幼稚園児行方不明の真相
一 5月9日
ゴールデンウィークが終わり、深呼吸すると新緑の匂いがする。空には雲ひとつない晴天だった。ついにこの日がやってきた。
前田優子は計画を実行するために幼稚園に向かった。幼稚園はとても広い庭で遊具も滑り台やジャングルジムや砂場があり、庭の周りには四季折々のたくさんのお花が植えてあった。この春、あけぼの幼稚園の年少の担任になり、意気揚々と幼稚園に向かった1か月前とは違う、まさかこんな日が来るとは思わなかった。
1か月前、幼稚園の桜が満開でブラウスにカーディガンを羽織ってちょうどいい季節だった。
「おはようございます。前田優子と申します。よろしくお願いします。」
真新しい花柄のエプロンをつけ、笑顔で挨拶をした。保育士一年目頑張らなくてはという気持ちでいっぱいだった。
「こちらこそよろしくね、私も年少の担任で大塚咲です。この幼稚園にきて、
3年になるの。分からないことがあったら何でも聞いてね」咲は、25歳でとても愛想がよく、スタイルも抜群で
園児からも慕われていて、保護者からの信頼も厚く、そして彼女からはいつも甘いいい匂いがしていて、前田先生は緊張していたので、少しホッとした。
「私も年少の担任の石田です。よろしくね」中年太りの石田はとても貫禄のある、ちょっと意地悪そうなおばさんだった。洋服はジャージ姿で家からジャージを着て出勤しているらしい。この人に嫌われたら終わると
思った前田先生は、
「こちらこそよろしくお願いします。」と深々頭を下げて挨拶したが、
頭を上げたときには、石田はもうその場所にはいなかった。
そして、部屋の奥で
「前田さん、こっちにきて、この段ボール5箱、教室に運んでおいて。」
「はい」と言って段ボールを持った瞬間、あまりの重さにうっと声が出た。
これ5箱私1人で運ぶの?
何とか運び終えて職員室に戻ると他の先生たちがすでに登園していて、あまりゆっくり挨拶ができなかった。
そこに園長先生がきて、
「今日から、新しい先生が仲間入りします。前田優子先生です。年少さんの担任です。みなさん、よろしくね。
前田さん、ご挨拶して」
「前田優子です。頑張りますのでよろしくお願いします。」
たくさんの拍手をもらった。しかし、ただ1人拍手をしていない人がいた、石田先生だ。石田先生と目が合った瞬間、息をのんだ。なんとも言いようのない、胸騒ぎがした。
明日は入園式なので、今日はその準備だった。
大塚先生が付きっきりでいろいろ教えてくれた。教室の飾りや保護者に渡すプリントなど。
お昼休憩までには、どのクラスも部屋の飾りが終わり、お昼ご飯の時に
今年も石田先生の部屋の飾りが1番素敵だね、
と、みんなが褒めていたが、
園長先生が
「前田さんの飾りもとてもいいと思うわ、
若々しくて華やかで
そうだわ、来年からは部屋の飾りを
統一してその年で1番素敵だった飾りを
来年マネしましょうよ」
大塚先生も、
「それはいい案ですよね、
今年は前田さんの飾りが1番素敵だったわ」と言い、他の先生もうなずいた
その時、前田先生は、石田先生が、体を震わせながら怒りを押し殺しているのがわかった。
前田先生は思わず、
「石田先生の方がいいと私は思います。」
でも他の先生は賛同してくれず、
来年からは前田先生の飾りが採用されるようになった。前田先生は着任早々に石田先生を敵に回すこととなった。
お昼休憩が終わり、前田先生は自分の部屋に戻ると、見知らぬ箱を見つけた。恐る恐る箱をあけてみると、思わず、大きな悲鳴をあげてしまった。
大塚先生が1番に駆けつけてくれて、箱の中を見ると、ナイフがお腹に刺さって血だらけになった人形が入っていた。
「きゃー、何、これ?」
その場に、大塚先生はしゃがみこんだ。
前田先生も一緒に、しゃがみこんだ。
そこに石田先生が来て、
「何、大きな声で騒いでいるの?」
と箱の中をのぞくとその場で倒れてしまった。
「石田先生、大丈夫ですか?」
前田先生はずっとそばに付き添っていた。
「前田さん、私」
「石田先生は、気を失ってしまって。」
「あ、血の人形」
「血の人形、不気味でしたね。誰がおいたのかしら」
「本当に誰がおいたのかしらね。
付き添ってくれてありがとう。」
園長先生は明日が入園式なので、警察に届けず様子をみることにした。
二 入園式
入園式の朝、昨日のことが気になって一睡もできなかった前田先生は足取りが重く幼稚園に向かった。幼稚園の庭には大きな桜の木があり満開だった。前田先生はその桜の木を見て大きく深呼吸をした。昨日のことは気にせず頑張ろうと思った。
職員室に入ると各学年3クラスごとに先生達が集まって入園式の最終打ち合わせが始まった。
石田先生は年少の学年主任になり、うれしそうだった。今日は昨日と違って貫禄のある紋付袴姿で
「大塚先生、前田先生、これから1年間よろしくね。何かあったら何でも相談してね。それから前田先生、昨日は付き添ってくれてありがとう。」
「よろしくお願いします。」2人そろって挨拶した。
子供達が登園してきた。幼稚園の入り口には入園式の立て看板があり、その前で家族写真を撮っていた。その後は親子で体育館に集合。保護者はずっとビデオを回している。子供の中には親と離れるのが嫌で泣いている子もいた。
前田先生は20人の生徒を受け持つことになった。入園式が終わると園児と保護者何人かは、
前田先生に挨拶にきた。
「西 太郎の母です。年長にお姉ちゃんがいます。よろしくお願いします。」
綺麗に着物を着て物腰のやわらかな素敵なお母さんだった。
「前田優子です。こちらこそよろしくお願いします。
お姉ちゃんが年長さんなんですね。
いろいろ教えてください。」
前田先生はニュースとかでモンスターペアレントの話を聞いて、少し不安だったけど、
西さんは大丈夫と思った。次に挨拶にきたのは西さんと仲良しという
「佐藤 和也の母です。小学4年にお兄ちゃんがいます。新人の先生が年少受け持つのは大丈夫なのかしら?
とても不安だわ。私がいろいろアドバイスしてあげるから、しっかり頑張ってね。」
「はい、頑張ります。」佐藤さんの目は怒っているようだった。かなり何かに不満があるようで、イラついているのがわかった。入園式の日にこんなに怒っていてどうしたんだろう?何か嫌な予感がした。
2人のお母さんは挨拶を済ませると
この後ランチに行くらしく楽しそうに話していた。ようやく個別の挨拶が終わり、職員室に戻ると先生たちも、何も問題がおきずに無事に入園式が終わりホッとしていた。
その時だった。
庭の方から大きな悲鳴が聞こえた。
急いでみんな庭に行ってみると、
大塚先生が座り込んでいたその先には
ナイフがお腹に刺さって血まみれの人形がまたあった。
2日続けて血まみれの人形で、流石に園長先生は警察に連絡をした。
三 警察
警察官が2人やってきた。40代ぐらいの優しそうな田中刑事と20代ぐらいで身長180センチぐらいでモデルでもやってそうな顔立ちのイケメンの町田刑事。
刑事に園長先生から順番に事情を聞かれた、
石田先生は昨日血まみれの人形を見た時に気を失ってしまったことを話すと田中刑事は
「それはびっくりしたでしょう、
お身体の方はもう大丈夫ですか?」
と心配してくれた。石田先生は前にデパートで万引き犯と間違われて
店員が警察を呼び、反省がないと怒られたことがあった。だから、警察が大嫌いだった。警察は人を疑うことしかしない。あの時の嫌な警察官が思い出された。けっこう無愛想に対応していたので、田中刑事が心配してくれたことにちょっと驚いた。
「もう大丈夫です。」
なぜか、怒り口調で言ってしまった。
それでも田中刑事は笑顔で、
「よかったです。こういうことをしそうな人に心当たりはありませんか?」
「いいえ、ないです。」
「何か、思い出したり、心配なことがあったら、何でも連絡してください。」と言って
田中刑事は名刺を石田先生に渡した。石田先生は心の中が温かくなるのを感じた。
大塚先生の番になり、庭に血まみれの人形を見つけたことを話した。田中刑事は若い町田刑事に、目で相槌を送り今度は町田刑事が事情聴取をした。大塚先生は最初は下を向いたまま話していたが、町田刑事はとても優しい口調で
「血まみれの人形を見て、ショックでしたね、体調は大丈夫ですか?何かあったら、
いつでも連絡してください。」と言って
名刺を渡した。町田刑事は仕事で知り合った女性とすぐに仲良くなり付き合っていた。大塚先生は清楚で可愛かったので町田刑事は好みの子だった。
前田先生の番がきた。今度も事情聴取は町田刑事が担当した。前田先生は昨日、お昼ご飯の後教室に戻ると箱が置いてあり開けてみると中に血まみれの人形が入っていたこと、
それを見た石田先生が倒れてしまったこと
今日は悲鳴を聞いて駆けつけると
また血まみれの人形があったことを淡々と話した。町田刑事は前田先生にはあまり興味はなかったが、
「2日続けて、血まみれの人形はびっくりしたでしょう?大丈夫ですか?
