第11話
毛布に半分埋まりながら、隣にいる蓮を視界の端で意識している。ふと上体を起こそうとしたその瞬間——
「……なーに、そんなに見つめて。もっとキスして欲しいの?」
蓮の挑発的な声。覆いかぶさるように至近距離で覗き込まれる。視線が真っ直ぐで逃げ場がない。反射的に柊は拳を振るった。布団の上にドンと軽くぶん殴る。
「誰がそんなこと言った、このバカ!」
蓮は笑いをこらえきれず、肩を震わせていた。
「おー痛っ。けどさぁ……否定してない時点で可愛い。」
顔が一気に熱くなる。殴りはした。でも拒否はできない。胸の奥で、ずっと渦を巻いていた欲求が煽られた瞬間に堰を切ったように噴き出す。耐え切れず柊は逆ギレした。
「ああ、そうだよ!早くしろ!何回言わせんだよ、バカ!!」
その声は怒鳴り声だったけれど、涙がにじむほど切実で甘えに近かい。蓮は一瞬、驚いたように目を見開いた後、にやりと笑う。
「やっと素直になったな。」
彼の顔がさらに近づいてくる。視界のすべてが蓮で埋め尽くされ、柊はぎゅっと目を閉じた。浅いキスでは終わらない。離れればまた求めるように。柊は布団の上で蓮の袖を握りしめながら、拒絶どころか、むしろ必死で受け止めていた。蓮に見られることも、煽られることも、全部悔しいのに嬉しくて。胸の奥がぎゅっと熱くなる。
「……っバカ……ほんとバカ……」
「お前が可愛いから、つい意地悪したくなんの。」
「もう知らない。」
そう言いながらも、袖を掴んだまま離さなかった。その仕草が何よりの答えだと、蓮は笑い再びそっと柊に口づける。
蓮は、視線を逸らそうとして逸らせなかった。どれだけからかっても、どれだけ強がられても——こうして自分の下でうつむく柊の顔は、どうしようもなく「可愛い」以外の言葉が浮かばない。
「マジで可愛いな。」
思わず漏れた独り言に、柊は「うるさい」とだけ返す。けれど、その手はぎゅっと握ったまま。拒絶の言葉と裏腹な仕草が胸の奥に火をつける。衝動に耐えきれず、蓮はポケットからスマホを取り出した。
「あ?何やってんの。」
柊が小さく顔を上げる。
その瞬間——パシャ。
部屋の灯りと毛布の柔らかい陰影の中で、涙の気配すら残る頬を赤らめた柊の顔が画面に収まった。
「ちょっ……!お前っ、何撮ってんだよ!!」
慌てて身を起こそうとする柊の動きを軽く押さえつけて笑う。
「いや〜これは保存案件だわ。やべぇ、世界で一番可愛い。」
「消せ!今すぐ消せってば!!」
柊が怒鳴る声も、顔の赤さも、その必死さすら愛おしかった。蓮は操作を止めず、その写真を迷わず背景に設定する。ホーム画面に並ぶアイコンの奥で、頬を赤くして袖を握る柊がこちらを見ている。
「よし、ロック画面も背景もこれに決定。」
「はあ!?バカか!?勝手に……!」
「勝手じゃねーよ。俺の彼氏だから、正当な権利。」
柊は言葉を詰まらせ拳で肩を小突いた。その小突きも弱々しくて、真正面からの反論にはならない。「消せ」と言いながら、本気で取り上げに来ない。そんな柊の曖昧な拒絶が蓮にはたまらなく愛しく映った。
「な?可愛いって言ったろ。」
「うっさい。」
布団の中に潜って顔を隠す柊の背中を、笑いながら優しく撫でた。携帯の画面には、まだ背景として柊の写真が輝いている。もう、誰にも渡したくない。そう思えるほどに、彼の世界は小さな部屋で完結していた。そして柊は布団の中で小さく息を吐く。
「ほんと、バカ。」
でも、その声は、どこか諦めたようで——少しだけ嬉しそうでもあった。




