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第3話 突然の出会い

「今日はここで寝るかな」


 すっかり日が暮れて真っ暗になった森に、イコルはたき火を燃やしていた。一寸先は闇で空を見上げても曇っているのか星明りすら見えない。遠くで獣の声が聴こえてくる。小さな虫がたき火の光に集まってくるが、イコルは虫除けのクリームを塗っているので問題ない。これは妖精王国からの輸入品である。

 食事はイナゴの佃煮だ。フィガロは蟲人王国インセクターキングダムに位置している。そこでは昆虫食が流行っており、ミルワームはイナゴにカメムシ、ゴキブリなどを食べているのだ。昆虫は貴重なたんぱく質である。イコルはオラクロ半島に長く住んでいたが、教会で虫入りのスパゲッティやピザをよく食べていた。

 砂糖で煮られたイナゴはぼそぼそしているが、なかなかうまい。脳内で美味と思い込んでいるだけかもしれないが。それとザワークラウトも一緒に食べる。ビタミンを摂るためだ。ベビーエビルは何も食べない。ビッグヘッドは人間と違い植物の遺伝子を組み込んでいるので、水と日光があれば数日は何も口にしなくても生きていけるのだ。

 食事を終えると彼は両腕を後ろに回し、サイドトライセップスのポーズを取る。トライセップスは上腕三頭筋を意味する。腕を横から見せて、上腕三頭筋を強調するポーズだ。

 すると耳毛がわしゃわしゃと動き出し、全身を包み込む。さらに鼻毛も伸びて行った。

 耳毛と鼻毛は木の枝に巻き付き、イコルの身体は宙に浮く。全身真っ黒な毛で覆われていた。

 そう地毛で作られたハンモックだ。ベビーエビルは胸の上に寝そべっている。一見硬そうに見えるが毛の強度は自由に変えられるため快適に過ごせる。耳毛と鼻毛は引っ張られるが要は慣れだ。


「今上空にはソーサラーヘッドがいる。彼なら我々を守ってくれるだろう。安心して眠るがいい」


 ソーサラーヘッドはベビーエビルの従者だ。腕の代わりに巨大なコウモリの羽根を持っている。コウモリと同じく超音波を発するのだ。夜行性で夜の守りは完璧である。

 イコルは地毛のハンモックで眠ることになった。


 ☆


「おやぁ、何か奇妙なものがあるぞ」


 下の方から声がした。あどけない少年のような声だ。こんな夜の森にいるのは珍しい。


「本当だな。いったいあれはなんだろうか。エビルヘッド教団の仕業だろうか」


 もうひとり連れがいるようである。野太い男の声だ。ふたりで森に迷っていたのだろうか。なぜ自分を見つけられたのだろう。おそらくはたき火の消えた臭いを辿ったのかもしれない。


(相手はフエルテだ。過去に私を倒した男だ)


 ベビーエビルはしゃべらずに胸を突いた。モールス信号の要領だ。フエルテとはエビルヘッドを倒した司祭の杖だ。それがなぜこんな森にいるのだろうか。もうひとりは誰だろう。


(もうひとりはサビオという司祭だ。だがふたりが一緒なのは偶然ではない。彼らはソーサラーヘッドに誘拐されたホビアルを取り戻すために旅をしているのだ)


 ベビーエビル曰く、エビルヘッド教団はホビアルを誘拐した。彼女を攫ったのはモノオンブレたちと戦わせるためである。フエルテが支えるべき司祭アモルは妊娠中で動けない。サビオには頼れる親戚がいないのでフエルテを呼んだという。

 フエルテとホビアル。このふたりならモノオンブレたちに対抗するなど朝飯前だ。他の司祭の杖は事情があり動くことはできないことを事前に察していた。


 それはともかく、なぜふたりはこの森にいるのだろうか。彼らはフエゴ教団のいる村で泊まることはできるはずだ。わざわざ深夜の森に立ち寄るなどありえない。ここは狸寝入りをせず、ある程度事情を説明した方がいいかもしれないと、イコルは毛を解除した。

 ベビーエビルは瞬時にカバンに変化して背中に張り付く。


「へぇ、毛の多いビッグヘッドかと思ったらかわいい顔した人だね」

「サビオ、初対面の人にかわいいとかは失礼だろ。申し訳ありません、私はフエルテと申します。フエゴ教団の司祭の杖を務めております」

「そしてボクは司祭サビオだよ~。君、かわいい子だね。こんな森の中で野宿するなんて男を警戒しているのかな」


 フエルテは筋肉隆々の大男で革のヘッドギアと黒いパンツにサンダルだけを身に付けていた。サビオの方は前髪を切りそろえ後頭部を刈り上げている。黒縁の眼鏡に緑色の服を着ていた。フエルテの背中には背負子があり、毛布などの生活用品をまとめてあった。

