第2話
そう土方千恵子が思っている内に画面は移り変わっていた。
「斎藤大佐。どうかなさいましたか」
「土方副長」
その声と共に嵐寛寿郎演じる斎藤一が列車の席から跳ね起き、敬礼をする。
敬礼を受けた若者、確か田村高廣という名の、阪東妻三郎の長男の俳優が演じる土方勇志大尉が画面上で驚くのが、千恵子にも分かった。
「夢を見ていた。昔の夢をな。君の父上もいた。良い夢でもあり、悪夢でもあった。そして、君が余りにも父上に似ていたから、夢の続きで敬礼してしまった」
「そうでしたか。そんなに私は父に似ていますか。それで、その夢は正夢になりそうな夢でしたか」
「どうかな。義和団事件のことで、急に佐世保から東京に来るように言われて共に行く途中だ。ともかく、東京で何が起こっているのかが分かるだろう」
2人は、画面上で会話をしていた。
千恵子は、ますます斜めに構えて見た。
あれ?
義祖父の土方勇志は、義和団事件勃発の時には東京にいた筈では?
映画とは言え、嘘の描写も程々にすべきではないだろうか。
だが、その一方で想いを巡らさざるを得なかった。
義祖父の土方勇志は、義曽祖父の土方歳三と本当に似ているらしい。
自分自身が、林忠崇侯爵から聞かされた。
「本当に実の父と子とはいえ、あの2人は本当に似ている。自分が酔い過ぎた際に、本当に父の土方歳三提督と間違えて、土方勇志に敬礼してしまったくらいだ」
異母弟の岸総司も言っている。
「養父、祖父(岸三郎提督)から、直接に聞いたのだけど、祖父の伯父の島田魁さんも、斎藤一提督も、それから永倉新八さんらに至るまで、直接に土方歳三提督と土方勇志伯爵双方を知っている人間の殆どが、土方勇志伯爵は父の土方歳三提督と似ている、と言っていたそうだ。父子とはいえ本当に怖ろしい」
それから言うと、この映画の描写も充分にあり得る話か。
次の画面では、東京の海兵本部内に場面は移り変わっていた。
斎藤一、北白川宮能久親王殿下、林忠崇提督、本多幸七郎提督の4人が画面上にはいる。
「北京にいる柴五郎中佐から電報が届いた。今や義和団の集団により、北京にいる外交団は取り囲まれており、更に清国政府まで敵に回って、北京にいる外交団は絶体絶命と言える籠城体制下にある。柴中佐は幼い頃の戊辰戦争の際に会津鶴ヶ城に籠城し、落城の悲哀を味わった。柴中佐を同じ目に遭わせる訳には行かない、と考えるがどう思う」
本多提督が言った。
「名目上とはいえ戊辰戦争の際の盟主だった身として、会津鶴ヶ城を救えなかったのは心残りだった。柴中佐を何としても救わねば。私が総司令官として柴中佐らを救いたい」
北白川宮能久親王殿下が言った。
「私も会津鶴ヶ城を見殺しにしたのは、未だに心残りだ。柴中佐らを救おう」
林提督も言った。
「斎藤一は、夢で見た光景を思い起こした。今こそ、土方歳三副長から託された想いを晴らす時だと」
そうナレーションが流れ終わった後、斎藤一は叫ぶ。
「柴中佐を救う際には、新選組のあの誠の旗を掲げさせてください。あの旗はどこに」
「ここにある。土方提督から、いよいよの時に掲げてほしいという遺言を受けて保管していた」
「何と」
本多提督の言葉に、斎藤一は絶句する。
「斎藤大佐。佐世保鎮守府海兵隊の長として、働いてほしい。なお、佐世保鎮守府海兵隊を、臨時に新選組と呼称することにし、新選組のあの誠の旗を授ける。北京城に誠の旗を掲げてほしい」
本多提督が言った。
「分かりました。必ずや北京に新選組の誠の旗を掲げて見せます。そして、柴中佐らを救って見せます」
斎藤一は叫び、他の3人も肯きながら異口同音に言う。
「自分達も同じ思いだ」
千恵子は想った。
映画とはいえ、すごい光景だ。
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