幼馴染・東炎樹
4月10日、火曜日。
昨日は寝坊して遅刻寸前となってしまった幸磨と月冴だったが、今日は時間通りに起床する。
子機03は二人が起きたことを密かに確認後、何事もなかったかのように二人分の朝食を作って
待っていた。
「おはよう、お母さん」
「おはよう」
一番最初に月冴、その次に幸磨が朝の挨拶をした後、子機も『おはよう』と返した。
『今日はちゃんと起きれたようで安心したわ』
「あははっ。まぁね~」
「ふぁ~あ。…眠たい」
寝坊対策として昨日は早く就寝した二人。
だが、育った環境・個人差のせいか、幸磨の方はまだ眠たいご様子。
朝食はトースト・牛乳で月冴はあっという間にたいらげたが、幸磨はまだ牛乳しか飲んでいない。
『ほら、ゆっくりしてないでさっさと食べないとまた遅刻するわよ』
幸磨の食べるスピードがあまりにも遅いので、子機が注意する。
その後に月冴が幸磨のトーストを奪って、「こう君、食べないなら俺が貰っちゃうよ~?」と
口を大きく開けてみせる。
するとその瞬間、「うわっ、だめー!!!!!」と、幸磨は月冴から自分のトーストを奪い返す。
そして、月冴に食べられないように急いでトーストを自分の腹の中に入れたのだった。
『もう~遊んでないで、早く学校へ行きなさい』
「はぁーい。ごちそうさまでした」
「ごっ、ごちそうさまでした」
月冴と幸磨はその後、子機に玄関まで見送られて学校へと出かけた。
二人が家を出て子機は朝食の後片付けをしに台所へと戻って行ったのだった。
希愛中学校へ到着してすぐのこと。
二人が学校の中へ入ろうとした時、「月冴」と誰かが声を掛けてきた。
自分の名前を呼ばれて月冴は足を止め、声の主の方へ顔を向けるとそこには彼にとって懐かし
い人物が爽やかな顔でこちらを見ていた。
月冴の中で一瞬時間が緩やかに感じられたが、それは今自分が見ている光景が幻視ではないか
と思ったから。しかし、そんな都合良くそんなものが見れるわけがないと正気を取り戻す。
「炎樹…なのか?」
月冴は彼の名を口にするも、それでもまだ信じられない様子だった。
それを隣で黙って見ていた幸磨が恐る恐る「えっと…月冴君の…知り合い?」と二人を左右見
ながら尋ねる。
この問いに月冴は「あぁ…えっと…こいつは」と、なぜか戸惑いを見せた。
普段見られない彼の焦りに不可解な面持ちで見る幸磨に炎樹が助け舟を出すために近づく。
「初めまして、東炎樹です。月冴とは子供の頃からの付き合いなんだ。よろしく」
炎樹は名前を名乗りると、月冴との関係を子供の頃からの付き合いだと説明する。
そして、自らの右手を幸磨に差し出し、彼に握手を求めた。
「みっ…菊馬幸磨です」
幸磨は危うく苗字を間違えそうになったが、途中で名乗り直して炎樹と握手を交わした。
「おい炎樹、なんでお前がここにいるんだよっ」
握手を終えてすぐ月冴が眉間にしわを寄せて炎樹に突っかかってくる。
それに対して炎樹は「何でって、俺もこの学校に通うんだよ」と爽やかな顔で月冴に答える。
だが、それは聞かなくても希愛中学の制服を着ていれば誰にでも分かることだった。
「はぁっ!?そんな話、俺は聞いてないぞ!?」
月冴は訳が分からないと両手で頭を抱えていると、幸磨が「まぁまぁ」と宥める。
「そんなことより、早く教室へ行こうぜ。登校初日から遅刻とか格好がつかないだろ」
炎樹にとっては今日が登校初日でも、二人からすれば初日どころか入学式のスタート時点で
かなりの大遅刻で既に面目丸つぶれである。
その後、炎樹とは職員室で別れ、二人は自分達の教室へと足を運んだ。
「おはようございます。月冴君、こう君」
