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第2話 婚約者来る。そして田分けの罠

 ごきげんよう、諸兄。セブリアン・フランコ、14歳だよ。今日は緊張しています。なんたって昨晩、僕の婚約者のエルミリア・アルバーロがフランコ家の城にやって来て、明朝に挨拶、そして僕らの日曜日の活動に参加する事になっているからだ。彼女は日曜日にも1泊して月曜日に帰る予定になっている。ついでに僕もエルミリアと同行してアルバーロ家に挨拶する予定だ。

 もちろん手紙のやり取りで知ってはいるのだが、婚約者とのファーストコンタクトをしてしまえば緊張を禁じ得ないのだ。


 夕方に彼女達一行を城で出迎えたんだけど、エルミリアが……、その……、スゴイ美人さんだったんだ。勝気な蒼い目、長く伸ばした艶やかな黒髪、女性にしてはなかなかの高身長、そしてどこともそことも言わないけどデカい。絵に描いたような美少女だ。思わず見とれてしまって、定型文の挨拶をして客室に案内するのが精一杯だった。……当分オカズには困りそうにない……、ではなく!こんな美人さんと将来結婚するなんてホント幸せだと思う。彼女を不幸にしないように頑張らないと。




 エルミリアのセブリアンに対する評価は乱高下していた。見た目は黒髪、黒目で普通。身長は高め。特に特徴と言えるほどのものはない。身体は鍛えているが、貴族ならば武芸をして当然なのでこれも可もなく不可もなく。挨拶はぎこちなかったが、まあ男としては及第点だろう。

 だが翌日の日曜日の集いには驚くとともに非常識に疑心を持った。平民と勉学狩猟をしている事は聞いていたが、裕福な商人や騎士階級の子息の事だと思っていた。

 もちろんそういう子供も集まっていたが、革屋や処刑人、墓堀の子供といった最下層の人間も混じっていた。セブリアンに彼らを紹介されると正直なところ、嫌悪感を感じたものだ。ついでに女子組を紹介された時も胸が騒いだが何故だろう?


 だがそれら諸々の評価は一瞬で吹き飛んでしまった。狩猟は部下に任せ、セブリアンが直接「クロスボウ」なるもの操作を教えてくれたからである。セブリアンは私の初弾命中を褒めてくれたが、私は「ボルト」が刺さった大木に目を奪われた。30メートルほど先の大木にボルトは深々と刺さっていた。

 私は戦慄した。これは間違いなく鎧を貫徹する。そして私はクロスボウを初めて扱った。これが何を意味するのか、私は理解したくなかった。このクロスボウがあれば、それこそそこらの平民が武芸の鍛錬を何年も積んだ騎士を殺せるのだ。気づけば私はボルトが刺さった大木に触れていた。


 「……これは、……危険ね」


 「ええ、だから人には向けないで下さいね」


 意味に若干の相違があるものの、それを指摘する心の余裕もなかった。




 カルチャーショックは昼以降も続いた。昼食のポトフの調理をセブリアン自らが行い、ブリサという娘は上品な香草焼きを作って身分に関係なくみんなで食べていた。平民が貴族の料理を口にする事も、貴族が平民と食卓を同じくする事も非常識だ。


 そして午後も驚きだった。セブリアンはもちろん、騎士、平民まで読み書き計算ができて、中にはカエサル語を学ぶ者もいた。自分よりも平民の方が学があるのが地味にショックだった。私はビルバオ語も少し怪しかったのでセブリアンにビルバオ語とカエサル語の初歩を教えてもらった。この教師役のセブリアンがなんだか格好良かった。たぶん私のセブリアンへの初恋はこの時始まったのだろう。


 そして1日の最後は物理においても精神においても衝撃だった。


 「みんなー!今日の締めは火薬遊びだよー!」


 セブリアンそう言ってみんなを集める。セブリアンと同世代の子供達が大木の切込み何かを置き、それから細い紐を持って戻って来る。紐に火をつけると火が大木に進み、大木に達したところでものすごい音と風。そして大木が倒れる。みんなが大喜びする中、セブリアンは満足気で、私は放心していた。

 私は、何を見てしまったのだろう……。


 城に戻ってから我に返った私はこの日曜日の勉学について色々聞きたかったが、この城で話題にするのは危険だとの勘を信じて、アルバーロ家に来てもらった時に話を聞く事にした。その機会はかなり後になってしまったけど。




 明朝、僕らは朝のお祈りをして、5人いる「セブリアン四天王」と合流、ロベルトおじさんを護衛隊長にして一路アルバーロ家に向かった。そこで訪れる悲劇と転機を知らずに……。


