第1話 中世ファンタジーに転生したからには
やあやあ皆さんごきげんよう。僕はセブリアン・フランコっていう名前のよくある転生者だ。歳は8つ。これでも貴族様だ。7人兄弟の3男だけどね。長男カルロス18歳、長女ミリアム16歳(嫁いでいってもう家にはいない)、次女ベロニカ14歳、次男エルナン10歳、次いで僕、4男バスコと3女カリナ5歳の双子、4女リアナ3歳、5男トマス0歳の大家族だ。父はアルバロ伯爵45歳、母はリアーヌ40歳。ちなみに母は遠くの国から嫁いできたらしい。
フランコ家はビルバオ王国という中規模王国の中堅貴族だ。父は騎士団の副団長としての役職も持っている。……うん、すごく中途半端だ。そしてビルバオ王国のある地域は非常に不安定……はっきり言って戦国時代だ。異教徒に対する再征服運動があると同時に同じカステラ教徒の国、貴族同士でも争っている。ちなみに僕はザラメがしっかり残っているのが好きだ。祖父はそういう戦いで領地を広げ、父は若い頃十字軍に参加して聖地でカステラを食べたらしい。
ま、カステラはカステラという名前でちゃんとあるのは置いておいて、カステラ教は東の方に教皇がいる十字架マークの宗教だ。ぶっちゃけ、カトリックとほとんど同じだ。
それにしても転生っていうのはけっこうしんどい。何せ死んだ時の恐怖をしっかりと覚えているのだ。その日は珍しく定時帰宅だった。ウキウキ気分で家路についていたんだけど、猛スピードの2人乗り自転車に追突されたんだ。それで半回転して電信柱に激突。そこから下半身の感覚がなくなったから背骨が逝ったのかな?その時こける2人乗りの自転車をぼんやり見ていたんだけど、そこからさらに体が回転して車道へ上半身が出た。目の前には青信号を走っている回送市バス。そこで記憶は終わっている。次の瞬間にはセブリアン・フランコ5歳だった。
死んだ瞬間は恐怖を覚える暇もなかったけど、思い出すと恐怖しかない。そこから1年は夜に悪夢として思い出し、1人で泣いたものだ。
とまあ5歳で自我が戻り、具合の良い事に最低限の読み書きは出来たし、数学の記号も前世と同じだった。そして前世ではそれなりの企業の社畜だったからそれなりの知識、学問、教養はあったので神童ともてはやされつつ歴史や地理を学んだものだ。8歳になった今では地元ビルバオ語だけでなく、外交や教会で使われるカエサル語も学ばされている。ちなみに先生は地元の司教のアロンソさんだ。教育熱心で信仰に厚く、高潔なおじいさんだ。
そして貴族として武芸も習わされている。こちらは持ち前の物覚えの良さと父からの才能で平均よりもかなり上、でも天才には遥かに及ばないといった感じだ。武芸の師匠は王国ではなく父に仕えている騎士のロベルトおじさん。武芸の稽古の時はすごく厳しいけど、普段は温厚なおじさんだ。最近3女が誕生して可愛がっているとか。
週に6日は学問に稽古で1日が終わるけど、日曜日は遊ぶ事が許されている。そこで僕はこの日を外で遊んで過ごす。
だけど僕にはこの時間が楽しく、そして重要だ。もちろんまだ子供であるから楽しいのは当然として、将来の基盤を作るという重要な目的がある。何せ7人兄弟の3男だ。家と領地を継げるはずがない。下手をすれば修道院に送られて一生禁欲生活だ。それだけは御免被りたい。前世では童貞だったし。童貞だったし。もちろん処女でもあった。処女は今世でも死守するけど。
となると道は王国での官吏、あるいは傭兵団か商会の立ち上げが将来の候補として見えてくる。いずれにしてもその時は僕の手足となって動く信頼できる部下が欲しい。城の人達は当然、家を継ぐ兄に仕えるだろうから候補は城下の平民だ。同世代の子供がターゲットだ。
しかしこの時代の子供は遊べるほど暇じゃない。労働力として家の仕事を手伝っている。そうでもしないと食べていけないのだ。彼らを週1で僕のところに集めるにはエサが要る。そこで使うのが貴族特権、狩猟権だ。狩猟は貴族、又は貴族に任じられた狩人のみ許可されている。それ以外は密猟で取り締まられる。
そこで僕は貴族の権利で狩猟をして、子供達にはその手伝いをさせて獲物を分配する事でご家族にも利益を確保する。食事も狩りたての新鮮な肉を僕が調理する。前世では自炊だったから結構得意だ。
