第5話 他愛ない話
「ところで君たちはどうするんだい?」
サビオがへらへら笑いながらイコルとレミに訊ねた。そもそもイコルは寝ていたのに起こされたのだ。 不機嫌と言えば不機嫌だが、モノオンブレに襲撃されてもぱっと起きる気構えはある。
しかしサビオの態度はどこか小ばかにした態度が不愉快だ。
「私はこのままフィガロに帰ります。ハイエナの亜人なので夜行性なのですよ。彼らを昼間連れ歩けません。見られたらおしまいです」
司祭レミが答えた。彼女の仕事は死んだエビルヘッド教団の信者たちを故郷へ連れかえることだ。人間花を咲かせた者は記憶力が低下する。何を言われてもすぐに忘れるのだ。鳥頭といってもいい。生前の記憶は持っているが、記憶する部分が欠けているためである。
それに身体能力も老人以下に衰えている。あくまで必要な食事を取るくらいの動作しかできない。そんな彼らを守るのが強欲を司るマモン司教の娘、レミの仕事なのだ。彼女は強欲と対する慈善を美徳としているのである。
「そうですか。ならお別れですね。ああこの件は教団に報告しません。以前から調べがついていたそうですし、あなたに手を出せばスコップで殴り殺されるのが落ちですから」
「そんなことはありませんよ。スコップを相手の口に突っ込んで殺しますので」
なんともえげつない話だがサビオは感心したようにうなずいていた。イコルは司祭レミの性質を知っているので何とも思わないが、隣に立つフエルテは引いていた。彼は見た目は強面だが繊細な心を持っているようだ。
さらに彼女はとんでもないことを言い出した。
「そうだ。旅の思い出に私を抱きませんか。今なら5000テンパで楽しめますよ」
「ちょっと! あなたは何を言っているのですか!!」
「なんですかイコルさん。路銀調達に花を売るのは自然でしょう」
「そんなわけないでしょう! あなたは一年以上町や村に寄らなくても生活できるでしょうに!!」
「まあそうなんですけどね。それに彼らをあっと驚かせたいのですよ」
レミは悪戯っぽく笑った。彼女の股間には立派な逸物があるのだ。ハイエナのメスには男性器がついているのである。
それ以上にイコルは恐れていた。彼はみだらなことが嫌いなのだ。これはアスモデウス司教の影響がある。彼女は性交を快楽の延長に捉えることを忌み嫌っていた。仕事がなく教養のない女性は自身が管理する花街で働かせている。そこで正しい性知識と公衆衛生を徹底させていた。
アスモデウス司教が許せないのは責任を取らないことと、異常な性行為である。つまり避妊せずに妊娠させて逃げることや、正しい性交を否定することだ。
特に男同士の性交を忌み嫌っていた。力のない、か細い貧しい生まれの少年を女装させて性交した信者を馬乗りになり殴り殺したこともある。例外は自分の性に違和感を持つ人間だけだ。その場合は神応石を埋め込み、修正させていた。大抵祈りの力で自分の望む性別へ変態することができるのだ。
「ふふん。ハイエナの亜人だからオチンチンがあるんだね。こいつは楽しみだ」
「は? じょ、女性に、男の性器はないだろう」
「いやいや、ハイエナはメスでもオチンチンがあるんだよ。こういうのをふたなりっていうのさ。女性に尻を掘られる。なんとも面白そうじゃないの」
サビオはうきうきした口調だが、フエルテは汚物を見るような目つきになった。どうもこのふたりは水と油のように性格が合わないようである。
「まあ、冗談はさておき」
「冗談だったのですか。あなたは本気かと思いましたよ」
「相手がネタバレをしたから興が削がれただけです」
レミはあっさりと答える。サビオのおかげであろう。
そのままレミは人間花たちを連れて立ち去った。残るはイコルとサビオ、フエルテだけになる。
「じゃあ君はボクたちと一緒にエビルフェイクを倒しに行こうか」
話が飛躍すぎる。イコルはおろかフエルテも驚いていた。
「そもそも君の立ち位置が微妙なんだよね。フエゴ教団の司祭ならエビルヘッド教団のことはよく知っている。狂信集団に見せかけた理知的集団ということもね。でも世間の人は知らないわけさ。君は顔が怖くて孤立していた野良のスキル持ちにしておこう。それにホビアルを誘拐したのも誰か司祭の杖を巻き込んで自分たちの手伝いをさせる腹積もりだったんだろ」