「おはよう、マリアちゃん。今日も可愛いね」
「おっ、おはよう」
マリアに挨拶を交わした後、二人は自分の机に鞄を置きに行く。
「月冴君、どうしたんですか?なんだかいつもより元気が…」
「あぁ…ちょっとね」
「月冴~ただいま~」
マリアと話しているタイミングで炎樹が教室の中へと入って来た。
これに月冴は「炎樹っ!?」と過剰に反応し、彼に詰め寄る。
「なんでここに来てんだよ、お前」
「職員室に行ったらここのクラスだって聞いたからだよ」
「はぁっ!?なんで?」
「月冴君、落ち着いて。マリアちゃんが怖がっちゃうよ」
幸磨の言葉に月冴は我に戻って、マリアを見た。
だが、見たところ怖がっているようには見えなかったが、それでも月冴は「ごめん」と素直に
謝罪する。
「いえ、大丈夫ですよ。月冴君のお知り合いなんですか?」
「初めまして、東炎樹です。月冴とは子供の頃からの付き合いで」
「まぁ、そうなんですか。宇治川マリアです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
マリアとの自己紹介を終えると、炎樹は月冴に話があると言って鞄を空いている机の上に置く
と、月冴を使って人気のない一階の技術室・コンピューター室前・廊下へと案内した。
「お前、いつ戻って来たんだよ」
「昨日の夜だ。修行から戻ってきて早々に、父から希愛中学へ行けと言われて俺はここへ来た」
「とっ…あの人がどうしてそんなことを」
「分からない。けど、お前が今してることと似たようなものだと俺は思ってるよ」
月冴が今していること。具体的ではなかったが、言葉は間違ってはいない。
それを理解して月冴は炎樹に「これからどうするつもりだ?」と深刻な顔で尋ねる。
「そうだなぁ…とりあえず、ここで東炎樹として中学校生活を楽しもうかな」
だが、炎樹は呑気な発言に月冴は開いた口が塞がらなかった。
「はああっ!?なんだよそれ」
「今までずっとあそこで暮らしてきた俺にとって、外の世界は未知。父の命令とはいえ、これ
を機会に中学生と言うものを学んで…彼ともお近づきになろうと思う」
最後のセリフだけ、なぜか真剣な顔で答える炎樹。
それに月冴は炎樹が冗談ではなく本気であると推測する。
「菊馬幸磨君…か。菊馬…ねぇ」
炎樹はにやりと怪しげな笑みを浮かべた後、月冴と一緒に幸磨とマリアがいる教室へと戻って
行った。
その日のHRは炎樹と出席者三名による自己紹介から始まったが、それでもまだ空席は埋まらず、
彼らのクラスは寂しいままだった。
授業が始まってすぐに炎樹が教科書を忘れたと言い出して、月冴が嫌々ながらも彼の机とくっつ
けて教科書を見せ合うことに。だが、その後も教科書を忘れたと言って月冴が継続的に教科書を見
せることになってしまい、最初から最後まで彼にとって散々な一日だった。
「月冴、今日は本当にごめん」
「ごめんで済まされる問題じゃないぞ。全部教科書忘れやがって」
彼の鞄を調べたところ、中には筆記用具・ノートしかなく、教科書類は一冊も入っていなかった。
「まぁまぁ。時間割表も貰ったんだし、明日は大丈夫だよ」
「こう君は優しいなぁ~。月冴とは大違いだよ」
「炎樹、お前なぁ…」
「あっ、そうだ。二人共、この後何か予定ある?」
炎樹が二人にそう尋ねると、月冴は幸磨を自分の方へと寄せて「俺達は帰るよ。だって一緒に
住んでるから」と意地悪な口調で炎樹に言う。
「ちょっと、月冴君。やめてよ」
「いいじゃん。俺達仲良しでしょ?」
「そうだけど…近いってば」
スキンシップはほどほどにしてほしいと幸磨は思う。
