50.召喚者、焼肉屋と別れを惜しむ
ぐるっと戦場を回って残存のギガントサイクロプスを全部倒し死体を回収したアキトは、モンスター襲撃で混乱している王都に入っていく。
焼肉屋アキトは休みかなと思ったら、普通に営業していた。
「お、焼肉屋。やっぱりやってたのか」
「ああ、いらっしゃい」
のれんをくぐると、いつもの挨拶が返ってくる。
いつもより客はまばらだが、避難せずに王都に残っている肝の太い客もいる。
「周りの店はみんな逃げてるけど、いいのか?」
「ダイダロスに、ギガントサイクロプスだっけ。そんなの、アキトさんにかかりゃ一発だろ」
「いや、ダイダロスは勇者パーティーが倒したから俺は関係ないけどね」
「ハハッ、そういう設定ね」
アキトがよく使う設定という口癖を真似て、焼肉屋は笑う。
どうやら、アキトがやっていないという話は信じていないようだ。
なにせ最強の召喚術師、全殺しのアキトだ。
やっていないはずがない。
「ま、いいや。実は旅に出ることにしたんだ」
「そうか、もうか。そいつは寂しくなるなあ。ああ、ちょっと待っててくれ。いま弁当を作るから」
前々から、アキトは焼肉屋だけには旅立つかもしれないと話していた。
アキトがいなくなれば、仕入れの問題が出てくるからだ。
もちろん、調味料や香辛料など倉庫に山程出しては置いたが、それだっていつまで持つかわからない。
だから味噌や醤油の製法を教えて、自前で生産できるようには手伝っておいた。
アキトがいなくなったからって、焼肉屋アキトの営業が続けられなくなったら寂しい。
それに、この世界にも一つぐらい日本食が食べられる店があったほうがいいとアキトは思う。
「すまないな焼肉屋」
「いまさら礼なんていいっこなしだろ。どうせ今日は客が少なくて暇だしよ、それに礼なら俺のほうが……いや、こういう話は湿っぽくなるな。楽しい旅の前に、こいつはいけねえ、これでも食って待っててくれよ」
焼肉屋は涙ぐんで言葉に詰まると、小皿にきゅうりの漬物と、ザワークラウトを出した。
「おお漬物に、ザワークラウトか」
発酵食品を作る練習に、まず乳酸菌発酵から練習しようと二人で一緒に作ったのだ。
漬物作りは、やってみるととても楽しい作業だった。
「酸味が利いてて美味えだろ。塩しか入れてないのに、ほんとに不思議だよな」
「その酸っぱさが、乳酸菌の出す乳酸なんだよ」
物を腐らせる腐敗菌の他に、人間にとって有用な菌があり、それを上手く使えば腐らせずに発酵させることができる。
これがわからないと味噌も醤油も作れないから、アキトは口を酸っぱくして教えている。
「ああ、わかってるさ。今に見てなって、俺も自前で味噌や醤油を作り出して見せるからな」
「焼肉屋の自家製の味噌か、次に来るときの楽しみができた」
「だからさ。これっきりなんていわないでくれよ。ほら、弁当ができた。旅の道すがら食べてくれ」
焼肉に、トンカツに、漬物に、ご飯に、何人分なんだというくらいもうこれでもかというほどデカイ重箱にたくさん詰め込んで、焼肉屋は手渡した。
「ありがとう。それじゃ、行くよ」
去りゆくアキトに、焼肉屋は大声で叫んだ。
「また来てくれよアキト。いつ来てもいいように店を開けとく、恩人のあんたはいつでもタダだからなー!」
そうして、アキトの背中が見えなくなるまで両手を力いっぱい振るのだった。





