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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

青藍の姉妹

作者: ゆうみん

 我ながらなんとも面倒な立場にいると思う。


 東西には友好国、北には百年前に一度戦争を経験した仮想敵国である宗教国家、南は海に面する。そんな王国の第一王女として私は生まれた。

 王妃は数年前に他界。第一側妃である母が私を出産、数か月違いで第二側妃が第二王女である異母妹を出産。現在の王室には男児がいないため、王室典則に従って長子である私が立太子して次期女王となる。


 はずなのだが、ここで国王がやらかした。

 最愛の存在である王妃を亡くして数年は人間性が欠如したと噂されるほど冷酷であった国王の心を、うっかり癒してしまったのが当時伯爵令嬢であった第二側妃。そこから一度失った反動で溺愛を通り越した執着心を芽生えさせた国王により、正規の手続きをガン無視した最速の側妃が誕生してしまったのである。

 それが、母上が私を懐妊した直後の話。もう少しタイミング考えろよな!


 我が母上は公爵家出身のご令嬢。昔から国王と親交があり恋心を抱いていたらしいが、国王が婚約者の侯爵令嬢(元王妃)をあまりにも溺愛していたため完全に諦めていたんだとか。外交のため公爵家の領地に近い東の友好国の辺境伯へと嫁いだが、紆余曲折のすえ離縁して公爵家へ戻った。その間に王妃は亡くなっており、代わりに次代の子を産む女性で、国王に嫁ぐだけの身分があった母上が第一側妃になった。

 最愛がいなくなった国王はそれは酷いもので、愛の一つも囁かず、懐妊が分かった途端公務以外で会いに来ることは無くなったらしい。

 んでその直後に突然の第二側妃を娶る件が発生し、そのまま第二側妃ご懐妊の知らせまで届くという。

 なまじ昔の恋心を抱えたまま嫁いだ母上は、そりゃあもう発狂した。昔も今も身分が下の女に男心を持っていかれて、さぞプライドが傷つけられたのだろう。もともと気高い貴族の女性だったらしいが、その日の気分で癇癪を起しちゃうヒステリーな女性へと変化してしまったのだ。


 ここまでが、私が生まれるまでのお話。


 生まれてからというもの、たった数か月違いの異母妹より優秀であれと教育が施されてきた。嫡子で第一子だからというのもあるが、我が母上の気合の入った教育はそれはもう壮絶なものだった。

 姿勢が悪ければ鞭で叩かれるのは序の口で、答えを間違えたら睡眠時間を削って勉強させられたり、魔術が上手く使えなかったらその魔術を体に打ち込まれたりした。

 いやー、普通に虐待なんだよな。侍女長が助けてくれなかったら死んでた場面が数えきれないくらいある。文字通り命の恩人なのだが、侍女長本人は何考えているか分からない鉄仮面で少々怖い。

 なぜ母上がそこまで「異母妹よりも優秀であること」に拘るのかというと、国王の気が惹けないのであればせめて王太子の座は自分の子であってほしいという強い願いのせいである。ここまでしつこいと「死んでも叶えてやる!!」くらいの執着だが、公爵家出身で第一側妃なのに見向きもされないなんて噂されたら、しがみ付くしかないのだろう。

 そんな教育熱心(※当社比)な母上と怖いくらい優秀な侍女長を頭とした侍従に囲まれて私が育ったわけです。側近を作ろうかというお茶会も開かれたけど、あんまりいい子がいなかったので当たり障りのない会話をして終わった。その翌日の異母妹のお茶会は盛況だったと聞いた母上がまた暴れていたらしいけど私は会わなかったので知らない。避けたともいう。


 ちなみに国王とは年に一度の誕生祭くらいしか顔を合わせない。こちらも教育で忙しいし、一国の王ともなれば分刻みのスケジュールらしいからそんなもんかと。あと私に関心がないことも要因である。異母妹は最低でも一週間に一度は第二側妃と共に国王と食事会をしているらしいから。そんなことを知ったら母上はまた噴火するだろうが、侍女長がうまくコントロールしているおかげで平穏な日々(?)が守られている。

