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それぞれの約束

「麦ちゃん、これみんなに配ってくれる」

「はーい。あれ、松原主任ディズニー行ってきたんですか?」

「ん、娘とね」

「混んでませんでした?」

「相変わらず混んでたね。久し振りに言ったから、足が筋肉痛だよ」

「わ〜、大変でしたねぇ。では、遠慮なく。ありがとうございまーす」

 麦子が配るクッキーを受け取りながら、小春は松原にお礼の声を掛ける。「どうぞ」と返事をしながら笑顔を返され、小春はホッと安心した。松原も少し芽衣との生活に慣れてきたようだ。

 松原にとって一番心配だった、芽衣の学校が終わった後の時間は、お稽古事と塾に明け暮れており、1人になる時間はほとんどないらしい。自分の送っていた養育費が、どの様に使われているのか目の当たりにして、松原も少し驚いたようだ。

「見てるこっちが、疲れちゃうよ。まだ4年生なのに、こう毎日忙しいんじゃね」

 と松原が嘆く程、芽衣には自由な時間がないとのことだ。しかも、週1である体操クラブは夜9時頃まであるそうで、その日は車でお迎えに行っているらしい。だからその日だけは松原も、少し多めに残業している。

 どちらにしても、家事なども倍になっているだろうから、さすがの松原にも疲れが見え隠れしていて、小春も心配していたが、自然な笑顔が戻ってきた。



「明日はディズニーに行ってくるよ」

「わぁ、芽衣ちゃん喜んでるでしょ」

 夜、芽衣が寝るのを待って、LINEをするようになった。土曜の夜、小春は松原からディズニーのことを聞かされた。

「うん。僕の体力が1日持つか、心配」

「日頃の不摂生が……」

「ひどいな。これでも芽衣が来るまでは、1駅、余分に歩いてたんだぞ」

「そうなんだ。知らなかった。じゃ、『ひかりおにぎり』は、その途中にあるの?」

「そう。久し振りに食べたくなってきたなぁ」

「ほんと。生姜おにぎり〜!」

「クロワッサンもなぁ」

「買って行こうか? お家で食べる?」

「いいよ。一緒に食べるから、美味しかったんだから」

 松原さん……。小春はたまらなくなる。送っちゃいけないと分かっているが、でも、やっぱり送ってしまう。

「会いたいな」

「僕も」

「毎日、会ってるのにね」

「いや、2人だけで」

「うん、2人だけで会いたいね」

「ごめんね」

「謝らないで。松原さん大変なのに……」

「小春ちゃん、ホントは直接言いたかったけど、今言いたい」

「何?」

「小春ちゃんが、大好きです」

 LINEなのに、文字だけなのに、心臓の鼓動が止まらない。やっ、もちろん鼓動は止まっては困るけれど、でも、うるさいくらいに止まらない。

 小春はその場で正座し、返信した。

「私も、松原さんが大好きです」

 返信が、一旦止まる。その「間」が、逆に小春には嬉しかった。さっきの小春のように、きっと言葉を噛みしめてくれているに違いないから……。

「僕、有頂天になりそう……」

「私は、とっくに有頂天です」

 お互いに「幸せ」スタンプを送り合い、土曜日の夜は眠りについた。


 10時の休憩を終えた小春が自席に戻ってくると、デスクの上に小さい茶封筒が置いてあった。封筒の裏には、「松原」と小さく書いてある。何だろう……。中を確かめると、キーホルダーが入っていた。ディズニーのお土産だ。慌てて松原を見れば、すぐに気が付いてニッコリ笑ってくれた。就業中、あまりスマホは使わないのだが、さすがにすぐにLINEを送った。