何かあったら何でも言ってください。」と言って名刺を渡した。
他の先生からも事情聴取をして帰りの車の中で田中刑事は考え込んでいた。町田刑事は
「大塚先生、可愛かったですよね。
あーいう感じの先生いいなぁ。
優しくて可愛くて清楚で。」
「でたでた、町田はすぐに女の子好きになるから、気をつけろよ。」
「すぐに好きになんかならないですよ。
私は刑事なので、
それにしても、犯人は誰なんでしょうね?
幼稚園に対しての恨みなのか?
それとも個人的な恨みか?」
四 モンスターペアレント
血の人形事件の次の日、元気な声が幼稚園から聞こえた。前田先生は少しドキドキしながら、教室で子供達のことを待っていた。
最初に登園したのは佐藤和也君だった。
「和也君、おはよう。」下を向いたまま小さな声で
「おはようございます」
すると一緒にいたお母さんが、
「声が小さいわよ。大きな声ではっきりともう一度挨拶しなさい。」と怒りながら和也君の背中を押した。思わず、前田先生は
「あ、お母さん、大丈夫ですよ。和也君の挨拶はちゃんと聞こえたので。」
「先生、私は声が小さいことを指摘しているだけですが」一瞬にして和也君のお母さんの顔つきが変わった。
「もう一度、大きな声で挨拶しなさい。
ほら、和也、大きな声で」和也君のお母さんは更に大きな声で怒鳴りつけた。和也君は黙ったままうつむいていた。
「和也、お母さんのいうことが聞けないの。
何で挨拶もろくにできないの。
何をやらしてもダメな子ね。」
前田先生はあまりの迫力に驚いて言葉が出なかった。
と、そこへ
西太郎君が、
「先生、おはようございます。」
と大きな声で教室に入ってきた。前田先生が挨拶しようとすると和也君のお母さんが
「ほら先生、太郎君の挨拶が立派な挨拶ですよ。和也、大きな声で挨拶しなさい。」
「おはようございます。」さっきよりは大きな声で頑張って挨拶した。と思っていたら、
「もっと大きな声で」と和也君のお母さんが言った。前田先生は
「大丈夫だよ、大きな声で挨拶できました。
お母さん、大丈夫ですから、和也君お預かりしますね。」と言って強引に挨拶の件は終わらせた。不満そうな顔で和也君のお母さんは教室から出て行った。
保育が始まった。20人の3歳の子はみんな元気で可愛かった。朝は、一人一人から、
幼稚園手帳を見せてもらい、登園のハンコを押した。和也君の手帳を開くと、お手紙が入っていた。手紙を読んで前田先生は恐怖を覚えた。内容は、和也君の短所を治す対処法と、
この1年間でどのような子に育ってほしいかを便箋5枚に書いてあったのだ。これは
どのように対処したらいいのか?
とりあえず、大塚先生に相談した。
大塚先生は今までこのようなお母さんに
出会ったことがないから、どうしたらいいか、わからないと困っていた。
2人には結論が出ず様子を見ることにした。
1日の保育が無事に終わり、帰ろうとした時だった。一本の電話が鳴った。
「佐藤和也の母です。前田先生いますか?」
「前田先生、佐藤さんから電話です。」
前田先生と大塚先生は目を合わせて困った感じだった。
「お電話かわりました、前田です。」
「前田先生、お手紙は読んでいただいたでしょうか?返事がなかったので」
返事をしなければいけなかったのか?と
初めて気がついた、その電話は2時間続き、
ひたすら謝るしか出来なかった。
電話の途中で大塚先生以外は目で挨拶をして帰って行った。電話が終わり大塚先生が
「お疲れ様。」とコーヒーを入れてくれた。
前田先生はコーヒーを一口飲むと涙が止まらなくなってしまった。大塚先生は落ち着くまで背中をさすってくれた。そして
「これからは佐藤さんは2人で対応しようね、帰ろう。」前田先生はうなずきながらまた涙が出た。大塚先生がいてくれてよかったと
心から思った。
家に帰っても、佐藤和也君ママに言われた言葉が耳に残っていた。
「人からいただいた手紙に返事を書かないのは、人としておかしい、あなたは教師に向いていないから、すぐに辞めなさい。それから
今日は幼稚園楽しくなかった。と和也が言っていたので、教師には向いていない。
子供の声が小さいことを気にならないのは、
教師には向いていない。」
同じ言葉を2時間言われ続けて、前田先生は精神的に追い込まれ幼稚園を辞めようと思った。
そして一睡もできないで朝を迎えてしまった。
休むわけにもいかず、重い体をふるいたたせて、幼稚園に向かった。
職員室に入ると石田先生が誰かと電話で話していた。前田先生はその電話が佐藤和也君のお母さんだとは気がつかないで、自分の教室に入って行った。そしてすぐに石田先生が教室にやってきた。石田先生は昨日の電話のことを報告しなかったことを怒っていた。
「佐藤和也君のお母様、かなり怒っていたわよ、あなたのせいで私も指導不足って怒られたわ、私の評判を下げることはしないでちょうだい」
「本当に申し訳ありません。」
前田先生が頭を下げている間に石田先生は教室から出て行った。前田先生が職員室に戻ると石田先生は年長の学年主任の鈴木先生とお話をしていてが、前田先生の姿を見ると話が止まった。
明らかに前田先の話をしていたのだ。部屋の空気が異様な空気になり優子ば慌てて職員室から飛び出した。もう無理だ。
この日から石田先生のいじめが始まった。
保育が始まり前田先生は仕事を笑顔でこなしていた。周りには楽しそうに仕事をしていると思われてそれが石田先生は気に入らなかった。
お昼の給食の時間に前田先生のお弁当がなかった。お弁当は朝の人数で個数が決まり、石田先生が発注していたので
お弁当が足らなくなることはなかった。
前田先生は慌てて近くのコンビニにおにぎりを買いに行った。発注したのが石田先生だったので、誰もお弁当が足らないことに関して、
ふれようとしなかった。誰もがうすうすわかっていたのだ。ついにイジメが始まったと。
最初は1週間に一回程度だったが、一人分足らないのが当たり前になっていた。
給食の時間が憂鬱だった。
でもいつも大塚先生が心配してくれた。
石田先生はひんぱんに前田先生の教室に来ては、
子供達の前で前田先生のことを叱った。
「前田さん、このプリントのホッチキス、曲がっているから、やり直してちょうだい。」
前田先生から見ると、ホッチキスは曲がってはいなかった。
「申し訳ありません。やり直します。」
「あんたは、ホッチキスもろくにできないの。よくそれで、教師やっているわよね。
大丈夫かしら、担任やらせておいて。
とても不安だわ。私にはこれ以上迷惑かけないでよ。わかったの」
「申し訳ありません。」
子供達は最初は石田先生に怯えていたが、
そのうちに、子供達が石田先生のマネをするようになり前田先生の話はだんだんきかなくなっていった。学級崩壊だった。
ゴールデンウィークがきたが、前田先生は外には出ようとしなかった。ずっと退職願を書いていた。どうしてこんなことになってしまったのか?考えているうちに、佐藤和也君のお母さんに対しての憎しみが湧いてきた。
