第10話
更に画面は変わっていた。
張徳令は、一寝入りをした後で朝食を食べ、天津から北京へと命懸けの帰還を図ろうとしていた。
(とナレーションが流れた)
「まさか、輪王寺宮殿下に直接に自分がお会いできるとは。そして、新選組の誠の旗を、このまぶたに焼き付けることができるとは。今生の思い出ができたな」
張徳令は、そう呟いて、日本海兵隊のいる陣営を名残惜し気に見ていた。
その張徳令の姿を遠目で見つけた斎藤一大佐は、顔色を変えながら言った。
「あの姿は。あの人ではないだろうか。いや、あの人は死んだ筈。だが、あの噂が本当ならば生きていて、ここにいてもおかしくはない」
そう呟いて、張徳令に近寄り、声を掛けようとしたが、そこに間の悪いことに岸三郎少佐が声を掛けた。
「斎藤一大佐、林忠崇提督がお呼びです」
斎藤一、という声が、張徳令の耳に届いたのか、張徳令は不自然に見えない程度の足早の歩きで、斎藤大佐の視界から消えていく。
斎藤一は、舌打ちするような想いをした。
(とナレーションが流れた)
「どうかなさいましたか」
岸少佐が斎藤大佐に声を掛けた。
「あの男、張徳令だそうだが。かつての知り合い、日本人の気がするのだ」
斎藤大佐は、そう答えた。
「一体、誰だと思われたのです」
「新選組のかつての仲間、但し、死んだ筈の人間だ」
「えっ。それなら追いかけないと」
「いや、追いかけて声を掛けても、別人の中国人だと否認されるだろう。もし、最初から自分で認めるつもりなら、日本人だと最初から名乗るだろうからな。だから、思わず、自認させるようなことをしないと、シラを切られて意味が無い」
「何か方策がありますか?」
「ちょっと考えてみる。それにしても、あいつに遭うとは。噂は本当だったのかもしれん」
「誰なのか、教えてもらえませんか。それから、噂とは」
「今は言えない。だが、全てが終わったら、日本に帰る前に明かそう。取りあえず、林提督の下に行こうではないか」
「はい」
画面上では、斎藤大佐と岸少佐が、少し長めのやり取りをした。
それを見た土方千恵子は、更に考えた。
やはり、新選組の仲間だったのか。
それにしても、何故に日本人ではなく中国人だと、身元を偽るのか。
その理由は何なのだろう。
そして、誰なのだろうか。
そう千恵子が考えている間に画面は変わり、ナレーションが流れた。
命辛々、張徳令は、天津から北京へとたどり着き、更に北京城へと潜り込み、そして、柴五郎中佐の下に帰り着くことに成功していた。
張徳令の北京への帰還は、籠城していた外交団や日欧米の避難民、更に中国人キリスト教徒から歓呼の声をもって迎えられていた。
柴五郎中佐の前で、張徳令は報告している。
「ご安心ください。北白川宮能久親王殿下が、直々に私に声を掛けて約束して下さいました。日本海兵隊、サムライは8月4日早朝を期して、全力で天津から北京に向かって出撃する。今度は、会津鶴ヶ城の悲劇を柴中佐に味わせるようなことはしないと。それまでの間、今少しの間、北京で籠城している人達には頑張ってほしいと。例え、他の国々からの妨害があろうとも、サムライとしてこのことは誓うと」
その声を聴いた柴中佐やその周囲の人達は落涙し、中には嗚咽する者もいた。
代表して、柴中佐が声を震わせながら発言する。
「北白川宮能久親王殿下自らが、日本海兵隊の全力出撃を約束して下さるとは。数日もすれば、我々の下に日本海兵隊が必ずや駆けつけてくれるだろう。その間だけ、我々は守り抜けばよいのだ。何としても守り抜いて、日本海兵隊の来援を生きて待とうではないか」
「応」
海兵隊員や義勇兵の多くが、柴中佐の声に呼応して応える。
それ以外の人達も、無言で肯いた。
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