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ミルフィーユ/ゲダンケ

作者: 水瓶トロワ


 外から見るとあまりにも歪な姿に目を疑う星〝アドベクブ〟。

 アドベクブに住む人々には潜在的に魔法と呼ばれる現象の過程を無視して行使できる能力があり、これを使い星の外に層を創造したり海を何もせずに蒸発させ塩の橋に姿を変えさせたりと、まさに神の如くの力だった。

 もちろんそれは大変危険な能力であり、人々の間で争いが絶えることは無く、そして決してやめようとしないので計らずも衰退の道を辿ることとなる。


 一方で止まない争いを危惧する者ももちろん生まれていた。彼らは魔法のテクノロジーの解明、相殺あるいは無力化できる技術の開発を目指し動き始めた。この研究は後年、魔学と呼ばれるようになる。

 争いに巻き込まれながらも魔学の研究を進めていた者たちはついに人類から魔法を消す手段を手に入れることに成功した。

 しかしそれを行使するには彼らだけでは手が足りず、研究過程で出来た魔法が使えなくなる代わりに半永久的に生きることが出来る魂の次の依代、人型魂封印装置〝カスケード〟に人工知能と電気回路を搭載し活用することにした。

 魔法無力化は想像以上にスムーズに進んでいった。だからといって争いが消えるわけではなく、争いに嘆いたカスケードの人工知能は暴走。人類を諸悪の根源と認定し排斥を目的に動くようになる。

 魔法を無力化された人類がカスケードに太刀打ちする術はなく、ただ虐殺を眺め、そして自分の番を待つしかなかった。

 そう、人類には。

 

 目には目を、歯には歯を。カスケードにはカスケードを。

 カスケードの反省点を克服させながら人型魂封印装置は次々と発展開発されていく。それに伴い、レーザーなどの対カスケード武器や魔法無力化の技術を転じて作られた人工知能無力化と言った技術がこの世界に生まれた。この技術は後年、科学と呼ばれるようになる。

 そうして一つの到達点として後の時代では英雄、または終止符と呼ばれるカスケード「ツェン」が誕生する。


 そして壊暦:三XXXX年。

 ツェアの活躍により争いだらけの世界は終わりを告げた。

 この時代は暗黒期と呼ばれているものの、争いにより荒野が広がり、魔法が無くなり層が維持できなくなり時折落ちてくる今とどちらが暗黒期かと問われると皆口を塞ぐ。

 それでも今日も必死に生きる者がいる。

 例えばそう、身体は人間なのに四肢はカスケードのこの少女もまたその一人だろう。


 この世界は〝層〟と呼ばれる高空に存在する地により他の恒星からの光は遮断されている影響で昼夜共に暗く、何かしらの明かりがないとまともに生活できない。

 だがいま少女の目の前の谷は並び立つ無数の光る装置たちにより明るく照らされていた。

 この光る装置は全て生体オブジェクトで、中には人類に甚大な害を及ぼす可能性があると判断された人間は捕縛され、このオブジェクトに組み込まれる。

 中は魔法無効装置の魔術はもちろんのこと、組み込まれた後は液体窒素によるコールドスリープが施され、停止状態になったとオブジェクトが判断したら生命維持装置が装着される。外のライトは青は安定状態、緑は覚醒状態、赤は危険状態を表す。

 オブジェクトから脱出するのは外からのロック解除が必要になるのだが、二種のカードキーと三種のパスワード、そして指紋認証と声紋認証が必要なため知識があるからと言っておいそれと解除することはできない。

