第9話
更に映画の場面は変わった。
「本当に死ぬか、と思ったな。これ程の苦労をするのは、何年ぶりかな。彰義隊の戦いの後を思い出すな」
張徳令が呟いていた。
張徳令は、何か所か破れた服をまとい、疲労困憊した姿を画面上ではしていた。
更に髪の根元に白い物が見える。
やはり、と土方千恵子は考えた。
髪を黒く染めていたのか、それで、年齢を誤魔化していたわけだ。
北京から天津への脱出行においては、染める間が無かったので、本当の白髪が見えてしまったのだ。
それにしても、彰義隊の戦いとは。
そして、遠くを見やった張徳令は顔色を変えた。
「あれは、新選組の誠の旗ではないか。まさか、あの旗がここに掲げられているとは。生きてあの旗をまた見ることがあるとは思いもよらなかった」
そう呟いた後で、張徳令は落涙する。
「だが、こうしてはいられない。一刻も早く、北京の窮状を、海兵隊の幹部に伝えねば」
涙を拭いた後、張徳令は海兵隊の門を叩いた。
更に画面が変わった。
「総司令官の北白川宮能久親王殿下と、第1旅団長の林忠崇提督が、直々に話を聞きたいとのことだ」
張徳令に対し、岸三郎少佐がそう伝えた後すぐに護衛兵を引き連れて、北白川宮殿下と林忠崇提督が現れた。
張徳令はすぐに平伏した。
林提督は、その姿を見て疑問を覚えたらしく、張徳令に問いただした。
「君は、本当に清国人かね」
「はい。ですが、若かりし頃に、横浜で商売をしていたことがあり、その際に日本の作法や慣習を学んでいます。皇族の方や海兵隊の提督にお会いする以上、平伏するのが作法と考えていたしました」
張徳令は、淀みない日本語で答えたが、その言葉は林提督に更に疑念を覚えさせたらしく、首を捻らせてしまっていた。
だが、北白川宮殿下にとっては、それどころではなかったらしく、張徳令に矢継ぎ早に質問を浴びせた。
「北京の外交団は、どんな状況なのだ」
「500名近い護衛兵が、900名余りの外交団とその家族等、それに3000名余りの味方の中国人キリスト教徒を守り抜いており、ほとんど生存しています。ですが、兵力が不足しているので、家族や中国人キリスト教徒からの義勇兵を募り、それも協力しています。私も義勇兵の一人でしたが、柴五郎中佐から速やかに天津にいる筈の海兵隊に救援を求めるようにとの命令で、北京から脱出して、こちらに到着しました」
張徳令は、打てば響くように答えた。
「何とほとんど生存しているというのか。食料等の状況はどうなのか」
「それが、最早、底が見えつつあります。柴中佐によると、8月20日頃までが限界で、それ以上になると餓死者が出てもおかしくないとのことです」
北白川宮殿下と張徳令は、更にやり取りをした。
「よくぞ伝えてくれた。日本海兵隊は、明日早朝に全力出撃して、北京城へと急行し、外交団や中国人キリスト教徒を救援する。これ以上、会議の結論が出るのを待っていられるか。北京を第二の会津鶴ヶ城には決してさせん」
北白川宮殿下は力強く宣言した。
その姿を見た張徳令は、かつての彰義隊の戦いを思い起こした。
あの時の輪王寺宮殿下が、ここにおられ、お会いできるとは、そして、そう言ってくださるとは。
本当に生き恥を晒し、長生きをした甲斐があった。
(とナレーションが流れた)
「ありがとうございます。すぐに北京に戻り、今のお言葉を柴五郎中佐に伝えます」
張徳令は、涙を流し、声を詰まらせながら、そう言った。
「待て」
ずっと沈黙していた林提督が、張徳令に声を掛けた。
「何事でしょうか」
「すぐに戻るな。飯を食い、ゆっくり寝た後に飯を食ってから帰れ。少しでも疲れを癒してから帰れ」
「ありがとうございます」
林は察した。
張徳令は日本人だ。
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