第19話
「お世話になっていたフランス人のカトリックの宣教師団が天津に行くというので、彼女の主張で、自分と彼女も共に上海から天津へと移動することにした。相変わらずの半その日暮らしだったが、それでもそれなりに生きていけるようになっていき、彼女と家庭を築いた。その頃には、彼女の素性を知った。彼女に打ち明けられた。太平天国の乱での生き残りだと。両親も兄弟姉妹も皆、亡くなったと。それ以上のこと、例えば、どちらの生き残りなのかは自分は聞きたくなかったので、彼女にそれ以上は言うな、と止めたよ。彼女としてみれば、上海から、故郷から離れてしまいたかったのだろう。つらい思い出が多かったからな。彼女と自分はそう言った点でも似た者同士だった。つらい思い出から離れたいのに、その思い出が付きまとう」
原田左之助の独白は続いていた。
「そして、今度の義和団事件が起こった。北京にいる日本人達が危ない、と聞いて、それこそ行かなければ、一生後悔することになると思った。それで、中国に来た時に名乗った変名、張徳令として北京に向かい、中国人キリスト教徒の一人として、この戦いに参加したのさ。彼女は、天津の自宅を出る際に、無言のまま見送ってくれた。帰って来ないかもしれないのに、無言のまま見送ってくれる。自分には過ぎた女だ」
原田は笑って語り終えた。
だが、涙を零していた。
いつの間にか、その場には北白川宮能久親王殿下や林忠崇提督も来ていた。
「これからどうするつもりだ。原田」
「天津に帰りますよ。過ぎた女の所に」
「日本にいる妻子には、何と伝える」
「私には逢わなかったと伝えて下さい。それに既に死んだ身だ」
林提督の問いかけに、原田は答えた。
「そうか。林、その虎徹を原田に与えてくれぬか」
北白川宮殿下が、今度は言葉を発した。
「しかし、この虎徹は預かり物で」
林が難色を示すと、北白川宮殿下は笑って言った。
「その虎徹は、近藤勇の刀ではない。全くすり替えて、逆に良い刀にするとは。すり替えた者の目が曇っていたと見える」
「やはり、そうでしたか」
林も得心が言ったかのようだった。
岸三郎や土方勇志と言った面々は訳が分からないので、顔を見合わせた。
北白川宮殿下が、斎藤一に声を掛けた。
「林の帯びている虎徹、斎藤なら近藤勇の帯びていた虎徹と違うと分かるだろう。林の帯びている虎徹は本物だ。本物の虎徹が、近藤勇の手に入る筈がない。それ位、本物の虎徹は高い代物だ」
林も口添えをした。
「見た瞬間に違和感を覚えました。この虎徹は正しく本物。近藤勇の手に入る代物ではないと」
斎藤は頭を掻きながら言った。
「お二人共にそう思われますか。実は、日本を出発する前に永倉さんとも話し合ったのです。この虎徹は近藤さんの帯びていた虎徹ではないと。それにしても、まさか本物とは」
「近藤の遺族には、わしから秘密裡に事情を話そう。虎は千里行って千里帰るという。虎徹を渡すから、最後には魂魄だけでも日本に帰ってこい。新選組の碑の下で、かつての新選組の仲間、近藤勇や土方歳三達がお前が来るのを待っておろう」
北白川宮殿下の言葉を賜り、原田は号泣した。
「それにしても、原田左之助にここで会えるとは。新選組の旗が呼んだのかもしれぬな」
林が更に声を発し、斎藤や岸、土方らまでも同意して肯いた。
「それにしても想いが晴れた。東京にいる本多幸七郎も同意してくれよう。会津出身の柴をここで助けることが出来るとは。そして、新選組の誠の旗を届けられるとは。本当に想いが晴れた」
北白川宮殿下がそう言った。
「土方提督、いや土方副長。約束を果たせました。あの世で見ておられますか」
斎藤が絶叫する。
そして、映画は終わった。
本編の終わりです。
この後、土方千恵子が主のエピローグを投稿して完結させます。
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