 この難攻不落のから因んで付けられたのが〝終囚の渓谷〟。この名はここだけを示す言葉ではなく、全国に無数にある同じようなところ全てこの呼称が用いられる。

 そう、出来ないのだ。出来るはずない。

 それなのに先日未明。ここの渓谷のオブジェクトから一人の人物が脱走した。

 少女はその人物に……会うためにここに来ていた。


 もっとも彼女は自警団なんかじゃなく、大金を積まれたので渋々やっているだけ。だからかどうもやる気が出ない。

 しかも依頼内容は対象の抹消。「捕縛が無理な場合~」ではなく、最初っから消すことが目的。

 汚れ仕事は慣れてはいるものの、彼女も暗黒期末期を体験している一人なので無暗な殺生もそれはそれで思うところがある。

 しかし背を腹に代えられないのも確か。依頼先が知り合いとはいえ国の重鎮で無下にできないのもあるが。

 彼女は自ら両頬を叩き、重い腰を上げる。


「じゃあ、行こうか」


 少女は誰に言うでもなく一人呟く。

 その言葉は心を固めるためのルーティン。彼の口癖だった言葉でもある。

 彼女の名はリーヴ。

 白銀の長髪をなびかせながら丘から飛び降りた。

 高低差は軽く三十メートルを超えている。これもまた〝終囚の渓谷〟と呼ばれる由縁の一つなのだが、例え戦闘用カスケードでもこの高さで落ちたらひとたまりもない。

 しかし彼女は変わらず飄々としている。

 腕を組み仁王立ち姿で落下して行き、ようやく動き出したのはちょうど半分すぎた辺り。

 足を折り曲げると人間でいう足裏にある土踏まずの部分に存在する魔術バーニアに魔術陣が三つほど現れ、その中を突き抜けるように火が点る。火が貫いた魔術陣は細かく砕け、煌めきながら火の周囲を泳ぐ。


 うん、先日メンテナンスした四肢のパフォーマンスは花丸だ。そう確信すると片手を見つめグーパーして確かめたり、関係ないのに首をぐるりと一周回したりして更に確かめる。

 不調時だとこのバーニア解放時だと膝にものすごい負担がかかり激痛に襲われたり、魔術陣が上手く発動できなかったりするのだが、その可能性が無いと思うとこんなに晴れやかな気持ちになるものなのか。

 任務中だというのにリーヴは自分の身体に満面の笑みを広げていた。


 そんな最中だ。オブジェクト以外の奇妙な存在が視界に入った。少し行き過ぎたのでオブジェクトに当たらないように弧を描き、存在の元へ急ぐ。

 奇妙な存在、それは身体の九割五分は水分、残りは体内の赤く発光した目のように見えるガスで構成されているモンスター、スライムのことだ。

 主に魔学の副産物で生まれる無魂生物むこんせいぶつで、毒性を含んでいるその肌に触れさえしなければ脅威性はほとんどない。魔学を取り扱う国では産業廃棄物の如く生まれるので、このスライムに対し、いかに対策しているのかも国の品位を定める基準となっている。

 ただありふれた存在だからこそ改造されたり、薬やウイルスの被検体されやすいのだが。

 しかし大きい。本来なら幼生の獣程度しかないのに、人の子供、いや青年期ほどの身丈がある。やはり改造種か?


 リーヴはスライムに狙いを定め指を構える。構えた指先には小型の魔術陣を広がり、そして魔術陣が弾けると指先から現れた炎の弾がスライム目掛けて飛んで行った。

 魔法と魔術の大きな違いは種が必要かどうかだ。例えば彼女の足の魔術バーニアの下にはエネルギーオイルが積まれており、これを一定量消費することで飛べるほどの推進力を半永久的に得ることが出来る。今のもエナジーオイルを種にしている。しかしこれが魔法ならエネルギーオイルは必要なく、己が意思でオンオフ出来る。

 別にエナジーオイルもとい液体燃料でなくとも草でも小石でも何でもいいのだが、一番効率がいいのが液体であり、一番生産率が高く安価なのがエネルギーオイルなので使っているだけだ。


