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第2話 新たなる誓い

「ハァ、ハァ……」


 イコルは息を切らしていた。耳毛を大蛇の如く伸ばし足代わりにしたのに、なぜ疲れるのか。

 それは精神をすり減らしているからだ。スキル、エビルヘッド教団ではエビルヘッドという神から授かりしもの、神の贈りギフトスキルと呼んでいる。フエゴ教団だと司祭のスキルロッドだ。生活のために支えるという意味合いを持つ。

 人間の額に埋めてある神応石スピリットストーンの影響により、人は特殊な力を発揮できるのである。ただし魔法のようなものではない。人間の身体を強化するものだ。フエゴ教団の英雄フエルテは筋肉の振動で風を巻き起こす力を持つ。

 イコルは歩いている最中は耳が聴こえない。ひたすら視覚と皮膚の感覚を駆使していたのだ。その疲労感は肉体労働にも及ぶ。

 イコルは森の中で休んだ。人気のない深い場所に行く。森の木は一定の間隔で並んでいた。ビッグヘッドが腐った土壌を喰い、木に変化した森だと思われる。今では世界各国に存在しているのだ。

 

「大丈夫か?」


 背中のカバンが声をかけた。生まれ変わったエビルヘッドの生まれ変わりベビーエビルだ。以前カバンの姿だが、声をかけることはできる。その分カバンがぷるぷると震えていた。


「問題、ありません」


 息を切らしながら、イコルは答えた。疲労感だけでなく興奮している様子だった。彼は自身の力を存分に振るうことへの快感に酔いしれていたのだ。ベビーエビルは注意することにする。


「イコルよ。お前は図に乗っているぞ。たしかにあの者たちはお前に恐怖し石を投げた。まるでモノオンブレの仲間のようにな。そのおかげで普段とは違う力が沸き上がった。だが常に頼るのはよくないぞ。今回はたまたまだが世の中にはお前の顔を怖がらない者がいる。特に司祭や司祭の杖たちは様々な亜人の顔と毎日突き合わせているそうだ。お前の顔などその他大勢にすぎないのだよ。力を過信すれば命を落とす羽目になるぞ。もっともそうなれば額に埋まった神応石は人間花となり花を咲かせるだろう。その足で故郷へ向かうだろうがね」


 イコルは「わかりました」と肯定した。冷静に考えればいつも自分の実力を発揮できるとは限らない。先ほどの人間たちが常に近くにいるわけがないのだ。フィガロでは力が弱く不満に思っていたが、修行が足りないと反省する。


「人間花ですか……。そういえばマモン司教の娘さんが、道士を務めているそうですね」

「ああ、レミ司祭が死んだ信者たちを回収しているそうだ。労をねぎらってやりたいな」

「ベビーエビル様のそのお言葉だけで報われると思いますよ」


 話はそれで終わった。さてイコルは黒いパンツから地図を取り出す。オルデン大陸の地図だ。イコルは200年前の地名で言うならスペインのアラゴン州にいる。フィガロはピレネー山脈の向こう側だ。もっともキノコ戦争のせいで地形は変わっている。

 モノオンブレの住処はかつてカスティーリャ・イ・レオン州と呼ばれた地だ。その西側にかつてポルトガルと呼ばれた国、今はヒコ王国がある。

 地殻変動のために巨大な岩山がそびえるようになった。そのためにヒコ王国からはいけず、さらにブルゴス県からパレンシア県の間には大河が生まれている。その東側に塩の町サルティエラがあり、西側はフエゴ教団さえ立ち寄れない未開のジャングルとかしているのだ。


 ☆


「ニセのエビルヘッド、フェイクエビルはモノオンブレの本拠地、モノレイノという城に住んでいる。そこでモノオンブレたちを指揮しているそうだ。まずはサルティエラによって補給をする必要があるな」


 ベビーエビルの言葉にイコルは首を縦に振る。サルティエラまで数日はかかる。その間はどの村にも寄らず、森の中で寝泊まりするのだ。

 イコルはサバイバルを得意としている。森の中に風呂に入らず、まともな食事をとらなくても平気だ。毛布はないが彼には関係ない。

 

 イコルは森の中を歩いていた。アブドミナルアンドサイのポーズを取り、耳毛を足のように伸ばしていた。森の中は意外とわかりにくい。薄暗く、土の匂いが濃い。さらに巨大な鳥や獣の遠吠えが聴こえる。

 方角はベビーエビルが教えてくれた。カバンの姿で、とんとんと突くのである。ベビーエビルの目はよい。青空でも星の位置で理解できた。

 