 悲劇が訪れたのは出発から3日目の夕方、アルバーロ家の城まで馬を駆けさせれば明朝に着くといった距離だ。予定では明後日の午前に到着予定だ。ここはフランコ家とアルバーロ家の領地の境にあたる。詳細な地図など作れないので境は曖昧だが、それはこの時代では当たり前の事であった。ちなみに僕は明確な境があると思い込んでいたのでエルミリアとの会話で恥をかいていたりする。


 夕暮れのまえに野営地を選定し、僕と「セブリアン四天王」、それにエルミリアで夕食を作る。身分の差を考えて僕が調理する事に渋い顔をしていたエルミリアだが、僕が調理に誘うと、「私もセブリアンの婚約者だし……」と渋々参加してくれた。でも2日目には楽しくなったのか、誘わなくても調理に参加してくれるようになった。嬉しいんだけど、ちょろい?


 「こんなものかな?」煮込みのスープを味見して納得し、エルミリアにもおたまで味見させようとした。若干顔を赤らめて待つエルミリアが可愛い。だが、この日はエルミリアに味見させる事は出来なかった。


 「危ない!!」


 突然ヘシカが僕とエルミリアを突き倒した。おたまはよそに飛んで行き、スープが僕らに少しかかる。


 「な、何を……」


 振り返って見たものは体中に矢を受けて煮込みの鍋を倒して地面に転がろうとするヘシカ。そのまま僕はエルミリアに押し退けられる。そこから先はほとんど記憶がない。


 『警報!』


 『クソッ、数が多い!』


 『火を消せ!』


 『いかん!エルミリア様!セブリアン様を連れて脱出を!』


 『わかったわ!』


 僕が覚えているのは馬に乗せられてエルミリアが騎手となり一夜森を駆けた事だけだ。


 我に返ったのは朝日が上り始めてからだ。僕の後ろでエルミリアが必死に馬を駆けさせていた。


 「エ、エルミリア……。いったい何がどうなって……」


 「盗賊に襲われたの。たぶん私達の暗殺が目的。もうすぐ私の城に着くからもう少し我慢して」


 「う、うん」




 日がしっかりと上った頃、エルミリアは馬をアルバーロ家の城に入れた。エルミリアはそのまま馬上で叫ぶ。


 「父上!!私達の護衛が道中で襲われています!至急救援を!」


 「わかった!馬を用意しろ!急げ!」


 初老の男性が応える。そして同じ年頃の女性が水を持って速足で歩いて来た。


 「エルミリア、大丈夫!?その殿方は?」


 「セブリアン様です、母上。森を駆けるためにこのように乗りました」


 「わかりました。セブリアン様、降りられますか?」


 「え、あ、はい」


 僕はようやく体を動かす事を思い出す。馬から降りたはいいが、体に力が入らずに崩れ落ちる。エルミリアも馬から降りたが彼女も崩れ落ちた。でもエルミリアは僕よりも余裕があるようで、僕を気遣ってくれる。そうしながらもエルミリアは父に状況を報告する。


 「敵の数は不明。おそらく30~40人。目的はたぶん私達の暗殺」


 「うむ」


 エルミリアの父はそれだけ聞くと20人ほどの騎兵を連れて城から駆けて行った。僕も救援に行かないと、と思ったけど体は震え、声を発する事も困難だった。水をゆっくりと何杯も飲む。ようやく落ち着いて来て、僕は周囲の状況を把握できた。ここはエルミリアの城だ。あまり無様を晒し続けるわけにはいかない。


 「お見苦しいところをお見せしました。セブリアン・フランコです」


 「初陣は誰でもそんなものです。まして奇襲を受けたのならば。よくぞ生きていらっしゃいました。さ、セブリアン様もエルミリアも空腹でしょう。何か温かいものを用意させます」


 僕らは貴人用の食堂でスープをもらい、それから湯浴みをいただいてから客室に入った。僕は知らぬ間に森の方を眺め続けていた。エルミリアも僕を気遣いながらも意識は森の方へ向けられていた。




 夕刻にロベルト達が城に到着した。ロベルト、ライムンドを含めて数人が負傷しており、幾人かは姿が見えなかった。


 「セブリアン様、エルミリア様をお守りできず、申し訳ありません」


 ロベルトが悔し気に謝罪する。


 「いいんだ。僕らは無事だったから。それよりも数が少ないけれど……」


 すると今度はライムンドが悲壮な顔で報告する。


 「申し訳ありません。ヘシカは最初の攻撃で戦死しました。ドナトも防戦中に戦死しました。衛兵さんも2人戦死です」


 僕は絶句する。僕の為に、4人も死んでしまった。しかも幼馴染のヘシカとドナトもだ。ライムンドでさえ、軽傷を負っている。気づけば僕はその場に倒れ伏していた。


 その後の事はほとんど覚えていない。ただエルミリアにすがって泣きわめいていた事だけは覚えている。何をわめいていたかも記憶に無く、後日恥を忍んでエルミリアに問うと「知らない言葉で何かを言っていた」と言うだけで内容は生涯話す事はなかった。




