32.勇者パーティー、大洪水に巻き込まれる
ワイルドの谷でワイルドドラゴンの討伐に失敗した召喚勇者、獅子王丸タケヒト率いる勇者パーティーは、巨人の荒野に来ていた。
大きく狙いやすい的であり、ドラゴンのように厄介な炎のブレスも吐かないサイクロプスなら、タケヒトの訓練にもってこいだろうと考えたからである。
「なんで、アキト様は参加要請を受けてくれないのでしょう」
「ソフィア殿下、またアキトの話ですか」
ついた途端に暴れまわっている勇者タケヒトを尻目に、姫聖女ソフィアと聖槍のクリスティナが話をする。
ソフィアは冒険者ギルドに勇者パーティー参加の要請をしているのだが、断られている。
「本来ならば、私が直接お願いに上がるのが筋というものなのですが……」
「殿下は忙しいですからね」
姫としての務めも、聖女としての日課もこなさなければならない。
国民にアイドル並の人気があるソフィアは、国や教会の行事にも頻繁に駆り出されるのだ。
それに何よりも……。
「でやー!」
雑魚モンスター相手に聖剣クラウ・ソラスを振り回してイキっている、あの聞き分けのない子供のような勇者の世話をしなきゃならない。
「タケヒト様は、いつになったら加減というものを覚えてくれるんでしょうか」
「困ったものですね。放っておくわけにもいかないので、聖騎士部隊でサポートしてきます」
大規模パーティーの戦いは、まず戦場づくりから始まる。
王国最強の聖騎士クリスティナ率いる聖騎士部隊は、馬を駆って巧みに連携してサイクロプスをうまくおびき寄せて見せる。
本来サイクロプスが単体で活動するのは、そのあまりの巨体が同族の邪魔にもなるからだ。
それを巧みに包囲して追い詰め、圧殺する。
戦術の基本、包囲陣である。
このままゆっくり圧しつぶしていき、本来の力を生かせぬ巨人たちを包囲殲滅していけば勝利は約束されていた。
しかし、である。
聖剣クラウ・ソラスの威力なら、サイクロプスでも一撃で倒せるとわかったタケヒトは、また暴走した。
「うぉおおお! 俺が勇者、獅子王丸タケヒトだぁ!」
最強無双のつもりなのだろうか。
自己陶酔した名乗りあげとともに、サイクロプスの中にツッコんで当たるを幸いに斬りまくる。
勝手な行動は、組織的な戦いでは邪魔以外の何者でもない。
「こいつ、またか! 独断専行するなって言ってるだろ!」
「タケヒト様、いい加減にしてください!」
この勇者には呪いでもかかっているのだろうか。
タケヒトの意味がないどころか害悪と言っていい突撃で、クリスティナたちがせっかく苦労して誘導したサイクロプスの群れが予想外の動きを始めた。
狂奔したサイクロプス集団が、聖騎士隊の包囲を突破して人里の方に怒涛のごとくなだれ込んでしまう。
なんでこうなる!
「大変だ、このままでは肥沃の湿地の開拓村のほうに被害が及ぶぞ!」
あそこには王国の開拓者の村があるのに!
追い回している勇者タケヒトがそれらを全て倒せるわけもないし、聖騎士部隊だって包囲の再構築が間に合わない。
もうダメだと、クリスティナが悲鳴を上げたその時だった。
凄まじい勢いでなだれ込んだ大洪水が、サイクロプスを全て押し流してしまう。
「あぎゃぁぁああ!」
サイクロプスを追っていた勇者タケヒトも押し流されていたが、後方にいた聖騎士部隊も自分が逃げるのに必死で助けるどころではなかった。
「流されたのは勇者タケヒトだけか?」
「はい、サイクロプスの真ん中あたりにいたので一緒に流れていきました」
自然災害のような無秩序な大洪水ではなく、サイクロプスの群れだけを狙ったような水の流れであった。
だから聖騎士部隊は逃げ出せたのだが、もしかして人為的な攻撃だったのだろうか。
「いや、まさかな……」
あんな大魔法が使える魔術師などいるはずがない。
「クリスティナ様」
「あ、ああ。ともかく勇者タケヒトの捜索を行おう」
クリスティナの本音を言えば流されていい気味だと思うのだが、このまま放置しておくわけにもいかない。
高台に避難した勇者パーティーは、とりあえず水が引くまで待ってから、洪水に流された勇者の捜索と事態の究明に当たることにした。
「まったくタケヒト様ときたら、迷惑ばかりかけて……」
ソフィアもぶつくさ文句を言いながら一緒に勇者を探していたのだが、そこでサイクロプスの死体を次々と空間収納にしまい入れるアキトを発見した。
「アキト様!」
もしかしたらと思ったが、このサイクロプスを全滅させた奇跡の技はあの人がやったのだ。
感激したソフィアは、すぐさま駆け寄ろうとするのだが、そこで騎士の一人が止める。
「ソフィア殿下、申し訳ありませんが」
「なんで邪魔するのです。私は、アキト様に会いに行くのです。そして、私たちのパーティーに加わってもらうんです!」
「先ほど、洪水に巻き込まれて気絶したタケヒト殿が救助されました。聖女であるソフィア殿下には、すぐその治療にあたっていただきたく」
「そんなの放っておいても死なないでしょう」
「姫殿下、王命でありますれば……」
「うう、わかりました。行けばいいんでしょう。本当にあの勇者はどこまで!」
ソフィアは泣く泣く、アキトを見送って勇者タケヒトの治療をするのだった。
「いてて!」
「お目覚めですか。勇者様」
タケヒトが目が覚める直前、ニッコリと笑うソフィアが軽くタケヒトの脇腹を蹴っていたのだが、クリスティナは見なかったふりをした。





