44.悪魔将ダイダロス、動く
オリハルコン山の頂近くにあるダイダロス城。
魔王軍のリムレス王国攻略司令官である、悪魔将ダイダロスは城の窓から見上げてあんぐりと口を開けていた。
オリハルコン山の頂が、綺麗に切り取られたようになくなっている。
誰が一体こんなふざけたことをしたのだ、いやこれが果たして人間のなせる技か。
そこに偵察魔族、フライングアイより報告がはいる。
「山頂を切り取ったのはおそらく、リムレス王国に発生した異世界勇者タケヒト・シシオウマルによるものかと!」
「なんだと。先の報告にあったリムレス王国の勇者がやったというのか」
ダイダロスは、まんま浮遊する目玉であるフライングアイに尋ねる。
「切り取られた山の頂は、ワイルドドラゴンの巣穴に突っ込まれてました。そして、巣穴のドラゴンは死滅しておりました」
「死滅!? 生き残りはいなかったというのか?」
「それだけではありません。巨人の荒野のサイクロプスも死滅しておりました」
「なんだと……」
今後の作戦では、ワイルドドラゴンとサイクロプスの数を増やして、それを本軍としてリムレス国を滅ぼすつもりであったのに。
それが死滅?
ダイダロスが手に持ったグラスが震える。
そして、それら最大の戦力が消えているということは……。
ダイダロスは、さらに恐ろしい可能性に気がついた。
「他のモンスターはどうした」
フライングアイは言いにくそうに付け加える。
「馴染みの森のゴブリン、ミスリルの丘のオーク、並びに嘆きの沼のジャイアントフロッグ、ワーム、大水蛇。それらが確認できるだけで、死滅させられております」
「つまり、全ての戦力ではないか! これまで何をしていた!」
「ご報告が遅れて申し訳ございません。これらは全て極めて短い期間に行われており、死滅の報告は信じがたいことであったがために確認が遅れました」
ダイダロスは、怒りのあまり手に持っていたグラスを握りつぶしてしまう。
その黒い手から、血のような赤のワインがこぼれ落ちる。
「フライングアイ! すぐさま本国より、ギガントサイクロプスの軍団を呼び寄せよ!」
「悪魔将閣下、魔王アンブロシア様はリムレス王国への侵攻は、まだしばらく様子を見よとのご命令でしたが……」
「手ぬるい! わかっているのか。異世界勇者が急速に力をつけてきているのだぞ。すぐさま最高の戦力で持って討ち滅ぼさねば手遅れになるかもしれぬ。我はなにか間違ったことを言っているか?」
「もちろん、悪魔将閣下のおっしゃることに間違いはございません」
「だろう。もちろん、我も出る!」
「不死身の肉体を持つ悪鬼ダイダロス様の御力があれば、必ずや勇者を討ち滅ぼせるでありましょう。ですが、せめて魔王様にお伺いを立ててからのほうがよろしいのでは?」
「どの面下げて配下のモンスターを全滅させられましたと報告しろというのだ! 前線の差配は悪魔将である我に任されておるわ。その権限でギガントサイクロプスの軍団を動かすだけのこと」
「独断専行に取られますぞ」
「構わん。あの日和見魔王の統治もいつまで続くか……」
「悪魔将閣下、それ以上はなりません!」
「フン、少なくとも原因となった勇者を倒してリムレス王国を滅ぼさねば、我の面目は丸つぶれだ。それだけは我慢がならぬ」
悪魔将ダイダロスは、人間を滅ぼそうとする魔族の強硬派に属する。
やがて、魔族が全ての人間を滅ぼすであろうが、その時に自分がどういう成果をあげたかが問題なのだ。
配下の戦力を失い、国一つも落とせないような間抜けでは、強硬派を束ねて自らが新しい王となるというダイダロスの夢も果たせられない。
だが異世界勇者を倒したとなれば話は別だ。
その戦果を持って、次世代の魔王に名乗りを上げることもできるかもしれない。
「それでは、ギガントサイクロプスを全軍呼び寄せます」
偵察魔族フライングアイとて、つぶさに状況を見てきたのだ。
ダイダロスのように魔王の方針に反する意図はないが、どちらにしろこのままこの異常事態を看過することなどできないとはわかっていた。
悪魔将ダイダロスとギガントサイクロプスの軍団によってあの勇者が討ち滅ぼせるならばそれでよし。
万が一、それが叶わぬときは……と考えつつ、本国へ軍団を呼び寄せるために飛び立った。
「頼んだぞフライングアイよ。それを待って、我も万全の体制で勇者を迎え撃つことにしよう」
ダイダロスは、ギガントサイクロプスの軍団が到着する間、久しぶりに全力で戦うためにウオーミングアップを開始した。
その屈強な漆黒の肉体からは地獄の瘴気が上がり、見る間に小山ほどの大きさへと成長していく。
その肉体は巨大化を続け、ついにダイダロス城の壁を突き破った。
そのまま城を木っ端微塵に破壊してしまう。
この後にリムレス王国の王都を落とすので、前線基地であるこの城はもういらないという覚悟である。
「よくもやってくれたな勇者よ! 我の全力を持って討ち滅ぼしてくれるわぁあああ!」
異世界より来たりし勇者であろうとも、自分の不死身の肉体に敵うものか。
怒りに震えるダイダロスは、オリハルコン山が震えるほどの咆哮をあげた。





