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第18話

「彰義隊の戦いで私は重傷を負った。ここで死ぬのか、と覚悟を固めたのだが、偶々、フランス軍の軍事顧問団の一人が、私を見つけてくれてね。密かにフランス軍事顧問団が、海外交易を行っている知り合いの日本のある商家の主人と話を付けて匿う手筈を整えてくれた」

 原田左之助の長い語りが始まった。


「とは言え、薩長による彰義隊の残党狩りは苛烈を極めている。匿ってくれている商家に迷惑が掛かる事態も考えられた。それで、ある程度の傷が癒えた後で、私とその商家の主人とフランス軍事顧問団とで話し合い、横浜から上海へと逃亡することにした。本音を言うと、妻子の下に急いで帰りたかったが、何しろ状況が状況だ、妻子の下には薩長の監視が付いているのは必至だったからね。せめて、国内にとどまりたかったが、それこそ櫓櫂の及ぶ限り追われて捕まると考えた」

「そうでしょうね。あの当時の状況からすれば、やむを得ない判断と考えます」

 原田の長い語りに、斎藤が合いの手を入れた。


「かと言って、単純に横浜から上海に逃亡するのも危なかった。単純に逃げたら、それだけ形跡が遺りやすくなるからね。その時にその商家の主人が提案したのだ。新潟へ原田左之助が逃げている、新潟で原田を見かけた、という噂をわざと流しましょうと。私達はその提案に乗った」

「それで、原田左之助が新潟へ、更に朝鮮、満州へ渡り、馬賊になったという噂が日本国内にあるのですね」

 今度は岸三郎が口を挟んだ。


「君は」

「岸三郎と言います。島田魁の甥になります。伯父は生きて、京都で新選組の碑の守り人をしています」

「そうか。島田さんはまだ生きているのか」

 原田は岸の言葉に想いを馳せているようだった。


「横浜から上海に無事に到着したが、さすがに生活に窮してね。その日暮らしの日々をしばらく送ったよ。その時に助けてくれたのが、日本を去る前にフランス軍事顧問団の一人が紹介してくれていたフランス人キリスト宣教師の方々だった。その人達と話し合ううちに、自分もいつかカトリックの洗礼を受け、改宗してしまった」

 原田は上海の日々を思い起こすようだった。


「そんな日々を過ごす内にある女性と知り合った。その女性はカトリックに改宗した中国人で、同じカトリック同士ということで、いつか仲良くなって同棲するようになった。同棲する前に真実を打ち明けた。自分は日本人で逃亡中の身だ。それに妻子も日本に遺している。別の男と結婚した方がいいとね。彼女はそれでもいい、と言って自分と同棲するようになった。カトリックの教義との狭間で悩まなかったのか、と言われると返す言葉が無いがね」

「人生なんてそんなものですよ。30歳過ぎの若造が言って良いことではないですが」

 今度は土方勇志が声を挙げた。


「そう言えば、君は誰なんだ」

「土方勇志、土方歳三さんの長男だ。本当に父上に似ておられる」

 原田の問いかけに、斎藤が横から答えた。


「そうか。かつての京の都の日々が思い出されてならないな。土方歳三さんが、西南戦争の際に戦死されたというのは本当なのか」

「本当です。父の最期を、斎藤大佐や島田さん、永倉さん達が看取ってくれました。新選組の仲間に囲まれて父は安らかに逝ったと私は聞いています」

「土方の言う通りです。土方歳三副長の安らかな最期を、私達は看取りました」

「その場に私もいたかったな。だが、当時、私は上海にいた。上海に西南戦争の情報が届いても、その情報はしょっちゅう遅れて、間違いも多いものだった。それに彼女もいた。気が付けば、私は日本に帰るに帰れない身になっていた」

 原田は、今や大粒の涙を零していた。

 周囲の者達の何人かも、原田の胸中を察して涙を零した。

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