The Hatred Is Chained It……… ―憎しみは連鎖する―
◇一つ目の輪◇
深い森のなかに暮らすものがいた。彼らは不思議な能力を持っており、それを恐れる人々に命を狙われていた。そのために森のなかで暮らすことを余儀なくされていたのだった。
ある月の赤い夜のこと。彼ら三人家族は空を見上げていた。その様子はとても幸せそうに見える。
――リル。どうして月が赤いか知ってるか? ――
父親が子に向かって訊ねた。子は無邪気に父を見つめて知らないよ、と否定する。そして、
――どうしてなの? ――
そう父に問いた。好奇心に満ちあふれた瞳を輝かせる。
そんな彼を見ながら優しく母が答える。
――それはね、あの月が……――
彼女の言葉はそこで止まってしまった。数発の銃声によって遮られてしまったためだ。リルはその衝撃に目を閉じた。
リルが目を開くと、自分が薄い膜のようなもので守られていることに気づいた。おそるおそる膜の外側へ目を向けると、自分の両親が血を流して倒れているのが見えていた。
――父さん、母さん! どうしたの!? 答えてよ……――
リルの叫びはただただ虚空へ響くだけ。
彼は自分の状況を理解すると、ある一つの感情が沸きおこるのを感じた。「憎しみ」だ。そして、彼は憎しみしか知らない機械へと成り果ていったのだ。
◇二つ目の輪◇
それからちょうど十年経った日のこと。リルは十七歳の誕生日を迎えようとしていた。その日は彼の能力が覚醒する日だった。
「リルは本当に良いやつになったなぁ」
「ありがとうございます、叔父さん」
リルは親指の爪を人差し指の爪に打ち付けながら笑顔で答えた。こうして爪を鳴らすのは彼がイライラしているときの癖だ。
リルはあれから、能力を受け継いでいない叔父と叔母のもとで暮らすようになった。そして、両親の死の真相について調べ始めていた。調べたなかで彼がもっとも驚き、怒り狂ったことがある。叔父達がリル一家の行方を敵へと教えていたと言うことだ。
リルの両親の能力はとても有名だった。その絶対性や強さ、使い道などすべてが素晴らしかったからだ。そして、次第に周囲は二人の間の子を危険視するようになった。「子を殺せ」という暗黙の命令は瞬く間に広まっていくのも当たり前である。そう、リルの両親は彼を庇って死んだのだ。
叔母が感心したようにリルに声を掛けた。
「リルったら。本当に真面目な子ねぇ」
「死んだ二人のためですから」
「偉いわねぇ」
憎悪を目の奥に潜ませているリル。彼は世の中で上手くやっていくためには完璧にならなくてはならないと悟っていた。何もかも良くできていなければならない、と。
それは仇をとることに関しても同じだとかんがえていた。なるべく早く仇をとらなくてはならない。彼は今日、最初の殺人を犯そうとしていた。
「叔父さん。話したいことがあるんですが」
叔父の後ろ姿に向かってリルは問いかける。叔父は振りかえって彼を見た。
「何だ? 言ってみろ」
「父さんと母さんを殺した奴の名前を教えてください。今すぐに」
彼はそう声を発すると共に二人の喉元に二つの剣の切っ先を突きつけた。残忍で鮮やかに光る剣は彼の憎しみを伝えるかのように震えている。
「…………」
黙りこむ二人に
「答えてください。殺しますよ?」
と拍車をかけるリル。未だに震えている剣に少しずつ力を加えていく。
「言うからっ!! 言うから、やめて! やめてちょうだい……?」
焦ったように叔母が口を開いた。だが、剣の震えは止まりそうもない。むしろ激しくなっていくようにも見える。
「じゃあ、誰ですか」
「マルア国の国兵よ」
「名前は」
「ゆ、ユピカよ」
リルは目を見開いた。
「あいつかよ……」
マルア国はリル達の敵だった国だ。今でこそ国王がかわり、特殊能力者の命を狙わなくなったようだが。