そして佐藤和也君がいなくなれば、
いいのでは?と思ってしまった。
少しだけ誘拐して困らせたら、
佐藤和也君のお母さんもおとなしくなるのではと思った。ゴールデンウィークあけに、
年少さんは遠足があるから、その時がチャンスだ。
ゴールデンウィークの最終日に、前田先生は
遊園地に行き、スーツケースを隠しておいた。
五 遠足
遠足の朝が来た。前田先生は一睡もできず顔色が悪く幼稚園に向かった。前田先生の様子がおかしいのに大塚先生は気づき、声をかけてきた。「前田先生、顔色が悪いけど大丈夫?」
前田先生は誘拐の計画がバレると困ると思い
「遠足が楽しみで眠れなかったの、
子供みたいで」と笑ってごまかした。
遊園地に着くと、すぐに自由時間になり、
佐藤和也君親子と西太郎君親子は一緒にまわっていた。
前田先生の誘拐計画はお昼ご飯が終わってから、用意してあるスーツケースに
和也君を入れて遊園地から運ぶ計画で
遊園地の山側に昨日スーツケースを隠しておいた。前田先生はそのスーツケースを確認しようと遊園地の山側に向かおうとした時に、
顔色を変えた佐藤和也君のお母さんに会った。
「どうしたのですか?」前田先生は様子が明らかにおかしいと思い声をかけた。
「和也がいないんです。見かけなかったですか?」
「いいえ、見てませんけど。」前田先生はドキドキしていた。とにかく探さなければ。
前田先生は石田先生にまず連絡をして大塚先生にも連絡した。みんな迷子になったと探していた。
前田先生も必死に探した。和也君と同じクラスのママたちのグループを見つけた。
「すみません。佐藤和也君見かけなかったですか?」
「佐藤和也君?あ、あの佐藤さんの。いいえ、見かけていません。どうしたんですか?」
「迷子になってしまったみたいで」
「お母さんが嫌で1人で乗り物乗っているかもね。」
「え、そうなんですか?」
「あのお母さんならね。嫌になるわよね。前田先生も気をつけた方がいいですよ。あのお母さん、
上の子のお受験が失敗した時、担任のせいにして、幼稚園をクビにしたらしいですよ。
前田先生も辞めさせられないように。」
「そんなことがあったんですか?
今度またゆっくりお話し聞かせてください。」
前田先生は更に詳しく聞きたかったが、今は和也君を探すのが先だと思い、その場を去った。
探し初めて1時間が経とうとしていた。
石田先生が館内放送を流してみましょう。と提案したが、佐藤和也君のお母さんが、
館内放送はと嫌がった。もう一度先生達で、探した。和也君のお母さんは必死に探していたが、一緒にいたはずの西太郎君のお母さんは他のお母さんたちと一緒に乗り物に乗ったり、子供の写真を撮ったりと楽しそうだった。
すると、遊園地の入り口ゲートに座り込んでいた和也君が発見された。
和也君のお母さんはどこにいたのかを聞いていたが、和也君は何も答えなかった。
とりあえずみんなほっとしてお昼休憩になった。
前田先生は和也君が見つかるまで、緊張していた。誰にも誘拐計画は話していないが、バレたのか?変に勘ぐってしまっていた。
そして、和也君が見つかり、誘拐計画は揺らぎ始めていた。そもそも、佐藤和也君のお母さんのせいで石田先生にいじめられているから、その仕返しに少し佐藤和也君のお母さんが懲らしめてやりたかったが、
今回の和也君の迷子で充分和也君のお母さんが苦しんで辛そうな姿を見て、もういいかなぁと思った。
お昼ご飯を大塚先生と久しぶりに笑顔でお弁当が食べれた。
「和也君、見つかってよかったですね。」
前田先生が笑顔で言うと、大塚先生は
「和也君はどこにいたのかな?
聞いても何も話さないから、どうして話さないんだろう?」
「そうね、どこに居たのかな?
わからないね。でも見つかってよかったですよね。」
前田先生は心から見つかってよかった。と思っていた。
お昼休憩が終わり、園児たちは、いろいろな乗り物に乗って遠足を楽しんでいた。
前田先生も自分が誘拐計画をたてていたことはすっかり忘れて園児たちを見守っていた。
ふと、佐藤和也君のお母さんのせいで、
幼稚園をやめた先生の話を思い出した。
集合時間になり園児と保護者は続々とバスに乗り始めた。
前田先生はバスの前に立って、バスに乗る園児たちのチェックをしていた。
「先生、とても楽しかったよ。」
園児たちは、口々に楽しかった報告をしていた。そして残る乗ってないのは、佐藤和也君の親子だけになった。
集合時間5分過ぎても来なかった。前田先生はすぐに石田先生に報告して、近くを探し始めた。
集合時間30分が過ぎて、前田先生と石田先生が遊園地に残り他は幼稚園に帰ってもらった。
遊園地の館内放送を流してもらい探し続けた。前田先生はふと自分が前の日に用意したスーツケースのことを思い出して隠しておいたところに和也君を探しながら行ってみた。
スーツケースはなかった。
前田先生は慌てて遊園地の落とし物に行ってみたがスーツケースはなかった。
そこに石田先生が来て
「もう遊園地は閉園の時間だから、とりあえず幼稚園に私は戻るので、前田先生は
佐藤和也君の家に行ってみて、報告してください。」
「わかりました。家に行ってみます。」
前田先生は佐藤和也君の家に電話した。和也君のお母さんの携帯にも電話したが、出なかった。
家に着くと家の中に電気がついていた。
誰かいる。和也君には7つ離れたお兄さんがいる。チャイムを鳴らすと誰もでてこなかった。電気はついているのに、もう一度チャイムを鳴らしてみたが、応答はない。
その場で石田先生に報告をした。
幼稚園に戻ってくるように言われて帰ろうとした時だった。向こうから、和也君のお母さんが歩いてきた。
「佐藤さん、和也君は?」
「和也、いなくなって探したけど見つからなかった。もしかして家に戻ってきてるかもって思って帰ってきたけど。」
家の鍵を開け中に入ると誰もいなかった。
佐藤和也君のお母さんはそのまま座り込んでしまった。
「どこに行ったんだろう?」
前田先生はすぐに石田先生に報告した。
「佐藤和也君のお母さんだけ戻ってきて
和也君はいません。お母さんは探していたみたいです。」
「え、お母さんだけ?警察に連絡した方がいいわね。お母さんはどんなかんじ?」
「座り込んでしまっています。」
「わかったわ。幼稚園の方から、警察に連絡するって伝えて、私もそっちに向かうから、
それまでお母さんのことよろしくね。」
「はい、わかりました。」
前田先生は石田先生によろしくねと言われてうれしかった。佐藤和也君のお母さんのせいで
石田先生から、いじめを受けていて
幼稚園を辞めようかと悩んでいたのに
この事件で少し仲良くなれた気がした。
六 行方不明
石田先生は田中刑事に電話した。
「もしもし、あけぼの幼稚園の石田と申します。田中刑事の携帯でよろしいですか?
」
「ばい、田中です。お久しぶりです。
幼稚園で何かありましたか?」
「実は、今日遊園地に遠足だったのですが、
園児が1人いなくなってしまって」
「いなくなったお子さんの住所教えていただいてもいいですか?
