33.召喚者、新しい料理を作り出す
冒険の打ち上げということで、アキトはすっかり馴染みの店になった焼肉屋アキトに入って、グラントたちと猪肉の串焼きつまみに酒を酌み交わしていたのだが、宴もたけなわというところで焼肉屋の主人に新料理の相談を持ちかけられる。
「新しい料理ですか」
「アキトさんは、いろいろと珍しい食べ物を知ってるだろう。おかげでうちの店も流行ってきたんだが、ここでドーンと繁盛させるのに店のメイン料理に相応しいものがないかな」
焼肉屋の店主は、創意工夫ができる男で、アキトが出した味噌や醤油なんかも使いこなしている。
最近では、アキトに習って自家製の味噌や醤油の製造に着手したところだ。
金貨も余ってることだし、タダで飯を食わせてくれる礼代わりにアキトが日本の調味料を出しまくっているのだが、いつでもアキトがいるわけではないのだから自家製で作れるようになっておくことは重要だろう。
そう考えると、ここにある食材で作れる料理ということになる。
「カツ丼はどうかな」
「カツドーン? おお、なんかドーンと来そうな名前だ」
いや、カツドーンじゃなくて、カツ丼なんだが。
アキトがこの店にある材料を見ていくと、猪肉、卵、玉ねぎ、醤油、みりん、この辺りは揃ってるので心配ない。
「この世界に米があるかなんだよね」
カツレツとパンで食べてもいいのだが、やはり日本人としては米が欲しいものだ。
「米ならあるぞ。肥沃の湿地で作れるから、麦よりも腹持ちがいいらしいから仕入れてはいる」
あーあそこか。
アキトが肥沃の湿地をモンスターから解放したおかげで、これから米の増産が見込めるらしい。
何がどうつながってくれるのかわからないものだ。
米が作れるのは大きい。
日本の種籾を召喚して、肥沃の湿地の契約農家に水田で育てさせてみるのもいいかもしれない。
ともかく、米があればカツ丼を作れる。
「よし、じゃあとりあえず食べてみるのが一番だ。見本を取り寄せてみようか」
アキトは、金貨を一枚使ってカツ丼を召喚する。
「おお、なんだこれは美味そうな料理だな。これがカツドーン」
焼肉屋の店主は、眼の前でホカホカに湯気を上げているカツ丼を注意深く観察する。
めっちゃ美味そうな匂いが鼻腔をくすぐる。
「ちゃんと割り箸もついてるな。スプーンで食べてもいいんだけど」
「その箸というのを使うのが作法なら、ちゃんと箸を使うぞ」
ぎこちなく割り箸を手にとった焼肉屋は、ぎこちない手付きでカツ丼をすくって口に入れる。
目をガッと見開いて、ブルッと身震いまでした。
「なんだこれは、美味すぎるぞ! カツドーンは、うちの店の最高の看板料理になる!」
ただのカツ丼に、大げさすぎると思うけどなあ。
凄い嬉しそうにしていて、アキトも笑いを誘われる。
「なあ、そのカツドーン。俺達の分はないのか」
「こら、お前らアキトさんに失礼だろ!」
「でもよぉ、この匂いたまらねえぜ」
「うーん、アキトさん……」
グラントたちのパーティーも、身を乗り出してくるのでアキトは苦笑する。
どうやら、串焼きだけでは足りなかったらしい。
「それじゃあ、みんなの分も出そうか。俺も久しぶりにカツ丼食べたいし」
みんなの分を召喚して振る舞うと、「わー!」と歓声があがる。
「めっちゃ美味え! カツドーンすげえ!」
「うわーこれ、うま! うまぁ!」
よっぽど美味かったのか、グラントたちは半泣きになってる。
みんなが食べてるのを見てたら、アキトも腹が減ってきた。
じゃあ自分のぶんも出そうかと新しいカツ丼を召喚していったら、なにやらポケットに入れていた白の宝玉がブルブル震えている。
「なんだ、テトラ」
喚び出してやると、アキトが手に持ってるカツ丼に飛びついた。
「それ、我も食べたいのだぁああ!」
テトラは、匂いにつられてやってきたのか。
「ハハッ、わかったわかった。これはテトラのぶんな」
さすがにその虎の爪のついた手で箸は使えないので、スプーンを渡してやる。
「美味いのだ! んぐ! おかわりなのだ!」
「テトラ。カツ丼は飲み物じゃないから、ちゃんと噛んで食べような」
テトラだけというのも不平等だ。
どうせなら、いつも仕事をがんばっているスライムたちにも振る舞ってやるかとアキトはみんな喚び出す。
金貨はたくさんあるから、いくらでも召喚できるのだ。
喚び出してカツ丼を振る舞ってやると、スライムたちもうまうまパクパクと食べていた。
賢者スライムのスラインが目を輝かせて言う。
「あるじさま。このスライン、カツドーンのあまりの美味さに感動しました」
「それはよかったね」
スライムに味がわかるのか、というのはいいっこなしだろう。
「これは本当に素晴らしいものです。カツドーンスライムを作ってみてはいかがでしょうか!」
「それはどうだろう、まあ考えておくよ」
それはカツ丼っぽいスライムなのか、カツ丼を作るスライムなのか。
どう考えても役に立ちそうもないのだが、そんなにビックリしたのか。
どうやら初めて食べるカツ丼は、この世界の住人には凄まじいインパクトがあったようだ。
アキトも食べてみると、懐かしい味がして胸にしみた。
グラントたちみたいに泣くまではいかないが、ふわふわとろとろの半熟卵に包まれた熱々のカツが、口の中でほろっと蕩けるようだ。
しみじみと美味いと思う。
「しかし、これ誰が作ってるんだろう」
チェーン店のより美味いな。定食屋か?
いや、この感じは蕎麦屋のカツ丼って感じがする。なんか出汁が効いてる。
サラリーマン時代にたまの贅沢にちゃんとした店に入って、こういうカツ丼を食べるのが楽しみだったなあと懐かしく思い出す。
かなり美味しいから、きっと料理上手のおばちゃんとかが作ってるんだろうなとアキトは微笑ましくなった。
みんながおかわりおかわりと、召喚を求めるついでに、お礼のメモ書きをして送っておく。
どこの厨房だか知らないが、これだけたくさん作ったら大変だったろうし。
一方、焼肉屋はカツ丼を食べ終えると、料理人としての情熱で燃え上がっている。
「よーし、俺も頑張って美味いカツドーンを作れるようになるぞ!」
アキトは、焼肉屋のためにカツ丼のレシピをこの世界の言語に書き直しておいてやる。
やがて焼肉屋アキトのカツドーンは、王都一の名物料理になるのだった。