リルの従姉ユピカ。特殊能力は受け継がなかったものの、身体能力がとても優れていることで有名だった。そのため、リルの幼い頃にマルア国にスカウトされたという。そして、何故かは分からないがユピカはすぐにリルの一家を殺す指令を受けたらしい。
リルはしばらく叔母の処遇について考えていたが、口を開いた。
「叔母さん、ありがとうございます。良い来世を送れると良いですね」
「本当!? あの子は本当にかわっ……」
リルは躊躇いもせずに話し途中の叔母の首を右の剣で払った。血飛沫が舞い、リルの顔や体がそれを浴びる。彼はそんなことを気にも留めずにうっすらと微笑み、叔父の方を見やる。叔父は化け物を見るかのような目で彼を見つめていた。
「それで、叔父さん? まだ知ってることありますよね」
「い、いや、ない。だが……命だけは助けてくれないか?」
「嫌やですよ。だって、絶対何か知ってるでしょう?」
リルが笑みを深めると、叔父は恐怖を感じたらしく目を見開いていた。
「ユピカに義娘がいることはお前も知ってるだろう。あの子を苦しませたくない」
「もうわかりました、叔父さん。さよなら」
うんざりしたように爪を打ち鳴らしながら左手で首を斬り捨てる。リルは呆気なく転がった首を見た。ようやく爪の音が鳴りやんだ。
リルは一人、考える。これからどうするかについて。
◇輪の間で◇
彼は両親の殺人に関わったものを全て殺そうと計画していた。そのためにマルア国に行かなくてはならない。
慕う従姉を追って国兵に入兵しようとする少年。リルは、しばらく考えたあと、自分のやくわりをこうきめてしまった。
また完璧に演技しなくてはならない。そう思うと彼は憂鬱になった。
◇三つ目の輪
リルが二十五になり、しばらく過ぎた頃。夏が盛りをを迎えていた。
彼はユピカの一番の側近になり、関係を深めることに成功した。ユピカを殺す日は今日と決めていた。
彼の両親が死んでから十八年。彼はその間に百近くの人を殺した。彼の特殊能力は「首斬り」で、一瞬にして何人もの命を奪うことができる能力だったのだ。彼は存分に能力を活用していた。
「リルぅ。ユピカのパパとママの話なんだけど? 早く死因が分かると良いなぁ。犯人、知りたいでしょぉ?」
遠回しな表現でリルに頼むユピカ。手を後ろで組み、上半身をリルの方へのり出している。その姿はきれいな顔立ちと相俟あいまって、兵長とは思えない雰囲気を醸し出していた。
リルは全くそれに動揺せず、ただただ爪を打ち鳴らし続ける。
「早く知りたいのは俺も同じだが、……今はそんな気分じゃないんだよな。お礼とか、あるのか?」
「もちろんよぉ! あ、もちろんアレねえ」
リルは一瞬、アレとは何だろう、と考えを巡らす。しかし、答えは見つからなかったらしく、何事もなかったかのようにユピカに答えた。
「じゃあ引き受けるか。お前って本当良い女だな」
「は、恥ずかしいわよぉ。もう」
満更でもなさそうな顔で照れているユピカ。リルはそんな彼女に殺意を膨らませていく。もうすぐで彼の能力が始動しそうだ。
「あ、リル。この間のことだけどぉ、考えてくれたぁ?」
この間のこと、とはリルとユピカの結婚についてだ。
「まただ。早くした方が良いか?」
リルは遠くの風景を見てなにかに耐えるような顔をしている。殺人衝動にたえているのだろう。
「ちょっ、照れるわぁ」
ユピカがそういった瞬間とき。リルを押さえていた何かが吹き飛んだ。リルのユピカへの殺意が顕となり、言動の全てに表れる。
「そうだ。ユピカ?」
リルは唸るかのように低い声でユピカに訊ねる。
「なぁに? さっきのぉ?」
「いや。お前が俺の両親を殺したって話を聞いてな」