その子の家で落ち合いましょう」
田中刑事と町田刑事は急いで佐藤和也君の家に向かった。
石田先生は今日一日の話を田中刑事にした。
田中刑事は石田先生の目をじっと見つめながら話を聞いてくれた。
「それではこれから遊園地を大捜索します。
」
「私たちも遊園地に行きます。」
石田先生が言ったが、田中刑事は
「捜索は私達で大丈夫です。佐藤さんの家にいて連絡を待っていてください。」
「わかりました。そうします。」
石田先生は明らかに残念そうだった。
田中刑事と一緒に行きたかったのだ。
田中刑事は佐藤さんに質問を始めた。
「和也君と離れてしまったのはどこの辺りですか?」佐藤さんは
「トイレに行くと言って、一人でトイレに行って戻ってこなくて、周りを探したけど
どこにもいなかったのでもしかして一人で帰ってきているかな?って思って帰ってきました。」田中刑事は佐藤さんの目をじっと見つめて
「それは心配でしたね。和也君は出先から1人で帰ってくることは今までにありましたか?」
「それは絶対にありません。心配症の子なので自分からどこかに行くことはありません。」
「お母さんはトイレの入り口の前で待っていたのですか?」
「いいえ、コーヒーを飲みながら、待っていました。」
「そうですか、わかりました。遊園地を探してみます。」
「見つかるといいのですが」
警察車両の中で町田刑事は田中刑事に
「あのお母さん、少しおかしくないですか?
言っていることもおかしいし、
見つかるといいのですがって何ですかね、
見つけてください。って言いますよね」
田中刑事も
「確かにそうだよな、子供がいないことに焦ってないし」
遊園地の捜索は朝まで続いたが見つからなかった。
町田刑事が田中刑事に
「どうします? 和也君の家に行きますか?
誘拐なら犯人から何か連絡がくるはずだけど、それがまだないとなると
家出?でも3歳の子が1人で家出はしないですよね。誰かと一緒?」
「そうだよなぁ、和也君のお母さんの態度も気になるから、家に行ってみようか
捜索は一旦打ち切りだな。」
和也君の家につくとリビングには石田先生と前田先生がいてお母さんは寝室で寝ていた。
町田刑事は田中刑事に耳打ちした。
「こんな時に寝れますか?」
「寝てないかもよ。ただ別の部屋にいるだけで」
田中刑事は石田先生に
「一晩中大変でしたね。体調は大丈夫ですか?」と目を見つめながら聞いた。
石田先生は先日田中刑事が来た時はかなり嫌な態度をとっていたが、それでも田中刑事は紳士的な対応をしていた。
「大丈夫です。一度幼稚園に戻ってきます。」
「今日は土曜日ですが、幼稚園はありますか?」
「いいえ、幼稚園はお休みです。でも昨日の夜、幼稚園を飛び出して来てしまったままなので」
「そうですね、私達は遊園地の周辺を探してみます。何かあったら連絡してください。」
石田先生は田中刑事の目を初めて見た。その目に吸い込まれそうになった。
優子だけ残ることになり
「前田さん、何かあったら連絡してね。
私は幼稚園に戻るから。
それにしてもどこに行ってしまったのかしら」今まで前田先生をいじめていた石田先生とは思えないくらい仲良くなっていた。
前田先生は複雑だった。自分が計画していた誘拐が、まさか和也君の失踪になってしまうとは。自分が計画していたことが恥ずかしく思えた。
そして、誘拐に使おうと準備していたスーツケースが失くなってしまったことを思い出してもう一度遊園地に探しに行かなくてはと
思った。前田先生は
「佐藤さん、私も遊園地をもう一度探しに行ってきます。何かあったら連絡してください。」
「わかりました。」
前田先生は急いで遊園地に行った。土曜日だったのでたくさんの人達が遊びに来ていた。
遊園地の中も外も警察官がたくさん和也君を探していた。隠した場所にはスーツケースはやっぱりなかった。
前田先生は少し焦り始めていた。遊園地の中を
和也君とスーツケース両方を探すことにした。
しばらくして、幼稚園の先生たちも遊園地での捜索に参加した。大塚先生は体調が悪いということで、参加はしなかった。
その他の先生たちはみんな参加していた。
お昼になり先生たちは情報交換も兼ねて一緒に昼食をとった。石田先生が
「これだけ探して見つからないということは
和也君は遊園地にはいないのではないかしら。3歳児が1人でどこかに行くかしら?
」この問いに他の先生からも
」誰かに連れ去られた?とかでも、母親の行動も不自然でしたよね。子供見つからないのに、幼稚園にも連絡せずに1人で家に帰るって、しかも今日はどうして遊園地を探しに来ないのかな?前田先生は担任として、佐藤さんはどんな母親でしたか?」前田先生が答えようとするとそれを遮って石田先生が
「あのお母さんはちょっと異常だったわよね。文句ばかり言って、前田先生がかわいそうだったわよね。」と言った。
周りの先生方はいじめていたのは
石田先生も一緒なのではと心の中で思いながら
「石田先生の言うとおりですね。」前田先生は答えた。午後も遊園地で捜索を続けた。
明日の日曜日も捜索をすることになった。
前田先生は佐藤さんの家に電話をしてみた。
「あけぼの幼稚園の前田です。和也君は戻って来られましたか?」
「戻ってきません。」
「明日も遊園地の捜索をします。」
「明日は探してくださらなくてけっこうです。」
「え、どういうことですか?」
「ですから、もう、和也を探さなくていいです。」
「ちょっと待ってください。和也君は戻ってきてないんですよね?」と前田先生が聞き返した時電話は一方的に切れた。前田先生はすぐに石田先生に電話をして、佐藤さんとの会話を報告した。
「とりあえず、今の電話を警察にも報告してこれからどうするべきか?話し合いましょう」
石田先生は田中刑事に電話をした。
「田中刑事ですか?あけぼの幼稚園の石田と申します。実は今、前田先生から連絡がありまして、佐藤和也君のお母さんから、
明日から和也君を探さなくていいと言われたそうです。どうしたらいいですか?」
「え、和也君見つかっていないのにですか?
どういうつもりなんだろう?とりあえず
上司に相談します。」
「幼稚園としては、明日は探します。」
「そうですか、わかりました。
また、何かあったらご連絡してください。」
次の日、朝から幼稚園の先生達は遊園地の中と周辺を探した。石田先生がメリーゴーランドの近くに帽子が落ちていているのを発見した。名前を確認すると佐藤和也と書いてあった。石田先生はすぐに田中刑事に連絡した。
「田中刑事ですか?石田です。今メリーゴーランドの前で和也君の帽子を見つけました。」
「メリーゴーランドの前でですか?」
「はい、そうです。」
「わかりました。すぐに向かいます。」
田中刑事は開園前に40人の警察官と一緒に
捜索していた。しかも田中刑事はメリーゴーランドの辺りをちょうど捜索していたのだ。
誰かが開園後に置いたしか考えられない。
メリーゴーランドに着くと帽子を見つけたことが嬉しかったのか、意気揚々の石田先生が立っていた。
「田中刑事、ここに落ちていました。」
「指紋取りたいので、帽子を預かります。
よく見つけましたね。」
田中刑事は自分も朝、メリーゴーランドの前を捜索したことは言わなかった。開園してから誰かが置いたことになる。
「和也君のお母さんが和也君をもう探さなくていいと言ってきたのですが、幼稚園としては探さないわけにはいかないので、
この帽子が何か手がかりになるといいのですが」
「そうですね、すぐに見つかるといいのですか?それにしても和也君のお母さんは
どうして探さなくていいと言ったのですかね?幼稚園ではどんなお母さんでしたか?」
「それが、かなりのモンスターのお母さんで、自分の子育てを幼稚園に押し付けたり、
電話で永遠に保育の仕方を説教したり、
担任の前田先生なんかは、教師辞めた方がいいとまで言われて、幼稚園としても要注意のお母さんでした。」
「そういうお母さんだったんですか?