「ありがとうございます」

「お揃いだよ」

 その返信に、またすぐ松原の顔を見れば、何個かキーが付いているカラビナを、小春にだけ見えるように小さく掲げた。そこには、同じキーホルダーが付いている。

「これ、PANDORAですか?」

「さすがに詳しいな」

「ホントに、ありがとうございます。大切にします」

 お互い、誰にも見られない様にと気を使いながら、それでも目だけで微笑み合う。2人だけでは会えないけれど、小春は十分幸せを感じていた。



「ふーっ、ダメか……」

 さくらはトイレで溜息を()いた。妊娠検査薬は、陰性を示している。基礎体温が下がったから、ダメだったのだろうとは思っていたが、もしかしたらと一縷(いちる)の望みを賭けて検査したが、やはり妊娠はしていない。あれほど排卵日前後、毎日「頑張った」のに、こういうこともあるのだと肩を落とした。

「信行の時は、1発でOKだったのに……」

 口にしつつ、やはりもう一度大きな溜息を()いた。


 さくらは今、ビジネスホテルで過ごしている。約束通り、1週間で野口の家は出た。いつまでもダラダラいたら、嘘がバレてしまう。信用は、1度失ったら2度と手に入れることはできなくなる。

 両親の話によれば、実家は取り敢えずの危険はないとのことだ。債権者が家に押し掛けて来ることは、避けられているようだ。父が社長ではなかったことが、唯一の救いといえよう。

 しかし、家を明け渡すことは、逃れられないらしい。両親も、今後住む場所を探している。安い賃貸アパートになっても文句は言うなと言われてしまった。

「マンションならともかく、アパートはご免よ!」

 さくらはマッチングアプリのメッセージを確認するために、必死にスマホをチェックする。野口だけに(すが)っていてもしょうがない。

 結婚相談所での扱いは、今回のことで格段に悪くなるだろう。さくらが希望している条件の男性は、相手側にも高い条件を付けているからだ。今までは、父の会社での立場が、大いに物を言ってきた。けれど、これからはそうはいかない。自由になるお金も、限られてくるだろう。危険が伴うとはいえ、アプリに頼らざるを得ないのだ。

「どいつもこいつも、ヤリモクばっかりね……」


 さくらは元々、医者とか弁護士とかには興味がない。収入はいいが、彼らは相手の女性に知性と教養を求める。さくらは自慢ではないが、知性には全く自信がない。成績はそれほど悪くなかったから、大学も無事卒業できた。だから教養はなんとかクリアできても、知性の方は、さくら自身それこそ興味もなかったので、ごまかす手段も身に着けていない。

 物事を深く考えることは苦手なのだ。母もまた、さくらと同じタイプで、よく双子親子と言われてきた。さくらに残されているのは、今やその容姿だけである。そしてその消費期限も、間もなく終わる。

「この人、一応条件はマッチングしてるし、メッセージも普通だし、会うだけ会ってみようかな」


「こんにちは」

「こんにちは」

 向井俊也35歳。年収は500〜700万。素材メーカーの営業職。今のさくらにとって1番の魅力は、分譲マンションに1人暮らしをしていることだ。

 意外と第一印象は悪くない。プロフィールの写真もガチな感じではなかったが、会った印象も写真通りだ。温和な笑顔が似合う。しゃべり方もごく普通で、おどおどしたところもないし、店員に傲慢な様子もない。

 趣味が、ゲーム、読書、美術品収集だったか……。これは、読書はマンガで、収集はフィギアだろうと想像して来てみたが、その片鱗は感じさせない。本当はそうだとしても、外面が保てているのだから、さくらとしては十分だ。家の中でこの人が何をしていようが、さくらは構わない。安心して生活できれば、それでいいのだ。あとは、芽衣を受け入れられるかどうかだが……。

 

