40.召喚者、ドラゴンステーキを堪能する
行きつけの焼肉屋アキトに勇者パーティーが現れてて、びっくりしたアキトはドワーフたちを引き連れてもとの道に舞い戻った。
「どうしたんじゃ?」
「いや、さっきいたのは勇者とこの国の姫様だよ。そんな場所じゃ、のんびり飲めないだろ」
「なるほど、それもそうじゃな」
ドワーフたちは、その説明で納得してくれたらしい。
アキトとしてはいまさら彼らに絡まれるのは面倒なだけなのだ。
ましてや、今更勇者パーティーに入るなど御免こうむる。
どうもあのソフィアという姫様とは、相性が良くない気がする。
この世界に来てから自由に生きようとしているアキトだが、もともとが小市民的というか。
頼まれると断りきれないタイプだとは自分でも思っている。
泣きつかれて面倒ごとを押し付けられてはたまらないので、最初から絡まないほうがいい。
勇者くんはもういるんだから、姫様はそちらと仲良くやっててほしい。
「違う店に行こうか」
「それより、さっき英雄殿が倒したドラゴンの肉を食べるのはどうじゃ」
「ドラゴンの肉?」
そういや、ドラゴンステーキは美味いってゲームはあったな。
アキトもワニの肉を民族博物館で試食した経験があるが、意外と美味しかった記憶がある。
「この上ない珍味と言われとるよ。どうしようがアキト殿の勝手じゃが、全部冒険者ギルドに売っちまうのはもったいないと思っとったんじゃ」
「なるほど、そういうことなら少し引き取れないか聞きに行こう」
俺たちは、冒険者ギルドの裏に戻ることにした。
そこではギルドマスターやクレアさんたちが、ドラゴンの解体に勤しんでいた。
「忙しいところすみません」
「ひえぇ! またドラゴンの追加ですか!」
「いや、違います違います。クレアさん、倒れないでください」
もうこの人、俺の顔みたら横転するのが癖になってるんじゃないだろうか。
「な、なんでしょう。もう支払えるお金は、本当に限界なんですけど」
「いや、そうではなくて、ドラゴンの肉を自分たちで食べる分わけてもらえないかなと思いまして」
「なんだそんなことですか、もちろんいいですよ。いくら希少なドラゴンと言ってもこんなにたくさんだと値崩れしてしまいますから、十匹ぐらい回収してはいかがですか」
「うーん、十匹も食べないんだけどな」
テトラなら食べるだろうか。
ギルドマスターもやってきて言う。
「アキト、お前の持っている収納魔法なら素材が劣化しないだろう。十匹は溜めておいて、高値の時に売ればいいんじゃないか」
「なるほど、空間収納ってそんな効果があったんですね」
「いや、なんでアキトは自分の能力なのに確かめてないんだ……」
「長期間保存が利かないものを入れるとか経験がなかったもので、そうなんだ便利な能力なんだなあ」
「お前は相変わらずだな」
「ところで、ドラゴンの肉は美味いって本当ですか」
「おお、俺もだいぶ昔に食べたことがある。ワイルドドラゴンも美味いはずだぞ」
「そうなんだ。じゃあ、手伝ってもらえませんか」
「それはいいが……」
物欲しそうな顔でこっちを見るクレア以下、ギルド職員の顔をちらっと見る。
「俺たちだけじゃどうせ食べきれないでしょうし、みんなもどうぞ」
アキトがそう言うと、歓声があがった。
「やったー!」
「私、ドラゴンのお肉なんて初めて!」
それを見てギルドマスターも苦笑する。
「こいつらに食わすにはもったいない高級食材なんだがなあ」
「いつもこうやって、集計や素材の処理でお世話かけてますから」
「アキトがそう言うならばまあいいか。それで、ドラゴンステーキの作り方なんだが……」
ギルドマスターがバーベキューにするというので、アキトは早速バーベキューセットを召喚してジュージュー焼き始めた。
