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どうやら猫になったようです



夢を見ていた。




とんとんとんと、玄関ホールへと続く階段に敷かれた赤い絨毯を降りていく。


重厚感に溢れた高級な素材の階段。

手すりは顔の高さにあり、背は小さいのかそこまで手が届かない。

手すりを支える繊細なつくりの棒を、幼い手で伝いながら一階へ降りる。



何故か自分をとても可愛がっているメイドが、お弁当の籠を持って待っていた。

今日はピクニックをする約束だ。




インターネットで浴びるように読んだ、様々な冒険小説や異世界の恋愛小説。

大体は、西洋の中世に相当する時代設定。



日本の現実の生活からすっかり逃げ出していた私はそれらにのめり込んだ。毎晩繰り返された悪夢は、次第に小説の世界へとすり替わっていった。



心が弱りきった私は、そこで自由に遊び呆けた。


今回は、よくある西洋の洋館で公爵令嬢らしい。


どの小説かはわからない。世界観はごちゃまぜだ。


そこにはいつも何不自由ない生活と、信頼できる仲間たち。私が得る事のなかったものが、いつも揃っていた。



自宅の広大な庭の丘の上に向かう。


幼馴染の貴族の子息や令嬢が遊びに来ていて、温かい日差しの中でピクニックの為に敷物を広げる。


まだ幼い体で大きな自宅を見下ろし、大好きな領地を見渡す。遠くに街や、畑が広がる。地平線の彼方まで、大好きな私のおうちの領地。



晴れ渡る空の中、白い雲が心地よい風に揺られて流れていく。


赤、青、黄色と、様々な現実味のない髪色ながら信頼できる仲間と、笑い合いながらお弁当を広げた。




ふっとその光景は消え、薄暗い現実が戻ってくる。


嫌だ、まだ寝ていたい。



でも、長時間寝ていた体の痛みはどうしようもない。

トイレにも行きたいしお腹も空いて、


ってあれ、空いてない?



横になったまま、ぐっと伸びをする。


前足がぴるぴるする。くわあと欠伸が出る。


…ん?

視界に、真っ白なふわふわの前足。


咄嗟にそれを舐めて。ぺろぺろ。顔を洗う。


毛づくろい毛づくろい。よいしょ、よいしょ。よし、きれい。





っておい!何これ?



周りを見渡すと、ひんやりした石造りの遺跡。


薄暗く、真っ白な石像達がじっとこちらを見下ろしている。



立ち上がると、しっかりと4つの脚で地面を支える。


4つの、脚で。




とりあえずお座りしてみた。


耳は頭の上にある。ぴるぴると動かし、寝かしてみる。

うん、動く。耳が、頭の上で。



そっと後ろを向くと、長い真っ直ぐなしっぽが石畳の地面に垂れ下がっていた。

あ、これも動く。しっぽの先をちょいちょいと動かす。


あ、追いかけたい。ぐるぐるぐる。



にゃ。いかんいかん。これ絶対追いつかないやつだ。


実家で飼ってた犬もやってた。

でもこれ、猫のしっぽだよね?



