26.召喚者、肥沃の湿地に行く
アキトが冒険者ギルドから肥沃の湿地に向かおうとすると、後ろから大剣を背負った剣士が追いかけてきた。
「待ってくれ竜殺しのアキト!」
「あなたは、えっと……グラントさん」
覚えていてくれたかと、グラントは嬉しそうな顔をする。
アキトとしても、冒険者ギルドのテストの時にいきなり斬りかかられたんだから、あのインパクトは忘れられない。
「アキト、いやアキトさん! あの時はすまなかった。俺がバカだった、いろいろと思い上がっていた!」
グラントは、巨体を縮こまらせるように小さくなり、深々と頭を下げる。
あの後アキトの活躍ぶりを聞いて、自分はこれまで何をやっていたのかと反省したそうだ。
「そうですか、あんまり気にしないでください」
アキトとしてはそもそも怒ってもいないので、すぐに謝罪を受け入れる。
「肥沃の湿地まで行くんだろう。罪滅ぼしと言ってはなんだが、俺も一緒の依頼を受けたんだ、ぜひ案内させてくれ」
「お気持ちは嬉しいんですが、俺は一人で戦うって決めているので」
アキトをパーティーに誘いたい人もいるようなのだが、いまのところ断っている。
「いやいや、そうじゃない。俺も一人なんだ」
「えっ、それはどういうことでしょう」
道すがら、アキトはグラントの話を聞く。
グラントはあの後入院していて、出てきたら入っていたパーティーから追放されたそうだ。
アキトの評判が上がる一方で、下がった人もいたということだ。
別にアキトに責任があったわけではないのだが、あの事件をきっかけにグラントがパーティーから追い出されたと聞くと、ちょっと可哀想にもなる。
「それこそ気にしないでくれ。いい機会だったのかもしれない。俺も自分を見つめ直す時間が必要だから」
「そうですか」
「アキトさんがソロでやってるのは知ってる。もちろん邪魔するつもりはないんだが、もし良かったら今日一緒に行動して、いろいろと学ばせてもらえないだろうか」
「そういうことでしたら構いませんよ」
ただ、学ぶといっても自分は初心者なんだがとアキトは首をかしげる。
よく知らないが、むしろベテラン冒険者はグラントの方じゃないだろうか。
「俺もあんたを見習って、今後はソロで活動するつもりなんだ。誰にも甘えずにたった一人で強敵と立ち向かう。そうやって自分を常に厳しい環境においてこそ、冒険者として鍛えられるってことだろ」
アキトは、ただ他人と合わせるのが面倒だから一人で冒険しているだけだ。
「いや、そういうことではないんですが」
そう言いながら、アキトは馴染みの森を通るついでに道端で薬草を採取している。
「それは、一体何をやっているんだ」
「ああ、薬草を採ってるんですよ」
回復スライムの餌にしようと思っているのだ。
「これが薬草なのか? 初めて見た」
「冒険者なのに薬草採取をしないんですか?」
初心者クエストの定番だと思うのだが、やらない人もいるのかとアキトは思う。
「俺は、薬草と雑草の見分けもつかない。そうか、こういうことか。俺は自分の力に驕って、こんな基本的なことすらわかっていなかった!」
「いやそんな大したことじゃないと思うんですが」
アキトとしては、鑑定スキルを持ってるから見分けやすいし自分が楽しいからやっているだけなのだけど。
「ぜひ俺にも薬草の見分け方を勉強させてくれ! 採取を手伝わせて欲しい」
「そうですか。できるだけ多くあったほうがいいので、手伝ってくれるのは助かります。この形の青い葉っぱを摘んでください」
Bランクの剣士だというのに、変わった人だなあとアキトは苦笑する。
それを言うならアキトも変わっているということになるのだが、それには本人はまったく気がついていない。
「そうか。俺は前に進もうと急ぎすぎて、自分の足元を見てなかったんだ。早くも一つ俺に足りなかったところを発見したぞ。さすがアキトさんだ」
薬草を摘みながらブツブツとつぶやいて、哲学的思考にふけりだすグラント。
一体どうしちゃったんだろうなこの人と、アキトは心配になる。
「別に剣士が薬草の見分け方を知らなくても大丈夫だと思うんですが」
