死にたい彼と生きたい彼女
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「……死ぬの?」
そう、彼女は俺に問うた。
──今まさに、屋上から飛び降りようとしていた俺に。
「誰」
邪魔された苛立ちから、冷たい声が出てしまう。
彼女の問いを無視して、そう言い放った。
「豊田真紀。あなたの隣のクラス」
「……なんで俺のクラス知ってんの?」
「女子の間では有名だから。
自分でも自覚あるでしょ、人気者の坂本晃大くん。
んで、同じく男子に人気な佐川薫さんを昨日盛大にフった人。
……まあ、私はあなたのこと、クラス以外だったらこれくらいしか知らないよ」
そう淡々と告げる彼女の言葉に、舌打ちしそうになった。
……昨日の件を思い出し、うんざりした気持ちになる。
「それで、死ぬの?」
二度目の彼女の問い。
長引くのは嫌だし、答えることにした。
「……死ぬよ」
「ふぅん」
あっさりと、彼女はそれだけ言って、屋上の扉に手をかけて、帰ろうとする。
そんな彼女を見て、え、と思わず声が出た。
その声が聞こえたのだろう。
彼女は、振り向いて、何、と言った。
「俺が言うのもなんだけど、それだけ?」
「死なないでって言えるほど親しくないし、ぶっちゃけあなたが死のうがどうでもいいし」
「……」
「あとは……そうだね。
こういうのって、本当に死のうと思ってる人は止めたって死ぬし止めなくても死ぬし。
……逆に、本当に死のうと思ってない人は死ねないっていうものだと思ってるから。
つまり、私は何もしなくて良いじゃん?
あ、死ねって言ってるわけじゃないからね」
「あ、はあ……」
「でもそうだなあ……あ、じゃあ、死ぬ前に私のお願い聞いてくれない?
それだったら死なないでって言うよ」
「は?」
「言ってほしかったんでしょ?
……何も言ってほしくないんだったら、私のことなんて無視して飛び降りてると思うけど」
その言葉に、手すりを持つ手に力が入った。
……彼女は何もかもを見透かすような目で、俺を見つめる。
それがなんだか嫌で、目を反らした。
「……お願いって、何?」
「やっぱり止めてほしかったんだ」
「うるさい! 何って聞いてんの!」
思わず叫んでしまった俺を見て、彼女はくすくすと楽しそうに笑う。
なんなんだこの人。
すると彼女は、ふと考え込むように握った手を顎に持ってきた後、ぽんっと手を叩いて笑顔で言った。
「えっとね……私と、付き合ってほしい!」
………………。
「どこに?」
「話聞いてた?
私に、じゃなくて、私と、って言ったんだけど。
お付き合いだよ、お付き合い。
カレシカノジョーってやつ」
………………………………。
「さようなら」
手すりを越えようと腕に力を入れて自分の体を持ち上げた瞬間、彼女が俺の肩をわし掴む。
「ま、待って待って待って待って!?」
「俺が死のうがどうでも良いんだろ!?
放せよ!!」
「今飛び降りられたら私が殺したよーなもんじゃん!?
それは嫌! 無理!! 考え直してってば!!」
「じゃあなんだよ付き合えって!?
そういうの一番嫌なんだよ!
なんなの俺のこと好きなわけ!?」
「は? よく知らない人好きになれるわけないじゃん」
「ますます意味わかんねーっつの!!!」
「まあまあ話聞いてって!
とりあえず、やーめーてー!!」
「ちっ……」
「うわあ、今舌打ちしたよ……」
「で、何、さっきのは」
「あのねぇ……今、私達何年生?」
「はあ? ……高校二年、だけど?」
「てことは、そろそろ恋愛したいお年頃じゃない?」
「人によるだろ」
「うわ正論。
……まあまあ、そういうわけで」
「何がどういうわけなんだよ」
「口悪いーうざいーうるさいー。
とりあえず、そんなわけで私と付き合って!
これ決定!です! よろしく!」
「……お前、好きでもないやつと付き合って楽しいの?」
「さあ?
やったことないからわかんない」
「……」
本当になんなんだこいつ。
「でも私好きな人いないし、好きでもない人に告白とか出来ないし、丁度良いかなと。
どうせあなた、好きな人いないでしょ?」
「何で……」
「女子同士ってすーぐ噂回ってくるからさ。
佐川さんをフる時、ただごめんって言っただけらしいじゃん。
好きな人がいたら、『好きな人がいるから……』とか言うでしょ?
