エピローグ
映画を見終えた後で引っかかるものを感じた土方千恵子は、調べものをすることにした。
千恵子は、義祖父の貴族院議員の土方勇志伯爵の(非常勤の)公設秘書の肩書を持っている。
そして、義祖父は様々な(米内光政元首相等を介した)つながりから、立憲政友会総裁の吉田茂とも私的な交友があり、そのコネから千恵子は吉田茂を、
「吉田のおじ様」
と面と向かって呼べる稀有な存在だった。
そのコネまで駆使して、千恵子は調べものをした。
実際に千恵子が満足できる調査が完了するのには10日程が掛かった。
その成果を持って、千恵子は義祖父の土方伯爵を訪ねた。
「何だか、わしの威光を嵩に着た行動をしたらしいな。誠にけしからん」
千恵子と顔を合わせて早々に、土方伯爵は千恵子を叱った。
だが、目が笑っている。
千恵子も、それに合わせて涼しい顔をしながら言った。
「ちょっとコネを色々と使わせてもらいましたが、報告は行っていた筈です。ところで、あの映画で気になった点について確認してよろしいでしょうか」
「映画で確認すること等あるまいに」
土方伯爵は、そう言いながらも真顔になった。
「原田左之助についてです。あれは事実なのではないですか。正確に言えば、事実が混じっているのでは」
「ほう。何故にそう考える」
「いえ、どうにも心の一部が引っかかってなりませんでした。それで、張徳令について、調べてみました。張徳令が北京から天津への伝令役を務めたことは、公開された欧米諸国からの外交公電の一節で確認が取れました。更に言うなら、張徳令は天津から北京への復命に成功したらしいことも推察できました。北京に籠城していた避難民等の間には、実際の救援前に天津から救援部隊が出撃しているという情報が入っていたそうですね」
千恵子と土方伯爵は、そうやり取りをした後、千恵子は言葉を切った。
「それがどうかしたのか」
土方伯爵は惚けるつもりのようだった。
「日露戦争後に原田左之助の弟の下を、原田左之助と名乗る人物が訪ねて来て、弟は兄として歓待したそうです。その後、妻子の下をその原田左之助は訪ねたのかというと、弟に大変な不義理をしたから妻子に会えないとその男は言い、弟の下を去ったとか。弟の子、甥の懐旧談が載っている新聞記事を見つけました。更に言うなら、妻子は本人なら私達の下を訪ねる筈で偽者だと言ったとも、その新聞記事にありました」
千恵子は追い打ちを掛けるかのように言った。
「ふむ。おもしろい話だな」
土方伯爵は更に惚けた。
千恵子は溜息を吐いて言った。
「更に言うなら、近藤勇の虎徹は、近藤勇の死後、一時は近藤勇の婿養子が持っていたようですが、義和団事件の後に盗難届が出て、それから行方不明です。ですが、近藤勇の遺族がそんなに騒いでいない。不自然極まりない話です」
「ふむ。それで」
土方伯爵は、千恵子を見据えながら言った。
「ここまで言っても惚けられるのなら、どうしようもありません。どうも海兵隊全体がもみ消しに加担しているようですからね。私の力ではここまでです」
千恵子は悟ったように言った。
その答えを聞いた土方伯爵は、千恵子から目をそらし、上を見ながら言った。
「謎は謎のままにしておくのがよい。本当に悪い例えだが、千恵子、お前に腹違いのフランス人の妹がいるとして、その真実を知りたいか」
「いえ。知りたくないですね。本当だとしたらですが。勿論、嘘なのでしょう」
「ああ。嘘だとも」
土方伯爵と千恵子は惚けた会話を交わした。
だが、千恵子は聡い。
その会話で何となく察した。
両方とも真実が混じっている。
「それでは失礼します」
土方伯爵が見守る中、千恵子は黙って涙を零しながら土方伯爵の下を去って行った。
これで完結させます。
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