 スライムは被弾した瞬間蒸発して姿を大気に帰した。

 しかしスライムがなぜこんな科学の結晶のようなところにいるのだろうか。

 疑問を感じたリーヴは地に降り、耳のカメラ付き連絡端末を叩き雇い主に連絡する。


「管理室、聞こえる?」

『通信良好。はい、リーヴ。状況はカメラで確認してます。出来ればスライムを討伐したあたりから通信が欲しかったですが』


 聞こえてきたのは若い女性の声。直接な雇い主ではないが彼女とも顔見知りなので嫌味を遠慮なく告げてくる。


「はいはい、以後気を付けます~。それよりどういうことだと思う?」

『脱走の手助けをしたグループが撒いたと考えるのが適格でしょうが、まだなんとも言えません。重々に注意してください』

「了解」


 ……つまらない。

 在り来たりな回答に肩をすくめるとリーヴは徒歩で当初の目的の小屋へ歩き出した。

 飛んで行ってもいいのだがまたスライムが出たら即応戦したいので歩く。


 ◆


 結局出てこなかったのだが。

 結果オーライというものの、なんだか〇✕問題に間違えたようで釈然としない。

 辿り着いた小屋も釈然としない要素の一つだ。

 いまどき木製でも時代錯誤だというのに土製の家なんて遺物とでも言うべきか。大きさも三〇坪ほどしかなく、二階はない。室外機があることから冷暖房はあるのだろうが、入居希望者は果たしているのか?


