16.勇者パーティー、ドラゴンを逃す
姫聖女ソフィアは、頭を抱えていた。
王国最強の聖騎士、聖槍のクリスティナなどサポートメンバーを充実させて、勇者の訓練にワイルドの谷を訪れたのだが、結果は酷い有様だった。
「うははは、俺すごいっしょ!」
「タケヒト様。ですから、説明しているようにきちんと連携してください!」
召喚勇者である獅子王丸タケヒトの戦いっぷりは酷いものであった。
確かに、勇者だけが装備できる聖剣クラウ・ソラスの威力はかなりのものがある。
きちんと連携して確実にヒットさせれば、ワイルド谷の最強生物であるワイルドドラゴンでも倒せる実力を持っているのだ。
だが、それはきちっと連携できればの話だ。
初めての冒険に興奮したタケヒトは、勝手に独断専行する。
無茶苦茶に剣を振り回して、モンスターの群れを崩して味方を危機に晒すなど、目を覆いたくなるような酷い戦いっぷりであった。
どんなに強い力でも、きちっと制御して使わないと周りに迷惑なのだ。
勇者タケヒトの最初の冒険は、明らかな失敗に終わった。
「ソフィア殿下!」
「なんでしょう……」
王都の城に帰ってから聖騎士クリスティナが、白い額に青筋が立つのが見えるぐらい怒りの形相でソフィアのところに駆け込んでくる。
「なんなんですか、あの勇者は! 私の頭を撫でたんですよ!」
「ああ、そういうことしてきますよね」
勇者タケヒトは、ソフィアの頭にもやたら触れようとしてくる。
正直、気分が悪い。
「無礼にも程があります。どういう教育をされているんですか!」
クリスティナは、聖騎士でもあるがメクレンブルク伯爵家の令嬢なのだ。
恋人でもないのに、貴族の娘の頭にみだりに手を触れるなど、その場で殺されてもおかしくない侮辱である。
「タケヒト様は、こちらの人間ではないのでそういうリムレス貴族のマナーがわからないんですよ」
「そういうレベルではありません。あいつ、私の頭を撫でたあと、それを咎めたらなんと言ったと思うんですか」
「なんでしょう」
ソフィアは、聞かなくてもだいたいわかってるけど。
「リサや、ユリだったら喜んだのに、って言ったんですよ!」
「最低ですよね……」
そういう時に他の女の名前を出す無神経さは、住む世界の違いとかそういう話ではない。
自分は女にモテるから、何やっても喜ぶだろうって見下した態度が問題なのだ。
「まったく王命でなければ、決闘を申し込んであの高慢ちきな鼻をへし折ってやるところですよ」
心情的にはソフィアも賛成であるが、さすがに自分たちの都合で喚び出した勇者にそんな仕打ちはできない。
クリスティナにはちょっと言えないが、勇者タケヒトは美麗な姫聖女であるソフィアに対してしつこかったので、同じほど美しい銀髪碧眼の戦乙女であるクリスティナが来てくれて負担が減ってよかったとすら思っている。
「私たちでは、勇者には文句を言いづらいですよね。アキト様がいてくだされば、大人の男性でしたから、きっとたしなめてくださったんでしょうけど」
「ソフィア殿下は、そのアキトという異世界の召喚師を大変買っておられますね」
クリスティナは、アキトとかいう人物は召喚師だったので、勇者としての素質がないと城を放逐したと聞かされたのだが。
「アキト様は、タケヒト様よりも大人で落ち着いていて、実力をお持ちの方ですよ」
「そうなんですか。そんな人がいたなら、なんで王は放逐してしまったんでしょうか」
「それは……」
小心者である父王ラウールが、その力の強大さを恐れて放逐してしまったとはなかなか言えないソフィアである。
「おっと、そんな事より勇者が手負いのまま逃してしまったワイルドドラゴンの問題ですよ。もし、王都近くまで飛んできたら大変なことになります!」
手負いのドラゴンは、凶暴化してより危険性が増す。
王都でなくても、近隣の住民に大きな被害がでる可能性が高い。
民を守るのが役割の聖騎士クリスティナは、それも早急に対処しなければならないと、相談しに来たのだ。
「それでしたら、先ほど冒険者ギルドより報告があり、馴染みの森でドラゴンが倒されたそうです。おそらく、勇者が逃したドラゴンかと」
「ドラゴンを倒した冒険者がいるのですか。それは誰です?」
そんな強力な冒険者パーティーがこの王都にいるなら、ぜひ名前を知っておきたいとクリスティナが尋ねる。
「それが、私も聞いて驚きました。アキト様が一人で倒されたそうなんですよ」
「手負いとは言え、ワイルドドラゴンを一人でですか?」
うーむと考え込むクリスティナ。
「冒険者として登録されているそうです。せめて勇者としてではなくとも、冒険者として私たちに協力してくれないか今依頼を出しているところなんです」
「なるほど、ソフィア殿下がアキトという異世界召喚師に固執する理由がわかりました」
ワイルドドラゴンの問題が片付いたので、クリスティナも肩の荷が下りた。
アキトが助けてくれればいいなと、二人で頷きあう。
「おーい、ソフィア! クリスティナ! ちょっといい!」
勇者タケヒトの声が廊下から聞こえてきた。
本来なら、勇者のサポートであるソフィアたちが対応しなければならないところだが……。
「どうします、ソフィア殿下」
「しばらく聞こえない振りをして、お茶にしましょう。少しは休憩しないとやってられません」
ソフィアとクリスティナは、こっそり二人でお茶をしてお菓子をつまみ休憩を入れるのだった。
ドラゴンが飛来した原因