 フエルテは見かけによらず丁寧に挨拶してくれたが、サビオはどこか人を喰った態度を取っている。

 そもそもイコルの顔を見て驚かないばかりか、自分のことをかわいいと評していた。それ以上に野宿する理由の推測がひどい。なんで男が男を警戒せねばならないのか。どこか司祭サビオは人とずれた発想を持っていると思った。


「私はイコルと申します。旅をしておりますが、この顔では村に入れません。なので野宿をしていたのですよ」

「そうなんだ。世の中には顔で差別する人が多いから困るよね。亜人にしてみればボクの顔はのっぺりして覚えずらいそうだよ。お互い顔のせいで損をしているよね」


 なんとも答えずらい。様々な動物や植物などの亜人にしてみれば人間の顔は無個性なのだろう。


「そういえばあなたはスキル持ちなのでしょうか。鼻毛と耳毛を使ってハンモックを作っていたようですが」

「私はフィガロから来た人間なのですよ。エビルヘッド教団の教えに嫌気がさし、冒険の旅に出たのです」


 これは背後のベビーエビルの指示だ。でまかせより真実を混ぜた方が嘘は見破りにくくなるからである。


「なるほどね。エビット団はこの世の楽園と謳い、働かなくてもいいと言っているけど実際は信者を騙して搾取しているというからね。嫌気がさすのもわかる気がする」


 実際は神の貢物として働かせているのだ。自分のためではなくエビルヘッドのために奉仕することを重要視しているのである。自分のためではなく他人のためというのがみそだ。


「ところであなたたちはどうしてこの森に? こんな人のいないところにわざわざ来るなんて酔狂ですね」

「そりゃあ君を探していたんだもの。来るに決まっているさ」


 サビオの言葉にフエルテが吹き出した。あまりにもあっさりと暴露したものである。けほけほと咳をするフエルテを横にサビオは話を続ける。


「実は騎士団から報告があったんだよね~、鼻毛でモノオンブレたちを倒した人間がいたって。司祭の杖にはそんな人はいないし、聴いたことがないんだよね。だからボクたちは君を探しに来たわけさ」

「……フエゴ教団の敵かもしれないからですか?」

「まっさか~。仮に君がエビット団の一員だとしても、わざわざモノオンブレから人々を救うわけがないもんね。彼らは狂信集団に見せかけた理知的な組織集団だからね」


 サビオは明るい口調で言った。世間ではエビルヘッド教団は邪教扱いされているが、フエゴ教団の認識は違うらしい。


「……俺は難しいことはわからん。友人が困っているから手助けをしているだけだ。お前さんは先ほど見たように特別な力を持っている。野良のスキル持ちは珍しくないそうだが、どうしても探したいとサビオが言うからな」


 フエルテはため息交じりで答えた。彼はあまり積極的にイコルを探すつもりはなかったようだ。それはそうだろう、こんな夜更けの森を歩き回るのは自殺行為に等しい。


「それにしてもよくここがわかりましたね」

「そりゃあ、わかるよ。足跡を見ればね」


 サビオは眼鏡をかけなおす。彼は足跡から探索していたようだ。


「あと巨大フクロギツネが気絶していたからね。探すのは簡単さ」


 無邪気に答えるサビオだが、その推察能力は高いようだ。司祭サビオは目立った少年ではない。電気製品の部品を作る司祭の家系で育った少年だ。むしろ司祭の杖であるホビアルの方が有名である。


「そういえば君は眠っていたんだよね。悪いことをしちゃったな。おわびにボクがすっきりしてあげようか?」


 いきなりとんでもないことを口にしたサビオ。何を言っているのだろうか。


「……すっきりって何をですか?」

「一本抜くことだよ。うがい薬を持っているから口をきれいにできるよ。それにアルコールも持っているから一物を消毒できるし」

「君は男だろう。私はそんな趣味はない」

「ボクだってないよ。でも好奇心はあるんだ。それに穴があれば男でも構わないだろう。ね、フエルテ」

「……俺に触れられても困る」


 イコルは思った。サビオは性格破綻者であったか。さすがのベビーエビルも唖然としている。


「大体口でしても気持ちよくないらしいぞ。アモルに言わせれば歯が当たって痛いそうだ。司祭学校の保健体育で教わった通りだったよ」

「アモル?」

「ああ、フエルテの相棒だよ。前は男だったけど女の子になっちゃったんだ」

「その通りだ。昔は俺が咥えていたが、今はアモルと立場が変わったな」


 自分は何で他人の赤裸々な性の話を聞かされているのだろうか。性に興味がないわけではないが、性交を快楽の延長として楽しむのはよくない。

 しかも相手はアスモデウス司教の甥フエルテだ。それも男同士で相手をしたようである。とても口には出せない。


 そこにがさりと音がした。遠くで鬼火がぽつんと浮かび上がる。イコルたちは身構えた。

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