 翌朝になって僕はふと我に返った。目の前には慈母のようなエルミリアがいる。僕は随分醜態を晒していたようだ。


 「すまない……、エルミリア。酷い醜態を見せてしまった」


 「いいのよ。セブリアン様が臣を思う心を知れたから」


 そう言って僕の頭を優しく撫でる。僕はこの時、エルミリアに恋をした事を自覚した。でも口に出すつもりはない。

 しばらくエルミリアに甘えていたら、彼女は伝言を伝えてきた。


 「セブリアン様、母からの伝言。『エルミリアを守る事を決心し、今回の復讐を決意したならば、エルミリアとともに私の部屋を訪ねなさい』だそうよ」


 「……うん、わかった。たぶんその決心はできると思う。でも、今はダメだ。時間が欲しい。しばらく一緒にいて欲しい。……それから、様はナシで」


 「……わかったわ、セブリアン……」


 これからしばらくの時間、僕らはそれとなく心を通じ合い、気持ちを確かめた気がした。




 「……ありがとう、エルミリア。ようやく決心がついたよ」


 僕が立ち直ったのはその日の昼前であった。それまでエルミリアは側にいてくれたのだ。


 「そう……良かった。でもセブリアン、無理はしないでね」


 僕はエルミリアに「うん」と言葉を返し、一緒に将来の義母になるエルミリアの母親、マイラ・アルバーロの元へ向かった。




 「意外と早かったですね、セブリアン様」


 「その節は失礼を。改めてご挨拶します。セブリアン・フランコです、マイラ様」


 「あらあら。これはご丁寧に。マイラ・アルバーロです。ふふっ、すぐに義母上と呼ばせてもらいますよ」


 マイラ様のからかいに僕らは少々顔を赤らめて言葉に詰まる。


 「ふふ、まあそれはともかく、お昼はまだでしょう。一緒に食べましょう」


 マイラ様がそう言うと3人分の昼食が運ばれてきた。昨日の夕食から食べていないので空腹に喉が鳴るが、あまりの手際の良さに盗聴でもされていたかと少し怖くなる。そんな僕をマイラ様は笑顔で迎えた。


 アルバーロ家の領地の事などとりとめのない話をしながら昼食を食べる。で、空腹が満たされると睡眠欲が現れてくるわけで、僕はマイラ様からの圧力のようなもの感じて耐えたけど、エルミリアは限界のようでかなり眠たそうだ。1晩僕をなだめてくれたのだから当然だし、ありがたさを感じる。

 程よいところでマイラ様がエルミリアに休むように促して退室させ、部屋には僕とマイラ様、そして給仕のみとなった。




 「さて、セブリアン様も多少警戒する事を覚えたようですね。良い事です」


 とはいえ、蛇のような目の笑顔を向けられ続ければ恐いのは当然だろう。僕が睡眠欲に負けなかった理由だ。しかしこの口ぶり、けっこう前から僕を探っていたっぽいな。


 「今後も注意する事です。私も人の親として娘を悲しませたくありませんから」


 僕が深く頷いたのを見てマイラ様は笑顔を消して本題に入る。


 「今回の暗殺未遂、実行犯はただの盗賊ですが、それを雇ったのは異教徒の暗殺団」


 「リーフ暗殺団……」


 「そう。でもそこへ依頼した主の証拠はありません。ですが推測はつきます」


 僕の喉が違う意味で鳴る。


 「カルロス・フランコかエルナン・フランコ」


 突然出てきた兄達の名前に僕は困惑する。知っているからこそ、肉親だからこそ、信じたくない推測だった。


 「そんな……。兄上達が……?なんで……」


 「それはもちろん遺産相続です。アルバロ・フランコも51。そろそろお迎えと次代への引継ぎを考える時期です。あなたの取り分が減ればあなたの兄達の取り分が増えます」


 「えっ、でも3男の僕は領地なんて継げるわけないじゃあないですか。フランコ家を継ぐのはカルロス兄上だけでしょう?」


 僕の疑問にマイラ様は呆れたように回答を告げる。


 「もちろん、本家はそうです。でも領地は男子に分割されて相続されます。そのつもりでセブリアン様は家臣を育てていたのでは?」


 分割相続制。日本では田分けと言われた制度。それが今僕がいる世界の常識であり、僕が生涯をかけて戦う相手の名前だった。


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