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序章 その2 イコルの家族

「ただいま」


 イコルは家に帰った。石造りの二階建ての屋敷だ。周りは白い石壁で囲まれており、鉄柵の門をくぐった。庭は木が数本生えており庭師たちが仕事をしているのできれいだ。玄関には豚の鼻を形どった石の紋章が飾られてあった。

 玄関の前にはひとりの白い馬女が掃除をしている。赤いメイド服を着ていた。

 彼女の名前はスヴァジルファリ。サタン司教の孫娘で、イコルの妹である。


「まあ、お兄様。おかえりなさい。小腹が空いたでしょう、軽食を用意しておりますから、台所へ来てくださいな」

「ああ、ありがとう」


 イコルは素っ気なく答えた。スヴァジルファリの口調はどこか他人行儀だ。まるで召使のようにイコルと接している。そもそも司教の孫娘が玄関で掃除をする方がおかしいのだ。


「お前はまた使用人の真似をしているのか。みっともないからやめなさい」

「あらら、ベルゼブブ様の娘であるコゼット様も同じように家事手伝いをしているそうですよ。なぜわたくしだけが許されないのですか」

「そのコゼット様も父親に注意されてやめされられたぞ。花嫁修業はよその家でやれ」

「いけずですわお兄様」


 スヴァジルファリはそっぽを向いた。彼女は14歳でイコルとは4歳の年の差がある。イコルより体格は頭をひとつ抜けているが、どこか甘えているのだ。

 目はくりくりして可愛らしいが、体格はがっしりしている。


「それよりもお兄様。今日は早めに大聖堂へ向かいましたけど、何かあったのですか」

「あった。この話はおじい様と一緒でなければだめだな」

「そうですか。いったいどんな話でしょうか」


 イコルは答えない。彼はしばらく旅に出るのだ。答えれば妹は不満を漏らすだろう。


「ところで背中に背負っているのはなんですか」

「ああ、これについても後で話すよ」


 これ以上イコルは話をせず、妹の肩を掴み、家の中に入れるのであった。


 ☆


「そうか。お前はレスレクシオン共和国に旅立つのか。がんばるのだぞ」

「はい」


 この晩、イコルとスヴァジルファリ、サタン司教は家族で食事をとった。サタン司教はユニコーンだ。灰色の肌に額に角が生えている。ユニコーンは気性が荒いが処女には気を許す架空の動物だ。彼は今年で60歳になる。家には孫二人だけだが、次男夫婦がおり、こちらは教団の命令で旅立っている。


メニューはチキンカレーだ。この家は地神派といい、4本足の動物は食べてはいけないこととなっている。

 チキンはガルーダ神国から輸入されたニワトリだ。かの国は家禽が盛んである。ちなみにオルデン大陸では広く育てられているインドクジャクは、神聖な鳥なので食されない。

 

「納得できませんわ。なぜお兄様ひとりが大変な目に遭わなければいけませんの?」


 スヴァジルファリは口をとがらせていた。彼女は大好きな兄としばらく会えないのが気に喰わないのである。


「そう不満を言うな。そもそも我が家は危うい立ち位置なのだ。イコルがエビルヘッド様の勅命を受けたのもそのためなのだよ」


 祖父は孫の方を見る。彼はカレーを黙々と食べているが、こくんと首を縦に振った。


 この家の問題はサタン司教の長男スレイプニルである。8年前に彼は信者に暴行を働いた。神応石が暴走し憤怒に囚われたためである。さらに信者を殺害にするに至っては放置できず、彼はビッグヘッドに喰わされたのだ。

 それ以降遺族の風当たりは強くなった。サタン司教その人に文句や嫌がらせはなかったが、母親とスヴァジルファリはひどかったという。無視されることが多かったそうだ。サタン司教も息子の不始末に頭を悩ませており、反撃できなかった。逆に大司教が嫌がらせをするなと注意したが熱心な信者ほど嫌がらせを率先していた。

