59話:ワシントン小旅行、リンカーン記念館2
戦場をバージニアの外に移し、合衆国連邦軍を劣勢に追い込むのが狙いだった。リー将軍の兵士は、ジョージ・ミード将軍率いる合衆国ポトマック軍と戦った。戦いが7月3日に終結した時、双方は4万5000人以上の死傷者を出しており、この戦闘を今日に至るまで最も悲惨なものの1つにした。
南部連合軍は1863年7月4日、バージニアに撤退した。多くの学者は、ゲティスバーグの戦いが南北戦争の転換点となったと見ている。いざまれてる2分間の演説の英文の内容を日本語に訳すと以下のようになる。
”7年前、われわれの父祖たちは、自由の精神にはぐくまれ、人はみな平等に創られているという信条にささげられた新しい国家を、この大陸に誕生させた。今われわれは、一大内戦のさなかにあり、戦うことにより、自由の精神をはぐくみ、自由の心情にささげられたこの国家が、或いは、このようなあらゆる国家が、長く存続することは可能なのかどうかを試しているわけである。
われわれはそのような戦争に一大激戦の地で、相会している。われわれはこの国家が生き永らえるようにと、ここで生命を捧げた人々の最後の安息の場所として、この戦場の一部をささげるためにやって来た。われわれがそうすることは、まことに適切であり好ましいことである。しかし、さらに大きな意味で、われわれは、この土地をささげることはできない。清めささげることもできない。
聖別することもできない。足すことも引くこともできない、われわれの貧弱な力をはるかに超越し、生き残った者、戦死した者とを問わず、ここで闘った勇敢な人々がすでに、この土地を清めささげているからである。世界は、われわれがここで述べることに、さして注意を払わず、長く記憶にとどめることもないだろう。しかし、彼らがここで成した事を決して忘れ去ることはできない。
ここで戦った人々が気高くもここまで勇敢に推し進めてきた未完の事業にここでささげるべきは、むしろ生きているわれわれなのである。われわれの目の前に残された偉大な事業にここで身をささげるべきは、むしろわれわれ自身なのである。
それは、名誉ある戦死者たちが、最後の全力を尽くして身命をささげた偉大な大義に対して、彼らの後を受け継いで、われわれが一層の献身を決意することであり、これらの戦死者の死を決して無駄にしないために、この国に神の下で自由の新しい誕生を迎えさせるために、そして、人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために、われわれがここで固く決意することである。”以上、和訳文が終了。
目の前に広がるリフレクティング・プールには、ワシントン・モニュメントが移り美しく、絶好の写真を撮る場所になっている。また、近くの公園には、朝鮮戦争で戦い、亡くなったアメリカ兵の慰霊碑がある。その後、タクシーで、アーリントン・ナショナル・セメタリー「アーリントン国立墓地」へ向かった。そこには、驚くほど、多くの墓標が建っていた。
夕方になり、夕日が差し込み始め他。この中には、あの、ジョンF・ケネディとジャクリーン・ケネディ夫人のお墓が丘の上にある様だ。その後、一番上の高い丘まで登ると、ワシントンDCを見晴らせる。無名戦士の墓では、衛兵交代式が行われている様だったが、時間が合わず見る事はできなかった。とても、緊張感が漂う感じのする場所だった。その後、タクシーでホテルへ帰った。