「井口さんのような綺麗な方と、お話しできるとは思ってなかったので、うれしいなぁ」

「いいえ、向井さんとても優しそうな方に見えましたから、きっと『いいね』も一杯来てたんじゃないんですか?」

「いやぁ、なかなか見てもらえなくて。そもそも、僕もそんなに『いいね』を押さないんです。ですから、こうやってお会いすることも、本当に少なくて」

「あら、じゃあ私、ラッキーでしたね。どうして『いいね』押さないんですか? 押さないと始まらないでしょう?」

「こんなこと言うの、ホント恥ずかしいんですけど……」

 「気にしないで」という笑顔を、さくらは向井に向ける。すると、話し始めようとした向井の動きが、一瞬止まった。

「綺麗だな……」

 溜息交じりに言われ、言われ慣れている言葉なのに、さくらはなぜかドキリとした。

「あっ、すみません。えっと、何でしたっけ……。あぁ、何故『いいね』を押さないか、でしたね」

「ええ」

「僕、……美しいものが大好きなんです」

 またさくらを、眩しいものを見るかのように見つめている。そのまま言葉を続けた。

「それで、本当に美しいと思った人にしか『いいね』押さなくて……」

「……」

 何だろう、このザワザワした感じ……。「美しい」ことは、分かっている。それぐらいしか自分の価値として提供できるものはないし、そのことで他の女性から爪弾きされてきたのも事実だ。分かっていることなのに、向井の言葉は、さくらの心にズッシリと足跡を残す。

「ありがとうございます」

 いつもの微笑みも忘れて、見つめられた視線に、そのまま視線を返した。

「こんなこと言うと、みんな笑うんですよ。『お前ごときが』って。だから言葉にするの、久し振りです」

 照れたように笑う向井は、20代の若者の様な顔をした。

「確か、美術品収集が趣味ってありましたけど……、じゃ、それもですか?」

「あっ、はい、そうです。小さい時から綺麗なものが好きで……。祖父の影響だったと思うんですが、歳を重ねるごとに綺麗じゃないものには、心が動かなくなってしまって。まさか、女性に対してまでそんなことになるとは、思ってもみませんでしたけど」

 さくらは収集している品を、見てみたいと思った。この人の言う「美しい」ものが、どれほどのものか、確認したい。

「写真とか、見せていただくことはできますか?」

「もちろん。興味を持っていただけるなんて、うれしいですよ」

 そう言って見せてくれたスマホの写真には、精密なガラス細工や、絵画、彫刻に陶器など、国もジャンルも様々なものが写されていた。さくらは初めて見るものばかりだ。どれも本当に緻密で美しい。

「これ、全部お宅にあるんですか?」

「ええ。祖父から譲り受けたものも多くあります。これなんかは、30年以上大切にしているものです」

 そういって指差したのは、木彫りの小さな置物だ。今にも動き出しそうな龍が彫られている。これを、5歳の時に「美しい」と感じた……?

「これは、何ですか?」

「根付です。着物を着た時に、これを煙草入れなどに付けて帯に挟むんです。外れ防止の留め具ですね」

「へぇ……」

 スマホを返しながら、さくらは大きな疑問に辿り着く。向井の「美しい」には、大きな問題が1つある。それは、「物は変わらない」けれど「人は変わる」という事実だ。

「向井さん、私は、いつまでも美しいわけではありませんよ」

 それを聞いて、向井は小さく目を見開いた。その目のまま、さくらをまた見つめ直している。

「ははっ、いや、それはもちろんです。こうやって、はっきり言われたのは初めてですが……、何だか嬉しいですね。僕の『美しい』を理解しようとして下さるなんて」

 本当に嬉しそうに微笑んでいる。「もちろん」とは、どういうこと? 歳取って美しくなくなったら、捨てるとか? 取り替えるとか?

「僕が言っているのは、造形美そのものです。どんなにパーツが美しくても、配置が整っていなければダメですし、その逆もしかりです」

「……」

「誤解をせずに聞いてくださいね」

 そこで向井は、両手をテーブルの上で組む。真っ直ぐにさくらを見た。

「きっと井口さんは、若い頃はもっと美しかったのでは?」

「……そうです」

 ムッとしながらも、さくらは正直に答えた。どうやったって、肌の弾力や張りは、20代前半の頃の様にはいかない。

「そうでなければ、今の美しさもないと思うんです。もしどこかで()()などしていれば、きっとそこは、時間を経るたびにもっと(いびつ)になっていく。それが井口さんにはない……。年月と共に美しさに影が差すのは、『もの』も同じです」