「ギェェェェ!!」


 途中で木から何か黒い影が現れた。それはフクロギツネだ。フクロギツネとは有袋動物でウルル共和国の前身であるオーストラリアから持ち込まれたのだ。

全身は灰色の体毛で覆われ、腹面は乳白色である。黒みが強く、尾の体毛は黒く、尾の腹面には毛が生えていない。そのため物に巻きつけることに適していて、樹上での移動に役立っているという。鼻はピンク色だ。


後肢の第2指および第3指(人差し指および中指)は癒合しているが、この癒合した指は2本の爪がある。また後肢の親指の爪は目立たないのだ。

 食性は雑食で何でも食べる。その毛皮はそれなりに価値があった。


 ところが目の前にいるフクロギツネは成人男性並みに身体が大きい。キノコの胞子のせいで巨大化したのだ。初期は奇形児が多く、すぐに死んだりするが100数年の年月は整った身体をもつ種族が生き残ったようである。


「ギィィィィ!!」


 フクロギツネはイコルを睨んでいた。縄張りに踏み込んだ敵に対して威嚇している。イコルは動物を相手にスキルを使う気はない。しかし相手は殺す気満々だ。昆虫や鳥も食べるが迷い込んだ人間も捕食の対象なのである。


「……声は聴こえない。しかし、こちらに対して敵意を向けているのはわかる。ならば私は戦うしかない」


 イコルはポーズを解除した。そしてフクロギツネたちに背を向ける。両腕を伸ばし、力こぶを作る。

 バックダブルバイセップスだ。ダブルバイセップスのポーズを後ろから見たもので、正面でのダブルバイセップスよりも身体をやや後ろに反す。広背筋と脚を見せるのだ。

 そして耳毛が伸びる。耳毛の先端は人間の拳に形を作った。フクロギツネたちは背中を向けた獲物に襲い掛かる。モノオンブレ達と違い自分たちの爪が武器だ。

 

 だが彼らはイコルに近づけなかった。イコルの耳毛はフクロギツネたちのあごをかすめたからだ。あごに衝撃を受け脳震盪を起こし、地面の上に落ちる。

 イコルは背を向けたまま身動きしない。耳毛の拳は的確に敵のあごを狙っていた。

 これは制約の力だ。敵に背中を向けることでスキルの力を増しているのである。その代わり力は弱い。だから一撃必殺のためにあごを打ち抜くのだ。あごは生物の共通する弱点である。

 フクロギツネたちは次々と気絶した。1匹も死んでいない。モノオンブレは人間を遊びで殺していたが、フクロギツネたちは純粋に狩りをしているだけだからだ。


 彼らはイコルに恐れを抱き逃げて行った。イコルは気配を察しスキルを解除する。残されたのは気を失ったフクロギツネたちだけであった。

 放置しても彼らを喰おうとする獣はいないだろう。いるとすれば人間が狩るくらいだ。一応毛皮や肉は使える。


「……こいつらはかつてオーストラリアに住んでいたのだ。昔はニュージーランドに持ち込まれ毛皮と肉を取られた。ところが人間の村に迷惑をかけたため特定外来生物に指定されたのだよ。人間の都合でな。今彼らがここにいるのは生命力の強い生物を住まわせ、生命豊かな大陸に生まれ変わらせるためなのだ。それとタンパク質や毛皮に骨など提供する意味もある」


 もっともキノコの胞子で巨大化したことは予定外だという。その彼らは人間に狩られている。フエゴ教団が各村に布教活動をしても狩猟はやめさせなかった。狩りをやめることで生態系に影響が出るからだ。この辺りは過去に外来生物に悩まされた経験が生きている。


「箱舟の子孫たちは200年前の科学を継承しています。そのおかげで公衆衛生の徹底や生産の効率化など中世ヨーロッパ風になったオルデン大陸に広めている。さらに産業も環境を破壊しないようにゆったりと進めていますからね。キノコ戦争のおかげで自然豊かな世界が生まれたのは皮肉です」


 イコルが言った。彼はエビルヘッド教団から過去の話を習っている。200年前の世界は環境汚染とテロの戦いで荒れていたそうだ。


「……エビルフェイク。やつはチャールズ・モンローの差し金か。それともバルバール王の影響なのか……。見極めなくてはな」


 ベビーエビルが答えた。彼が挙げた名前はエビルヘッド教団では禁忌の名前だ。司教くらいしか知らされない。信者に教えたらその影響で相手が復活する危険性があるのだ。不死王国アンデッドキングダムの氷の魔女、バーバ・ヤーガのように、エビルヘッドとは無関係でも復活する場合がある。


「……意味のない殺戮は許されない。効率よく傲慢な人間たちを排除しつつ、エビルヘッドという永遠の悪を作るのだ。エビルフェイクの行為は無意味すぎる。必ずそなたの力で葬ってもらいたい」


 ベビーエビルの言葉にイコルは胸に誓うのであった。

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