この僕の案にロベルトおじさんは「武勇と統率の鍛錬になる」と護衛付きを条件に許可してくれた。アロンソおじいちゃんはあまりいい顔をしなかったけど、身体を鍛える事の重要性を説かれて納得してくれた。
初日に集まったのは平民でも余裕のある家の子供達。肉屋の息子で実直そうなドナト。鍛冶屋の息子で金髪碧眼イケメンのライムンド。革屋の息子で年の割には大柄なカシミロ。雑貨商の娘で栗毛で可愛いヘシカ。石工の娘で金髪で勝気なブリサの5人だ。
後々参加する子供達は増えていくが、最初期からいるこの5人は来年あたりから「セブリアン騎士団四天王」と呼ばれる事になるのは誰もしらない。
なにはともあれ、ここにお子様6人プラス護衛のおっちゃん2人が初日に揃った。実際に狩りをするのはお子様6人なわけだけど。これでは野兎を狩るにも難しそうだが、僕はこんな事もあろうかと、秘密兵器を用意していた。お子様向けサイズのクロスボウだ。まだこの辺りにはクロスボウは使われていなかったから、僕自身が休みの日に半年かけて試作品を完成させ、2カ月で10張りを手作りした汗と涙の結晶だ。
でも「誰でも人を殺せる」ような危険物だから、午前中は僕だけが使用する。集まってくれたお子様たちには野兎を追う勢子役と野兎の解体をお願いした。
「セブリアン様!そっちにもう1羽追い立てます!」
ライムンドが元気に走り回って野兎を追い立てる。ヘシカとブリサも別方向から追い込む。僕はクロスボウを構えて、よく狙って好機を待って引き金を引く。
ドスンと野兎の胴体にボルトが刺さって地面に縫い付けられる。
「やりましたね!これで10羽目です!」
「始めは4羽逃がしたのに、もう必中の射手ですね!」
ヘシカとブリサが僕を興奮してはやし立てる。ちなみにドナトとカシミロは野兎の解体で忙しくて声を立てる暇もない。
「そろそろお昼ご飯の用意をしようか。ヘシカとブリサは火起こしを頼むよ。ライムンドは水を汲んできて。ドナトとカシミロは解体を引き続き頼むよ。護衛のおじちゃんは荷物の野菜をを降ろして。これからウサギのポトフを作るよ!」
「わー!!」と全員から歓声が上がり、各々が割り当てられた仕事を始める。僕は丁度いい切り株にまな板を置いて野菜の皮をむいて小さめに切り、ドナトから渡された野兎の一番いい部位を大きめに切っていく。ライムンドが汲んできた水で野菜を洗い、ジャガイモをひたす。ライムンドは護衛のおっちゃんと一緒にもう一度水を汲みに行ってもらう。
鍋で野菜と野兎を炒め、ライムンドがもう一度汲んできた水を入れる。30分ほど煮込んでジャガイモが柔らかくなった事を確認すると塩で味を整えて出来上がり。ホントは調味料をもっと使いたいけど、香辛料とかは高価で持ちだせなかったんだよね……。
それでも味は、現代日本人の味覚を覚えていても、まぁまぁの出来だった。特に兎肉が多くて出汁が出ている。完成したポトフは肉が7に野菜が3だ。これにはお子様だけでなく護衛のおっちゃん達も大喜び。肉をこんなに食べる機会は僕ですらないのだから、貴族以外では肉は毎日少量、もしくは毎日は食べられないのだろう。しかも新鮮な野兎の肉なんて貴族以外は狩猟を認められた人しか食べられない。
僕も含めて皆がお代わりを連発する。その中でも護衛のおっちゃん達がさすがの大人の食欲を見せて、鍋の中身は2割を残してみんなの胃に収まった。
午後は読み書き計算を教えるか、クロスボウの訓練をするかで予定を組んでいたんだけど、みんな満腹で動けない……。幸せだ……。
ということで動けないので1時間ほどお話タイム。真っ先に僕の貴族生活が話題になったけど、毎日が勉強、鍛錬ばかりでお子様達から同情の目で見られる有り様。その後は革屋故に革の臭いで友達がいなかったカシミロと友達になれた事をみんなが意外だと感慨深く話した。それからはみんなの家族や家の話、毎日の仕事の話。平民の暮らしを聞いて僕は改めて貴族に転生した事に感謝した。テーブルのくぼみにスープを注いで食器代わりにするってマジですか……。