「修理?」

「分かり易く言えば、……整形ですね」

「……」

「それに、どんなに美しいものでも、手入れをしなければ汚れていくものです。井口さんは、それも最小限に留めてらっしゃるでしょう?」

「……」

 何だろう。すごく辛辣なことを言っていると分かるのに、不思議と拒絶する気持ちが湧いてこない。すんなりと気持ちに入ってくる。よくよく考えれば、色々問題がある気もするんだけど……。それが何なのか、深く考えることが苦手なさくらには、急に思い浮かばなかった。

 向井がハッとした様に、小さな声を出した。

「……すみません、変な話になってしまって」

 向井は急に体を小さくしたかのように、かしこまった。コーヒーを口にして、黙ってしまう。さっきまで「美」について、すらすらと話していたのが嘘のようだ。さくらはここに至って、何故この向井がまだ独身なのか納得した。

「おもしろい方ですね、向井さんって」

 さくらは楽しくなって、小さく声を出して笑う。こんな人に初めて会った。

「もっと、お話し聞かせてください」

「えっ……」

 向井は驚いてさくらを見つめる。今日だけで、一体何度見つめられたか……。面白い人……。


 それから1時間以上、やはり途中何度も見つめられながら、会話は進んだ。そろそろ解散の時刻になる。話を先導してきたさくらは、きっかけの言葉を口にする。

「じゃ、そろそろ出ましょうか。今日は、ありがとうございました。楽しかったです」

「はい……。あの……」

 少し焦った様子で、向井が次の言葉を言いかけて、呑み込んでしまった。次は、どうするの? 少し待ってみたが、やっぱり言葉がでてこないので、さくらは心の中で呆れた溜息を洩らした。これ以上は、もう待てない。

 もちろんカフェ代はご馳走になり、店を一緒に出て、くるりと向井に背を向けたところで、やっと声が掛かった。

「あの、井口さん!」

 遅いっ! あと3秒で、次に会う人を決めるところだったわよ!

 ゆっくりと振り向けば、向井が青ざめた顔で立っていた。

「……よければ、次も会っていただけませんか?」

「いつにしましょうか?」

「えっ……」

 この期に及んで、まだ驚いている。どこまで自信がないのだろう。こっちはバツイチで、あなたは初婚。もう少し胸を張りなさい。

「ホントに、いいんですか!?」

「ええ」

「じゃあ、来週の木曜日……、クリスマスの日は……」

 それはさすがに無理だろう。芽衣とクリスマスの2日間は一緒に過ごそうと思っていた。

「ごめんなさい。その日は家族と食事をする予定で。次の日の、土曜日なら」

「僕は大丈夫です。ありがとう、よかった……」

 ホッとしているのが手に取る様に分かる。何だか、気が抜ける……。

「あの根付け、実物が見てみたいなぁ」

 少し甘えた声を出してみた。さて、これでちゃんと伝わるだろうか。根付けだけ持ってこられても、しょうがない。

「あの……、じゃあ、……僕の家へいらっしゃいませんか? あっ、嫌なら、もち……」

「いいんですか? お邪魔では……」

 向井の言葉を遮るように、言葉を被せる。取り敢えずは、伝わったらしい。

「いいえ! 是非、いらしてください。写真以外のものも、まだ色々あるんです!」

 さくらはニッコリ笑って、小さく顔を傾けた。

「それは素敵。楽しみにしています」

 向井の顔が上気したのが分かった。

 よし、これで1人は確保できた。次の相手は……。さくらは帰り道、スマホでマッチングアプリを確認し続ける。何人か用意しておかないと、こちらに余裕が無くなってしまう。誰かに一途になるのは、1番無能な戦略だから。


 

「パパ。クリスマス・イブの日、ママが洋服買ってくれるって言うから、ママの所に泊まる」

 体操クラブの帰り、駐車場まで一緒に歩いていた松原に、業務連絡の様に芽衣が話し出した。内容からいって、もう少し嬉しそうに話しても良さそうなものだが、そうでもないことに引っ掛かりを感じる。