「誰かいませんかー?」


 不機嫌そのままの声でリーヴは小屋の扉を叩く。

 ちなみに扉は木製だ。ノックもとい裏拳で壊そうと思えば壊せそうな程とても薄い。


「はいは~い?」


 扉の奥から呑気そうな若い男の声が聞こえてきた。

 その声を聞き、リーヴは少し驚く。もっと壮年の人物が管理しているものかと思ったのだが。

 おっと、流石に客の前でも不機嫌な態度はよろしくない。彼女は咳払いしたのち、態度を改める。

 そうして視線を再び前に向けると扉が、開かず丸ごと外された。


「ごめんね、建付け悪くって、軽いからもういっそのこと取り外すことにしてるん……」


 現れたのは透き通るような青色の髪が目立つ青年。背はリーヴより頭一つ分高く、年齢も少し上なのかもしれない。

 それよりも扉の開け方に驚くあまりに彼に目が向いていなかった。途中で言葉が止まったことにも気付かなかった。


「あっ、いえ。大丈夫です、わかってます」


 少しして我を取り戻した彼女は謎の断りを入れたのち、自己紹介を始める。


「はじめまして。囚人が逃げた件で派遣されました。リーヴと言います。短い間ですがよろしくお願いします」


 しかし今度は彼の方が心ここに在らずのようだ。挨拶が返ってこない。

 少しだけ待ってリーヴは改めて声をかける。


「……あの?」

「あ、いや申し訳ない。むかし見た英雄と似ていたので」


 英雄。ツェンのことだろうか。恐らくそうだ。

 似ているだなんて、そんなことはない。私はまだまだ、彼に遠く及ばない。


「そう。それはそれは……恐れ多いことで……」


 彼から目を逸らし、リーヴはへりくだった言葉を口にする。その後、下唇を強く噛んだ。

 そんな些細な動きに気付いていない彼はようやく自己紹介を返す。


「俺はアイン。こちらこそよろしく。あ、ため語でいいからね。あんまり気を使われるの好きじゃないんだ」

「じゃあ遠慮なく」


 彼女はペコリと軽く頭を下げる。それを見たアインは軽く笑うと手を軽く振ったのち部屋の奥に進んでいく。


「……若いのにこんなとこ苦痛じゃない? 少なくとも私は苦痛だな」

「もともと引きこもり気質だからかな。あんまり感じたことないなぁ~」


 玄関と居間は直通で奥に給湯室やその他小部屋がある作り。ベットがあるところから基本的な生活は居間で行われるようだ。

 しかし本棚やカーペットで隠されてはいるが壁や天井は隠されることなく土で、窓もないところからやはりあまり快適ではなさそうだ。

 それでも住めば都なのだろう。アインは特にすること断りを入れたり悪びれる様子なくリーヴに椅子を勧める。


「しかしもう来てくれるとは。最近の業者さんは速度に重きを置いているって聞いてたけど本当なんだね。いや~ありがたい、ありがたい」


 業者ではなく国直轄からの雇われ者なのだが。というか囚人を相手取る民間企業って何よ。


「えぇ、その通り。当社は『素早く・爽やかに・丁寧に』がモットーですので」


 そう思いつつもリーヴは笑顔でノリを合わせる。

 大丈夫。だって私は雇われなのだ。先方がどう思われようと知ったことではない。


「質素なものだけどお茶入れてくるからここでくつろいでて」

「あぁ、ありがとうございます」


 気を使うなと言われて気を使わないように〝振舞って〟いたが、やはりこういうところで素が出てしまう。

 アインは苦笑を残し給湯室の方に姿を消した。


 そうしてリーヴは居間に一人ぽつん。

 こういう間、リーヴは大変苦手だった。手持ち無沙汰と言うか、なにかしなければならないと焦燥してしまい落ち着けない。

 何か時間を潰せるいいものはないだろうか? スライム探しに行く? いっそのこと壁に魔術をかまして耐久性の検査でもしてみようか。

 そんな女性らしくない考えばかり思い浮かぶ中、彼女は机の上に一冊の本が置かれているのに気付き、手に取る。


「『魔法よ、再び』?」


 小説だろうか? 最初はそう思ったものの、表紙の造りと本の厚さからそういう本ではないことに即座に気付く。

 だったらエッセイなのだろうが、こんな物騒な題材を取り扱って怒られたりしないものか。

 リーヴは沢山つけられた付箋から適当に一つ選び、そこから本を読み始める。


「違う。これは専門書……いや設計図?」


 書かれているのはとても複雑なことで、学が乏しいリーヴには理解できない言葉ばかり書かれていたものの、研究結果などかろうじて読める部分からそう推測した。

 しかしなぜこんな本が一冊だけこんなところにあるのだ?

 言うまでもない。彼の私物だろう。

 では、ではなぜこんなものを持ち込んでいるのだろうか……?

 リーヴが振り向くより早く、耳に届いた彼の「おまたせ~」の言葉に肩を跳ね上がらせる。


「あっ、その本。やっぱり興味ある?」


 お茶を置きながら共感してくれたことが嬉しいのか、彼は頬を綻ばす。

 対し同類に見られたことに少し嫌悪しながらもリーヴは読めない中身について問う。


「あの……この本、何が書かれてるの?」

「あぁ、それは門の作り方が載っているんだ」

「門?」

「そう門。人が再び魔法に使えるようになるための装置の通称さ」


 なるほど、それで設計図が載っていたのか。『魔法よ、再び』というタイトルにも納得がいく。

 しかし門ということはどこかへ繋がっているということか?

 リーヴは怪訝な態度を崩さず更に探りを入れる。


「……どういうこと?」


 「うーん」とアインは悩む声を上げたのを始めに目を閉じ考え始めた。

 深く踏み入りすぎたか? しかしこれは世界を揺るがす可能性がある案件だ。ないがしろにできない。

 というか国はこの本について知らないのか?

 双方が沈黙している間にリーヴの中では怒りが沸き立っていた。


「答えを言う前に一つだけ問いを出させてもらうよ」


 やがて目を開けた彼は大きく頷くとそう前置きし、重ねて質問を出してきた。


「今では天災と言われるけど人類の産物の一つである空に浮かぶ層と呼ばれる地。あれは何のために作られたと思う?」

「……は?」


 その問いを受けリーヴは呆気ない顔を晒した。

 何のため? あれに役割なんてあったのか?

 いや作られた存在である以上、なにかしら役割はあるのだろうが今まで考えたことなかった。あって当たり前だったから。


「えーっと、避難地とか?」


 無い知識を絞り出し答える。

 だがむなしくもハズレらしく、アインは首を横に振った。


「残念。人はあそこに行って神になろうとしたんだ」

「はい?」


 とんでもない答えにリーヴの残念な表情は変わらない。


「これは当時、層から降りてきた人が伝えた言葉だから事実だ。神は天にいると言うだろう? 昔の人々はそれに倣って空に大地を作り神になろうとしたんだ」


 理解が追い付かないとはこういうことを言うんだろう。

 神は天にいる。それは確かに聞いたことある。

 しかし自分も天に昇り神になろうと画策した……? バカじゃないのか?


