11話 私、飛んでる
お久しぶりです。
ベルーカが、悪魔になってしまった。
…もしくは、ベルーカが元々悪魔だった。
もしくは、ベルーカがドロドロっと消えて、悪魔が現れた?
とにかく、私の目の前には今、褐色の肌に、赤毛から山羊みたいな大きな真っ黒な角がのぞく、背中から艶々した蝙蝠の翼の生えた、黄金の瞳の悪魔が立っている。
ちなみに服装は、ベルーカと同じフェルラーン王国侍女に支給されているクラシカルなメイド服だ。
悪魔なんて、漫画やアニメでしか見たことないけど、今私の目の前にいる存在は間違いなく、悪魔と呼ばれるものだと思う。比喩でも何でもなく。
頭と背中にあんなに付属品つけてる人なんて悪魔と表現するしかないじゃん。
「サキ様、これが本当の私です。」
美しい悪魔が、ベルーカそっくりの声音で言った。その黄金の双眸は真っ直ぐに私に向けられている。
「えっと………
……どなたですか?」
目の前で起きた事実に、半ば現実逃避気味にそう口に出すと、その美しい悪魔は、きょとんとした顔になり、そしてクスリと笑った。
「…申し遅れました。私はルベールカ。“傲慢の悪魔” ルベールカ・レア・ガルガレオンと申します。
ですが今の私は、サキ様の侍女のベルーカです。」
「やっぱり、ベルーカ?」
「はい。ベルーカですよ。」
そう言って微笑む姿は、ベルーカのいつもの優しい微笑みと同じものだった。
いきなり悪魔っぽい姿に変身したり、本名がルベールカなんとかだったりと、ツッコミどころしかないしまだ理解は完全に追いついてません。だけどこの美しい悪魔は、ベルーカなんだ。
…そう妙に納得させられる微笑みだった。
「…この宮殿に魔族の侵入を許してしまうとは、不覚でした。
傲慢の悪魔…魔王に次ぐ魔力を持つという七悪魔。
その一柱である貴女が、なぜこんなところに。」
シアンさんが明らかに警戒を強めた口調で言った。
「魔王様の命により、魔王様の大切なお客人がこの国に忘れたとあるモノを引き取りに参りました。初めはそれだけが目的だったのですが、今は少々事情が変わったのです。サキ様のことも返して頂きます。」
そこまで言うとベルーカは私の方を振り返り、トン、と指で鳥籠の錠前を突く。とたんに、パキンと音を立てて錠前が砕け落ちる。扉は開かれ、ベルーカの手が私へと伸ばされた。
私は、迷わずその手を取った。
「結婚して下さい。(ありがとう!)」
「え?」
「いえ何にも!」
あ、危ねえ〜!心の声と発言が逆だった。でも仕方ないと思う。すごくシリアスな雰囲気だったのに申し訳ないけどもう限界だ!なんなの?この乙女の夢的な展開?ピンチを救ってくれたイケメン(ただし女性)の正体が美形の悪魔で、手を取って引き寄せられて、とか少女漫画みたいな展開がまさか自分の身に起こるとは。
もう私、あの王女とシアンさんへの恐怖よりもベルーカへのときめきの方が上回っちゃってますよどうしよう。まだ手繋いでくれてるけどあああ手、汗ばんでて恥ずかしい…なんかすごく意識しちゃうんだけども!
「サキ様!こちらへ!」
「わっ」
ベルーカの声で現実に引き戻される。同時に、グイとベルーカの腕の中へ引き寄せられた。わわわ…これ以上は身が持たない…!と思ったのもつかの間、私が先ほどまでいた場所に激しい稲妻が叩き込まれ、焼き切れたような溝がついた。
「ひえええええ……」
怖すぎてめちゃくちゃ情けない声が出てしまったよ。何これ、当たってたら真っ二つだよ。
「サキ様まで殺す気ですか?」
「滅相も無い。サキ殿は生け捕りでないと意味がありません。ですが今の攻撃を回避するとはさすがですね。」
シアンさんの手には伝説の武器、勇者の魔法剣が握られている。
で、出たー!なんかすごい物騒な名前の技出せる剣!
バチバチと帯電した剣は、少し触れただけで感電死しそうだ。
「ベルーカ、これ、やばい、しぬ」
「ああ、こんなに震えて…お可哀想なサキ様。大丈夫です、サキ様には傷一つつけさせません。私にしっかり捕まって、目をつぶっていて下さい。」
「わ、わかった」
私はベルーカにしがみついて硬く目をつぶった。
あ…目をつぶったら怖さも和らぐかも。
「くらいなさい、ライトニングバスターッ!!」
「当たりませんよ。」
再び、雷の落ちるような音。それと同時に感じる浮遊感。目をつぶってても分かる。私今、飛んでる〜!!
ベルーカは私を抱え、その大きな翼で軽々と飛翔しシアンさんの攻撃をかわした。
そして今度はこちらの番と言わんばかりに、ベルーカの詠唱で何やらすごい衝撃音だのシアンさんの「これほどの魔法が…!?」という声だのが聞こえて来たが私は怖いので目をつぶっていました。ベルーカにしがみつきながら、私は恐怖と不安と、それを大きく上回るベルーカへのドキドキと戦っていた。