それだと前田先生はかなり和也君のお母さんに手を焼いていたことになりますね。」
「そうですね、大変でしたね。初めての担任でいっぱいいっぱいなのに、さらにモンスターのお母さんに当たってしまって」
「なるほど、そうだったですね。わかりました。いろいろありがとうございます。
一度署に帰って帽子を調べてもらってきます。」
「私はもう少しこの辺を探してみます。」
田中刑事はメリーゴーランド周辺の防犯カメラの映像も回収した。
署に戻って田中刑事と町田刑事は2人で防犯カメラのチェックをした。すると開園してまもなく1人の人物が帽子をメリーゴーランドの前に置いた画像を見つけた。解析してみるとそれはマスクしてサングラスをして変装している和也君のお母さんだった。
町田刑事が
「これは、お母さん?」
「変装しているけど、和也君のお母さんですね。佐藤さんの家に行こう」
ピンポンを鳴らすと和也君のお母さんが出てきた。玄関のところで
田中刑事は
「和也君、帰ってきましたか?」
「いいえ、帰ってきません。」
「実は和也君の帽子が見つかりました。」
「あ、そうですか。」
「どこで見つかったのかとお聞きにならないのですか?」
「どこで見つかったのですか?」
「遊園地です。何か身に覚えありませんか?」
「さぁ、わかりません。」
「今日は遊園地に行きましたか?」
「いいえ、行ってません。家から外に出ていません。」
「そうですか、防犯カメラをチェックしたら、あなたが帽子を置いたところが写っていたのですが」
和也君のお母さんは下を向いたまま何も話さなかった。田中刑事が
「帽子を置いたのを認めますか?」
と尋ねると、ゆっくりうなずいた。
「和也君は今どこにいるのですか?」
「わかりません」
「本当に知らないのですか?」
「わかりません」
「どうして、和也君の帽子を置いたのですか?」
しばらく黙っていたが、重い口を開いた。
「和也がトイレから戻ってこなかったので、
探さないで帰ってきてしまいました。
最近、お勉強もしてくれないし、言うことも聞かないので、」
「3歳の子を探さなかったのですか?」
「イライラしていて、でも家に帰ってきて
前田先生の顔を見たら、とんでもないことをしてしまったと思って、今日は先生方に探さないでと言って帽子を置きに行きました。」
「なぜ、帽子を?」
「わかりません」
「そうですか、私達は遊園地を探してきます。何かあったら、ご連絡ください。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」下を向いたまま泣いていた。
田中刑事達は家を出てそのまま家の周りを探し始めた。誘拐なら犯人から連絡がくるはずだが、1日経っても何も連絡がないとなると、
家出なら家の周りにいるかもしれないと思った。近くの公園や駅周辺も探したが何も手がかりすらなかった。
七 捜索
月曜日の朝が来た。前田先生は和也君の家に立ち寄った。和也君のお母さんはかなり憔悴していた。
「お母さん、大丈夫ですか?」
「はい」
「早く和也君が見つかるように、幼稚園の方でも捜索しますね。
ところで、和也君のお父さんは?」
「仕事で海外にいます。」
「和也君には確かお兄ちゃんがいますよね?
今、どちらに?」
「兄の健はおばあちゃんの家に預けています。小学校もおばあちゃんの家から通っています。」
「そうですか。では、今はこの家はお母さんと和也君の2人だけで暮らされているのですね。」
「そうです」
「わかりました。私はとりあえず、幼稚園に行きますので、何かあったら、連絡してください。」
「あの」
と言ってから、和也君のお母さんは何も言わなかった。
「はい、どうしましたか?」
「いいえ、よろしくお願いします。」
前田先生はびっくりした。今までの和也君のお母さんからは想像できない言葉だったからだ。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
前田先生は玄関を出ると大きく深呼吸をした。
空気が美味しく感じた。思わずバンザイをした。いつのまにか、笑顔になっていた。
そこに田中刑事達がやってきた。
田中刑事は不思議な顔をした。
今この人バンザイしてたのではと
「前田先生、おはようございます。
和也君のお母さんはどんな様子ですか?」
「少し落ち着いたようです。」
「前田先生は何かありましたか?」
「いいえ、別に何も、どうしてそんな事をお聞きになるのですか?」
「先程、バンザイをされていたようなので、
何かいいことでもあったのかと思って」
「バンザイ何てしてませんよ、こんな時に
不謹慎な」
「そうですか、では私の見間違えです。
失礼しました。
ところで前田先生から見て、和也君のお母さんはどんな方ですか?」
「え!」
「参考までに、どんなお母さんだったか、
聞きたいだけです。」
「教育熱心なお母さんですね」
「教育熱心なお母さん、あとは?」
「あとは、そうですね、えーと」
それ以上は言葉が出なかった。まさかモンスターペアレントですとはさすがに言えなかった。
田中刑事は石田先生からモンスターペアレントです。と聞いていたので、まず最初にその言葉が出ると思っていた。でも前田先生の口からは出なかった。
和也君のお母さんを否定する言葉すら出なかった。人間ができているのか?
それとも?何かあるのか?
幼稚園はいつも通り始まった。
大塚先生は今日から、親が入院したとのことでしばらく幼稚園はお休みすることになった。
前田先生は和也君の事が気になりながらも、笑顔で保育をしていた。
保護者の中で、和也君が行方不明になっているとあっという間に広まっていた。
そして、担任の先生がいつもより笑顔でおかしいと噂になり始めていた。
そんな時だった。遊園地の裏でスーツケースが見つかった。
八 スーツケース
警察官がスーツケースの中を開けてみると、
子供の洋服と靴が入っていた。
靴には佐藤和也と名前が書いてあった。
スーツケースは鑑識の人が来て、指紋採取をした。
田中刑事達は、靴と洋服を持って和也君のお母さんに会いに行った。
和也君のお母さんは、靴を見ると泣きながら
「和也の靴と洋服です。」と答えた。
「どこで見つかったのですか?」
田中刑事は
「遊園地の裏でスーツケースが見つかりました。その中に靴と洋服がありました。」
「和也は?」
「まだ見つかっていません。」
「よろしくお願いします」
「わかりました」
田中刑事が署に戻るとスーツケースの持ち主が指紋から判明した。
先日、血まみれのナイフの時に、幼稚園の先生方の全員の指紋をとっていた。
スーツケースの指紋はその中にいた。
それは前田優子の指紋だった。
町田刑事が
「前田先生が犯人?」
「すぐに前田先生の身柄を確保」
幼稚園に向かう警察車両で町田刑事は
「前田先生が犯人なんて、信じられない。
あんなに必死になって和也君のこと探していたのに、どうしてだろう」
田中刑事は
「和也君のお母さんのことを石田先生はモンスターペアレントと言ったが、前田先生は
教育熱心なお母さんとだけ言った。
2人の間には何かがある」
幼稚園について田中刑事は園長先生に事情を説明した。園長先生はかなり動揺していたが
「わかりました。今、前田先生を呼んできます。」
園長先生は前田先生の教室に着くと、
深呼吸してから、
「前田先生、ちょっといいですか」
「園長先生、どうされたのですか」
「職員室に来ていただいても、いいですか」
「わかりました。」
前田先生が職員室に着くと、そこには
田中刑事と町田刑事が待っていた。
「どうされたのですか?」
田中刑事は前田先生に
「実は遊園地の裏でスーツケースが見つかったのですが、何か、心当たりありますか?」
「え、スーツケース」
前田先生はびっくりしてしまった。どうして、今見つかったんだろう
「いいえ、心当たりありません。」
「本当に知らないですか」
「知らないです。」
「そうですか、知らないですか、
実は、スーツケースに前田先生の指紋がついていました。」
「え!」
「そのスーツケースの中から和也君の洋服と靴が発見されました。」
「どういうことですか?私、和也君の洋服や靴は知りません。」
「とりあえず、署の方で詳しくお話しを聞かせていただきます。」
そして、田中刑事に促されて、前田先生は職員室を出ようとした時だった。
「やっぱりね、私、あなたがもしかして犯人なのではと思っていたのよ。」
と声が聞こえた。前田先生が振り返って見ると
石田先生だった。
「私、何もしていません。」
「犯人のくせに」
田中刑事が
「行きましょう。詳しく事情を聞くだけです。」
「私、本当に、何もしていません。」
「わかりました。行きましょう。」
前田先生はなぜか、涙が止まらなくなってしまった。
署に着いて冷静さを取り戻した前田先生は遠足の時に誘拐計画を立て、その準備に前の日に遊園地にスーツケースを置きにきたが、
当日の午前中に和也君が迷子になり必死に和也君を探すお母さんを目の当たりにして
誘拐することをやめたと話た。
田中刑事は
「事情はわかりました。一つだけ質問があります。」
「はい」
「前田先生は和也君の失踪に本当に何も関係してないですか」
「関係してないです。」
「わかりました。帰っていただいてけっこうです。また、話を聞かせていただくかもしれませんが。」
そのころ、幼稚園では石田先生がお迎えに来た仲のいい保護者達に
「ここだけの話だけど、誰にも言わないでね。実は遠足の時から梅組の佐藤和也君が行方不明になっていて、土曜日日曜日と警察と一緒に捜索したんだけど見つからなくて
そうしたら、さっき警察の人が来て
梅組の担任の前田先生が連れて行かれたのよ
もうびっくりしちゃったわよ。」
「え!前田先生が犯人なんですか」
「わからないけど、前田先生は佐藤さんともめていたから」
「そうなんですか、もし前田先生が犯人だったら、幼稚園はどうなるんですか?」
「え、どうなる?」
「だって、幼稚園の先生が、園児誘拐してたら、大変なことですよね。幼稚園もやっていけなくなりますよね」