だからいなんいんだろうと思ったんだけど、違った?」
「いない、けどさ」
「やっぱり!
じゃあ何も問題ないね!
とりあえず連絡先交換しよっか。鞄取りに戻ろー」
話を勝手に進めたあげく、彼女は扉に手をかけて教室に戻ろうとする。
まずい、と思った俺は、強硬手段に出ることにした。
彼女の手首を掴み、壁に押し付ける。
「簡単に言うけど……俺とキスとかそれ以上とか、出来るわけ?」
そして、怖がってくれるように、低い声でそう言い放った。
これで、懲りて諦めてくれるだろう……と思ったのだが、予想外にも、彼女は笑みを浮かべた。
「ああ、それなら大丈夫。
……あなた、どうせしないでしょ?」
「……何が」
言いたい、と呟いた声に被せるように、彼女はさらりと言う。
「だってそれ、私よりもあなたの方が嫌がることじゃない。だから、絶対にしない」
っ。
言葉に詰まる。
……ああ、まただ。またこの目だ。
何もかもを見透かすような、強くて冷たい目。
俺が無言になったのを肯定だと捉えた彼女は、力の緩んだ俺の手を振り払って、その手を今度は掴んだまま歩き出す。
……なぜか振り払えず、俺も慌ててついていくことになった。
そしてこの一件から、俺と彼女の恋人ごっこが始まったのだ。
◇◇◇
……いや、おかしいだろ。
朝、駅のホーム。
俺の目の前にいる彼女を見て、昨日あった出来事を思い出していたが、やっぱりおかしい。
「お互い好きでもないのになんでこんなこと……」
「朝一発目の台詞がそれってどうなの?
おはよー!でしょせめて。
はい言って。挨拶は大事だよ?」
「……おはよう」
「ほう……そこは素直なんだ」
「挨拶は大事なのは否定出来ないから。別にそれだけだから」
「ふーん? そっかそっかあ。偉いですねぇ」
にやにやと上から目線に告げる彼女に、無性に腹が立った。
「うっざ」
「口悪っ!」
ああ、けど、彼女は今日で懲りるだろう。
……この変な関係も、すぐ終わる。
そんな風に思いながら、お望み通り、彼女の手を握って電車に乗り込んだ。
……周りには、カップルに見えるんだろうな、と、どこか他人事のように考えながら。
◇◇◇
学校に着いた途端、同じクラスの奴らから問い詰められまくり、嫌気が差しながらも『付き合い始めたんだ』と答え続け、現在昼休み。
俺は、隣のクラスへ向かっていた。
「とよ……真紀、いる?」
名字で呼びそうになったが、すんでで名前呼びに変更する。
恋人だったら名前呼びでしょ!とのことだ。
めんどくさい以外の何者でもない。
「さ、坂本くん!?」
教室の扉から覗き込む形で言ったため、近くにいた女子が反応した。
……名前なんだっけ?
「えっと……いる、かな?」
名前が思い出せなかったため、名前に触れずにそう尋ねると、その女子は少し気まずそうに目をそらした。
「豊田さんなら……いないよ」
「……そっか。どこに行ったか知ってる?」
すると、その女子はどこか震えながら首を勢いよく左右にふった。
嫌な予感を感じつつ、少し目線をあげると、何人かの女子が思いきり目を反らす。
その反応を見て、やっぱりな、と思いながら、ありがとうと返して、ある場所へ向かった。
◇◇◇
「……いる? 真紀」
そう叫ぶと、彼女は何事も無かったかのようにいるよーと返事をしてきた。
旧校舎にある女子トイレに入り、モップを使って塞がれている一つの個室を見つけ、ため息をつきながら俺はそのモップを外して扉を開ける。
すると案の定、中には彼女がいた。
「……で、どう? 気持ちは」
「んー。女子こっわ……かな」
そう言う彼女はびしょ濡れで、頭から水をかけられたことが見てとれる。
こうなると思ってはいたが、実際に目にすると気分は悪い。
乱暴にタオルで彼女の頭をふいた。
「い、痛い……もうちょっと優しく」
「……だからやめとけって言ったんだよ」
「……やめとけとは言ってなくない?」
「うるさい」
「えぇー。……てか、よくわかったね、この場所。
誰かに聞いたの?」
「誰も教えてくれなかったから、中庭と校舎裏見て、トイレ一個ずつ回ってた。人目のつくとこではやらないだろうから、旧校舎から。
いなかったら次は体育館倉庫覗いて空き教室見ていくつもりだった」
「そ、それはわざわざどうも……?」
彼女は、きょとんと不思議そうに俺を見つめる。
「何そのアホみてーな顔」
「アホはひどくない!?