リルはたくさん人を殺してきた剣をユピカの胸へと突きつけた。彼は能力でユピカを殺したくなかったのだ。ユピカは動きを止めて、ゆっくりとリルを見上げた。
「誰に聞いたのかしらぁ?」
今までと全く変わらないユピカの間延びした声。しかし、その片鱗には警戒心が窺えた。
「お前の両親だよ。あと、お前の両親を殺したのは俺だ」
ユピカが目を見開き、息を飲んだ。
「犯人は、あなただったのねぇ……!!」
彼女はそういった直後に胸を刺された。心臓を突かれたようだ。目を真ん丸くさせたまま、固まっている。
「僕は勝ったんだ、父さん達の仇を取れたんだ!」
「それは、……どう、かなぁ?」
興奮したようなリルの叫びに、ユピカはこう遺言を残して逝ってしまった。
◇四つ目の輪◇
あの日から、僕は昔暮らしていた森に戻ることにした。
あれから一年経ち、僕――リル――は様々な方面に変わったようだ。
良くなったことは、昔の幼い自分に戻れたということ。友人もたくさんでき、恋人さえできたのだ。復讐して良かったと心から思えるほどに僕は変わった。
反対に、悪い方向というのは、恐怖や罪の意識に毎晩苛まれるようになったことだ。自分が殺した人々が勢揃いして現れ、僕を睨み付けてくるのだ。敵だけならまだしも、味方からの視線は胸に突き刺さる。本当に復讐してよかったのか。そういう気持ちにさせられる。
「リル兄……。ま、待って!」
ガサゴソと草を掻き分ける音と共に、ルアが追いかけてくる。
僕はユピカの義娘、ルアが復讐をする可能性について全く失念したままユピカを殺してしまった。ルアはあんなにユピカにくっついていたというのに。
音がせまり、グッとルアに肩を掴まれる。
「リル兄がお母さん殺したの? 嘘だよね、そう言ってよ!」
「…………」
「ねぇ、嘘なんでしょ!? ねえ?」
「本当だ」
必死なルアの様子に僕は腹を括った。彼女にはありのままを話そう。例え彼女が傷ついたとしてもその方が彼女のためになる。
「なっ……。何でよ!?」
「ユピカが僕の両親を殺したからだ。悪いか?」
「そんなの、嘘に決まってるし!」
呆然と僕を見返すルア。この子はまだ十二だというのに。こんなに幼くてこんな惨い話をしてよいものか。
「嘘じゃあない。叔父さん達が教えてくれた」
「じゃ、じゃあ、それも嘘――」
「ルア。僕が嘘をつくと思うか?」
僕はルアの発言に被せて訊ねた。ルアはその質問にうなだれ、なにか決断したような顔をする。
「そんなら、あたしがリル兄殺すもん!!」
ルアはそう無邪気に叫んで短剣を取り出す。その短剣はキラッと光っていた。彼女はその真新しい短剣を僕の胸へゆっくり沈みこませていく。僕の胸に血がにじむが、痛みはない。
「あ、あたし、人を殺しちゃった……。で、でも、リル兄に勝てたんだ!!」
「ルア、お前もこうなる日は近いぞ」
僕は浅い息で彼女に伝えた。これで良いんだ、と自分に言い聞かせながら。
それに、今僕が横たわっているこの場所は親友の家のすぐ近く。すぐにあいつは僕を見つけるだろう。そして、きっと復讐してしまう。ルアも死ぬのか。無意味な話だ。
◇赤い月◇
赤い月が僕を見下ろしている。そういえば、僕が殺した人はみんな血塗られた月の日に死んでいった。父さん達のもそうだったっけ。そんなことを考えながら僕は死んでいった。
ぼくはしらない。母さんが――赤い月が出るときは憎しみが増えてしまうの――なんて言おうとしたことを。――だから月がその日死んだ人の血で染まってるんだっていう人もいるのよ。でも、母さんはその日人を殺してしまった人の心の涙で染まっていると思うの――そう言いかけていたことを。
思えば、母さんも人を殺したことがあったのかもしれない。父さんも。だってあんなにすごい能力者が赤い月の夜に人を殺したくならないわけがない。
赤い月は、とても綺麗で何だか悲しい。




