39.勇者パーティー、焼肉屋アキトで待ち受ける
ここが、アキト様が関わっているという噂のお店ですね。
姫聖女ソフィアは、ついに城を抜け出して直接アキトを勧誘しにいくことに決めた。
城のものを使いに出しても引き受けてくれないのだから、自分がねんごろに頼むしかない。
冒険者ギルドで出待ちさせてくれと言ったら、ギルドマスターに迷惑だと断られてしまったので、こうしてアキトが関わっているという焼肉屋に来たのである。
「こんにちはーって、あなた達なにやってるんですか」
「おや、ソフィアも来たのか」
なんと、焼肉屋アキトで勇者タケヒトと、聖槍のクリスティナがカツ丼を食べていた。
「これは、ソフィア殿下」
恭しくひざまずこうとするので、慌てて止める。
「いや、こんな場所で礼とかいらないですよ。二人は一体ここで何をしてるんです」
「私達は、ご飯を食べているだけですが」
あ、なるほど。
焼肉屋さんですもんね。
「いやー、ソフィアも来るんなら誘えばよかったね。ここは、カツ丼と言って、俺の故郷の好物を出してくれる店なんだよ」
タケヒトに誘われていたら、ソフィアは絶対こなかっただろう。
ただ、タケヒトとアキトは一緒の世界から来てるので、その点については納得である。
「カツドーンですか?」
「カツ丼だよ、カツ丼。この世界の人って、なんでそんな発音になるんだろうな」
タケヒトは無視して、焼肉屋の店主に尋ねるソフィア。
「アキト様が作られた料理なのですよね」
「は、はい! まさか姫聖女ソフィア様がいらっしゃるとは、確かにこのカツドーンは英雄アキトさんが考案されたものです」
勇者とクリスティナに続いて、国民のアイドルである姫聖女ソフィアまでやってきたので、焼肉屋はガチガチに緊張している。
「私は、アキト様に会いに来たのです。ですが、そのカツドーンとやら、私も賞味してみることにします」
「は、はい。すぐにお作りいたします」
これがアキト考案した料理かと、カツ丼を頬張るソフィア。
ふわふわとろとろの半熟卵が、とても優しい味で猪肉のカツとの相性がたまらない。
「美味しい……」
「だろ! やっぱカツ丼は最高だよな!」
ちょっと黙っててくれないかなあと思うソフィア。
作ったのはアキトなのに自分の手柄のように言うタケヒトがムカつく。
明らかに気分を害しているソフィアを見かねて、クリスティナがとりなす。
「殿下、これは日本茶という飲み物だそうで、これもアキトさんが出したそうですよ。カツ丼とよくあいます」
「ふぁあ、なんとも美味しい。芳醇で馥郁たる味わいでしょう」
カツ丼のあとで、口の中がさっぱりとする。
茶と名前がついていることで輸入品である紅茶と同じ部類の飲み物だとはわかるが、それよりも爽やかで新鮮である。
「店主殿は、アキト殿の世界の米とお茶の苗木を譲り受けて、我が国で作ろうとされているそうです」
「なんと素晴らしい! それだけでも宝冠大勲章クラスの働きではないですか!」
アキトの活躍は、どれほどの国富を今後もたらすかわからない。
最高位の勲章とともに、伯爵に叙勲されてもまだ足りないほどだ。
「俺はお茶よりジュースのほうが好きだけどなあ、お茶って苦くね?」
それに比べて、このバカ勇者ときたら……。
そうソフィアが蔑みの視線を送っていると、店の入口からアキトの声がした。
「こんにちは。まだやってる?」
ドワーフ二人組と、入店しようとしたアキトと姫聖女ソフィアの目が合う。
「アキト様! どうか私と一緒に勇者パーティーで戦ってください!」
ついにソフィアは、アキトと出会うことができたのだ。
あ、嫌なとこであっちゃったなって顔で、アキトが「また来ます」と、退店してしまう。
「あ、待ってください! ちょっとなんですか!」
「ソフィア、こっちの甘い味噌ダレの焼肉も美味いんだって食ってみてよ」
なんと、この肝心な時に、タケヒトが手を引っ張ってくる。
「タケヒト様、離してくださいよ! ああ、アキト様が行ってしまう!」
本来であれば、ソフィアは国の命令でタケヒトを粗略にはできないのだが、さすがに腹が据えかねて思いっきりパンチを入れてしまった。
「ぐぼっ!」
その場に転倒するタケヒト。
「ソフィア殿下! 勇者に乱暴はまずいですよ!」
そういいながら、ドサクサに紛れて床に転がったタケヒトに蹴りを入れているクリスティナ。
むしろそっちのほうがダメージを与えている。
「ゲホッ!」
「クリスティナ、私はアキト様を追います!」
「いや、待ってくださいよ殿下。一応、勇者を介抱しなければなりませんから」
「こんなの放っておけばいいでしょう」
散々な言われようである。
「殿下、落ち着いてください。冒険者であるアキトは、国から何度も要請を受けても勇者パーティーへの参加を断っているんですよね」
「それがどうしました。これは正義のためなんですよ。アキト様は良い方です。誠心誠意説得すれば、必ずわかってくれます」
そうだろうか。
クリスティナは、ソフィアよりも大人だ。
それは、振られた男がしつこく言い寄っているのと同じではないかと思うのだ。
確かにソフィアはこの国のアイドルと言っていい美貌の持ち主だが、話を聞いていると見目麗しい女に説得されたからって心が動く人物とも思えない。
現に今も、ソフィアの顔を見てアキトは避けたのだ。
自分がアキトなら、断っているのに何度も勧誘されてうんざりしてしまうのではないかと思うのだ。
「殿下、私達の仕事は、まずこの勇者タケヒトを使えるようにすることですよ」
「それはそうですが……」
王国最強の聖騎士であるクリスティナは、勇者のバカさかげんに悪態つきながらも、冷静に勇者を戦力にすることを考えている。
今の所失態ばかりだが、聖剣クラウ・ソラスを使いこなせるというだけでも、魔王軍の幹部クラスを倒せる実力を持っているということになる。
こちらの言いなりにならないアキトよりも、バカだがとりあえず勇者として働こうとしているタケヒトの方を採用して成長させようとしている国王の判断はそう間違いでもないと思っている。
アキトは野に放たれている現状でも王国の役に立っているのだから、無理に勇者パーティーに入れようなどとはしなくていい。
「失礼ながら、王国の聖騎士として申し上げます。殿下は勇者タケヒトを使えるようにすることを優先せよとは、王命なのですよ」
「それはわかってます!」
「わかっているならば、よろしいのです。まさか殿下も、王命に逆らうつもりはないでしょう」
「うう、なんでこうなるんでしょうか。私はただ、アキト様にも正義のために共に戦って欲しいだけなのに……」
失意のソフィアは、仕方なしに勇者タケヒトに回復魔法をかける。
「うう……俺は、どうしたんだ。あ、ジュース飲みてえ」
「ほら、今日はもう帰るぞ」
クリスティナは、目を覚ましたタケヒトの首根っこを掴むとズルズルと引きずって城へと帰るのだった。