「そして名実ともに彼らは神になれた。魔学の影響を受けていない唯一の人類に! そしてこの門はそんな神々に会いに行ける唯一の手段なんだ!!」


 そしてここにもバカが一人。もはや神の定義が行方不明になっている。

 だがアインは勢いそのまま、いつの間にか奪われていた分厚い本に薄い手のひらを叩きつける。

 その熱意に負け、思わず両手を叩くリーヴだがその表情は特に驚きを示していない。


「へー、それはそれは」


 しばらく彼女の拍手だけが小屋の中に木霊する。軽い、とても軽い金属音の拍手の音が。


「……反応薄いね」

「まぁ、単純に興味ないし」


 拍手が奏でられるたびに心が抉られていたはついに心が折れた。しょんぼりと肩を落とすもリーヴは遠慮なく吐き出された本音に更に折られる。


「そうか……つれないねぇ……」


 心配して損した。いや杞憂で良かったと喜ぶべきか?

 反面、ただの盲信に付き合って時間を浪費したのも事実。肩を落とす彼を傍に置き、辛辣に彼女の仕事を進めようとする。


「それよりお仕事の話をしたいんだけど」

「あぁ、そうだった。それはそうとこれ茶菓子。自信作なんだ。是非食べてみてくれ」


 机の上に置かれていた紅茶とクッキー。

 紅茶はくだらない話で冷めてしまっているが、どちらも美味しかった。

 リーヴは驚くように感想を漏らす。


「美味しい……」

「本当か!? それはよかった……」


 噛みしめるようにアインは喜ぶ。まるで親に褒められた子供のようだ。

 大袈裟な反応だとは思ったが、さっきの門と比べると真っ当な趣味だ。あれに狂信的な熱意を見せる彼より今の彼の方が何倍も素敵に見えた。


「さて、どこから話そうか。というかどうやって話そうか」


 椅子に座った彼は天井を見上げる。最初は神妙そうに、言葉を終えたら微妙そうに。

 何となく理解していた。彼は連絡した以上のことの情報は持ち合わせていない。だから語ろうにも語れないのだ。

 悟ったリーヴはカップの中の茶を飲み干すと立ち上がる。


「お茶も美味しかったわ」

「え。あ、うん。それは良かった」


 それより急に立ち上がりどうしたの?

 アインがそう言葉を続けるより先にリーヴは


「これ以上ここにいても仕方ないでしょ。現場に行きましょ」


 その言葉で全て悟られたことに気付いたアインは乾いた笑いを漏らす。


 ◆


「ここから遠いの?」

「いいや。でも数分はかかるかな。オブジェクトのライトが消えてるからどれかすぐわかるよ」

「そ。それじゃあ歩いて行きましょうか」


 まるで別の手段で行く方法があるような言い方にアインは首を傾げる。

 もしやこのボロ小屋に自転車があることすら悟られていたのか。

 全く。なにもかもお見通しとは。驚きを通り越して笑いが出てしまうとはこのことか。


「わかったよ。自転車で行こう」

「え? こんな寂れた場所にそんなものあるの? パンクしてない? でも大丈夫よ。歩いて行きましょう」


 あれ違った? 気付かれていなかった? 人間関係が希薄なのがこんなところに響くなんて。あぁ、恥ずかしいな。バカにされないかな。失望されないかな。あぁ、あぁ……、あぁ……ッ!!