もちろん、ドワーフたちにワインとブランデーも用意してやる。
「ひゃー! 肉が焼けてきたのじゃ!」
「美味い酒に、ドラゴンステーキ! 何じゃ今日は、天国にやってきたのか!」
ギルドマスターがドラゴンの肉を切り分けてくれて、それをアキトがバーベキューしてやる。
そんなに喜んでくれると、肉を焼くのも楽しいというものだ。
「あるじ、早く肉なのだ!」
「あれ、お前召喚したっけ?」
いつの間にでてきたんだ。
「早くしてくれなのだ!」
「わかったわかった。ちゃんと順番は守れよ」
まあどうせ、喚んでやるつもりだったしな。
ガンガンドラゴンステーキを焼いていき、みんなに振る舞ってやると「ひゃー!」と歓声が上がる。
ギルド職員たちも、仕事の手を止めて輪になっている。
これはちょっとしたパーティーだな。
「あるじさまは食べておられますか」
「スライン。お前だけだよ、俺を気遣ってくれるのは」
他のやつもう酒盛りして、初めてのドラゴンステーキにかぶりつくのに必死だからな。
まあ楽しんでくれてるみたいだからいいけどさ。
「あるじさま、あとでドラゴンの死体をいただけますか」
「どうするつもりだ?」
「せっかくですので、ワイルドドラゴンスライムも作ってみましょう。あの炎のブレスを使えるスライムを作っておけば、役に立つはずです」
「スライン、お前がいてくれてよかったよ」
真面目にそういうの考えてるの、スラインだけだからなあ。
「美味いのだ、もっと肉を焼くのだー!」
ホーリーワータイガーとかいう種族で、スラインより高位のはずのテトラがあれだからな。
あれはあれで、楽しいやつだけど。
「まあでも、この肉は本当に美味いな。スライン、仕事のことを考えるのもいいが、休む時に休むことも大切だぞ」
「痛み入ります」
戯れに、ワインをコップについでやると、スラインはチュルルと飲み干す。
「おお、スライムってお酒も飲めるのか」
「多少であれば、プファー」
なんだ、いける口じゃないか。
スライムが悪酔いするってことはあるまい、もっと食べさせて飲ませてやろう。
たまには従魔を慰労するのも大事なことだろう。
「ワイルドドラゴンスライムとやらはあとにして、ゆっくり食って飲むことにしよう」
「あるじさまが、そうおっしゃられるのであれば」
スラインの青い顔が真っ赤になるまで、俺は酒に付き合ってもらう。
「アハハッ、スライムも酔っ払うんだな」
「美味しいものは美味しいですからねえ、ウィ」
なんだか凄く楽しい。
最後に野外でバーベキューなんてやったの、学生の時だったかなあ。
元々が美味いってこともあるが、こうして外で食べるとドラゴンステーキの味は格別だった。
酒も手酌で、気兼ねなくやれるのが一番だ。
「アキトさん、今日はごちそうさまでした!」
「ドラゴンステーキ初めて食べました!」
みんな初めてのドラゴンステーキに喜んでくれたようだ。
さすがにギルド職員たちは仕事が残っているから、お肉だけしっかり食べるとアキトに礼を言ってまた仕事に戻っていく。
「おいしいのだー!」
「最高じゃー!」
美味い酒にお肉に、いつまでもはしゃいでいるテトラやドワーフたちを見て、アキトはほろ酔い気分でしみじみと飲む。
「本当は、面倒ごとに巻き込まれそうだったからさっさとこの国を出るつもりだったんだよなあ」
王都にいたら、さっきの姫様みたいにいつ呼び戻そうとされるかわかったものではない。
面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。
でも、この国の人達はみんなアキトに優しくて、つい長居してしまった。
いずれ旅立つにしても、なにかみんなのために残していってあげたいなとぼんやりと思うアキトだった。





