ニールと私と現実と
家(洞穴)に帰る途中、ニールのことを少し聞いた。
ニールは先輩の子供で、長男さんなんだそうだ。
その他に次男と、末の妹がいる。
一家全員がこの辺りでは珍しい真っ白な美しい毛並みをしていて、自慢の家族なんだとか。
ニールの瞳だけが何故か深い色合いの赤で、弟は淡いエメラルドを思わせる緑。妹は、父と母の金色の瞳を受け継いでいるらしい。
弟妹は二人ともとても可愛く、ニールの言うことをよく聞く素直な子だそうだ。
『弟は、なんか冷めた感じでたまに俺のこと無視したりするけどなー。反抗期だなあれは。うん。
でも、話せばわかんない奴じゃない。頭が良すぎて考えすぎなんだよあいつ。
ちょっと胡散臭いけど、いい奴だから』
……ニールがめんどくさいだけなのでは。
私は、ニールとはなるべくうすーい付き合いをしようと決意した。
そっとマルク先輩を盾にするように、さり気なくニールと離れてみる。先輩は、ニールとそのまま村の話をし始めた。
二人の話が聞こえにくい程度の距離を保って、ぽてぽてと歩く。
本当は、面倒でもみんなのこと、村のこと、これからのことをちゃんと聞いておくべきなんだ。
でも、なんだか怖くて聞けなかった。
お父さんのマルク先輩は、光と意思疎通をした。
私の名前をティアと、まるでずっと前から決まっていたようにさらりと名付けた。
お兄ちゃんのニールは、水の上を歩いて私と同じように石を吐いた。
何より、私達はこれまで一度も食事をしていない。
その痕跡すらない。未だに、お腹が全く減らない。
みんなは普通の犬じゃない。
まあ、あのマルクの親族は普通じゃないか。
私も、大概普通の猫じゃない。
石を吐く猫なんて聞いたこともない。
わかってる。でも、もう少しだけ何か尊いものにお願いしたい。
みんないい人だからさ!なんか変なことにならないろうにしてね、この世界の、神さまっぽい何か!!
種族が明らかに違う私を、当たり前に対等に扱ってくれる。
大切にしてくれている、彼らの温かさ。
もう少し浸っていたい。
夢なら、覚めないで。
これから何が起きるかわからない。この体はあっけなく死んでしまうのかもしれない。
それでも、この夢は、とてもいい夢だ。
尻尾をだらしなく垂らしながらぼーっと後ろを歩いていると、前を歩く二人(二匹?二頭?)がこちらを振り返る。
『…どうした。疲れたのか?まったく、あんなに寝たというのに、其方ときたら…』
『え、こいつ疲れてたの?そか、気づかなかったな。
親父、この子は猫で、まだ子供なんだからさ。俺らと違ってやっぱりいっぱい寝るんじゃない?
泉だってあんなにきれいだったじゃん。きっと無理したんだよ』
『いや、特に指示は出してないぞ。体に悪くない程度に吐き出させただけだ。
それに、先程14時間も寝たばかりなんだが』
『だからなんで正確に時間測れんだよ!?
うーん、でも、その寝すぎなのも心配だな。
風邪でも引いたか?おい、こっちに来いよ。運んでやる……え、あれ、後ずさってねぇ??』
ニールが盾(マルク先輩)をすり抜けてこちらへ来る。まずい。初対面で大変失礼だけど乱暴に扱われる気がする。
全身の毛が逆立ち、耳がぺたりと寝る。腰を浮かせて、前傾姿勢になり、臨戦態勢を取る。
私のゆったりと歩く姿は雄々しく、全てのものに畏れを感じさせるオーラを……
『なんだ、元気じゃん。退屈だったんだな。遊びたいのか?』
…放ってなかった。