが、視線の端に映る蓮の存在をどうしても意識してしまう。隣の机を勝手にくっつけ、当然の顔で柊の隣に座る蓮。


「おー、今日の卵焼きうまそうだな。ひとつちょうだい。」


 当たり前のように箸を伸ばすその仕草に、柊は小声で睨んだ。


「勝手に食うな。」

「いいじゃん、俺の彼氏の作るやつだし。」

「バカッ、声っ!」


 慌てて手で口を塞ごうとしたが、もう遅い。近くで弁当を広げていたクラスメイト数人が、怪訝そうにこちらを見ている。


「……え?彼氏?今、“彼氏”って言った?」

「えっ、ちょっと待って、どういうこと?」

「相良と神谷って付き合ってんの!?」


 一斉にざわめく教室。柊の顔は一瞬で真っ赤になり頭の中が真っ白になる。


「ち、ちがっ……!今のはその……。」


 否定の言葉が上手く出てこない。喉が詰まって心臓が破裂しそうに高鳴っていた。その横で、蓮は何一つ動じていなかった。むしろ口元には余裕の笑みすら浮かんでいる。


「おー、バレちったか。まあ、隠す気もなかったけどな。」


「おまっ……!何さらっと認めてんだよ!」


「だって事実だし。俺は柊が好きで、柊も俺が好き。それだけの話だろ?」


 さらりと口にされる“好き”の二文字に、柊は余計に顔を覆いたくなる。その余裕すぎる返し方に、周りの友達は一瞬呆気にとられ、次の瞬間には「マジで!?」「やば」「お似合いじゃん!」と笑い混じりの歓声が飛んだ。


「意外すぎ!でもなんかしっくり来るかも!」

「神谷は最近めっちゃ相良のこと気にしてたな。」

「そうそう!授業中とかも隣見すぎ!」


 柊はもう耐えきれず、机に突っ伏した。


「……死にたい……」


 その背中を、蓮は平然と撫でながら言った。


「なに照れてんだよ。俺の彼氏なんだから、胸張っとけって。」


 その一言に、心臓を鷲掴みにされたような感覚が走る。恥ずかしさも、怒りも、全部まとめてどうしようもなく甘くて、胸がじんわり熱くなる。蓮の余裕ある笑顔と、当たり前のように繰り返される「俺の彼氏」という響き。

 その沼みたいな安心感に柊は抗えなかった。悔しいくらいに嬉しくて。


 ——君と出会ってから数える季節の中で、こうして「誰かに認められる」という日が来るなんて思わなかったんだ。でも今なら、もう隠さなくてもいいと思える。机に突っ伏したまま、柊は小さく呟いた。


「……ほんと、バカ。」


 蓮は嬉しそうに笑って、耳元で囁いた。


「バカでもいいだろ?お前に惚れてんだから。」


 教室のざわめきの中で、柊の頬はますます赤く染まっていった。



 ある日。


 放課後の空は、冬の名残を引きずりながらもどこか柔らかさを帯びている。赤紫に溶けていく夕焼けの下、柊と蓮は並んで歩いていた。冷たい風が頬を撫でるたび、柊はマフラーをぎゅっと掻き寄せる。その仕草を見逃さず蓮がふっと笑った。


「お前ってさ、ほんとに分かりやすいよな。寒いとすぐ顔に出る。」

「蓮に言われたくない。」

「でも、その顔めっちゃ可愛い。」


 さらりと口にされる一言に、柊の足が止まりそうになる。慣れたつもりでも、やっぱり胸が跳ねる。頬の熱を隠すように視線を逸らすしかなかった。そのまま歩いて蓮の家の近くまで来たとき、不意に腕を引かれた。


「ちょ、なに!?」

「んー、なんか、今はまだ帰したくない。」


 蓮の声は冗談めいているのに、瞳は真剣。街灯に照らされたその顔が近づいてくる。柊は抗う言葉を見つけられず黙って立ち尽くす。


「なぁ……好き。」


 まただ。何度聞かされても慣れない。蓮は余裕の笑みを浮かべながらも、その言葉には一切の曇りがなかった。胸の奥が甘さで満たされて息が詰まりそうになる。


「……バカ。人前で言うな。」

「じゃあ、二人きりのときに何回も言う。」


 柊の耳まで赤くなるのを見て、蓮はたまらず笑い片腕で引き寄せて抱きしめた。


「柊が恥ずかしがると、もっと言いたくなるんだよな。」


 心臓の音が重なり、鼓動が速くなる。柊は顔をうずめたまま小さく呟いた。


「俺だって、好きに決まってんだろ。」


 それを聞いた瞬間、蓮がさらに強く抱きしめてくる。


「今の録音しときゃよかった。俺、たぶん一生ニヤけて生きられる。」

「やめろ!消せ!」

「消してないって。頭にちゃんと保存しただけ。」


 その余裕の返し方に、また胸がくすぐったくなる。


 悔しいのに嬉しくて。

 照れくさいのに甘くて。


 ふたりで歩く夜道は、冷たい空気すら心地よい。手の中のぬくもりがすべてを包み込んでいて、まるで世界がそこだけ柔らかくなったみたいだった。一日一日が確かに「特別」になっていく。そんなことを思いながら、柊はそっと彼の手を握り返した。

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