いや、そこまでしてくれるとは思わなかったからさ」
「……別に。
それ、半分くらいは俺のせいだろ。で、誰にやられたの?」
「えぇっと……佐川さん達グループ。
いやあ、あなたがモテるってこと忘れてたよ。
女子数人に囲まれて呼び出された時は、典型的な嫌がらせパターンだーとは思ったんだけど、まさか閉じ込められて水までかけられるとは思わなかった……トイレの水じゃなかっただけマシかな?」
「……これで、懲りただろ。やめにしない?」
「ん? なんで? やめないよ」
その発言に、思わず手をとめる。
……どうして。ここまでされて、なんで。
意味がわからず彼女を見ていると、彼女は笑顔で言った。
「だって、へっちゃらだしこんなの。
……それに、ある意味感心したんだよね。
そんなに人を好きになれるんだな、と」
「……意味わかんないんだけど」
「そう?
でも、あなたもすごいね。こんなに想ってもらえて」
……は?
その発言に、どうしようもなく苛立った。
「これのどこが想われてるって言うわけ?
バカなこと言ってないで自分のこと心配しろよ」
「……!
もしかして……心配、してくれてる?」
「うるさい」
「ふふ、あははっ……そっかそっかあ。ありがとう!」
「っ……」
なんなんだこいつ。
「でも平気だよー」
「……そんなわけないだろ」
「ううん、本当に平気。
だって、もっと辛いことも怖いことも、この世の中にはあるもの」
どこか遠くを見ながら、彼女はそう呟くように言う。
それに、妙に心がざわついた。
「……だから、大丈夫だよ」
彼女はいったい、何を想いながら、そんなことを言ったのだろう。
◇◇◇
「本当に、続ける気?」
帰り際。駅のホーム。
そう問うと、ジャージ姿の彼女はうん!と笑顔で告げた。
もう呆れて何も言えなくなる。
でもまあ良いか……と、どこか諦めつつ、俺は尋ねた。
「ちなみに、いつまで?」
「私が死ぬまで」
「……は?」
それって一生ってことか? 正気か?
大人になってまで俺といるってこと?
意味がわからない。
「……それって、大人になっても俺と付き合うってこと?」
「ううん」
「……はあ?」
「あと半年くらいの間だけ。私が死ぬまで」
その言葉に、心臓が嫌な鼓動を立てる。
まさか、まさか……。
「……私、病気でね。あと半年くらいで死ぬの。
だから、それまで付き合ってよ」
……何でもないように笑顔でそう言った彼女に、俺は何も言えなかった。
◇◇◇
「ねぇ、気使ってるでしょ」
あの日から数日経ち、いつも通りに昼休みに一緒に屋上で昼ごはんを食べていると、彼女は唐突に睨みながらそう言った。
ギクリ、となりつつ、何の話?と、心当たりがない感じを装う。
「だってあの日からやけに素直に言うこと聞いてくるし口も悪くないし!
明らかにおかしい!」
「……普通だよ」
「そこは『お前の方がおかしいからな』とか言うところでしょ!?
