30.召喚者、サイクロプスを倒す
一仕事終えたアキトは、ため息をつく。
「まったく、何だったんだ。あれは……」
何だったんだと言いたいのは周りで見ていたグラントたちだが、そのあまりに圧倒的な光景にもはや声も出ない。
超巨大魔法陣から噴射された大洪水はまたたく間にサイクロプスを飲み込み、全てを押し流してしまった。
沼の水が全て干上がっている。
それだけの大量の水が流れていったということだ。
おそらく、サイクロプスが住む巨人の荒野も大洪水に押し流されて水浸しになっていることだろう。
「……」
「グラントさん。どうしたんだ」
呆然と声を失ってその場にしゃがみこんだグラントに声をかける。
「あ、ああ……」
そうか、戦闘の連続で疲れたのかなとアキトは気遣う。
ボス戦のあとでいきなり現れたサイクロプスの群れには、アキトだって驚いたのだからグラントだって疲れて当然だろう。
「もう大丈夫じゃないか。それとも、サイクロプスはこれぐらいでは死なないかな?」
洪水は恐ろしい威力だ。
いかにあの巨体とはいえ、いやあれほど体積があるからこそ、まともに直撃を受けて生きているわけはないと思うのだが。
ベテラン冒険者の意見も聞きたいところだった。
落ち着いたら、死体を拾うついでに確認しにいくつもりだが、殺しきれていなければまた倒さねばならない。
「サイクロプスの巨体は、水に浮かばないからな。あれほどの大洪水に呑まれては、溺れ死んで全滅したと思う……」
「そうですか。それは良かった。じゃあ、死体を拾って帰りましょうか」
アキトとしては、死体を拾い集めて空間収納にしまうほうが大変な作業だった。
それも水遊びしたら後片付けはきちんとしないといけないね、くらいの感覚だが。
「な、なんでみんなあれを見て平然としているんだ」
さあ死体を拾い集めて帰ろうというアキトたちの空気に、グラントは当然の疑問を口にする。
「あるじのやることにいちいちツッコんでもしょうがないのだ」
「偉大なるあるじさまの御力は、私の叡智を常に凌駕していますゆえ……」
いや、そういう問題ではないのだとグラントは言いたい。
「もしかして、アキトがその気になれば魔王なんてすぐに倒せるんじゃないか」
この世の真理に気がついてしまったと言いたげな表情で、グラントはがく然とする。
先ほどまで、大水蛇を倒せたのだから自分はついにAランクに昇格できるなんて喜んでいたのだが、そんな気持ちはもう吹き飛んでしまっている。
そこに、凄い騒ぎに驚いてやってきた屯田兵たちが集まってきた。
「お、おい! 凄い音がしたと思ったら嘆きの沼がなくなってるぞ!」
「やった、これでモンスターに困らされることもなくなる!」
死体を拾っていたアキトは、集まってきた人たちに説明する。
「グラントさんが、大水蛇を倒したんですよ」
「おお、なんとグラントが!」
「そうか。こいつ、ついにやりやがったのか。いつかAランクの英雄になるって言ってたもんな!」
さっきの大洪水を見ていない兵士たちは、グラントが大水蛇を倒したから沼が消えたと勘違いしているようだ。
騒がれたくないアキトとしては、好都合である。
「い、いや俺はアキトさんを手伝っただけで、なにも……」
「ハハッ、謙遜するなよ。俺たちの村から英雄が出て、こんなに嬉しいことはない。もちろん、一緒に戦ってくれたアキトさんにも礼を言わなきゃなあ」
この開拓地出身のグラントが大水蛇殺しの英雄になったと、この辺境の地の兵士たちは大喜びだ。
「グラントさんが大水蛇にとどめを刺したことには変わりないんですから、称賛を受けておいたらどうですか」
「あ、ああ。アキトさんがそう言うなら」
兵士たちは見てないので気がついていないが、アキトの戦果は大水蛇退治どころの騒ぎではないのだ。
もはや、そんな手柄は小さい問題だった。
アキトが笑って「これでAランクですね」と言うのに、グラントは神妙な顔で頷く。
それすらも、想像を絶する最強を知った今のグラントにとっては小さいことだった。
期せずして、グラントがなくしたいと言っていた驕りは、アキトの起こした大洪水とともに完全に押し流されていってしまったのだ。