「アキトさんの言いたいことはわかる。一人で厳しい戦いをする際に、こういうサバイバル知識が生死を分けることもある。そう言いたいんだろ?」
「いえ、普通に必要があるから採ってるだけなんですが……」
「派手な活躍ぶりの影で、こうして地味な努力を欠かさない。こう言っちゃ恥ずかしいんだが、俺はお前の飾らない生き方にちょっと憧れている」
どうも最近評判が独り歩きして、勘違されちゃってるみたいだなあとアキトは思う。
まあ、これもいい機会かもしれない。
グラントは名前の通ったBランクの剣士だし、今日一日一緒に行動すれば普通の冒険をやっているだけだとわかってもらえるはずだとアキトは考える。
そうこう言っているうちに、馴染みの森を抜けて肥沃の湿地へとたどり着いた。
多くの人が、えっちらおっちらと土を運んだりして、忙しく働いてる。
開拓村が出来ており、どうやら湿地を干拓して農地に変える作業をやっているようだとわかる。
だが、それを妨害するモンスターがやってくる。
「グラント、あれは大丈夫なのか?」
農民や作業員が、巨大なカエルに襲われている。あれがジャイアントフロッグってやつだろう。
黙って傍観している場合ではない。
「心配ない。ここにいる開拓者は、みんな兵士としての訓練も受けている」
「なるほど、屯田兵ってやつですか」
屯田兵とは、開拓と戦闘を同時に行う兵士だ。
すぐさま、鍬を槍や弓に持ち替えて戦い始めた。
なるほど、これならそんなに心配はいらない。
「ここの兵士は、ぬくぬくと王都で暮らしてる騎士よりもずっと粘り強いぞ。なにせ、俺もここの出身だからな」
「なるほど、そうだったんですか」
グラントの家も、ここでずっと干拓をやっている兵士の家系だったそうだ。
「立派な冒険者になって、Aランクの英雄になってみんなに自慢したい。それが俺の長年の夢だったのだが……」
これまでがむしゃらに上を目指してきたグラントだが、アキトに手ひどく破れたことで、自分の生き方を見つめ直すようになった。
「立派な冒険者になる。素敵な夢じゃないですか」
「そう思うか?」
「俺だって冒険者をやってて楽しいですし、そう思いますよ」
「そうか、アキトさんもそうなのか。そういえば、俺が立派な冒険者になろうと思ったのもこの干拓を邪魔している大水蛇を倒すのを目標にしてたからだと思いだしたよ」
これまで、いろんな試験をクリアしたグラントは、大水蛇やワイルドドラゴンのようなAクラスのモンスターを倒せばAランク昇格が確定していた。
でも、冒険者になった頃はそんなことを考えて戦っていたのではないはずだ。
自分がそんな英雄になれば、辛い環境に置かれている開拓地の仲間を助けることができる。
グラントはそんな志を抱いて冒険者になったのに、いつの間にか力の弱い者を見下して、自分の評判ばかり考える小さな男になっていた。
そんなバカ野郎が失態を冒せば、そりゃパーティーからも追い出されるはずだとグラントは気がつく。
「大水蛇を倒すですか、手頃な目標ですね。今日はそれを目指してみましょうか」
そう言われて、アキトは冗談を言っているのだろうとグラントは笑う。
いきなり嘆きの沼のボスである大水蛇を倒すとか言われても実感がわかないのだが、目標は高いほうが燃えるというものだ。
「ハハッ、そいつはいいな。俺はどっかで、自分が手柄を立てて英雄になることばかり考えすぎていたか。また一つアキトさんに教えてもらった」
「いや、そんな話はしてないんですが……」
「さすがはアキトさんだ。よし、故郷のために大水蛇退治を目指して頑張るぞ!」
「じゃあやってみましょうか。それには、まずは沼の周りのモンスターを一掃しないとですね。テトラ! スライン!」
雑魚を倒さなければ、大水蛇も出てこないだろう。
アキトは、自分の従魔たちを召喚して戦闘準備した。
「おまかせなのだ!」
「あるじさま、私に秘策ありです!」
グラントは、「うぉおおお」と掛け声を上げて、迫り来るジャイアントフロッグの群れへと飛び込んでいった。