 私にしちゃ食事会なんて面倒なだけなのでパスパス。


 ***


 我が王国の王族には、決まった色が現れる。ずばり青藍である。紫みを含んだ暗い青色で、光加減によっては黒だったり紫にも見える。国王は髪に、私は瞳にといった具合に青藍が髪や瞳の色に出るわけ。王族直系から離れるほど紫や黒や明るい青色に変化していくらしく、つまり青藍が高貴な色としてこの国では認められている。


 そして異母妹は髪と瞳、どちらにも青藍を持っている。


 これが原因でまた揉めたのは言うまでもない。歴代の王族でも両方に青藍の色が出た者は例外なく優秀で、異母妹を立太子した方がいいのではとかなり議論された。

 私たち姉妹が赤子の頃の話なので詳しくは知らないが、結局私が第一候補のままなのは、後ろ盾が公爵だったからのが大きな理由だろう。こう言っては失礼だが、派閥も持たないたかが伯爵家程度の後ろ盾では、議会の上層部に意見することなどできないのだ。


 ここで注目したいのが、私はまだ王太子第一候補どまりであるところ。

 王族は成人とともに立太子の儀が執り行われるため、まだ候補なのは頷けるのだが、注目したのはそういう意味ではない。

 つまり、私にはまだ、王太子になれない可能性が、存在するのである!

 さあてそれを知って一番焦るのは?もちろん我が母上を含む公爵一派でーす!

 そしてさらに過激化する教育という名の虐待。誰にとっても徳がない。この間の授業中、後ろに控えていたメイドがあまりの惨状に気絶していたの、私知ってるからね? 見てるだけで気を失う教育ってパワーワードすぎない? やめようぜ?

 まあ過激化する原因は私にもあるんですけど笑。


 この国で重要視されるのは主に、魔力量および魔術の腕、礼儀作法、知識量の三つ。それぞれを細分化すればもっと多くなるけど、とりあえずその三つさえ覚えておけば大丈夫。

 そして私はそのうちの最重要項目である魔術がからっきしできないのである!

 異母妹?もちろん全部優秀な成績を修めているそうですよ?特に魔術の腕は素晴らしいらしく、あの魔術バカで知られている魔術師団長が手放しに褒めていたとか。

 それを知った時の我が母上と言ったら(割愛。


 そんなわけで私が王太子第一候補である理由が、王室典則の「第一子優先」項目と、後ろ盾が国内でも無視できない公爵一派であることしかないのである。

 逆に異母妹の推薦理由をあげたらキリがない。魔術の腕はもちろん、礼儀作法も知力も申し分なく、王族の高貴な色を持ち、聡明で思慮深く、貴族だけでなく民からも人気を集めている。強いて言うならば、純粋に育ったため後ろ暗いことに知見がないことと、後ろ盾が弱いことだろうか。

 まあ後者に関してはすぐに解決するだろう。これだけ人気があるならあとは実力を示せば高位貴族も彼女につくだろうし、なにより国王の愛娘である。青藍の出現もあるし、ほとんどの王宮派と国王派は異母妹の味方である。第二側妃の実家である伯爵家も優秀な者たちが多いと聞くし、陞爵も不可能ではないはず。

 私が立太子の地位を確実なものにするには、魔術を極めるしかないので、私の体には魔術痕(魔術による傷痕)がたくさんあるわけなのである。

 これ、バレたら立太子どころじゃないよね。と思ったけど、そこは流石元公爵令嬢、隠蔽工作は完璧でした。抑えているのは公爵の手勢なんだけどね。


 *


 さて、私がいかに面倒な立場にあるかをおわかりいただけたと思う。

 王位を巡る政争の中心にいるわけだが、おべんきょう(※やさしい表現に差し替えております)がない、完全オフな時間もあったりする。たぶん侍女長あたりが、私の精神が壊れないように配慮してくれているんだと思う。

 母上は後宮で私は王女宮に住んでいるため、物理的距離が離れている時だけ休息時間となる。具体的に言えば朝食後と夕食後の三十分間。その時だけ、王女宮のなかであれば自由に過ごすことができる。

