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さよなら透明人間

作者: 337

 自分を一言で表すならどうするかと訊かれたのならば、きっとこう答えるだろう。

 ――『透明人間』だ。


 †


 陽光優しく注ぐ教室、その片隅に座って数えきれない程眺めてきた景色を見つめる。

 楽しそうに談笑する人々、その輪から外れている自分。

 なんてことのない日常。

 幾度と繰り返した平凡。

 普段通りのありきたり。

 誰かに声を掛けるわけでもなく、誰かから声を掛けられもしない。

 教室を見渡してみても、誰ひとりとして視線が交わらない。

 それは自分が『透明人間』だからだ。

 そう割り切って、数えきれない程に繰り返して来た日々を重ねる。

 今日もそうなるはずだった。

 けれど、珍しく一人のクラスメイトと視線が重なった。

 けれど、その人は驚きの表情を浮かべて視線を逸らす。

 稀に姿を捉えられたと思っても、すぐさま見なかったことにされ、透明人間に戻ってしまう。

 それはきっと、透明人間だからだ。

 見たとしても、見なかったことにされてしまう。そんな希薄な存在なんだ。

 幾度と季節が巡ろうと、幾度と歳月が過ぎようと。

 居ないモノとして扱われて、誰からも忘れ去られてしまう。

 そんな飽き飽きするほどに繰り返して来た日常だから、これ以上気に留めないで透明になった。


 †


 時間というのはあっという間に過ぎてしまい、一面を白く覆う季節は過ぎ、桜の季節が訪れていた。

 校庭では、卒業生たちが最後の日を謳歌している。

 ――ああ、もうそんな季節なのか。

 誰もいない教室から、何度となく見てきた景色だ。

 ――今年もまた、透明人間だった。

 言葉を交わしたことのないクラスメイトを眺める。

 ――これでもう、何度目だろうか。

 窓辺から、あまりにも早く過ぎ去る季節に憂いた。

 そんな感嘆に浸っていると、突如として教室の扉が開いた。

 そして、そこにはいつの日にか視線を交わした人がいた。

「あの!」

 教室内のどこかへと向けた声。

 届ける先が定まっていない声は無音の教室によく響いた。

「きっとまだ居るんですよね?」

 見えない誰かへの問いかけ。それは自分に向けられたものだと思った。

「居ると思って話すので、聴いてください」

 その人の言葉を独白にしない為にも、何よりも向けられたことのない自分への言葉に耳を傾ける。

「今日は卒業式なんです」

 ――ああ、知っているよ。

「この学校最後の卒業式なんです」

 ――最後?

「今年で廃校が決まっていて、最後の卒業式が終わったんです」

 ――ああ、そうなのか。透明なだけではなく、居場所すらも無くなってしまうのか。

「だから、ここが無くなる前に、最後の一年を同じ教室で過ごした友達として、伝えに来ました」

 ――伝える? 友達とはどういうことだ?

「卒業おめでとうございます。幽霊さん」

 俯いていた顔を持ち上げると、その人と視線が重なっていた。

 微笑むその人の表情をみて、心の中でわだかまっていた感情がほどける感覚が現れた。

 言いたいことを言い終えたその人は、去り際に会釈をしてから教室を後にした。

 そして取り残され、一人きりとなった時、自分は透明人間ではなかったと悟った。

 ――そうか、透明人間ではなく幽霊だったのか。

 知らなかった真実を知り、自嘲気味に笑っていた。

 ――既に居ない者なのだから、居ない者扱いも当然だったな。

 透明のように扱われていた理由も、わかってしまえば単純だ。

 ――そうか、幽霊だったのか。

 改めて噛みしめてみると、面白いくらいに素直に受け止められた。

 ――透明人間ではなかったのだな。

 それならば仕方がないと思った。

 ――ならば、幽霊らしく透明人間にお別れを告げなくてはな。

 最後に、幾度もの歳月を共に過ごした教室を見渡し、小さく告げる。

 ――さよなら透明人間。


 †


 教室から校庭へと戻って来たその人は、突如として吹いた風で舞い上がる花弁を視線で追いかけ、校舎を見上げていた。

 そして、その校舎から仄かな輝きが零れ、春の空へと消えて行く。

 その、僅かなきらめきを見つめながら、小さく呟く。

 ――さようなら。


 どうも337(みみな)です。

 この度は『さよなら透明人間』を読んで頂きありがとうございます。

 本小説は冬童話2021に向けて書いたものとなっております。

 去年のあとがきで冬童話に参加するのが九回目と書いていたので、今年は十回目になるそうです。実は、七回目に参加した頃から、十回目にも参加すると密に目標を立てていたので、それは達成できました。

 それで今年は十回目の参加ということなので、初心に返ったようなシンプルな内容にしてみました。


 最後に、過去の冬童話祭で投稿した『Your time,My time./その表情が見たくて。』『黄色い百合の造花を貴女に』『スノードロップに託した想いは――』『うそつき』『僕が願った勇者の夢は――』『生きたがりの僕。』『死にたがりの僕が見つけた生きる理由。』『ハルジオン』『見えるから。』もよかったらご覧ください。


 では、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 透明人間というよりは幽霊的な扱いのようなと思っていたら、やはり幽霊だったのですね。 なぜ幽霊になったのか、幽霊になってまでなぜ教室にいたのか、気になります。 気になりますが、細かいことは考…
[一言] 友達がいない人なのかなと思っていたらまさかの…… 少し幻想的で良い終わり方だったと思います。
2020/12/20 16:20 退会済み
管理
[一言] ほんのりと切ない物語でした。 最初に透明人間もとい◯◯になったきっかけはなんだったのでしょうね。理由も忘れ、透明人間として教室に居続けた日々。「友達がほしい」という純粋な願い、想いが、彼も…
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