4.召喚者、屋台を楽しむ
立派な城を出ると、アキトは大きく深呼吸した。
「空気が美味しい」
リムレス王国の王都というだけあって、それなりに大きな街だが、それでも東京の澱んだ空気に比べれば、格段に澄んだ空気だった。
排気ガスを吐き出す自動車も走ってない世界なのだから当然かもしれない。
空は青く晴れ渡り、アキトの前途を祝福してくれているようだ。
こんなにゆっくりと呼吸したのは、いつぶりだろうか。
久しぶりに勤労からも解放されて、とりあえずゆっくり休みたいと思っていたんだが、風が何やら美味そうな香りを運んできた。
なんだか、急に腹が減った。
最近はろくなものを食べてなかったからなあ。
「まずは腹ごしらえか」
王城からの道を下っていくと開けた場所に出る。
ちょうど時刻は昼時で、広場では多くの屋台で賑わっていた。
食べ物はと見回してみるが、さすがは異世界。
まるまると太った芋虫の丸焼きや、カラフルな色のキノコが浮かんでいるスープなど、とても日本人の口に合いそうにない食材が多い。
「兄ちゃん。猪肉の串焼きはどうだい。今朝届いたばかりで、美味しいよ!」
猪肉なら食べてお腹を壊すということもないだろう。
一本買って、一口食べてみることにした。
「うん、美味いな」
「だろ! なりは小さな屋台だが、味だけなら王都一だよ」
脂身が多かったのでどうかなと思っていたのだが、意外にさっぱりとしていて甘みがある。
日本の豚よりよっぽど美味しかった。
「この時期の猪は、たっぷり木の実を食ってるから美味いんだ」
「なるほど」
素材の味がいいんだろうな。
空腹のままに一本食べ終えて、二本目をと思ったのだが、どうも塩味が薄いのが気になる。
せっかくのいい猪肉なので五本ほど買い込んで、屋台の前のテーブルに座って、味付けしてみることにした。
「調味料も召喚できるよな……」
やっぱり『全召喚』とは、なんでも喚び出せるスキルのようだ。
商品を呼び寄せるには、何らかの代償がいるようなので金貨を一枚と交換で、味塩、コショウ、焼き肉のタレを喚び出すことに成功した。
「うん、やっぱこれぐらいの濃い味がいいな」
たっぷりと味塩とコショウを振って食べると、猪肉の味がさらに良くなった。
「兄ちゃんそれなんだ?」
屋台の店員が尋ねてきた。
彼ばかりではない。
テーブル調味料を使っているアキトを不思議がって、市場の人がなんだなんだと集まってきてる。
この世界では珍しい物なのだろう。
「えっと、これは塩じゃないんだけど、こっちが味塩に、コショウに、焼肉のタレ。まあ、食べてみてよ」
アキトは、屋台の店員に味塩とコショウを振った猪肉を食べさせてみることにした。
「なな、なんだ! こんな濃い味の塩があるのか。なんだ、なんだこれ! 美味すぎるぞー!」
屋台の店員が、何処の料理漫画だという凄まじいオーバーリアクションで躍り上がったので、俺にも味見させてくれーと周りの人達が集まってきてしまった。
「調味料くらい、みんな使っていいよ」
「こっちの焼肉のタレってやつも、美味すぎるぅぅぅっ!」
よっぽど感激したのか、アキトの買った串焼きを全部食べちゃう勢いの屋台の店員に、アキトも苦笑する。
「おい、焼肉屋! 自分ばっかり食ってないで、俺たちにも食わせろよ!」
「そうだぞ焼肉屋、お前が肉を焼かないでどうすんだよ!」
ビジネスチャンスなんだから、さっさと焼きなよとアキトが教えると、屋台の店員は正気に戻って、全力で猪肉を焼き始めた。
みんなは、美味い美味いと大騒ぎで、屋台の猪肉がまたたく間に売り切れてしまった。
「その調味料。どうか俺に売ってくれ!」
屋台の店員によると、どうやら日本にある一般的な調味料がこの世界にはないらしい。
それどころか、塩すら高価でなかなか使えないそうだ。
「金なら今できた、これで足りるか」
焼肉屋の店員は、さっきの屋台の稼ぎをどかっと全部持ってくる。
テーブルに、金貨、銀貨、銅貨の山ができてしまってアキトは苦笑する。
「いや、こんなにいらないよ。これだけでいいや」
ここは良心的な店だと思うし、あんまり高くふっかけるのも可哀想だ。
アキトはこれで稼ぐつもりもないので、必要経費として金貨三枚だけもらって、さらに調味料をありったけ召喚して渡すことにした。
「そんなもんでいいのか。いや、それはいくらなんでも安すぎるだろう」
「これでこっちも損はしていないから、大丈夫だよ」
「それにしたって、いくらなんでも悪いよ……」
「そうだな。気になるなら、この調味料をたっぷり使って、みんなに安い値段で美味しい猪肉を食べさせてあげてよ」
「ありがとう! あんたはなんて良いやつなんだ! 俺はいずれ、ちゃんとした自分の店を持ちたいって夢があるんだ。恩人のあんたは、一生タダにするからな! 絶対またうちに来てくれよ!」
焼肉屋は感激して何度も握手してきた。
どうやらアキトに、この世界に来て初めての行きつけの店ができたようだった。
行きつけの店があるのはいいよね。