楼の仕事 前編
伊島楼がクラスに加わり、唯一クラスでたった一人だった女子が二人になった。
これによりマリアは積極的に楼と仲良くなろうとするが、楼はマリアと慣れ合うつもりはない
と冷たい態度を取っていた。これで話しかけてこなくなるだろうと思いきや、マリアはめげずに
休み時間に入るとすぐに楼の席へ足を運び、彼女に話しかける。17日から始まって、18・1
9・20日…と続けてきたが、23日、月曜日…楼は学校へ来なくなってしまった。
「どうしましょう…私のせいで」
25日、水曜日になっても楼は学校へ来ていなかった。マリアは自分のせいで楼が登校拒否に
なってしまったのではと思い込んでしまう。
「マリアちゃんのせいなんかじゃないよ。悪いのは伊島さんじゃない」
月冴は楼のことなど全く心配していなかった。
むしろ彼女がいない方が良いとすら思っているが、幸磨とマリアの前でそんなことは口にしない。
炎樹にしても、彼と同意見である。
「いいえ。私が…私がしつこく彼女に話しかけてしまったから…」
「かっ、風邪かもしれないよ。先生も体調不良でお休みだって言ってたし…そう、きっと風邪の
せいだよ」
マリアの悲しい顔をこれ以上見てられなかった幸磨は、必死に風邪のせいにする。
担任から体調不良で欠席という話は事実だが、それが風邪なのかは正直不明だ。
けれど、このままじゃいけないと彼がとっさに思いついたのが、風邪だったのだ。
人は大切な物を守るためなら、どんな手段を使ってもそれを必死に守ろうとする。
そう…どんな手段を使ってもだ。
「風邪…ですか。…そうですね。たまたま偶然が重なっただけかもしれません。伊島さんが
早く元気になるように…私、祈りますね」
マリアは笑顔で三人にそう伝えると、それ以降は楼の話題を口にすることはなかった。
その日の授業が終わった後、幸磨・月冴の二人は駅までの道のりを喋りながら歩いている。
いつもなら炎樹も一緒だが、彼は宿題のプリントを忘れたペナルティーとして学校に居残り
となってしまった。炎樹には悪いと思いつつも、用事もないのに学校に残ることは出来ないと
二人は彼を置いて先に帰るしかなかった。
「炎樹君、プリント忘れで先生に怒られてたね」
「一回はともかく五回も忘れちゃったんだから、そりゃあ先生も怒るでしょ」
「忘れすぎだね」
「まぁ…こればかりはあいつの自業自得だな。環境に慣れてもらうしかないだろうし、俺が
言ってもたぶん無理だろうから」
「月冴君、一回も忘れ物したことないもんね。すごいよ」
「えっ…いや、全然すごいことなんかないって。普通だから」
常に自分の物はいかなる時でも使えるようにしておけ。
忘れるな。自分の身は自分で守れ!
この教訓により、現時点で学校での忘れ物をしていないだなんて…幸磨には絶対に言えない
月冴だった。
そう話しているうちに二人は駅へと到着するのだが、改札を通ってホームへ入ると幸磨が
見覚えのある少女の姿を捉えた。
「ねぇ、あれって伊島さんじゃない?」
「えっ?どこ?」
「ほらっ、あそこ」
幸磨が指差した場所は二人がいるホームの隣。希愛中学の女子制服を着て電車が来るのを待っ
ていた。
「あいつ、何やってるんだ?」
「僕、ちょっと行って聞いてくるよ」
「えっ!?待って、こう君。俺も行くから」
二人は階段を使って下り、楼がいるホームへ階段を駆け上がる。
「伊島さん」
声をかけたのは幸磨だった。
月冴は彼の隣にいて、楼を睨みつける。
だが、楼はそんなこと全く気にもせず、二人に「やっと来たか」と答えるだけ。
まるで二人が自分の元へ来るのを待っていたかのような口ぶりだった。
「お前元気そうだけど、こんなところで何してんだよ?」
月冴は楼に皮肉交じりに質問する。
「好きで休んでるわけじゃない。ある仕事で学校に行けなかっただけだ」
「仕事?」
「これから最後の仕上げに取り掛かるところだ。明日には学校へ行くから安心しろ」
「…んだよそれ」
月冴と楼は幸磨の低い声に一瞬目を見開く。
そして彼の口から怒りの声が飛び出す。
「何の仕事してるかは知らないけど…そんなことでマリアちゃんを悲しませんなよっ!彼女が
どれだけ自分を責めたか…どれだけお前のこと心配してたか分かってるのかっ!」
駅のホームに彼の声が響き渡る。
突然怒声を挙げる少年に人々の目線が一気に集中するのを、三人は全く知らない。
それを聞いた楼は、深いため息をついて「分かってないのは、お前だよ」と幸磨に言い放つ。
「なっ…」
「宇治川マリアのことを、お前は何も分かってない。あいつは……」
楼がその先を言いかけると、タイミング良く回送列車が通過するとアナウンスが流れた。
アナウンス終了後、回送列車が彼女達のいるホームを勢いよく通過し、言いかけた言葉は
かき消される。これも計算されたことなのかは…彼女自身にしか分からない。
「自分がやってる仕事がどんなものか、この目で見てみたくはないか?」
「えっ…?」
「そしたら、お前の見解も変わるかもしれないぞ。仕事に対する見解がな」
幸磨と月冴は、子機に連絡を入れて楼についていくことを決めた。
電車で3駅目の所で降り、徒歩30分歩いてようやくたどり着いたのはとある住宅街の一軒家。
楼は家の呼び鈴を押すと、中から30代の女性が出てきた。
「こんばんわ。今日は助っ人を連れてきました」
「「助っ人!?」」
何のことだか訳が分からなかったが、楼と女性だけで話が成立すると二人も家の中へと招かれ
ることに。通されたのは二階の子供部屋で女性が扉を開けて三人は中へ入る。
するとそこにはベッドでぐっすり眠っている少年の姿があった。
「こっ、これは…いったい」
寝る時間にしてはまだ早すぎるだろうと、幸磨はベッドに置かれたアナログ時計で確認する。
月冴は眠っている少年を見た後、なぜか部屋の周囲を窺っていた。
「先週の金曜日。この少年は学校から家に帰って、ご飯を食べて風呂に入り、夜10時には
就寝した。ところが翌日の土曜日、9時になっても起きてこないので母親が息子を起こしに部屋
に入ると……こうなっていたらしい」
「何度揺すって声を掛けても起きないんです。お医者さんに見せても原因は全く分からないっ
て言われてしまって……主人も私もどうしたらいいのかっ」
「大丈夫です。息子さんは必ず眠りから覚ましてみせます」
「覚ますって、伊島さん…どうやって?」
「それを今から実践する。彼を救うためにお前達の力が必要だ」
この後、幸磨と月冴は楼の指示に従い、少年を眠りから覚ますための救出作戦へと出動するこ
とになったのだった。