で、一息入れたら腹ごなし。ということで僕とお子様達はクロスボウの練習をする。……みんなが興味深々だったから勉強しようとは言えなかっただけだけど。
ちなみに護衛のおっちゃんの1人は残ったポトフと兎肉を城に持って帰ってもらった。
まずは安全教育。「弦を張ったクロスボウを絶対に人に向けない事。違反した人は棒で尻を20回ひっ叩く」と威圧感を出して脅す。笑顔で、目は笑わず、棒を持って。おかげでみんな真剣な顔で頭を縦に振る。若干顔色が青い事には気付かない事にしよう。
それから操作説明。まずクロスボウを下に向けて地面に立て、足で踏んで固定。それからハンドルを回して弦を張る。後はボルトを載せて目標に向けて引き金を引く。30メートルほど先の木に命中。みんなからは驚きと期待の声が上がる。
お子様達が待ちに待った実習を始める。5人を扇状に広がらせ、10メートル先の大木を目標としてそれぞれに割り当てる。それから訓練用の木製ボルトを40本くらいずつ渡していく。お子様達はワクワクが顔に出ている。
僕は扇の要の位置について5人を見渡す。みんなが期待の目で見ていた。
「訓練始め!」
お子様達は嬉し気に、でも苦戦しつつ弦を巻き上げる。
最初の1射目はライムンドだった。そしてなんと命中!他の4人も3射目には命中を出した。あとは少しずつ下がらせて遠距離での訓練に移る。5人は嬉々として大木に木のボルトを突き立てていった。
2時間もしないうちにみんなが40本を撃ち終わった。ボルトはどこかへ飛んでいくか、大木に砕かれてしまったので訓練終了。30分ほどの休憩タイム。みんな新しい「おもちゃ」に興奮していた。まあ優秀だったライムンドがボルトが無くなった後にふざけて弦を張ってドナトに向けたので、僕がライムンドの尻を20回叩く場面もあったけど。今は楽しそうにしているけど、ライムンドはまだ尻が痛そうだ。
ちなみに2番手はヘシカでライムンドと僅差であった。次がブリサ、ドナト、カシミロの順番だ。
お子様達が爽やかな顔でクロスボウの楽しさを語っている最中に、僕は広場になっている空き地に文を5つ書く。それから5人をそれぞれの場所に立たせる。
「はい!楽しい遊びの次はお勉強!目の前の文字が読めるかな?」
顔を見合わせるお子様騎士団達。うちの兄2人でも読み書きが怪しいのに貴族では平均なのだ。平民で読み書きの技能を持っているなんて聖職者くらいだ。
「「読めません!」」
当然の答えが返ってくる。でも最低限、目の前の文字は覚えてもらう。
「うん。でも今君達の目の前の文字は覚えて帰ってもらうよ。目の前の文字は、君達の名前だ」
最初は困惑顔だったけど、みんなの顔が興味と喜びに変化してくる。中でもドナトが一番興味を示したので、僕はドナトから文字と発音を教えていく。始めるとお子様は興味津々に順番を待つ事に。一通り教え終わると、みんなには声を出して発音しながら文字を自分で地面に書くように指示する。
お子様達は苦戦しながらも自分の名前を書き、発音できるようになった。お子様の学習速度は速い。来週には自分の名前どころか、5人がお互いの名前まで書けるようになっていたのだから驚いたものだ。今度は僕の名前と数種類の名詞を慌てて教える段取りをしたものだ。
お子様勉強会は4年経つと毎週25人前後のお子様が集まって狩猟や武芸を楽しみ、読み書き計算を学ぶようになっていた。さすがに教師役が僕1人では辛いのでアロンソおじいちゃんにロベルトおじさんにも手伝ってもらった。
この頃には個性も出てきて、ライムンドは剣術、カシミロは槍術、ドナトは計算、ヘシカはカエサル語をも学び始め、ブリサは計算で2番手だが料理の覚えが良くて貴族料理を学ぶようになっていた。
僕にも変化があった。なんと婚約者ができたのだ!名前はエルミリア・アルバーロ。僕と同い年で父の領地の北西隣の海岸にある領地のアルバーロ男爵家の1人娘だ。彼女に兄弟姉妹はいない。手紙のやり取りで良い人であろうとは予想できたけど、明らかにフランコ家による取り込み、吸収の策略だよね……。僕も分家を持って領地を持つのかなぁ……。父が領地経営を教えるようになったし。
そして僕が14歳になった時、僕に望まぬ転機が訪れた。