最近唯一見ている、公共放送だけど受信料を払って見るあの放送局のBSの、猫が歩く番組。

あれで、初めて猫もしっぽを追いかけることを知った。


世界各地の猫を見ていると、自分も海外にいるような気がした。



それまで犬派だった私は、もしかしたら猫派になってしまったかもしれない。最近は、滅多に行かないごはんの買い出し道中、猫を見つけるととても嬉しかった。



うーん、猫になるとは。新しい手法の夢だな。


この祠も、自分で空想した通りだし。



私が作った物語の始まりに出てくるやつだ。

主人公は、かくれんぼをしていてひとりでここにやって来る。

不思議と、誰にも見つからない。入り口まで来てるのに、目が合ってるのに。見えてないんだ。



猫、書いてないから出てこないはずだけど。



動物は、あらかた現実の通りに書いていた。犬も、馬も、鳥も、そのままの名前。


だから私は今、しっぽを見ると多分猫なんだと思う。多分普通の短毛種、とりあえず足としっぽは真っ白。白猫なのかな。



ま、いつも通り楽しみますか。


起きてもまだ夢の中っていう、いわゆる夢中夢もよくあることだ。


とりあえず周りは暗くなってるから、今は夜。波の音はさっきより大きい。


作品の通りなら、ここは小高い丘の中腹。更に上には、村がある。西も東も草原で、少し西へ歩くと森があるはず。




4つの足で歩き出す。


てこてこてこ。

ちょっとぎこちない。でも大丈夫、歩ける。


とりあえずここから出て、外を見てみよう。



あ、その前に。

急にごろごろごろと転がってみる。


これやってみたかったんだよ。

あー気持ちいい。

ふう。



颯爽と立ち上がり、何事もなかったかのように歩き出す。うん、私、凛々しい。猫として。


薄暗い洞窟を出ると、月明かりの中で短い雑草が潮風にざわざわと揺られている。

星がきれい。本当に、沢山見える。宝箱をひっくり返したみたい、っていう表現は、古いかな。

でも、そんな感じ。



雑草が途切れたところで、きらきらと輝く海が見える。


想像の通りなら、ここは高さ10メートルくらいの崖の上。左側に降っていくと浜辺があり、右側の丘を登ると村がある、はず。



どうしよっかなー。

やっぱり村に行くべきかな。

でも人に会いたくないしな。



ちらりと右を見てみる。


草原の中、真っ白なものがこっちを見ていた。

月を背に、ぼうっとその純白の毛が輝いている、ように見えた。



『遅かったな』



低い、落ち着いた声。ふさふさの尻尾を一度、ふわりと揺らす。私は知ってる。この人?は、この村を守る、犬。



犬!?私、危なくない?めっちゃおっきいよあいつ!!



咄嗟に体は臨戦態勢に入る。

尻尾はぴんと立ち、背中を丸めて体を精一杯大きく見せる。耳は寝かせて、ふしゃーっと口から声が出る。



『慌てるな。其方を害することはない。』



にゃ?

え、そうなの。

なんかすいません。



『ずいぶん前に起きていたはずだが、何をしていた?待ちくたびれたぞ。』



寝てました。

なんか待っててくれたんだね?ありがとう。


話ができるなら、色々聞きたいことあるなー。

でもどうやって話すんだろ?



『む、まだ話せんのか。馴染むのに時間がかかっているのやもしれんな。

とりあえず、そこの草を食べてみろ。』


え、草ですか。

そういえば食べたいような。


はむはむはむ。むう、食べづらい!揺れる!

んぐ、これでいい?



『少しすると、吐き気がするはずだ。抵抗せず、洞窟の入り口あたりに吐き出せ。』


入り口ですね。はいはい。てこてこてこ。


んぐ!?なんか酸っぱいものが込み上げ…え、これ大丈夫??



んぐ、んぐ、んぐと、少しお腹が波打った感触の後、げっと吐き出した。

あ、なるほど、毛玉吐きね。わかります。



ころっ。


ん?毛玉?…石??



『上手くいったようだな。ずいぶん溜め込んでいたようだ。今に溶ける。』


真っ黒。本当にこれ、大丈夫?なんか禍々しいんだけど。



しゅうと音を立て始めた、まん丸の黒い石は、じわじわと地面に吸い込まれた。

洞窟の中が、わずかに光った…気がした。



『色々気になるところはあろうが、とりあえず体が馴染むまではそのまま続けなさい。毛づくろいを忘れないように。しばらくは我と共に居るがよい。』



にゃ?面倒見てくれるんすかセンパイ。


でも私、村に行ってみたいんだけどなー。

今、お話のどの段階なのか確認したいんだけどなー。


とりあえずわかんないふり。

ちょっと首を傾げ、毛づくろいしてみる。

あー気持ちいい。ぺろぺろ。



『まだ、里には近づくな。それよりやることがある。』


え、ばれてる。

なんで?


きょとんとしていると、白犬はすっと私の前まで来て、伏せの態勢になった。



『乗るがよい。』


乗る?あなたに?

大丈夫?いじめない?


びくっと身を反らし、耳を寝かせて臨戦態勢になる。頭を屈めてお尻を突き出し、ふりふりふり。



というのも、さっきからセンパイの尻尾が!尻尾が!!



ふさふさふわふわ、ぱさぱさと揺られていてゆらゆら目の前でそんなに揺れ動かれるとなんかうずうずしてわくわくして気になるううぅぅぅぅ!!!




にゃーーーー!!!




その後、めちゃくちゃ遊んでもらった。



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