「ママの所って……、彼氏の所じゃないだろうな」

「違う。ママ、今は、ビジネスホテルにいるって。久し振りに、おばあちゃん達も一緒にご飯食べるんだって」

「そうか……」

「ねぇ、パパ。もう少し一緒にいていい? ママのホテル、塾から遠いの。ダメ?」

 芽衣が必死な顔をして聞いてくる。これはきっと、大きな不安がそうさせているのだろう。押しの強い芽衣が、内心不安で一杯なことに改めて気が付いて、松原は切なくなる。

「もちろん、いいよ。ずっと一緒でも、パパはいいくらいなんだから」

「それはダメだよ。裁判所の人って、怖いんでしょ」

「……まあね」

「じゃあ、パパとのクリスマスは25日ね。ケーキ、ちゃんと買っといてね」

「芽衣〜、ママの所で食べて、パパの所でも食べるのか? 太るぞ〜」

「いいもん。私はパパ似だから、太らないもん」

 松原は虚を突かれた……。目元はさくらに似ていると思っていたが……。

「……芽衣は、パパ似なのか?」

「うん。おばあちゃんは、いっつもそう言うよ」

「そっかぁ……、パパ似かぁ……」

 珍しくニタニタしている松原に、芽衣は見上げながら確認する。

「パパ、嬉しいの?」

 松原は腰を折って、芽衣に顔を近づける。その小さな顔を両手で挟んで、おでこを合わせてグリグリした。

「むちゃくちゃ、なっ!」

「ふ〜ん」

 グリグリされたおでこを手で擦りながら、芽衣は胸がふわふわしてくる。何だか知らないけれど、パパと手を繋ぎたくなって、パパの大きな手を握ったら、パパはもっと嬉しそうな顔をした。



「ネクタイか、マフラーか……。手袋もいいかも……」

 1人でぶつぶつ言いながら、フロアをゆっくりと歩く。小春は百貨店の紳士服売り場で、ウィンドウショッピングをしていた。ディズニーランドのお土産のお返しと、クリスマスプレゼントを兼ねて、何かいいものはないかと探している。

 あっ、でも、手袋しちゃうと手を繋いだ時に直に触れられなくなっちゃうから、却下……。マフラーは、冬しかダメだから、やっぱりネクタイかなぁ。あぁでも、そうすると、デートの時には着けてもらえないか……。いや、会社で見られるからいいか……。

 ボールペンとか財布とか見て回るが、なかなか、これっ! というものに行き当たらない。やっぱりプレゼントするって、難しいのよねぇ。難しいけど……、楽しいよのねぇ。

 

 結局、百貨店の営業時間ギリギリまで粘ったが、決めることはできなかった。疲れた足取りで電車に乗る。しばらくしたところで、LINEが入った。

「クリスマス、一緒に過ごせることになった!」

 松原からだ。うそっ!?

「ほんとに!? 嬉しい!! 芽衣ちゃんは、いいの?」

「元嫁と過ごすらしい。24日の夜、開けといて」

「やったー! 最高―!」

「今からだと、予約、良いとこ取れないかも」

「全然、大丈夫! どこでもいいよ!」

「じゃ、良かったら、なんだけど……」

「なに?」

「ウチに泊まりに来ない?」

 わっ、「肉食」松原の登場だ。急にドキドキし出した小春は、揺れる電車の中で両足を踏ん張った。

「はい」

 「よっしゃー」とはしゃぐパンダのスタンプが返ってきて、小春はクスクス笑ってしまう。こちらこそ「よっしゃー」です……。

「ごめん、芽衣がお風呂から出て来た。またね」


 大通りを帰宅途中の小春も、自然と足が速くなる。新しい下着、買っちゃおうかなぁ……。パジャマ、どうしよっか……。いらないか……。きゃー、いるわよねぇ、やっぱり! などとはしゃいでいる小春を遠目に見ながら、シンジは眩しそうに眼を細めた。

「なんだ、あいつ……。今日はやけに光ってやがる。これじゃ、近づけねぇ……」


 冷たい風に晒された頬と鼻がピンクに染まる、12月の寒い1日が終わった。

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