やっぱり気使ってるじゃん!」
「それはお前が……死ぬとか、言うからだろ」
「だって事実だし」
「…………」
「……だからって、もっと普通で良いよ。
普通に、してよ。
もっと……いつも通りが良い」
何も言えず黙り込む俺を見て、彼女は俯く。
「……普通の恋人みたいなこと、したい」
そして、消えそうな声で呟いた彼女に、思わず言ってしまった。
「でもそんなの……意味、ないだろ」
「……?」
「好きでもないのに、こんなことしたって、無駄なだけだろ。
……好きでもないやつに、好きなんて言われたってっ……」
ああ、嫌だ。嫌なことを思い出す。
だから、俺は辛くて、苦しくて……死にたかった、のに。
「……それ、あなたが死にたいって思ったことと関係ある?」
「っ」
また……彼女はいつも、いつも見透かすように、俺の心を突いてくる。
優しく、刺すみたいに。
「聞いても良い?」
真剣な顔で、優しい声でそう尋ねる彼女に、絆されてしまったのだろうか。
俺は自然と、死にたくなった理由を話していた。
「……俺の母さんと父さん、俺のこと嫌いなんだ」
「え……」
「理由とかは、多分、特に無い。
だから、どうしようもないんだと思う。
……物心ついた時から……どっちも俺に無関心で。
それがずっとずっと……寂しかった」
「……」
「良い子になったら見てくれるかもしれないって、馬鹿みたいに期待して生きてたんだけど……あの日、佐川から告白されてさ、プツンってなんか切れた気がして。
最低だけど、お前じゃない、って思っちゃったんだよ。
……俺は、愛してほしい人から愛されないのに、俺のことを上っ面でしか見てない人からは好きって簡単に言われるんだなって、思った。
そしたらもう良いやってなって、衝動的に飛び降りようとしたところに来たのが、お前」
「……そう、なんだ」
「うん。
今では、感謝してる。
状況は何も変わってないけど、それでも、あの時死ななくたって良かったって思える、その程度の理由だったから。
……だから、ありがとう……って、っ!?」
そう言い終わった瞬間、彼女から抱き締められた。
「き、急に、何……?」
「……頑張ったんだなって、思ったので」
すると、彼女は抱き締めながら、俺の頭を撫で始めた。
されるがまま、撫で続けられ、俺はなんだか気が抜けてしまう。
「……子供扱い?」
「ううん。……特別扱い」
「……ふうん」
彼女の手は暖かくて、なんだか涙が零れそうになる。
自然と体重をかけて、彼女の肩に頭をのせると、上からふふっ、と心地好い笑い声が聞こえた。
「なんかこちょばいや」
「……そ?」
「うん。
……ね、晃大くん。それでも私は、すごいと思うよ」
「何が?」
「一方通行な想いは辛いけど……それでも、誰かを好きになるって、すごいことだと思うよ。
だって、愛すって、生きててほしいって思うことでしょ?
愛されるって、生きててほしいって、思ってもらえるってことでしょ?
だから私は、あなたや佐川さんのことがすごいと思うし……そんな風に誰かを思えるあなたが、誰かに思ってもらえるあなたが、私は羨ましい」
彼女のその言葉を、俺は多分、一生忘れない。
◇◇◇
それから、色んなことをした。
学校では、毎日一緒に昼ごはんを食べたし、放課後も一緒に帰った。ゆっくり歩きながら、色んな話をした。
休みの日は、手を繋いで、色んな場所へ遊びに行った。
どんな場所でも、彼女は楽しそうに笑っていた。
いつだろうか、尋ねたことがあった。
『なんでいつも、笑ってられるの?』
『んー?
だって、折角生きてるんだから、笑ってる方が良いじゃん!』
何でも無いことのように、彼女はそう言った。
またある日、いつも俺と一緒にいることについて、友達は?と不思議に思い、こんなことを尋ねたこともある。
『友達は良いの?』
『あー。私、あなたと付き合うまでは佐川さんグループにいたんだけど、付き合った瞬間裏切りだーとか色々言われて無視されてるから。
あ、嫌がらせは地味にされてるから無視では無い……?』
『……っ、ごめん』
『なんで謝るの?