石田先生は慌てて、
「絶対に誰にも言わないでね」
しかし、1時間もしないうちに園児失踪、犯人は幼稚園の先生と、ツイッターにつぶやかれ、幼稚園の名前も、前田先生の顔もネット上にさらされてしまった。
九 炎上
ネットにはあけぼの幼稚園の園児が行方不明になって3日目、担任の前田先生が犯人と同僚の先生が告白となっていた。
そして園長先生は職員室に先生方を集めて
「誰ですか?真実ではないことを話している人は」
先生方は
「私、誰にも話してないです。」
「前田先生は犯人ではないですよね。」
突然石田先生が
「前田先生は犯人ですよね、」
周りの先生は石田先生が誰かに話したと確信した。
園長先生が
「石田先生が漏らしたのですね。
前田先生は犯人ではありません。警察の方からも報告がきています。」
「だって前田先生は警察に連れて行かれましたよね。」
「あれは事情を聞くためです。
それよりも真実ではないことがネット上に出回ってしまっています。石田先生が話した方に連絡をとって前田先生は犯人ではないと話してください。みんなで前田先生を守りましょう」
「そうですね、前田先生がかわいそうですよね。」ついにみんな重い口を開いた。
「今まで、石田先生は前田先生のこと
いじめていて、私たちはそれを見て見ぬふりしてきてしまいました。今回はみんなで守ってあげましょう」
園長先生が驚いた顔で
「イジメって何の話ですか。」
「実は4月から石田先生は前田先生のお弁当だけ注文しなかったり、プリントを渡さなかったりしていたんです。」
「石田先生、本当ですか。」
石田先生は先生方の顔を睨みつけた。
「石田先生、どうなんですか?」
園長先生は強い口調で問いただした。
「だって、佐藤和也君のお母さんに、前田先生のせいで叱責されてムカついていたから。」
園長先生は
「石田先生、この件が落ち着いたら、今後のこと話し合いましょう。
とりあえず今は、前田先生のことを
一番に考えて行動してください。」
「え!」
石田先生は園長先生に今後のことと言われてびっくりした。
もしかして退職させられるのでは、
さらに前田先生への不満が募っていった。
そして前田先生が警察から幼稚園に戻ってきた。
前田先生は園長先生に誘拐を計画したこと、スーツケースを前日に遊園地に置きに行ったこと。前田先生は
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
退職させていただきます。
本当に申し訳ありませんでした。」
と謝罪した。
園長先生は
「今まで前田先生がつらい思いをしていたのに気がつかなくてごめんなさい。
石田先生のこと、他の先生みなさんから報告を受けました。これからは石田先生から何かされたら、報告してくださいね
それから、今回の和也君の行方不明の件を石田先生が保護者に前田先生が犯人と話したみたいで実はネット上で炎上しています。
もうすでに幼稚園の名前も残念ながら前田先生の名前もネット上に上がってしまっています。今後は幼稚園が前田先生のことを守ります。とりあえず家にはしばらく帰れなくなると思います。このまま家を出ても大丈夫ですか」
前田先生は炎上していることを初めて聞かされた。
冷静にならなくては
「ありがとうございます。
家は大丈夫です。」
「しばらくはホテルで泊まっていただいて、幼稚園にもマスコミの人が来ると思うので、幼稚園はお休みしてください。」
「ありがとうございます」
そこへ、年長の主任の田所先生がきて
「マスコミから、取材依頼の電話が入ってます。どうしますか?」
「断ってください。でも前田先生の汚名返上のためには記者会見した方がいいかもしれませんね。記者会見開きましょう。
すべて事実を話しても前田先生大丈夫ですか?」
「スーツケースの件もですか」
「そうです。記者会見するからにはすべて本当のことを話さないと、後でバレた時にさらに炎上してしまいます。」
「わかりました。お任せします。
迷惑かけて申し訳ありません。
よろしくお願いします。」
十 記者会見
記者会見が始まった。
園長先生と幼稚園の弁護士と2人での記者会見となった。前田先生は自分も記者会見に出なくてはいけないと思っていたが、園長先生が
顔を出す必要はないです。と守ってくれた。
「お忙しい中、集まっていただきありがとうございます。ネット上でお騒がせしてしまい
大変申し訳ありません。
その件についてお話しさせていただきます。
5月9日金曜日、幼稚園の遠足で近くの
飛鳥遊園地に行きました。午前中に、
今、行方不明の園児が迷子になり、みんなで探したところすぐに見つかりました。
夕方の集合になり、園児がトイレに行き
そこで行方不明になりました。
警察にも相談して土曜日、日曜日と探しましたが見つかりませんでした。
行方不明の担任は今年先生になった新人で
一生懸命仕事をしていますが、行方不明の園児のお母さんから叱責を受けたり、
同僚の先生からのイジメがあったりと
かなり精神的につらい状況にあったようです。そして遠足の時に誘拐をしてしまおうと計画を立て前日にスーツケースを準備しましたが、当日の午前中に園児が迷子になって
母親の必死な顔を見て、思いとどまったようです。
現在ネット上の犯人になってしまっていますが、事実無根です。」
記者からの質問が始まった。
「大原日報の工藤です。本当にその担任の先生は犯人ではないのですか?現に今行方不明のままですよね
何を根拠に犯人ではないと言えるのですか」
「警察の方に監視カメラなどを精査していただき、犯人ではないと
それから、ネット上で犯人という言葉を使われていますが、まだ事件かどうかもわかっていません。」
「伏見日報の桜井です。幼稚園の中にイジメがあったと先程お話しがありましたが、
担任の先生が犯人と、デマを流したのはそのイジメをしていた先生からですか?」
「そうです。ただ、その先生はわざとデマを流したのではなく、担任の先生が警察に事情を聞かれていたので、犯人と誤解して保護者の方に話をしてしまったようです。その保護者の方からネットにあがりました。」
「宇治日報の田端です。今もその園児は行方不明のままなんですよね?」
「はい、行方不明のままで、警察とも連携をとって探しています。
今回の件では、お騒がせして申し訳ありません。ネット上の誹謗中傷だけはやめてください。今後この件でネット上誹謗中傷した場合は、法的処置も考えております。
本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。」
園長先生は職員室に戻って、前田先生に
「今後はネット上の誹謗中傷はすべて幼稚園で対処していきますので、大丈夫です。
しばらくはホテル生活を送ってください。」前田先生は涙を流しながら
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」と、号泣していた。
そのころマスコミは和也君の家にも押しかけていた。
大原日報に一本のたれこみがあった。
「はい、大原日報の工藤です。」
「あの、今世間で騒がれている和也君の行方不明の件でお話があります。」
「和也君の行方不明の、そうですか
お名前聞いてもよろしいですか?」
「匿名でお願いします。」
「わかりました。でも一つだけ質問してもいいですか?」
「はい」
「幼稚園の関係の方ですか?」
「はいそうです。」
「わかりました。お話をよろしくお願いします。」
「実は和也君には7つ上のお兄ちゃんがいます。そのお兄ちゃんは小学校受験をして
失敗してから、あの家から姿が消えました。
お兄ちゃんが消えて翌年に和也君が産まれました。」
「えっ!お兄ちゃんが消えた?」
「そうです。お兄ちゃんは祖母の家に預けました。と言っているようですが、
本当のところは分かりません。」
「わかりました。貴重な情報ありがとうございます。」
そして、大原日報の工藤が和也君の家に向かってみると他のマスコミもたくさん来ていて、たれ込みの話をしていた。
たれ込みは大原日報だけではなかった。
大原日報の工藤の顔を見かけると伏見日報の桜井は
「工藤さん、工藤さんのところにもたれ込みありましたか?」
「ありました。お兄ちゃんが消えている。って」
「私のところにも、小学校受験を失敗してから、お兄ちゃんの姿が見えないって。
近所に少し聞き回ったら、確かにお兄ちゃんはいたみたいですね。そして最近姿を見かけない。と言っていました。
弟さんの行方不明と何か関係があるのでしょうか?」
工藤はしばらく考えてから
「お兄ちゃんが今どこにいるのかも、
気になりますね」
工藤はインターホンを鳴らしてみたが
応答はなかった。
工藤は和也君の祖母の家に行ってみた。
そこには田中刑事と町田刑事も来ていた。
たれ込みは警察にも入っていた。
和也君の祖母は体調を崩して病院に入院していた。お兄ちゃんは施設に一時的に保護されていた。
施設でお兄ちゃんに話を聞こうとしたが、
何を聞いても一言も言葉を発してはくれず、
目も合わせてくれなかった。
施設の人に聞くと、学校も不登校で
親に連絡してはいるけど、引き取りに来てくれなくて困っていた。
そして、事態が動き始めた。
十一 犯人
化学捜査官が遊園地の全ての防犯カメラをチェックしてみると、和也君と一緒に遊園地から出て行く少年を見つけた。
その少年は和也君のお兄ちゃんだった。
田中刑事と町田刑事はもう一度お兄ちゃんに
会いに行くことにした。
田中刑事は和也君のお兄ちゃんの健君に優しく問いかけた。
「こんにちは、健君。この前会いに来た刑事の田中です。
聞きたいことがあるんだけど、
最近、弟の和也君とは会ったかな?」
健君は下を向いたまま、何も話さなかった。
「実は和也君が行方不明になって、みんなで探しているんだけど、何か知っていることあるかな?」
健は黙ったまま、首を横に振った。
「何か思い出したら、ここに電話してくれるかな」
田中刑事の名詞を渡した。
施設を出ると町田刑事が
「健君は明らかに嘘ついていますよね。
このままでいいのですか?
