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続編は「私」  作者: 稲葉千紗
少女は書庫で世界を識る
2/6

世界樹の意思

 最初に目に入ったのは、木目調の大きな書棚だった。

 乳白色の壁によく馴染む淡い色の木材を使い、角に丸みを持たせた優しいデザインのそれは、ここが先ほどまでいた空間とは違う事を教えてくれる。

 

「ここは、どこかしら」

 

 セレナの部屋よりもうんと狭い場所だ。平民でも、富裕層の娘であればここよりも広い個室が与えられるだろう。

 けれど、中流階級の娘が使うにしては質の良い家具がそろっている。

 書棚と同じ木が使われたシンプルな、けれど温かみのある机にベッド。白い飾り棚には可愛らしいぬいぐるみや小物類も飾られていた。

 カーテンやシーツなどの布類は淡い緑で可愛らしくまとめられ、妖精でも暮らしていそうな雰囲気だ。

 

「見覚えは……ないわね」

 

 セレナは綺麗に片づけられた机へと手を伸ばす。そこに手がかりを期待したからだ。

 許可なく私物に触れるの事に抵抗がなかったわけではないが、今は現状の把握を優先したかった。

 

「……え?」

 

 日記と思われる冊子に伸ばされた手が、そのまま空を掻く。

 何が起こったのかわからなくてもう一度試してみたが、モノに触れる事自体が出来なかった。

 

「なに……これ……」

 

 幽霊にでもなったみたいで気持ち悪い。

 何か、自分にも触れられるものはないかと手を彷徨わせる。

 そうしてセレナの指が、ソレにあたった。

 

 白く薄い、長方形の板。真ん中あたりに、四角く黒い模様がある。

 セレナが見た事のないモノだ。

 装飾のないシンプルなデザインは、研究所にいる高位の魔術師たちが使う魔道具のよう。

 なぜ、これにだけ触れたのだろう。セレナが首をかしげた瞬間、パチン、と音が鳴った。


 黒い部分に光が宿る。


『んーとね。セレナはキュリアスと婚約させるとして、そこからどうしよう。生まれも育ちも何もかも違う二人だから当然すれ違うでしょう? でもこの二人がガチバトルしたら大陸吹っ飛ぶだろうしー。王道で行けば三角関係かなー。イケメン出しちゃう? 美少女も捨てきれないんだよね。こう、おねぇ様はあなたなんかに渡しませんわ! みたいな。百合?』


 脳裏に直接流れ込んできた言葉の、その大半をセレナは正しく理解することが出来なかった。

 辛うじて自分の名前と、キュリアスの名前、それから恐ろしい単語が混ざっていた事はわかるのだが、それ以外が暗号だ。


「……百合って……花の百合?」

「たぶん違いますけれど、気にするところはそこじゃないと思いますよ」


 首をかしげていたら、いつの間にか目の前に人がいた。


「ようこそ、セレナさん。世界樹は新たなる枝の誕生を歓迎いたします」


 先ほど白い空間で、運命を変えればいいと告げたのと同じ声でそう言うと、彼女は優雅に一礼する。

 滑らかで無駄のない動きから、教養の高さが見て取れた。


「……あなたは……?」

 

 平民にこれほどの動きが出来るとは思えない。

 けれど貴族にしてはドレスの形がシンプルだ。

 いや、ドレスと言っていいのかもわからない。どちらかというと民族衣装の方が近い気もする。

 ボタンもリボンも使わず胸元で重ね合わせただけの襟に、長さはあってもボリュームはない袖。

 フリルの代わりにひだを使ったスカートは、くるぶしを隠す長さはあるけれど、貴族の娘たちのように広がりを持たせてはいない。

 装飾らしい装飾といえば、腰の高い位置に巻きつけた幅広のリボンと飾り結びだけだ。

 

「私は書庫の番人。案内人、レディと呼ばれる事もありますが、あなたにとっては先輩という言葉が1番近いかもしれません」

 

 コツコツとショートブーツを鳴らして、レディがセレナに歩み寄る。

 片目をつむり唇に人差し指を当てると、悪戯っぽく笑んだ。

 