 爪を噛み焦る彼に今度はリーヴが首を傾げる。


「どうしたの? 早く行きましょう」

「あっ、そッそうだな。行こうか……」


 そくささとリーヴの前に出るアイン。俯き歩くその態度は先ほどまでの温厚な彼ではない、まるで別人のようだった。

 何か悪いことをしただろうか。リーヴは思考を巡らすが特に心当たりはない。

 ま、いいか。そんな小さなことより歩いている最中に聞きたいことがある。リーヴは躊躇いなく問いかけた。


「ねぇ、さっきの門の話なんだけどさ」

「あぁ、うん」

「アインは門を作る気なの?」


 その問いは忠告の意味も込められている。

 いくら九割バカげた妄言とは言え、刺しとくだけ刺しとかないと暴走しかねない。

 もしかしたら逆効果かもしれないが、後悔するよりマシだろう。今の彼を見て、強くそう思った。


「作りたいよ。でもあれは理論的な話で実体験がある話ではない。そう、机上の空論にすぎないんだ。だから作りたくても作れないんだ」

「ふーん」


 そうには見えないが、リーヴは口を閉じた。

 それから少しして今度はアインの方から問いを投じてきた。


「なぁ、なんで門なんて作ろうと思ったと思う?」

「神になった人への好奇心じゃない」


 即答だった。

 考えるまでもない。そこがいただきだというのなら見てみたいと思うのは人のさが。それを具現化しようとしただけの話だ。

 ただ真実は一つでも理由は一つじゃないかもしれない。リーヴの答えを聞いたアインは頬を綻ばす。


「そうだな、それもあるかもしれない。でも俺は居場所が欲しかったんだと思うんだ」

「居場所? 隠れ家じゃなくて?」

「そう、居場所さ。地上こちらでは受け入れられなくても層の上あちらでは受け入れてもらえるかもしれないからね」


 それはなんて酷い幻想。ただの逃避。


「……ふーん」

「相変わらず興味ないんだね。でも君には理解してもらえると思うんだ」


 リーヴのカスケードの四肢を横目で見つめながらアインは微笑む。

 その視線に気付いたリーヴは自分の右手を上げ見つめる。違う、私は違う。ゆっくりと右手を握りしめながら、心の中で彼の考えを一蹴した。


 そうして土の小屋を後にした二人は歩いて一〇分ほど。一つのオブジェクトの前に来ていた。


「さて着いたよ」


 そのオブジェクトは開いており、中には誰も入っていなかった。


「ここにマルク・ハーフィスが入ってて、そして数日前に脱走されたと」

「あぁ、あれは深夜のことだ。急に地下室のサイレンが鳴りだして、駆け付けてみたらもぬけの殻だったってわけさ」

「あの小屋に地下室があるの?」


 リーヴは会話をしつつオブジェクトの中の身体を入れ、シートに触れる。


「あぁ。地下に制御室があるんだ。ここらオブジェクトのエネルギーもそこにあるエネルギー装置から供給されてる」

「なるほど」


 コールドスリープの冷気が溶けたのだろうか。指に水分が付着する。

 いや違う。これはコールドスリープの冷気によるものじゃない。

 オブジェクトから身体を離したリーヴは横にあるオブジェクトの前に立つ。


「ねぇ、ここには誰が入ってるの?」

「え? えーっと、レスタ・ロガーだってさ」


 アインがオブジェクトに手を触れるとその横に文字が現れる。管理者権限というやつか?