もう少し、聞いた方がいいですよ。」
田中刑事は
「普段から施設の人にも一言も話さない子が俺たちには話さないよ。
でも、和也君が行方不明と伝えたから、
和也君を置いてきたところに行くのではないかな?
少し車で施設を見張ろう。」
しばらくすると、健君が施設から出てきた。
後をつけると遊園地の近くのマンションに入って行った。
玄関の横の小窓を覗いてみると、
2人の子供が楽しそうに声をあげて笑っていた。
写真で見た和也君だった。
すぐに本部に連絡して、応援が来るのを待ちながら中の様子を小窓から見ていた。
健君は楽しそうにお話ししていた。
そして、女性の姿があった。
町田刑事は思わず息を呑んだ。
その女性は幼稚園の先生の大塚先生だった。
町田刑事は田中刑事に
「幼稚園の大塚先生ですよね。
どういうことだろう?」
3人はとても楽しそうに遊んでいた。
警察からの連絡を受けて、和也君のお母さんも駆けつけた。
インターホンを鳴らすと、大塚先生が
「はーい」と
「佐藤です」和也君のお母さんが言うと
「えっ!」
かなり慌てていた。
部屋の中から
「和也君のお母さんが来てる。」
「僕、お母さんに会いたくない。」
「和也、僕達、あの人には会いたくないから、隠れよう。」
「うん」
「お母さんに自分達の本当の気持ちを
言うチャンスだよ。」
「言っても話は聞いてくれない。
僕が小学校受験に失敗してからは
あの人は母親をやめたから、
あの人のせいで、先生のお姉ちゃんも
死んでしまったじゃない。
大好きな先生だったのに、
先生は悲しくないの?」
「悲しいよ。大好きなお姉ちゃんだったから」
母親が、田中刑事に
「中の女性は誰ですか?」
「幼稚園の先生です。たしか、大塚先生」
「大塚先生?」
「健君の幼稚園の先生で、大塚先生という方はいらっしゃいましたか?」
「いました。年長の時の担任の先生です。
その人のせいで小学校受験失敗してしまいました。」
「どうして、その先生のせいなのですか?」
「保育中に、うちの子だけ、受験対応カリキュラムを私が作って、その通りに
指導してほしいとお願いしたのに、
他の子と別カリキュラムはできません。って断ってきて、だから、受験に失敗したんです。」
町田刑事が思わず
「えっ!
その先生が正しいですよね
他の子と別カリキュラムはできないですよね。」
「そんなことないですよ。
その先生のやる気の問題です。
だから、受験に失敗した後は、その先生に
毎日幼稚園に電話して文句をいい続けました。
でもある日をさかえに、先生は幼稚園をやめたと聞きました。」
その時だった。
部屋の中から男の人の声が聞こえた。
「どうした?
何かあったのか?」
「パパ、あの人が来た。」
「大丈夫だよ、パパが話すから。」
部屋の鍵を開けた瞬間、和也君のお母さんは
「あなた、なぜここにいるの?
海外に出張中のはずでは?」
「今朝、帰国した。
お前こそ、なぜここがわかったんだよ」
「和也が行方不明になって警察の方が探してくれて」
「和也はいるよ。あれ、和也から何も聞いてなかったの?
お兄ちゃんとお泊まりするって」
「えっ、あっ、そういえば、」
町田刑事はびっくりした顔で
「和也君のお母さん、和也君はお泊まりのこと言っていたのですが?」
「言っていたような」
「そうですか、言っていたのなら、
警察はひきあげます。」
和也君のお父さんが、田中刑事に
「ご迷惑おかけして申し訳ありません。」
と深々頭を下げたか、その時のお父さんの口元に笑顔があった。
町田刑事は
「結局、今回の和也君は事件でも何でもなかったんですね。
お騒がせすぎますよね。
でも、和也君のお父さんはネットとか見ないのですかね?
こんなに世間で騒がれていたのに。
無事に見つかってよかったですね」
田中刑事は
「何か、胸騒ぎがする。」
「無事に和也君が見つかったのだから、
この件は終わりですよ」
「そうだといいけど」
2人は署に戻って報告書を書いていた時だった。
夫婦喧嘩の末、妻が刺されたと一報が入った。現場に駆けつけるとそこは
佐藤和也君の家だった。
一二 母親
リビングで和也君のお母さんが倒れていた。
そのそばで、2人の子供達をお父さんが抱きしめていた。
「パパ、パパ」
「大丈夫、大丈夫だから」
「パパ、ごめんなさい。僕」健君は体が震えていた。
「何も言わなくいいから、大丈夫だから。
和也のこと、頼むね」
「パパ、パパ。」
田中刑事が
「何があったのですか?」
お父さんが
「もう一つのマンションのことでもめて、
向こうが包丁を台所からとって、
襲ってきたので、子供達を守ろうとして
無我夢中で、気がついたら刺していました。私が刺しました。」
「わかりました。詳しい事を署の方で聞かせてください。
お子さん達は、とりあえず今日は署で預かります。」
その時だった。健君が
「パパ」
「健、和也のこと頼んだよ。
お父さんは大丈夫だからね。
心配しないで、すぐに帰ってくるから。」
「でもパパ、僕」
「大丈夫、お父さんに任せて
行きましょう」
「パパ、パパ」
健君はお父さんの腕を掴んで泣いた。
健君のお父さんは健君を強く抱きしめた。
そして、お父さんは健君の耳元でささやいた。
「大丈夫、すべて上手くいくから。」
田中刑事は健君が気になった。
警察署に着くと、田中刑事と町田刑事は
健君と和也君について行った。
田中刑事が、和也君に
「怖かったね。もう大丈夫だよ。」
和也君はうなずくだけだった。
「健君も怖かったね。怪我とかしてないかな?」
「うん」
「お母さんは怒っていたのかな?」
健君は黙っていた。
「お母さんは怒っていたんだね」
健君は黙っていた。
「お母さんはお父さんを怒ったのかな?