 自分たちは神に奉仕をしているのだ。だから何をしても許されるんだと思い込んでいるのだ。もちろん、そいつらは厳しく罰せられている。

 次男のペルセヴェランスを旅立たせたのは世間の風当たりを避けるためである。ちなみに次男はオリックスの亜人だ。


 イコルは5歳の時にオラクロ半島に修業に出していた。14歳に帰国したとき父親が亡くなっていたことに驚いた。さらにスヴァジルファリも兄がいたことに驚いたという。

 イコルも帰国後は大変だった。父親の悪行に加え、自身の顔が怖いために恐れられていた。子供を助けても逆に泣かれる始末で、親にも悪態をつかれる始末だった。

 彼の心には黒いものが覆っていた。その身が押しつぶされそうになっていた。彼が自暴自棄にならなかったのはオラクロ半島での厳しい修行のおかげであった。

 その後、イコルはこっそりと人助けをすることにした。誰にも褒められず、誰にも感謝されずにいた。それでもイコルは自分の心を押し込めてきたのだ。

 しかし長い間過ごしていればイコルの本性は漏れていく。徐々に彼の理解者は増えていった。おかげで現在では彼を恐れる人間はいなくなったのだ。彼の善行の積み重ねが今を作ったのである。


「それでも不満ですわ。まるでお兄様を贄に差し出すみたいではないですか。お兄様はどう思いなのですか?」

「どうもこうも、私は自分の使命を果たすだけだ。そもそもエビルヘッド様が私に直々に勅命をくださったのだぞ。それを名誉と思わずなんという。お前はエビルヘッド教団の信者にしてはまだまだ修行が足りないな」

「むぅ……」


 再びスヴァジルファリは口をとがらせた。本心では正しいと思っても、納得できるものではない。

 そもそもスヴァジルファリはイコルを肉親と思っていない。1歳の頃に別れて以来、10歳の頃に再会したのだ。最初は兄ができたと喜んだが、イコルが血の繋がらない兄妹と知るや、彼女はさらに歓喜した。

 しかしイコルは妹として扱っている。決して一線を踏み越えることはなかった。さらにエビルヘッド教団では例え血縁でなくとも結婚はできない。スヴァジルファリは嫁として出て行くしかないのだ。

 家はペルセヴェランスが継ぐとしても、イコルはその補佐として残ることになる。嫁はどこからか連れてくるがスヴァジルファリでないことは確かだ。彼女はそれがたまらなく悔しく、自分の運命を呪っている。


 翌朝、スヴァジルファリは濡れた下着を洗濯に出した。


 ☆


「では、いくとするか」


 イコルは旅立った。フィガロの下流にあるガリレオ要塞から降り立ったのだ。天然のダムを改良したもので、数か月前に崩壊したが警備は固めてある。

 背中にはカバンに変化したベビーエビルを背負っていた。腰のポーチには蟲の佃煮が入った瓶が詰まっている。フィガロでは昆虫食が盛んなのだ。揚げたミルワームに油漬けのゴキブリなどを食されている。

 イコルは両腕を上げて後頭部に手を当てる。アブドミナルアンドサイのポーズだ。アブドミナルは腹筋、サイは脚を意味し、腹筋と脚を強調するポーズである。

 するとイコルの耳毛がわしゃわしゃと動き出す。それは蛇のように伸びていき3メートルほどになった。

 耳毛は大地を踏み、イコルの身体を支える。立派な足だ。

 イコルは歩みを勧めた。3メートルほどの歩幅なので進みは早い。


「鬼が出るか蛇が出るか。楽しみではあるな」


 今のイコルの耳は聴こえない。耳毛が詰まっており音を遮られるのだ。イコルはポーズによって鼻毛と耳毛を操る。鼻毛は攻撃で耳毛は防御と移動に使用するのだ。

 これはオラクロ半島では修業を積むことで毛を操ることができる。男女共に三つ編みを操り生活の助けにしているのである。オラクロ半島は人間しかいない国だ。それ故に毛を操るスキルに磨きをかけたのである。


 イコルは進む。勅命を果たすために。

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