晃大くん悪くないじゃない。
てか、ぶっちゃけ良かったんだよね』
『……なんで?』
『だって、私の残りの人生短いもん。
上っ面だけの友達と一緒にいるより、晃大くんといる方が楽しい』
その時は思わず抱き締めてしまったが、彼女はなんだか嬉しそうに笑っていた。
……またある日……いや、違うな。
何度も俺は彼女に、こう問うた。
『……本当に、死ぬの?』
そして彼女は、毎回こう答えた。
『……死ぬよ』
彼女と初めて出会った時の俺と、全く同じ言葉を……全く違う重みで、彼女は言うのだ。
それがどうしようもなく悲しく思うようになったのは、いつからだったか、もうわからない。
そして、出会ってからあと1ヶ月で半年になるという頃。
──彼女は突然倒れ、緊急入院することになった。
◇◇◇
急いで病院に向かい、彼女の病室へ向かう。
心臓が嫌な鼓動を立てる。うるさい、うるさい。
それらを紛らすように、勢い良く扉を開いた。
「真紀……っ!」
「……あ、こうだい、くんだ」
そう言った彼女はやつれていて、折れそうなほと腕が細くなっていた。
声にも、いつものようなハキハキとした雰囲気はなく、ただひたすら弱々しい。
「……っ……ほんと、に」
何度、この質問をしたかわからない。
でも、不安になると、聞いてしまう。
……望む答えは返ってこないと、わかっているのに。
「……死ぬの?」
そう問うと彼女は……どこか諦めたように笑った。
「……しぬ、よ」
「嫌だ!」
「!」
「嫌だ……いや、だ。そんなの、いやだ……っ!!」
やめろよ、そんな、もう諦めたみたいに笑わないでくれ。
もっと、いつもみたいに、元気に笑ってくれ。
しゃがみこんで、彼女のベッドに顔を埋めながら、彼女の手を握る。
みっともない。情けない。恥ずかしい。
ただの、駄々をこねる子供みたいだ。
わかってる、わかってるけど、それでも。
「死なないでくれよ……やだ、やだ……やだ。
いやだよ。こんなの、こんなの、やだ……っ。
大丈夫だって、お願いだから……言ってくれよ……」
涙が止まらない。
どうして、どうして、どうして……。
死んでほしくない。死んでほしくない。死んでほしくない死んでほしくない死んでほしくない。
……お願いだから。
「生きてよ……」
彼女だって、死にたくなんかない。
むしろ彼女の方が、ずっと苦しくて、何倍も生きたいはずだ。
そんなのわかってる。
けれど、でも、すがりたい。
「ごめん、ね」
「っ……うっ……うぅ……」
いつかの日と同じように、彼女は俺の頭を撫でる。
あの日と違って……彼女の手が、冷たくなっているのがわかった。
「ね、こうだい、くん。
……わた、し……いやがらせ、だったの」
「……いやがらせ?」
「ん。
……しにたい、ていった……のみて、わたしみたい、に、いきれないひと、の……きもち、かんがえてないんだって……はら、たった。
で、いちばん……いやなことしてやろ、て、つきあおって……いった、の」
「そんなこと、思ってたんだ……」
「やなおんな、でしょ?」
その言葉に顔をあげ、首を横にふる。すると、彼女はいつものように、ふふっ、と笑った。
「でもねー、たのしく、て。
いっぱいいっぱい……たのしいの、もらっちゃった」
「違うよ。……俺の方が、沢山もらった」
思い出と一緒に、暖かくて、優しいものを与えてもらった。
素敵な言葉や考え方を、教えてもらえた。
「こうだい、くん」
「ん」
「いきて、ね。
……しなないで……ずっとずっと、いきてね」
「っ……それ、は……ずるくない……?」
「ふふ……やくそく、だよ」
彼女は撫でるのをやめて、俺を招く仕草をする。不思議に思って顔を近づけると、彼女は両腕で俺の首を抱えて、自分の顔に近づけるように引っ張った。
……そして、優しく、口付けた。
「っ、へ……っ」
「かおあかーい……えへへ」
「っ、うっ、あ……本当、ずる……っ」
「へへー。……ね」
「……何?」
「こうだいくんのおねがい、かなったね」
そう言われて、最近は考えていなかった、自分の願いを思い出した。
ああ……そうか。
彼女は、ずっと覚えていて、俺に与えてくれたのか。
その事実に、また泣きそうになる。
『愛してほしい人から、愛されたい』
「……うん、叶ったよ。
……本当に、ありがとう」
◇◇◇
それから、数年後の現在。
俺は社会人になり、正社員として会社に勤めている。
そんな中でも、彼女のことを忘れたことは、一度だってない。
……あの後、彼女は悲しいくらい、あっけなく死んでしまった。
だが、最後はとても安らかに眠っていて、彼女らしい笑顔を浮かべていた。
そして、俺は……今も、これからもずっと。
『愛すって、生きててほしいって思うことでしょ?
愛されるって、生きててほしいって、思ってもらえるってことでしょ?』
──彼女に生きていてほしいと、想い続ける。
お読み頂き、ありがとうございます。