 私は決まって、お気に入りのサンルームで読書をする。

 本はその日の気分でいろいろ変わり、歴史、推理、恋愛、専門学書、魔術など多岐にわたる。


 その日はたまたま早く選んだ本を読み終えてしまったから、時間的にもう一冊くらい読めるかと、王女宮にある書庫へと足を運んだのだ。

 結果的に言うと、異母妹とバッタリ会ってしまった。

 瞬間、緊張感が張り詰めた。仮にも王位継承権争いをしている本人たちが、予期せず遭遇してしまうことなど本来避けるべきなのだ。傍付きである侍従がさりげなく誘導し、異母妹が書庫から出たことを確認してから、私を案内するべきだったのだ。そういや付いていたのは侍女長とは別派閥の侍女だったなと思い出すも、時すでに遅し。


 冷静に状況を分析する。

 異母妹も目を大きくしていることから互いに想定外の出来事で、しかし異母妹付きの侍女は冷静であることから人為的にこの遭遇の場が作られたと認識する。私の侍女はあちらと同じ派閥の人間らしい。よく侍女長の目を欺けたものだ、と内心感心した。

 とりあえず、礼儀作法によると上位者から声をかけるということなので、一応異母姉である私から発言する。


「貴女も書庫を必要とすることがあるのね」


 てっきり国王パパがぜーんぶ用意してくれるものだと思ってたわ。私と顔を合わせることがないようにってその辺は念入りに準備されていたもんね。教材から人材まで。

 なのになんでこんなところにいるのかしらん?


「……っ、わたし、も、本の知恵を借りることは、あります」

「そう。であれば、私はあとで選ぶとするわ」


 私がいたら本どころじゃないしー。さっさと退散しないと先程視界の端から飛び出していった騎士がどこぞの国王連れてきかねないし。

 てか顔色悪いよ?体調悪いならお部屋に戻りなね。私のせいにされちゃ困るし。


「ぁ、おね──」

「では、ごきげんよう」


 さっさと書庫を後にする。やらかしてくれた侍女はとりあえず護衛に監視してもらうとして。

 はぁー。これは報告連絡相談が必要だなあ。母上にも報告行くだろうし、向こうも国王とか要所の耳に入るだろうし、面倒なことになったぞぉ。


 せっかくの読書時間が(泣)。




 ***



 わたしは、第二側妃の子として生まれた。

 王族としても一人の女の子としても、大切に愛されて育てられてきたと思う。どんなに忙しくてもお母様は毎日お茶を一緒にするし、週に一、二回はお父様とも食事を取る。

「なかなか会えずにすまない。何をしていたのかお父様に聞かせておくれ」

 そう言って食後のお茶まで三人でまったり過ごすのが当たり前だった。

 お父様はわたしたち母娘をとても愛してくれるし、周りの人も良い人ばかりだった。一緒にいたずらしたり、時に叱ってくれたり、そんな侍女や執事に囲まれて、わたしはすくすく育った。

 転機は六歳。誕生日に合わせて王族の一員としてのお披露目会をすると告げられて、必死に礼儀作法や参加者の名前を覚えたものだ。キラキラしたドレスに身を包んで、ドレスの差し色と同じ深い青のティアラを付けて、幼いわたしは無邪気に喜んでいた。

 その時お母様が強張った顔をしていた理由や、綺麗だと見入ったティアラの意味なんて、知りもしなかった。


 *


 会場に入ると、わあっと歓声が広がり、やがてざわざわしたものになった。お父様に手を引かれるまま壇上の席へと向かうと、わたしと同じくらいの女の子が隣の女性に何かを話しかけていた。わたし達に気づいた女の子が、振り返る。



 差し色に深い青が入った水色のドレスが上品に広がり、ミルクティーのような髪が柔らかく揺れ、その奥で深い青がきらめいた。明かりで青にも紫にも変化するその瞳に、わたしは呆然とした。