「今はここで番人を務めておりますが、かつては私も世界樹の枝と呼ばれる存在だったのですよ。セレナさん、あなたと同じです」

 

 だからその混乱は良くわかる、と言われてもセレナはどう反応を返せばいいかわからない。

 何もかもがわからな過ぎて、いっそ現実逃避に眠ってしまいたいとさえ思う。

 

「……つまり?」

 

 説明を求めるセレナに、彼女――レディは薄く紅を刷いた唇を緩ませて、歌うように言葉を紡いだ。

 

「人の運命は産まれた時から……いいえ、産まれる前から世界樹アカーシャによって定められ、その記録レコードは幹の中央部分にある書庫に保存されている、という話はご存知?」

「知ってはおりますが、信じてはおりません。……いまでも」

 

 幾世紀にも渡って蓄積された、世界の記録アカシックレコード

 現在起こっている事も、過去にあった出来事も、未来の予定ですらも、そこに記されているという。

 コッツェルに住む者なら誰でも知っている有名なおとぎ話だ。

 

 今に至るまでの状況を見ると、世界樹は決しておとぎ話などではないのだろう。

 ただ、セレナは信じたくなかった。

 世界樹が存在していたら。それはつまり、セレナの未来が決まっているという事。どう足掻こうとも、世界樹の意志のままに運命が動くということだ。


 セレナには、耐えられない。


  「その気持ちは痛いほどにわかりますが……世界樹はたしかにここに在って、その意志で刻の輪を動かしているのですよ。セレナさん、あなたの未来もまた世界樹の意志によって管理されているはずです」


 鮮やかな紅で染められた指先が、机を指す。

 その先には、セレナが唯一触れられた薄い板があった。

 視線を向ければ、文字が浮かびがっている。


 白い書庫で読んだ、セレナの物語だ。


 表示されているのは、先程セレナが本を閉じたあたりだろう。読みたくないと、知りたくないと思っていた続きが目に飛び込んでくる。


「いや……!」


 思わず目を閉じたセレナを、けれどレディは許さない。

 きちんと目を開けて現実を見なさいと促され、渋々確認する。


 続きは、存在しなかった。文字のない、白いページだけがそこに在る。



「ふふ、びっくりした? ドキドキした? だーいせいこーう!」



 セレナがあっけにとられていると、突然レディの性格が変わった。

 何故だろう。ついうっかり手が出そうだ。孤児院暮らしだった頃の悪い癖かもしれない。


「……一から、説明、して、くれます、よね?」

「んー説明って言われても大したことはないんだけど。セレナが手にしている板はタブレット。書庫にある記録の一部を閲覧・更新できる端末で、世界樹の葉とも呼ばれているもの。ソレに触れた時に聞こえたセレナを混乱させた言葉はセレナにとっての世界樹の意思で――」

「そういう説明が聞きたいわけではありません! 」

「だよねー。ひとまず、セレナの本が白いのは、セレナが世界樹の枝だからだよ」


 本体である幹と端末である葉を繋ぐ枝。

 ごく稀に現れる、世界樹の意思に干渉できる存在をそう呼ぶのだと言う。


「枝にとっては運命の書なんて関係ないの。世界樹の意思に干渉できるという事は、定められた未来にも干渉できるという事だから」

「それで、私の書には未来がない、と?」

「正確に言えば、世界樹の意思が望む未来の形はあるんだけどね。でもセレナはそれを望んでないでしょう? だから記録できてないみたい?」

「なぜそこで疑問形が出てくるんですか!?」

「だって枝なんてめったに生まれないんだもん。少なくとも私は二人しか知らないもん」


 ちなみに二人とはレディとセレナの事だ。

 何の参考にもならない。


「……」


 セレナは泣きたくなった。

 なんだかとても疲れた。許されるなら、ふかふかのベッドにもぐりこんで何も考えずに眠ってしまいたい。


 そう、考えたせいだろうか。

 気が付けばセレナは自室のベッドにいた。


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