第7話
そんなことを千恵子が考えている内にも、画面は変わっている。
「先程は義和団に対してよく戦ってくれた」
柴五郎中佐は、張徳令をねぎらっていた。
「ところで、あなたの銃剣の振るい方。日本の槍術の影響があるとしか思えないが」
柴中佐は、張徳令を探るような目で見ながら尋ねていた。
「はは。そう言っていただけるとは思いもよりませんでした。あくまでも私独自の工夫によるものです」
張徳令は笑いながら答えているが、土方千恵子が画面越しに見る限り、背中に冷や汗をかきながらも平静を装って答えているようにしか見えないものだった。
「いいでしょう。そう言うことにしておきましょうか」
張徳令の答えを聞いて、柴中佐は微笑しながら言った。
「そう言うことにしてください」
張徳令もそう答えた。
千恵子は、そのやり取りを見た瞬間に確信した。
やはり、張徳令はそれなりに名のある日本人の変名なのだ。
では、いったい誰なのだろうか。
千恵子は思考の迷路に陥った。
千恵子が考えている内にも、画面は変わっている。
ナレーションが背景に流れている。
「名目上は英国のマクドナルド公使を指揮官とするものの、事実上は柴五郎中佐を指揮官として、北京城の一角における籠城戦は7月末になっても続いていた。
大砲を持っていない義和団の部隊はともかくとして、大砲を持っている筈の清国軍は籠城部隊に対して、銃撃はともかくとして全く砲撃は浴びせてこない。
籠城部隊の中では、清国軍は砲撃を浴びせることで籠城部隊を殺すことにより、欧米諸国や日本等と完全に敵対関係に入るまでの覚悟が無いのではないか、という推測が流れる有様となっていた。
そして、籠城している各国軍には、乏しいながらも砲弾が確保されており、いよいよという時には砲撃を浴びせることで、攻撃を仕掛けてくる義和団や清国軍を撃退することに成功している。
とは言え、さすがに1月以上の籠城戦の結果、北京城の一角にいる避難民や籠城部隊の面々の間では、確保している食糧や弾薬については底が見えつつあり、籠城戦の行く末に絶望感が広まりつつあった」
「このままではまずい。食料も弾薬も8月末、いや8月20日までには尽きてしまうだろう。幾ら闇で食料や弾薬を購入できるとはいえ、限度がある。それに、籠城している軍人と民間人、更に中国人キリスト教徒の共闘関係もそろそろ限界だ」
柴中佐は呟いていた。
その前には、張徳令が控えており、柴中佐に話しかけている。
「天津には、きっと欧米諸国の軍勢、それに日本の海兵隊が大挙して駆けつけている筈です。私が敵中突破して、現在の苦境を訴えましょう」
「しかし、実際に突破できるのか。そして、できたとして、北京のここまで駆けつけてくれるのか」
柴中佐は躊躇いがちの言葉を発したが、張徳令は言った。
「日本の海兵隊は、サムライの末裔を自任しています。サムライは、自分の言葉に責任を持ち、必ず約束を果たす存在ではありませんか」
ナレーションが流れた。
「柴中佐は、張徳令の言葉に電撃で撃たれた気がした。
そうだ、サムライは約束を基本的に違えない。
北白川宮能久親王殿下、林忠崇提督等々、海兵隊の幹部は今度は必ず駆けつけると自分に約束した」
「そうだ。張の言う通りだ」
柴中佐は落涙しながら言った後、気息を整えていった。
「張。天津にまで行って、現在の苦境を正直に話してくれ。そうすれば、必ず海兵隊は駆けつけてくれる」
「分かりました」
張徳令は笑みを浮かべて言った。
ナレーションが流れた。
「かくして、絶望的な状況下で張徳令は天津に向かうことになった。
たどり着けたとしても、救援軍が動くとは限らない。
そういった状況下で張徳令は北京から天津に向かった」
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