 ──なんてきれいな子なんだろう。



 女の子の隣の女性がお父様へと挨拶をした後、その子は綺麗な仕草で礼を取ると、鈴のような声色で話し始めた。



「ごきげんよう、父上。嫡子がひとり、アインツェルネ・アン=チャーレ・シアンがご挨拶申し上げます。今日の良き日に、披露宴を催していただき、心より感謝致します」



 すごい、と思った。



 幼いわたしは難しい言葉を理解できなかったけど、彼女が満点の挨拶をしたことはわかったし、わたしには彼女の真似をしろと言われてもできないこともわかった。

 たぶん口が開きっぱなしだった。お母様につつかれなかったらそのままよだれを垂らしていたと思う。

 それほどに彼女は衝撃的だった。


 ──まるで、夜明けの静かな海みたい。


 そして、彼女と視線が交わった時、私は自然と笑顔になっていたと思う。


 だって、嬉しくてしようがなかったのだ。彼女の綺麗な瞳にうつっている。こんな素敵な子と声を交わすことができる。

 そんな期待が膨れ上がって、


「では、開会を宣言する。用意せよ」


 叶うことなく萎んでいった。


 タイミングよくわたしたちの間に入ったお父様に遮られ、彼女の姿は見えなくなってしまった。開会の儀を始めるにあたり、今回の主役としての役目があったから、仕方なく前を向いた。不満に満ち溢れた顔であったのだろう、やはりお母様につつかれなかったらそのままあるまじき表情でいたと思う。


 だって!だって、せっかく話せると思ったのに!まだ挨拶もしてないのに!


 そう考えたら気になって仕方なくて、披露宴中は忙しくて話せなかったから、終わった後に話しかけた。

 ミルクティー色の髪が揺れるその背に向かって、勇気を出して声をかけたのだ。


「あ、あの!」


 ゆっくりとした動作でこちらに振り返った彼女は、その瞳にわたしをうつして、


「っ、わたし──」





「ああ。貴女が例の」





 話すの途中で遮られたことがなかったわたしは、驚いて言葉に詰まってしまう。

 そして、気づいてしまう。


 え。

 あ、れ。


 気だるけに向けられた瞳は暗い青色に染まりきっていて。

 その声は変わらず綺麗なのに、温度だけ冷え切っていて。


 ──まるで、暗い暗い夜の海みたい。



「貴女と仲良くするつもりはないから」



 ごきげんよう、と告げて彼女は去ってしまった。



 *


 すべては後で聞いた話。

 深い青──青藍を使った服や装飾を身に付けるのは、嫡子のなかでも王太子、またはその第一候補となる者しか許されないらしい。わたしのドレスには差し色として、そしてティアラにも青藍を象った宝玉が使われていた。これは王室則典にも明言されており、勝手な振る舞いをしたとしてわたしとお母様は謹慎処分となった。しかし国王であるお父様が猛反発した結果、以降の青藍を使った服および装飾の着用を禁ずるという誓約書にサインすることで処分なしとなった。


 彼女は第一側妃の子で、王族直系第一子。わたしと数か月違いで生まれた、わたしのお姉様。


 今まで聞かされなかったことに疑問を持ったけれど、彼女の話題を出すと途端にお父様が不機嫌になってしまうから、聞けずじまいだ。お母様を含めた周囲の侍従にも質問したけれど、お父様に口止めされているのか誰も教えてくれなかった。


 だったら自分で会いに行くしかないのだ。


 披露宴後から勉強の時間が増えて身動きが取れなくなったから、もっと自主学習して自由時間を作って、そして会いに行こう。


 お父様や各方面からの思わぬ妨害があって時間がかかってしまったけれど、彼女がよく使っているらしい書庫までたどり着くことができた。

 これもとりわけ仲良くしている侍女マーサのおかげ。彼女に相談してよかった。

 だけど一足遅くて、彼女はすでに書庫から去っていた。マーサからも「この機会で一度きりだと思ってください」と言われているし、結局会えずじまいなのかしら……


 もう一度、会いたかった。

 もう一度、あの夜が見たかった。

 ──お姉様と、話してみたかった。



 ぎぃ、と開かれる扉。

 そこから現れる、柔らかいミルクティー色の髪と、青藍の瞳。


「貴女も、書庫を必要とすることがあるのね」



 夜明け前の海を連想する少女が、そこに立っていた。


続きが書けたらいいなあ

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