怒ってたんだね」
健君が重い口を開いた。
「怒っていたのは」
「怒っていたのは?」
健君の目から涙が溢れ出した。
「怒っていたのは、僕だ。
僕はずっと怒っていた。だから」
「だから」
「だから」
「僕がだから、だから僕があの人を刺したんだ。」
「お母さんを刺したのは、健君なんだね」
「うん、」下を向いたまま健君は話始めた。「僕は小学校受験に失敗して、あの人は僕のお母さんではなくなった。
あの人は、僕のことをおばさんに預けた。おばさんは病気だったから、
面倒をみれるような体調ではなかった。
それでもあの人はおばさんのところに僕を置いていった。」
田中刑事は先日児童相談所に行った時に、
児童相談所の人がおばさんに頼まれて
健君を児童相談所で預かることにした話や
東京から来た子で児童相談所の子達はいじめるようになった。ある日、健君の通う小学校から
「今日はお休みですか?まだ、登校してません。」と連絡が来て、慌てて小学校に向かうと、途中の公園で健君が、ランドセルの中に水が入っている状態で、泣いていた。
これはひどすぎると思い、施設の子達を問い詰めたが、あまり反省はしていなかったようで持ち物はあっという間になくなって
児童相談所の人も一緒に探したことなどの話を聞いていた。だから、健君は児童相談所では誰とも話さなくなった。心を更に閉ざした。児童相談所は健君のお母さんに何度も電話して引き取り依頼をしたが、自分も体調が悪いからと断っていた。そんな中、健君のお父さんだけが、児童相談所に顔を出していた。
「健、ごめんな。すぐに一緒に住めるようにお母さんを説得するからね。待っててね。
何か辛いことはないか?先生から聞いたけど、施設でイジメにあっているのか?」
「パパ、僕は大丈夫だよ。それよりも僕の弟に会いたいな。」
「そうだね、早く4人で暮らせるようにするからね。もう少しだけ待っててね。
さびしいよね。」
「パパ、今度はいつ来てくれる?」
「また、すぐに会いに来るから。ごめんな。」
健君はいつもお父さんを待っていた。と施設の人は話していた。
「僕はいつも1人ぽっちだった。寂しかった。今、和也があの時の僕と同じことをさせられている。和也がこれ以上辛い思いをしないために、あのマンションも、パパに借りてもらったんだ。僕はお兄ちゃんだから、弟を守らないといけないんだ。
あの人はパパにマンションのことすごく怒った。パパは家族4人で暮らそうって言ったけど、あの人は3人で暮らすと言い張って、
僕のことを仲間はずれにした。だから、
だから僕があの人を刺したんだ。」
田中刑事は静かに話した。
「お話してくれてありがとう。
ずっとつらかったんだね。」
健君は号泣した。
マスコミは大きく報道した。
「3歳男児行方不明は小学校受験が嫌での家出
小学校受験は親のエゴなのでは?」
賛否が分かれたが、モンスターペアレントになってしまった和也君のお母さんに対しては亡くなっている人を悪くは言いたくはないがと言いながら、上の子の小学校受験の失敗を担任の先生にして自殺まで追いやるのはひどすぎるとそして小学校受験に失敗したからと
叔母に預け子育てを放棄したのは人としておかしいなどかなりひどく言われた。
さらに和也君のお母さんの実家についても
マスコミは調べ上げた。
和也君のお母さんは2人姉妹で2つ上のお姉さんは優等生で美人で誰からも愛される女の子だった。小学校受験も成功して有名私立の小学校に通い自慢の娘だった。小学校でもすぐにクラスの人気者になっていた。
ところが和也君のお母さんはじっと座っていることができず、お勉強には全く興味を示さなかった。いつも母親に怒鳴られたり、叩かれたりしていた。
そして小学校受験は失敗した。和也君のお母さんはそれから自分の母親に無視されるようになった。最初はお姉ちゃんが助けてくれたが助けるとお姉ちゃんにも容赦なく母親は怒りをぶつけた。いつの間にか、誰も助けてはくれなくなった。和也君のお母さんが小学校一年生の初めての運動会の時は、他の子供達は両親と一緒に運動場でレジャーシートをひいてお弁当を食べていたが、彼女だけは1人
で教室でお弁当を泣きながら食べた。地獄のような日々が続いていた。そんなある日、
和也君のお母さんのお姉ちゃんが川に遊びに連れて行ってくれた。2人は久しぶりに楽しく遊んだ。
足まで水に浸かって魚を手でとろうと、追っかけたりしていた時だった。お姉ちゃんが足を滑らし流されそうになった。
「あ、お姉ちゃん」と言って、手を差し伸べたが、その手をしまった。このままお姉ちゃんがいなくなれば、お母さんは自分だけを愛してくれると思って、その手を掴むのをやめた。お姉ちゃんはあっという間に流されて行ってしまった。すぐには周りにも助けを求めようとしなかった。しばらくして大声で泣いた。消防と警察が来て母親も慌てた様子で来た。
「ね、どういうこと、お姉ちゃんは?」
母親は取り乱して私の腕を強く譲った。
あまりの気迫に周りの大人が止めに入ったが、母はその手を振り払い
「何で、何で、どうして」と騒いでいた。
捜索は次の日も続いた。朝から川を捜索していた。そして、川の中から遺体が見つかった。その時母親は
「死んだのが、あなたならよかったのに」と
言ってお葬式が終わって自殺してしまった。
母親はお姉ちゃんだけを愛していたのだ。
小学校受験に失敗した子供の母親をやめたのだ。
それからは親戚の家を転々として、つらい子供時代を過ごした。結婚して子供を授かると小学校受験を成功しなければという気持ちになってしまった。そして小学校受験に失敗した健君が自分と重なってしまって、愛することができなかった。
負の連鎖が続いた。
一三 本当の目的
あの事件から、一年が経ち、前田先生も立派な先生になっていた。
前田先生が2回目の入園式の準備をしていると、
大塚先生が
「前田先生、お話があるの。
私、結婚したの。だから、今日から、
名前が佐藤に変わるから、よろしくね。」
「えっ、おめでとうございます。
お相手はどういう方なんですか?」
「詳しいことは内緒。
ただ、姉の分、健君のいいお母さんにならないと。目的を果たせるように、中学受験目指して」
「佐藤さん、健君?もしかして、佐藤和也君のお母さんになるの?」前田先生はかなり驚いた。自分の姉を自殺に追いやった人の子供達の母親になるってどういう心境なのだろうか?
「そうなの、和也君と健君のお母さんになることに決めたの」
「えっ、でも和也君のお母さんは大塚先生のお姉さんを自殺に追い込んだ人ですよね?」
「そうね、最初はすごく恨んでいたわ。
姉の復讐のことばかり考えていた。だから、
姉の仕事場に就職して、姉の自殺の原因を突き止めようと思った。いろいろ調べてわかったの。
自殺の原因は和也君のお母さんだけではなかったって。
石田先生もかなり姉のことイジメていたみたい。前田先生もかなりイジメにあったでしょ?」
「うん、いじめられたわ。けっこうつらかった。何度も幼稚園辞めようと思った。
そして、石田先生にいじめられる原因を作った佐藤和也君のお母さんを恨んだ。」
「やっぱり、最後は佐藤和也君のお母さんを恨むよね。私もそうだった。でも石田先生も許せなかった。
だから、こっそり園長先生に石田先生が前田先生をイジメていること密告しておいた。
和也君の行方不明の事件で幼稚園の膿を出そうと思ったの。」
「そうだったんですね。ありがとうございます。園長先生が石田先生の処分をしてくれて心が救われました。」
「そう言ってもらえてよかったわ。
でもやっぱり1番許せなかったのは和也君のお母さん。だから、
お母さんをやめてもらった。」
「それって?え、和也君のお母さんは健君が?」
「そうね。刺したのは健君。でも、そう仕向けたのは私。そして、姉の分、健君には何が何でも中学校受験成功してもらわないと。
あのお母さんでは、それは無理だから。死んでもらったの。目的が果たせてよかったわ。」
「本当の目的はお母さんになることだったんですか?」