だがそれを伝えても月冴は面白がるだけである。
「そういえば、そうだったな。…だったら、二人の家にお邪魔させてもらおうかな?」
「はぁっ!?ダメに決まってるだろ」
炎樹のお宅訪問発言に月冴は幸磨から離れて抗議する。
「なんで?二人暮らしなんだろ?」
「そうだけど、なんで炎樹が家に来るんだよ」
「二人がどんな家に住んでるのか気になってね。もしかして、見られちゃまずいものでもあるの
か?」
「あっ、あるわけないだろっ!そんなもん」
思春期真っ只中の時期、親に見られると恥ずかしいものもあるお年頃。
しかし、この二人には見られて行けないものは今のところ存在しない。
それはそれである意味寂しい気持ちになってしまう。
「じゃあ、決まりだ。二人の家にお邪魔しまーす」
月冴の抗議は無駄に終わり、この日の授業が終わった後、三人は一緒に帰ることになった。
学校を出ると今にも雨が降りそうな曇り空で三人は駅まで急いで走ることにした。
三人は傘を持っておらず、雨が降る前に早く駅まで辿り着こうと炎樹の提案で通学路から外れた
近道を通って行ったのだった。
しかし、いざ全力で走ろうとすると雲泥の差がはっきりと分かってしまう。
「ちょっと二人共、急いで!」
「まっ、待ってよぉ」
「月冴は遠慮ってものを知らないよね。相変わらず」
この中で一番足が速いのは、月冴。そのスピードは明らかに人間離れしていることは一目瞭然
だった。一方で残りの二人は全く運動していないせいか中学一年生男子の平均以下でかなり遅い。
「あーもうっ!なんでそんなに遅いのさ!」
月冴がそう喚くと、走って来た道を全速力で引き返す。
だが、月冴は二人の後ろを通過して、民家の外壁に隠れている不審者を逃げる間も与えずに
ノックアウトさせた。
不審者が気絶したことを確認すると、月冴は炎樹に振り返る。
「ごめんね。いらないものが付いてきちゃったみたいだ」
「まったく…こんな所まで追っかけてくるなんて、しつこい連中だな」
炎樹は不審者が自分の後を追って学校まで来ていることに気づいていた。
そのため、わざと月冴・幸磨に近道ようと提案して、月冴に不審者を倒させたのだった。
「他にもまだいるんじゃないか?」
「いや、仲間がいるならこんな所に隠れはしないだろう」
「そりゃあ、そうか。見た感じ素人丸だしだったしな」
その後、三人は学校まで引き返して担任教師に報告。不審者は通報を受けて駆けつけた警察官に
よって逮捕された。
三人の事情聴取は学校側の配慮により、教室で行われ全員の聴取が終わって帰宅する頃には17
時を過ぎていた。
「お母さん、ただいま」
「ただいま」
玄関扉を開けてわずか数秒。
子機03が台所から駆けつけて『お帰りなさい。二人共、大丈夫だった?怪我は?』と
二人の身体をセンサーでチェックする。
「大丈夫。無傷だよ」
「月冴君がやっつけてくれたから、怪我してないよ」
『そう…良かった』
聴取が始まる前、二人は自宅にいる子機03を心配させないようにと学校の電話を使って
帰りが遅くなると連絡を入れていた。本来なら二人を学校まで迎えに行きたかった子機だった
が、自分が家を離れるわけにはいかなかったため、大人しく家の中で二人が無事に帰ってくる
のを待っていた。ちなみに二人は聴取が終わった後、担任教師が車で家の近くまで送ってもら
ったので子機が迎えに行く必要はなかった。
『お腹空いたでしょ?ご飯温めるから、着替えていらっしゃい』
「はーい。行こう、こう君」
「うん」
その日の晩御飯はチャーハンとかきたま汁で、二人はお腹いっぱいになった後、自分の部屋で
ぐっすりと眠りについたのであった。