「なるほど。開けてもらっていい?」

「はぁ!? 急に何言ってるんだ。そんなこと出来るはずがないだろ」


 今度はアインが大きく驚き、リーヴをバカと認定した。

 中に入っているのは凶悪囚人。そんな奴が入っている装置を易々と開けろなんて、バカとしか言い様がない。


「いいから。中の人はコールドスリープから覚めてないから動けないだろうし、大丈夫でしょ」


 それでも彼女は引き下がらない。

 発言した件に加え、リーヴには囚人を拿捕できる自信もあり、もっと言えばこの中には囚人ではない〝何か〟がいることを確信していた。


「怒られたら全部お前になすり付けるからな」

「それでいいわ。なんならお上に聞いてみる? ねぇ、聞いてたオペレーター?」


 そう言うと耳元の通信端末を叩く。今度はスピーカーモードで通信したのでその声はアインにも聞こえる。


『相変わらず最悪ね、貴方という人は。はいはい、どうぞ好きにしてください。上に怒られたら全部貴方になすり付けますから』

「どいつもこいつも責任転嫁しやがって……」


 オペレーターは呆れたように溜息を吐くと彼と似たようなことを息つく間もなく言い放つ。

 リーヴは二人の態度に納得いっていないようだが、アインからしてみると当たり前の反応だった。

 しかし止めない、ということはオペレーターも何かしら思うところがあったのだろう。

 オブジェクトの至近距離にいかなければならないアインを含み、緊迫した空気が辺りに流れる。


 ピーっと解放の音と共にオブジェクトが開き冷気が外に漏れる。

 そしてその中には――――大型のスライムがいた。


「スライム!?」

「……やっぱり」


 アインは驚きの表情を見せる。

 一方で想定通りの結果になったリーヴは即座に指をスライムの方に向け魔術を放つ。

 急に飛んできた火球の魔術に驚きアインは尻もちをつく。そして次にあのスライムを目にすることは無く、オブジェクトの中は火の粉が残るだけだった。


「どういうことだ……? レスタ・ロガーはどこへ行ったんだ!?」

「いまのスライムがレスタ・ロガーよ。いやレスタ・ロガーだった存在よ」


 アインの怒号にリーヴは寂しく答える。

 おそらくコールドスリープというテイで魔術でその肉体を無害なスライムに再編するのがこのオブジェクトの本当の役割なのだろう。

 名を聞いたのもせめてもの弔い。たとえ囚人とは言えないがしろにされて良い命は無いのだから。


「コールドスリープなんて嘘だったのよ」

「待ってくれ。じゃあこの信号の意味は……?」


 アインの純粋な問いにリーヴはハッとする。

 たしかにそうだ。青は安定状態、緑は覚醒状態、赤は危険状態と言われていたが、中の人が変異しているなら状態を示すこと自体がおかしい。

 もしかしてスライムは失敗作? もっと別の何かを作るための存在?


「そうね……。色によってオブジェクトの中で完成した生物を分けているとか……?」


 下唇に置いた指を離さず、リーヴは憶測を語る。


「は、ははっ。物騒なこと言うなよ……」

「じゃあ赤を開けてみましょうか」

「は……マジかよ……」


 アインの乾いた笑い声も束の間、より絶望に染まった声が静寂の渓谷に響く。

 もちろんリーヴもこんなことしたくない。したくないがもし変異完了と共にオブジェクトが開くことがあれば世界は大変なことになってしまう。

 本日二度目の世界の危惧。この世界、簡単に覆りすぎて笑いを通り越して呆れてくる。

 大きくため息を吐いたのち、リーヴは気合を入れ直す。


「マジのマジ。どのみちこのオブジェクトに入っている人間は人間じゃなくなっている。このライトの意味は確かめないと」


 そう言いつつもアインは相変わらず視線をそむけたままだ。

 まぁ怖いよね。仕方のないことだ。彼女は笑いながら提案する。


「嫌だったらオブジェクトの解除方法を教えて。あとは私がやるから」

「……わかったよ。手伝うよ」


 返ってきた彼の答えにリーヴは驚く。その態度は少し意固地になっているように見えたから。

 しかしあえてそれは言及せず、彼女は深く頷いて協力を感謝した。


 そうして赤のライトのオブジェクトを見つけ、二人は中を確かめる。

 方法はさきほどと一緒でアインがロックの解除。リーヴが攻撃。


「開けるぞ……」


 アインの合図にリーヴは頷き指を構える。

 冷気が漏れ、開かれるオブジェクト。だがそこにはスライムではなくれっきとした人間が椅子に座っていた。


「え、人間……?」


 驚いたリーヴは構えていた指を下げてしまう。

 しかしオブジェクトに入っていた人間は無表情のままリーヴに狙いを定めたように手をかざす。

 そして次の瞬間、とてつもない圧力がリーヴに襲い掛かり後ろのオブジェクトまで吹き飛ばされた。


「リーヴさん!!」


 to be continued.

(ごめんなさい、後編は近日中に投稿します)

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