サビオが提案した。イコルは目を丸くする。この男はどこかひょうひょうとしており、何を考えているかわからなかった。それがベビーエビルの考えを言い当てたのだから、舌を巻く。
(理解しているなら幸いだ。彼らを利用しよう)
つんつんとカバンに変化したベビーエビルが突いた。それならばイコルは従うまでだ。本当は木は進まないけど。
「わかりました。あなた方に協力しましょう」
イコルはポーズを取ると、鼻毛が伸びる。先端は手の形を作った。握手を求めるとサビオは普通に握る。屈託のない笑顔であった。嫌悪感などまるでない。
「これからもよろしくね」
フエルテにも差し伸べられたが、彼はどこか嫌そうであった。鼻毛でできた手で握手するのは抵抗があるかもしれない。だがそれが普通なのだ。フエルテの態度は至極当然である。
もっとも彼はイコルの鼻毛の手を握った。その態度は恐怖や蔑みではなく、エビルヘッド教団の人間に対する警戒心だ。サビオのようにあっさりとした態度は取れないのである。
「そういえば君ってボクと同じ背丈なんだね。人から尻を狙われたりしないかな」
「いや、その理屈はおかしい。人から恐れられても尻を狙われたことはないぞ」
「そっか。じゃあなでなでされることが多いのかな?」
そう言ってサビオはイコルの尻を撫でる。鍛え抜かれた尻は岩のように硬かった。脂肪などなく皮一枚でバリバリである。ただ撫でるだけでなく尻全体を撫でまわし、割れ目にも指を突っ込んできた。背筋に寒気がした。
さらに耳元にふっと息を吹きかける。イコルは虫唾が走るとはこの事だと思った。
「チョッ! いきなり尻を撫でないでくれ!!」
「ごめんごめん。今度から断ってから撫でるよ。君の尻は素晴らしいねフエルテの尻も捨てがたいけど」
「断っても撫でるな!! というか彼の尻も触っているのか!!」
イコルは頭が痛くなった。サビオは悪ぶれず笑顔を浮かべている。フエルテはイコルに謝罪した。正直、彼らと旅をするのは早まったと後悔する。
「とりあえず今日は野宿にしようか。大丈夫イコルの尻はボクが守るからね」
「誰から守るんだ!」
「安心してくれ、私が君の尻を守って見せる」
「いや、真面目に答えないでくれ!!」
どれだけツッコミを入れたかわからない。フエルテはますます恐縮して頭を下げる。そもそも彼が謝る必要はない。悪いのはサビオだ。こいつはまるで男の淫魔インキュバスの生まれ変わりのようである。
アスモデウス司教の夫もインキュバスだが、真面目な性格をしていた。息子のエトワールはそれに反発しているが、母親には逆らえない。
その日は野宿をすることになった。普段は村の教会で寝泊まりするが、教団ではサバイバル訓練も行っており、森の中の野宿もお手の物だという。フエゴ教団の文明は他の国に比べて発達しているが、逆に科学の力を管理し自然を破壊せずに徐々に復活させているそうだ。
フィガロには電化製品は少ない。大聖堂にハンドルを回して電気を送る電話がある程度だ。それも蟲人王国に西側にあるデュマにしか繋がっていないのである。
その代わりビッグヘッドを利用した文化がある。ビッグヘッドトレインというビッグヘッドは生きた列車だ。フィガロから遠い鳳凰大国まで一万キロ近くの線路を旅する。数々の保存食や名産品を積んでいるのだ。外国の文化が多くあり、様々な人種と食べ物がフィガロにはあるのだ。
さらに人間の糞如を喰らい、ガスに変えるガスタンクヘッド。汚染水を吸い上げろ過するポンプヘッドなどがあった。
まだ試作段階だが、電力を生み出すトールヘッドも開発中だ。これは以前ガリレオ要塞内で製造したが失敗に終わっている。
すべては始まりのビッグヘッド、エビルヘッドのおかげである。科学の恩恵は少ないが心が豊かな生活を送れるのだ。
「その前にモノオンブレの遺体を片付けないとね。死体が腐ると伝染病の元になるからね」
サビオが提案した。確かにその通りだ。周りにはモノオンブレ達の死体が転がっている。
イコルはポーズを取り、鼻毛を伸ばして穴を掘った。作業は数分もかからず、モノオンブレ達は埋葬される。
サビオとフエルテは素直に拍手をして賞賛した。
こうして彼らは野宿をすることとなった。